働き方改革は教員のためだけではない──「定時上がり」をITで実現した小学校の本当の狙い
学校は多忙な職場で、教員は大変な仕事。
そうしたイメージを持っている人は少なくないでしょう。実際、国際教員指導環境調査(TALIS)によると、小学校教員の平均勤務時間は54.4時間/週。14カ国・地域中、最長となりました。
そんな状況でも、働き方改革を進め、大きく変わった学校もあります。今回、取材をした埼玉大学教育学部附属小学校(以下、埼玉大附属小)もその1校。デジタル化を進め、教員の時間外勤務の大幅削減や保護者とのITでの連携を実現しています。
「多忙でネガティブなイメージが広がっていますが、やっぱり教員はおもしろい仕事。だからこそ、次の世代にしっかり“バトン”をつないでいきたい」。口をそろえて語るのは、埼玉大附属小の副校長・森田哲史さんと教諭・塩盛秀雄さん。「学校」の働き方改革ストーリーを聞きました。
目の前の子どもたちや将来の教育現場を考えたら、学校の働き方改革は必須
小学校教員の平均勤務時間は54.4時間/週というデータもあります。最近だと、たとえば「#教師のバトン」というプロジェクトでも、先生たちの悲痛な声が話題になっていました。
授業準備や職員会議などやることが山積みで、よく夜遅くまで働いていましたね。そのためか、昔から「不夜城」とささやかれていたそうです。
子どもは1人ひとり違う存在なので、それぞれへの適切なアプローチを試行錯誤することで、よりよい教育ができる。
でも、1クラス30〜40人分のアプローチをしっかり検討していくと、膨大な時間がかかってしまうんですよ。
ただ、本当に子どもたちのためを思うなら、教員が疲れ果ててしまうのは本末転倒だとも思うんです。
たとえば、もし現役教員が「昨日も3時間しか寝られなかったよ」なんて愚痴をこぼしていたら、教員に失望するのも無理はありません。そうして教員になる人が減れば、未来の学校教育にも影響を与えます。
そんなふうに目の前の子どもたちや将来の教育現場のことを考えたら、学校の働き方改革は必須だと思うようになりました。
業務を「なくすのか、減らすのか、移すのか」から考える
定時を過ぎると「勤務時間外にすみません」「早く帰ろう」という言葉を耳にするようになりました。以前は、そんなこともなかったんですよ。残業が当然だと思っていたので。
働き方改革って、どこから手を付けるべきか、どうやって周囲を巻き込むかなど悩みどころが多いと思っていて。どんなふうに進めていったのでしょうか?
特に、学校は子どもの安全に関わる仕事はどんどん増やしがちなんです。たとえば、登下校の見守りやコロナ禍による校内の消毒作業等。
もちろん、安全に気を配るのは大切ですが、突き詰めると際限がなくなってくる。なにより、こうした仕事は始めるのは簡単だけど、やめるのは大変。いつやめるのかを決められず、「例年通り」で定着してしまうんです。
本校の場合はペーパーレス化や勤務時間管理、情報共有によって、これまで時間をかけていた印刷や連絡などの業務を削減できました。
そこで、こうした業務をデジタル化し、いろんな先生に分担したんです。たとえば、行事日程はそれぞれの担当の教職員が入力できるようすれば、管理職の先生は取りまとめをせずに確認だけで済みます。
そもそも、働き方改革を進めようとすると、周囲から「ラクしようとしている」と見られがちで。組織一丸となって改革を進めるには、まずそうした誤解を解かなくてはなりません。そのことは、地域や保護者の方々にも理解していただく必要があります。
だからこそ、業務を「移す」仕組みをつくれば「取りまとめ」の仕事がなくなりますよと管理職の先生に伝えられると、改革がグンと進めやすくなると思います。
「なぜそのITツールを使うのか」をしっかり共有する
「①教員全員が使いこなす」が大切なのは、まずわたしたち教員が使えないと、保護者に説明ができないから。
ここでネックなのが、ITツールは「一部の人だけが詳しい」という状況になりがちなこと。そうなると当然、教員全体に広まりません。
本校の場合、コロナ禍で在宅勤務をしている状況を踏まえて、「会えないからこそ、密にコミュニケーションをとっていこう」と、情報共有の重要性を伝えていきました。
もちろん、すぐに活用が広がったわけではありません。ただ、目的を共有すれば、「みんなで使っていこう」という意識が徐々に芽生えていきます。
結果、本校では令和2年度の1学期間かけて、テキストでの情報共有の文化を浸透させることができました。
このときも、「プリントを介して、子どもや保護者への感染を避けるため」と目的を伝え、保護者のみなさんには了承を得ました。
実際、保護者からは「使いやすく、過去のプリントも見られるので便利」という声を数多くいただきましたね。
②のステップで、保護者に情報を受け取るのが簡単だと知ってもらえたので、情報を送ることのハードルもグッと下がります。
「休み時間に子どもたちと遊べる」先生たちが増えてきた
特に「紙で配付しないこと」へのご意見が少なかったのは予想外でした。コロナ禍の影響もあったとは思いますが、試してみて初めて「心配しすぎだった」と気づくことはあるものかもしれません。
こうした学校の働き方改革が増えて、先生たちも楽になるといいなと思います。
「子どもたちのため」という意味では、長時間労働をいとわなかった昔も、働き方改革を進めているいまも目的は同じ。その道のりや手段が変わっただけなんです。先生が楽になりたいから、がゴールではない。
10年前のわたしは、子どもたちと一緒に遊ぶことがあまりできていませんでした。休み時間も資料を作ったり、誰かに相談しに行ったり、保護者に電話をかけたりと慌ただしく過ごしていましたから。
数年前と比べて、楽しく笑顔で先生が子どもに接するようになったな、子どもたちといっしょに鬼ごっこで遊ぶ先生が増えたなとなれば、それは子どもたちにとってもきっといい方向につながるんじゃないかと信じています。
だからこそ、「教員は大変そう」「プライベートがなくなる」という、ネガティブなイメージばかり語られるのは悲しい。
わたしたちがバトンを渡せる次世代の人が減ってしまえば、将来の子どもたちにも影響を与えてしまいます。
本校を含めて、全国の学校におけるこうした働き方改革の状況を伝えていくことで、教員を目指そうと思う人が1人でも増えたらうれしいですね。
企画:吉原寿樹(サイボウズ) 執筆:多田慎介 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)
埼玉大附属小のkintone活用例を公開中
埼玉大附属小の1日密着動画
関連記事
SNSシェア
執筆
多田 慎介
1983年、石川県金沢市生まれ。求人広告代理店、編集プロダクションを経て2015年よりフリーランス。個人の働き方やキャリア形成、教育、企業の採用コンテンツなど、いろいろなテーマで執筆中。