地方移住で「1人でも多くの人の役に立つ」という強迫観念を捨てたら、本当に役立ちたい相手が見えた──岡山史興
大好きな地域で暮らしながら、東京にいたころと同じように仕事をする。地方移住に興味を持つ人の多くが描く理想像かもしれません。
しかし、2018年に子育てのために東京から富山県舟橋村へ移住した岡山史興さんは「地方と東京のいいとこ取りに限界を感じた」と話します。
「人の役に立って世の中を良くしたい」という思いからPR業界へ進み、事業創出支援などを手がける会社を立ち上げた岡山さん。移住当初は週の半分ずつを東京と富山で過ごす2拠点生活でしたが、新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年4月以降、東京に行ったのは3回だけ。
物理的な制約がある中で岡山さんは「大勢の人の役に立つこと」をあきらめ、それによって本当の意味で自分の人生を生きられるようになったといいます。
岡山さんはどのようにして自分だけの判断軸を持ち、移住先での新たな生き方を手に入れたのでしょうか。
東京にいた時のように「これがダメでも次がある」ではなくなった
東京でたくさんプロジェクトを抱えていたときは「これがダメでも次がある」と考えてしまうこともありましたが、そんな状況ではなくなりました。
あれこれと手を出すのではなく、地域の方々としっかり信頼関係をつくり、自分が向き合うべき相手を絞っていかなければならなくなったんです。
やりたいことをやるのが「自分のやりたいことではない」と気づいた
1人でも多くの人の役に立たなきゃいけない。そんな考えが強迫観念のように浮かんでいた時期もありました。
ところが、富山県に移住後、舟橋村の人たちといっしょに仕事をし始めると「次はいつ東京に帰るの?」と聞かれることもあって。
もっと地域に深く入っていき、目の前にいる人たちの役に立つにはどうすべきかを考えました。その結果、やりたいことをやるのが「自分のやりたいことではない」と気づいたんです。
「とにかく人の役に立つんだ」という思いばかりが先に立っていて、具体的に誰の役に立とうとしているのか、自分でも見えなくなっていました。
富山に来てからは直接かかわる人たちが増えて、同じPRという仕事を提供していても与えるインパクトが違う。
この会社ではやりたいことしかやらなくていい。給与は選択した仕事に応じて
変わったのは僕だけではなく、従業員のみんなもそう。仕事の選び方とともに報酬体系も変えたことで、みんなの仕事に対する意識が変わり、パフォーマンスが高まっていきました。
以前は僕も「たくさん仕事をしなきゃいけない」と思っていたし、東京で声をかけてくれる人も多かったんですよね。
僕から従業員へは「会社の経営を成り立たせるためにこの仕事をやってよ」と無理にお願いすることもありました。
でも物理的な制約が生じ、以前と同じように動けなくなってから、僕は「これまでの経営」を成り立たせていくことをあきらめたんです。
自分や子どもが「恥ずかしい」と感じることは本質的に正しくないこと
でもそれらは、本質的に正しくないんですよね。
その過激さの上塗りにより信頼を失い、ゆくゆくはクライアントが自分で自分の首を絞めることになる可能性があります。
どこかに無理が生じないように、みんなが自然体でまっとうにいられるように考えるのが本質的に正しいことだと思っています。
「正しいことをやる」という意思決定をするときに、岡山さんはどんな基準を持って判断しているんですか?
恥ずかしいと思うことは本質的に正しくない。だからやらない。それが僕の考え方です。
地域の中ではより人間関係が濃くなります。その中で、自分の子どもだけでなくここで暮らす子どもたちに対して「どんな大人の背中を見せればいいのか」を考えるようになりました。
「村が有名になればいい」「村の魅力が発信されればいい」だけではなく、子どもが希望を持てる環境を作っていきたい。
そう考えると、村から頼りにしていただくときにも、必ずしも僕が無理したり背伸びしたりして全部に応えていかなくていいのだと思っています。
大勢の人と生きなくてもいい。「誰と」生きるかを決める
いまの軸は、どのタイミングで持てるようになったのでしょうか。
自分の人生を自分でハンドリングしているつもりが、いつの間にか他者に主導権を渡していたのかもしれません。
同じように、他者の期待や評価から来る価値観をいつの間にか刷り込まれている人もいると思います。
「これからは個人で稼ぐ力を身につけるべき」「そのためにはSNSのフォロワーを増やすべき」とか。
そうした価値観に踊らされている人はとても多いけど、それは自分の意志で生きているようで、実は他人に操縦されているだけなのかもしれないと感じます。
誰か1人でも本当に深くかかわり合い、役に立つことができれば、自分がいなくなった後にも何かを残せるのではないでしょうか。
その「誰と」がはっきりすればするほど自分の限りあるリソースを集中できるし、自分の人生に対する納得度も高まるのだと思います。
気づいたら人は変わっている。すぐに「誰と」を見つけられなくてもいい
会社で働く人の立場で考えるといかがでしょうか。会社内で「誰と」を見つけるのは難しいようにも思います。
「ものづくりが好き」といった思いを持って入社してくれる人が多いので、最初は「誰と」ではなく「何と」を強く意識しているのかもしれません。
ものづくりが好きなら「ものづくりをする職人さんたちの役に立ちたい」といったように。
会社の中で、目の前の仕事やクライアントを見て自分がともに生きる対象を見つけられなくても、別にいいじゃないですか。
一歩踏み出してみれば人生が変わることもあります。
単純に自分が好きなものをきっかけにして、いろいろなものの見方を変えていけば、いまの人間関係の中でも新しい切り口が見つかるのではないでしょうか。
僕が何かを勧めても、余計なノイズになってしまうかもしれません。自分の人生は自分で決めるのが一番です。
やってみて、もし違和感を覚えたとしても、またやり直せばいいんです。「この人と生きよう」と思っても、違うなと感じればいくらでも変えられます。
いますぐに「誰と生きるか」を決められなくても「身近な誰かが喜んでくれて、かつ自分がうれしいと思うことは?」と考えていけば、やりたいことが明確になっていくのではないでしょうか。
企画・編集:榮田 佳織/執筆:多田慎介/イラスト:かざまりさ アイキャッチデザイン:駒井 和彬/写真提供:岡山史興
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執筆
多田 慎介
1983年、石川県金沢市生まれ。求人広告代理店、編集プロダクションを経て2015年よりフリーランス。個人の働き方やキャリア形成、教育、企業の採用コンテンツなど、いろいろなテーマで執筆中。