「社内にイノベーションを!」とは言うものの、実際には現場レベルの改善しか生まれないのが現実。安定した大企業の中で、新たな事業へ挑戦する「とがった人材」を見つけ、育成するにはどうすればよいのでしょうか?
大阪・関西万博でお披露目された「空飛ぶクルマ」のエアタクシーサービス構想を生んだ、ANAホールディングス株式会社 未来創造室長の津田佳明さんに、サイボウズ・マーケティング本部長の栗山圭太が話を聞きました。
失敗が許されない航空事業と、失敗ありきの新規事業は相性が悪い?

栗山
サイボウズは、間もなく創業30年を迎えます。kintoneがヒットしたのは幸いなことですが、kintone自体の自由度が高いこと、安定志向で入社する社員が増えたこともあり、新規事業が生まれない状態になってしまっていて……。
なにかヒントがないかなと、津田さんにお話を聞きに来ました。

津田
わかります。私たちもなかなか新しい挑戦が生まれず、苦労しました。

津田 佳明(つだ・よしあき)。ANAホールディングス株式会社 上席執行役員 未来創造室長。1992年にANA入社。航空運賃自由化、ダイレクト販売推進、沖縄貨物ハブ設立など、新たなビジネスモデルの創造に参画。2013年よりANAホールディングスへ出向し経営企画課長。2016年にイノベーション創出部隊として設立したデジタル・デザイン・ラボをリード。コロナ禍の2020年4月からは経営企画部長として事業ポートフォリオの見直しを行い、5年ぶりとなる中期経営戦略を策定。2023年4月より現職

栗山
ANAもそうだったんですか?

津田
はい。実は、航空事業と新規事業って相性が悪いんです。

栗山
相性が悪い……? どういうことでしょう。

津田
エアラインは、間違いや失敗のない安全運航が至上命令で、その中で効率的なオペレーションを目指しています。
飛行機を安全に運航するには、石橋を叩いて壊して、もう一回作って渡るぐらいじゃないといけない。
でも、そういうマインドは、新しいものへの感度が鈍くなるというか、排除するのが常になってしまうんですよね。

栗山
リスク管理でもありますね。

津田
そうなんです。むしろ航空事業ではそのマインドじゃないと困ります。ただ、それだけでは新規事業は生まれないですよね。
実際、経営陣は社内で攻める姿勢やスピード感が失われていることに危機感を抱いていました。
それで、2016年〜2020年の中期経営計画に「航空会社の価値判断やルールだけに縛られない、果敢に動ける新規事業のための組織が必要だ」という内容が盛り込まれたんです。

栗山
それが「未来創造室」に繋がるんですね。津田さんがリーダーに抜擢されたのはなぜだったんですか?

栗山 圭太(くりやま・けいた)。執行役員事業戦略室長 兼 マーケティング本部長 兼 グローバル事業本部長。2003年、新卒で入った証券会社を辞め、第二新卒としてサイボウズに入社。公共営業、大阪営業所の立ち上げなどを経て、「サイボウズ Office」「kintone」のプロダクトマネージャーを経験。その後自身の強い希望で営業に戻り、ここ数年はアジアの拡販にも注力。アジア10カ国を訪問し、パートナー企業とのリレーションシップを図っている

津田
シリコンバレーから帰国した後の行動が、経営陣の印象に残っていたのかもしれません。
たまたま、2015年にシリコンバレーでデザインシンキングを学ぶ研修に1週間参加したんです。カジュアルな空気感の中で世界最先端のものが生まれていることに衝撃を受けました。
「シリコンバレーの空気感を持って帰ろう」と、帰国後は事務局をしていた経営会議にポロシャツで出席したら、めちゃくちゃ心配されて(笑)

栗山
シリコンバレーから帰ってきたら変わってしまった(笑)。たしかにそれは印象に残りそうです。

津田
そういえば、当時の社長がスピーチの場で「新規事業チームのリーダーをどう選んだか?」と聞かれて、その場にいた僕を指差して「いつも失敗ばかりしていた社員で……」というようなことを言ったんです。
振り返ってみると、確かに会社的には失敗と思われるようなものをいろいろ担当してきたんですよね。自分ではそうは思っていないんですけど……。

栗山
そもそもチャレンジしないと失敗もしないですから。そういったところが適任だと思われたのかもしれないですね。
とがった社員を発掘するための社内提案制度

栗山
リスク排除の空気がある中で、どうやって新規事業を生み出したんですか?

津田
年に1回「Da Vinci Camp(ダ・ヴィンチ・キャンプ)」という社内提案制度を実施しています。最終選考で合格すると、強制的に未来創造室に配属されます。

栗山
配属された人たちがイチから新規事業を考えるのではなく、すでにアイデアを持っている人が未来創造室にやってくるんですね!

津田
立ち上げ当初はとにかく部署に人を集めて、そこから何をするのか考えていたのですが、なかなか思いつかないし、思いついても、そうそううまくいかない。
そこで、「自分はこれに命をかけてやるんだ」というぐらい思いのあるアイデアを持った人に来てもらう仕組みに変えたんです。

栗山
安定を求めてANAという大企業に就職する人も多いと思うのですが、なかには新しいことをやりたいとメラメラ燃えている人もいるってことですか?

津田
はい。ただ、探すのはなかなか大変なので、「Da Vinci Camp」のような制度があると発掘しやすいと思いますね。
エントリーは30歳前後の若い人が多いですが、シニアもいますよ。2025年度は89件の応募がありました。

栗山
どんな職種の人が多いですか?

津田
事務系の総合職からはほとんどなく、客室乗務員やパイロットといった専門職から圧倒的に手が挙がってきます。あとはANAグループ各社からも手が挙がります。
航空の専門職は「オペレーショナルエクセレンス」(業務の卓越性)を追求する必要がありますが、なかには、実は新しいことにチャレンジしてみたい人もいるんだという発見がありましたね。

栗山
強制的に配属させるということで、もといた組織に理解を求める苦労はないですか?

津田
それが意外と揉めないんですよ。未来創造室に来る人は、やりたいことがあって、手を挙げて、さらに選考を勝ち抜いてくるような、とがった人たちなので、組織の中では異端児扱いされていることもある。
もとの組織としても、よりその人に合う場所で働くほうがよいと送り出してくれるのではないかと思います。

栗山
「Da Vinci Camp」を経て、適材適所に収まっていくんですね。

津田
審査でも、半分はアイデアの面白さで選びますが、もう半分は人柄で選んでいる感じもあります。
与えられた仕事をきちんとやることが得意な人に、当たるかどうかわからないことをゼロからやってもらうのはストレスになるので、我々としても避けたいんですよね。

栗山
与えられた仕事をきちんとできる人ももちろん大事だし、目指す方向性が違うということですよね。
アイデアが実を結び、30代で社長になった人も

栗山
新規事業のアイデアは、どのように形にしていくのでしょうか?

津田
「Da Vinci Camp」を通過すると、実証実験やビジネスモデルのブラッシュアップを中心に「本当に事業化できるか」を見極めていきます。
この段階では基本的に個人で案件を持ち、社外のスタートアップや研究機関といったパートナーと組んでやっていきます。

栗山
予算や人員はどのように与えられますか?

津田
お金を一方的に割り振るというより、一つひとつのアイデアに対して「これをやりたいならいくら必要だ」という判断をしていきます。
四半期ごとにKPIを立てて進めていきますが、うまくいかなくても一方的に打ち切ることはありません。最初は収益性よりも、「マーケットに合う事業にしていけるか」を判断する指標が多いです。
いきなり作り込むのではなく、社内外のメンターに伴走してもらいつつ進めています。

栗山
少しずつ積み上げていく形ですね。

津田
はい。事業化の段階に入ると、社内外から人を募集してチームをつくり、チームごとに予算管理をしていきます。

栗山
予算の総額自体は未来室長の権限の中で決めるんですか?

津田
そうですね。会社には、将来の種まきのために、投資額の1%程度をリスクマネーとして使うという判断をしてもらっています。

栗山
どんなアイデアが持ち込まれるのか、すごく気になります! 事業化が実現したものはあるんでしょうか?

津田
遠隔でお客様をサポートする接客AIサービス「avatarin(アバターイン)」があります。この事業はANAから独立して会社化し、2024年時点で累計77億円の資金調達をしています。

栗山
提案された方はいま何をしているのですか?

津田
共同創業者としてCEOとCOOをしています。
実は、「Da Vinci Camp」の最終審査で合格を出す前に、「事業化したら社長をやってもらうが、その覚悟があるか」を確認しています。「avatarin」の担当者は、社長になった当時30代半ばでした。

人とAIが共存可能な遠隔からお客様をサポートする接客AIサービス「avatarin」。「遠隔からAI化」という独自の手法を用いて開発されたコミュニケーションに特化したAIを活用し、人材不足が進む中、人とAIが共存できるまったく新しい接客ソリューション

栗山
30代で社長に……すごいですね! ほかにはどんなものが進んでいますか?

津田
事業化を準備している段階でいうと、大阪・関西万博でお披露目した「空飛ぶクルマ」などがあります。
ほかにも、まだ実証実験の段階ですが、企業内のベビーシッター制度を大きくして、チャイルドケアステーションを作るというアイデアもあります。

栗山
ベビーシッターですか?

津田
当社は不規則なシフトではたらく社員が多いので、ベビーシッターのニーズが高いんです。
そこで、子どもを預けたい社員と、子離れ後で子育てを手伝える社員とをマッチングするサービスを考えています。
ベビーシッターを頼むことに抵抗感がある人も、同じ会社の人なら頼みやすいのではないかということで。この仕組みを形にして、他企業にも広めていく展望もあります。
涙が多い組織だからこそ大事にする「否定しない」空気感

栗山
ここまで明るいトーンでお話しいただいたのですが、しんどいこともありますか? たとえば、社内での軋轢や、既存事業との対立とか……。

津田
未来創造室は本業の治外法権に位置づけられていることもあり、ある程度自由に動けるので、そのあたりはクリアになっています。
それよりも、新規事業を畳んでいくときがとにかくつらいです。

栗山
畳んでいくとき……ですか。上司がそこまで熱い思いで関わってくれるというのは、立ち上げた社員にとっても心強いですよね。

津田
僕も、一つひとつの提案に普段から伴走するようにしているんです。数値的な目標管理をしながら進めているので、だめだったらだめで「次にこうしようね」という進捗状況は確認しています。実証実験をするときもなるべく現場に行きます。

津田
数字が届かなかったからといって急に「もうダメです」とは言わない。そんなことをしても、何もいいことがないし、その先にも影響が出てしまいますから。

栗山
心が折れてしまう可能性もありますもんね。

津田
頓挫したとしても、ANAの物差しに合わなかっただけということも多いです。そのあと他社に転職して新規事業にチャレンジしている人も少なからずいます。それはそれでいいと思っているんですよね。
よく「楽しそうな部署だよね」と言われますが、楽しさの裏側で、実は涙の多い組織なんです。撤退するときだけでなく、目標との乖離が大きくなって悩むこともあります。

栗山
しんどさもあるなかで、津田さん自身が大切にしていることはありますか?

津田
早稲田大学の入山章栄教授が言っている「チャラ男と根回しオヤジのタッグ」を行動指針にしています。

津田
イノベーションを生むには、目立ちたがりで成果にこだわる「チャラ男」や「チャラ娘」が必要だけど、組織で軋轢を生む可能性もあるので「根回しオヤジ」のような存在も必要になります。

栗山
根回しも大事なんですね。

津田
もうひとつ、武蔵野大学のウェルビーイング学部長・前野隆司教授が言っている「幸せなマインドセットがなければ、イノベーションは生まれない」という考え方も大切です。
提案のときも、壁打ちをするときも、幸福感に包まれた空気をつくるようにしています。少なくとも「絶対に否定しない」のが僕たちの強いルールです。
「Thinker to Doer」。行動する人を見つけ、応援することを大事に

栗山
新規事業を進める役割を急に与えられた人にアドバイスをするとしたら、どんな声をかけますか?

津田
まずは自分が興味のあることは何かを一度考えてみるといいかもしれないですね。
会社の事業や任されている業務を一度横に置いて、個人として何に興味があるのか振り返ると、そこから会社や業界との接点が見つかることもあります。
あと、ひとりでは何もできないので、なるべく人を巻き込んでいくこと。とにかく簡単には成功しませんから、本当に何をやりたいかを軸に、柔軟に変えていくことも必要だと思います。

栗山
本物の起業家というのは、やはりあきらめないですよね。今回の対談で、新規事業を立ち上げるためのヒントをたくさんいただきました!

津田
いやいや、僕たちもうまくいっていないことのほうが多いですよ。とりあえず動いているだけですから。

栗山
動いているのがすごいです。やっぱり動かないと始まらないですね。

津田
それは、そうかもしれませんね。ANAの創立70周年(2023年)のときのキーワードに「Thinker to Doer」があります。
「考える人から行動する人になる」という意味ですが、行動するって結構大変で、全員ができることではありません。
行動する人を見つける、サポートする、少なくとも邪魔せず、応援しようと発信しています。そういう意味では、社内提案制度は「行動する人」を探していくことなのかなと。

栗山
それに、想像や妄想自体はノーリスクでできますしね。

津田
そうなんです。最初からピカピカのアイデアは出てこないので、「思いついたときは必ず口にしよう」と言っています。周りは「いいね」って楽しく聞くことが大事だと思います。

栗山
新規事業を行うための仕組み作りについて、わたし自身もそうですし、新規事業を担当されている方もすごく参考になるお話だったと思います。ありがとうございました!
企画:高橋団 執筆:澤木香織 編集:モリヤワオン(ノオト)