9月7日、東京・下北沢のBONUS TRACKにて散歩社とサイボウズ式ブックスが合同で開催した「BOOK LOVER'S HOLIDAY ーはたらくの現在地ー」。はたらく価値観が多様化する今の社会において、本を通してあらためて自分の仕事について見つめ直す機会をつくりたいという思いで開催した本イベント。
イベントの中では、これからの「はたらく」を考えるための3本のトークをご用意しました。
その中のひとつが、2019年にTVドラマ化もされた人気小説『わたし、定時で帰ります。』の作者である朱野帰子さんと、新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』がヒット中の三宅香帆さんとの対談です。
会社員、兼業作家、自営業としての作家──。これまでさまざまな立場で働かれてきたおふたりに、仕事観について対談していただきました。
本がヒットしたあとの仕事事情
朱野
今日はよろしくお願いします。三宅さんの新刊『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』、大ヒットしていますね!
朱野帰子(あけの・かえるこ)。1979年東京都生まれ。8年の会社員生活を経て、2009年に第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞してデビュー。『わたし、定時で帰ります。』シリーズはドラマ化もされて話題に。他の著書に『海に降る』、『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』、『対岸の家事』など。『急な売れに備える作家のためのサバイバル読本』、『キーボードなんて何でもいいと思ってた』など作家の労働に関する技術同人誌も刊行している。
三宅
ありがとうございます。おかげさまでたくさんの方に読んでいただいていて。
朱野
いきなりお仕事が増えたと思いますが、大変ではないですか?
三宅
三宅香帆(みやけ・かほ)。文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士前期課程修了。小説や古典文学やエンタメなどの幅広い分野で、批評や解説を手がける。著書『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』等多数。
朱野
読んでくださってありがとうございます。『わたし、定時で帰ります。』がドラマ化されてヒットをした際に、急に仕事が増えて頑張りすぎて、私がバーンアウトしてしまい、まったく仕事ができなくなったことがあったんですね。
『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』は、その時の体験を同人誌にまとめた本なんです。私が滑って転んでしまった分、あとに続く人たちには、同じところだけは転ばないようにしてもらいたいなという思いがあったので。お役に立てたならよかったです。
三宅
本当に書いてくださって感謝しています。今日は朱野さんと、仕事にまつわるいろんな話ができればと思っています。よろしくお願いします!
朱野さん、なぜそんなに働くことが好きなんですか?
三宅
いきなりですが、ずっと聞きたいことがあって。朱野さんは、なぜそんなに働くことがお好きなのでしょうか?
会場
(笑)。
三宅
朱野さんは『わたし、定時で帰ります。』という本を出されているので、会場のみなさんは、朱野さん自身が「定時で帰りたい派」だと思われるかもしれないんですけど、違うんですよ。
お会いすればするほど、朱野さんはどう考えても、定時で帰りたい主人公の真逆の方なんです(笑)。
朱野
あはは(笑)。
三宅
私も働くことは好きなほうですが、朱野さんほどじゃないのかも……とよく思います。今日はそのあたりをぜひ聞いてみたいなと思って。
朱野
私ね、体が頑丈なんですよ。親族全員が、健康で頑丈なんです。仕事が好きなのには絶対にそのことが関係していて。基本的にエネルギーがあり余っていて、その放出先が仕事に向いているのだと思います。
私の祖母も、70歳過ぎまで家族全員に止められても働いていましたし、父も、定年退職してから会社を作るなんて言い出して。多分、動いてないと苦しい一族なんだと思います。
三宅
晃太郎(※)じゃないですか(笑)。
※晃太郎:『わたし、定時で帰ります。』の中に登場する、仕事大好きなキャラクター。ワーカホリックで、日曜にも出勤して仕事をするくらい仕事が好き。
朱野
そうそう(笑)。凡人なんだけど、体力だけはある。だからこれまで量をこなしてきたんですよね。
でも、40代を過ぎてから突然それが通じなくなってきました。今まで100の力でできたことが80になり、60になり……。どんどん力が減っていくことを考えたときに、エネルギーがもともと少ない人たちのことや、自分のこれからのことも考えるようになったんです。
たくさん働きたい気持ちと、とは言え無理じゃないか?という気持ちの両方を抱くようになって書いたのが、『わたし、定時で帰ります。』です。
三宅
なるほど、そういう流れで書かれた物語だったんですね……!
「半身で働く」とは、仕事を半分に減らすわけではない
朱野
私も三宅さんに聞きたいことがあって。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中で、三宅さんは「半身(はんみ)で働こう」という提案をされているじゃないですか。
三宅
そうですね。全身全霊で働くことがスタンダードとされる社会を「全身社会」とすると、たとえば「仕事以外の趣味や家庭の場を持つことができる」、仕事以外のさまざまな文脈に触れる働き方ができる社会が「半身社会」。後者のほうが、人生が豊かになるのでは? と考えています。
朱野
共感した一方で、仕事を人生の中心に据えてきた私からすると、「半身」と言われると少し抵抗があったりもするんです。
三宅さんご自身は、現段階のライフヒストリーを振り返ったときに、「全身で働くこと」と「半身で働くこと」についてどのように切り替えてこられたのでしょうか。
三宅
けっこう誤解されがちなんですが、この「半身」という言葉は、「仕事量を半分にしよう」という意味ではないんですよ。
「8時間でやっていた100の仕事を、4時間で50の仕事をしよう」という意味ではなくて、極端なことを言えば、「4時間で100の仕事をできるように頑張って、あとの4時間は他のことに使おう」というイメージです。
朱野
なるほど!
三宅
だから個人的には、同じ量の仕事を効率的に半分の時間でやれるようにならなくてはいけないので、半身の方が頑張らないといけないと思っているんですよね。
「全身」は、「仕事は人生において最優先されるべきである」という前提をもって、たくさんの仕事を、たくさんの時間を使ってこなすイメージです。だけどそれがスタンダードの社会では、やっぱりほとんどの人は疲れてきてしまう。そうではなく、もっと仕事以外の場の優先順位も上げられるように、みんなで時間の使い方を考えていきましょうと。
たとえば私自身の経験で「全身」で働いていたなと思うのが、新卒1年目の時です。フルタイムで残業もある会社員として働いて、かつ1年に本を3冊出していたんですよ。そうすると本当に寝れなくて、睡眠時間を削って仕事していた。じゃあその時って仕事の効率が良かったのか? と聞かれると、微妙だったんです。疲れてぼーっとしていた時間も結構あった。
フリーランスになってからのほうが、遊びの予定を入れたり、寝る時間を確保したりできるので、時間をコントロールしながら働けています。リフレッシュできるからその分仕事に精も出て、結果的に効率もいい。だからフリーランスになった今、やっと「半身」になることができたなという感じです。
半身社会は、リーダーが作っていかなければいけない
朱野
フリーランスって、裁量が決められるから自分自身で「半身」にすることができるじゃないですか。でも会社員だったり、フリーランスでもチームを組んで仕事したりする時は、個人の融通を聞かせようと思うとおたがいに振り回す感じになってしまいますよね。そのバランスがむずかしいなといつも思います。
三宅
むずかしいですよね。なので私が本で書いている「半身で働こう」という提案は、部長や上司など、組織の上のレイヤーの方々に向けて言っているつもりなんです。組織の上のレイヤーの人は全身で働いてきた方がほとんどなので、社員全員に全身の働き方を求めてしまいがちですよね。でも、今後その社会は正社員になれる人が減るばかりではないかと。
個人が努力する必要はもちろんあると思いつつ、いち会社員だと変えられる部分と変えられない部分は確かにあるので、仕組みを作っている人が気づいてくれないと半身社会は実現しません。
現状の会社でそれが難しいのは重々承知ですが、今後労働人口も減るなかで、必要ない仕事を減らしたり、会議の優先順位をつけたりする必要があるのではと。
朱野
それは本当にそうですよね。
三宅
「半身」という言葉は比喩的でもあるので、本当に50%にするかどうかはさておき、働き方の音頭を取る人が、人生における時間の使い方や仕事の仕方について考え、全身全霊で働くことだけをよしとしない「半身社会」に向かおうとすることが大事だと思っています。
30代後半で、働き方への「マインドチェンジ」が起きた
三宅
最後に、私からもう一つ聞いてもいいですか? 朱野さんは、自分よりも下の世代の働き方を見ていてどう思いますか。
朱野
そうですね。Z世代は少し遠すぎるので、もう少し近い年齢の方々について思うことをお話すると、まず三宅さんくらいのアラサーの人たちには、「いけいけ! もっとがんばれ!」と全力で後押しをしたいです。
三宅
あはは(笑)。
朱野
でも、30代後半の人に思うことはまた違っていて。私は30代後半のときに、少し遅いのですが、「若者から大人へのマインドチェンジ」みたいな現象が起きたんですよ。
三宅
マインドチェンジ、ですか。
朱野
それまでは、自分のキャリアを築き上げるために「自分が自分が」という感じで生きていました。でも30代後半になり、部下や後輩、これから働きはじめる人たち、自分が影響を及ぼすかもしれない人たちなど、「見えない人たち」に対しての責任も持たなくてはいけないな、と思うようになって。
三宅
それは、何かきっかけがあったんですか?
朱野
『わたし、定時で帰ります。』がヒットしたことは大きかったなと思います。今までは自分が挑戦する側だったのが、どんどん周囲の見方が変わっていき、「すごい作家さんだ!」などと思われる機会が増えていきました。
影響力が増えていくと、やはり「自分だけ」では生きていけなくなる。でも、自分自身の意識ってそう自然と変わるものではないんですよね。毎朝鏡に向かって「もう若者ではない!」と自分に言い聞かせ、「次の世代のことを考えよう」と頑張ってマインドを変えていきました。
三宅
そうだったんですね……!
朱野
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中で、三宅さんは「他者の文脈を読むことが読書のメリットである」というようなことを書かれていましたよね。その言葉にすごく共感して。
周囲からの見られ方も立場も変わってくる30代後半の方々に対しては、できるだけいろんな本を読み、他者の文脈に触れてほしいと思います。
昔は、自分と近い趣味や、近いキャリア、近い価値観を持つ人たちの本ばかり読んでいたんです。でも、まったく違う生き方の人たちがいるということを頭に入れておく。それだけで、仕事に対する意識が変わっていくと思います。
三宅
自分と違う立場の人の考えに、気軽に触れられる。想像力が生まれる。それが本の良さですよね。
朱野
そうですね。実際に配慮するとか行動に起こす前に、まずは「知る」だけでもいいと思うんです。この世の中には、いろんな人がいるという感覚を身につける。ぜひそのために本をたくさん読んでほしいですね。