学生時代は慶應義塾大学バスケ部の主将として活躍し、卒業後は大手企業のエリートコースを歩んできた伊藤良太さん。現在はプロバスケリーグ・Bリーグの愛媛オレンジバイキングスでプロ選手としてプレーしています。
しかしかつては、「ゆるい環境に流されて腐っていた時期があった」と振り返ります。
そんな伊藤さんは、なぜゆるい環境から抜け出せたのか? そのヒントは、「ルーティンのくずし方」にあるようです。部活動を卒業後に人生の目的を見失い、同じく腐った期間を過ごした経験のあるサイボウズ式編集長の高橋団が取材しました。
二日酔いで練習参加。ゆるい環境に甘えていた会社員時代

高橋
伊藤選手は学生時代に慶應義塾大学バスケ部のキャプテンとして活躍していたそうですね。

伊藤
大学日本一を目指して熱中していましたね。ありがたいことに1年生のころからプロチームにも声をかけてもらっていました。

伊藤良太(いとう・りょうた)1992年神奈川県生まれ、慶應義塾大学出身。日本のプロバスケットボール選手。Bリーグの愛媛オレンジバイキングス所属。スポーツを切り口に子どもたちの機会格差の是正に取り組む団体・フェアホープ代表

高橋
すごい! そのままプロの道もありそうですが……。

伊藤
当時はまだBリーグもなくて、プロになっても食べていけるかわからなかったんです。
「慶應なら大企業へ行くのが当たり前」という空気に押されて、最終的には就職を選びました。

高橋
それで実業団チームでバスケを続けたんですね。
学生時代にキャプテンまで務めた伊藤さんが、会社員時代「腐っていた」というのが意外です。

伊藤
まさに20代前半、社会人1〜2年目のころが一番腐っていました。
当時は大手の保険会社に勤めていて、しかも配属先はエリートコースと言われる本店の法人営業。バスケでも試合には出られていました。
でも、中身はボロボロだったんです。

高橋
ボロボロって、具体的には?

伊藤
ゆるい環境に流され続けていました。バスケの練習は週に1回だったんですが、飲み会は多い時に週5でいっていて、二日酔いで練習に参加したりしていました。

高橋
ええ。

伊藤
そもそもバスケ部に入ったのも出世できると聞いたからで、不純な動機で続けていました。本当、すみません……。

高橋
仕事はがんばっていたんですか?

伊藤
いまじゃありえないですけど、朝の7時半から夜の10時くらいまで働いてました。
でも、「保険の仕事を好きになれたか」というと、なかなか難しくて……。

高橋
夢中にはなれなかったんですね。

伊藤
やっぱりプロへの未練がどこかで残っていたんだと思います。
仕事にも打ち込めず、バスケも目標なく続けている。中途半端な状態が続いていて「このままでいいのかな」って葛藤が毎日ありました。

高橋
どっちつかずの状態って、一番エネルギーを消耗しますよね。仕事に100%振り切るのも怖いし、かといって過去を捨てるのもさみしい。
そのしんどい状態を、なぜ2年間も抜け出せなかったんでしょうか?

伊藤
環境に甘えていましたね。仕事では怒られてばかりでしたが、バスケの試合に出ることで、同僚には応援されました。それが、自分の存在意義の確認になっていました。
でも、どこかでは思っていたんです。「本当の俺はこんなもんじゃない」と。
現実から目を背けることで、弱い自分を必死に守っていました。プライドだけが肥大化して、行動が全く伴っていない状態。それが僕の腐っていた時期です。
「抜け出さないとやばい」という本気の危機感

高橋
腐っていた時期から抜け出すきっかけは何だったんですか?

高橋団(たかはし・だん)サイボウズ式編集長。1996年生まれ。早稲田大学を卒業後、2019年サイボウズ株式会社に新卒で入社。高校時代にアメフトで日本一を経験するも、卒業後にアイデンティティを喪失。大学1年目はPCゲームに浸かり、1年を丸々溶かした

伊藤
ある日の飲み会で、上司にすごい詰められたことがあったんです。「本気でやってるのか?」って。その時に涙が止まらなくなってしまって。

高橋
ええ、大丈夫ですか?

伊藤
怒られて泣いたというよりかは、もう、心が限界だったんだと思います。大好きなバスケを裏切り続けている自分に耐えられなくなった。

高橋
頭で理解する前に、体が先にアラートを出したんですね。

伊藤
恥ずかしいですけどね。でも、あの涙があったからこそ「この環境から抜け出さないとやばい」という危機感が本物になりました。

高橋
でも、いざ抜け出そうと思っても難しいじゃないですか。
どうやって最初の一歩を踏み出したんでしょうか?

伊藤
これにもきっかけがあります。
ある時、恩師から小学生を相手に講演をしてくれないかと連絡がきたんです。ただ、テーマが「夢を叶える」で。

高橋
うわぁ……。それは、ツラいテーマですね(笑)

伊藤
本当に(笑)。僕が企業で働いているのを知らないから、外から見たらプロバスケ選手として活躍してるように見えたんだと思います。
自分でいいのかと思いました。それでも、受けることにしたんです。

高橋
受けたんですね!

伊藤
正直、苦しかったですね。子どもたちの前に立って「こう夢を叶えるんだ」と言わなきゃいけない。でも、いまの自分は飲み歩いて練習もサボっている。
講演の準備をすればするほど、自分の本当の気持ちに嘘をついているなって気づいて、嫌悪感でいっぱいになりました。

高橋
なるほど。夢を追ってバスケをしていた学生時代を振り返ることで、はじめて理想の自分と現実の自分のギャップに気づいたんですね。

伊藤
そうですね。嫌悪感を抱いたまま、講演は終わりました。
実は、講演の帰りに、ある出来事がありました。子どもたちの機会格差についての記事を読んだんです。
自分はずっと恵まれた環境でバスケをできていました。でも、同じような機会に恵まれない子どもたちがいる……。
このことを知ったとき、強烈に「これだ!」って衝撃を受けました。僕には、バスケという武器がある。それを活用して、子どもたちにいい影響を与えていく使命があると感じたんです。

高橋
急展開だ……! 講演準備を通して初心を思い出したからこそ、記事が響いたのかもしれませんね。
その後はどういうアクションをとったんですか?

伊藤
そこからは迷いがなくなりました。
社会人3年目に会社のバスケ部を辞め、4年目のタイミングで岐阜県に転勤することになりました。
ちょうどそのタイミングで、偶然、岐阜でプロチームが発足することを知りました。そこで、アマチュア契約で再びバスケをはじめたんです。
もう一度、日本一を目指してバスケに熱中できるのがとてもうれしかったですね。

高橋
その後は完全にプロに転向をして、いまはB2の愛媛オレンジバイキングスで副キャプテンですか。すごい変化ですね。
自分を変えるコツは、頭で考えずに物理的にルーティンをくずす

高橋
伊藤さんは講演依頼をきっかけに人生を大きく変化させました。
ただ、普通の会社員がいきなり会社を辞めたり転勤するのはハードルが高いです。もっと日常的なレベルでできることはありますか?

伊藤
いま振り返るとなんですが、講演依頼を受けたときの僕は、いつも通りの日常に変化を加えたかったんだと思います。

高橋
というと?

伊藤
自分を変えていくには、ルーティンからズレてみるっていうのが大事だと思うんです。
日々忙しいし、目の前の業務もあるし、絶対いつもの繰り返しになっちゃうと思うんですよね。でも、そこから逸脱したようなアクションを、いかに取れるか。

高橋
考えているだけでは環境は変わりませんもんね。具体的にどんなことをすればいいですか?

伊藤
本当に小さなことでいいと思うんです。例えば、いつもと違うルートで帰る、普段話さない他部署の人を飲みに誘ってみる、あるいは社外の勉強会に顔を出してみる。
大事なのは、頭で考えるのをやめて、体をコンフォートゾーンの外へ物理的に放り出すことです。

高橋
おもしろい! 頭で考えてから動くんじゃなくて、まずルーティンをくずすことが先なんですね。

伊藤
そうです。僕も講演の話を受けた時、苦しかった。中途半端な自分を見せるのが怖かったから。でも、そこで「やります」と言ってしまった。その一歩があったから、いまの自分がある。
「なんとなく嫌だな」「緊張するな」と思う方向にこそ、出口がある気がしています。
「このままでいいのか」というモヤモヤは成長のきっかけ

高橋
伊藤さんの話を聞いていて気づいたのは、「このままでいいのか」という不安って、実はすごくポジティブなものなんじゃないか、ということです。

伊藤
ポジティブ、ですか。

高橋
ええ。伊藤さんが本当に腐っていたら、そもそも不安すら感じていなかったと思うんです。
あのままゆるい環境にずっといてもよかった。

伊藤
たしかに。いま振り返ると、不安だということは、自分のなかにまだ「こうありたい」という理想が残っている証拠だったのかもしれないです。
むしろその感覚を大切にするべきですね。

高橋
はい。それに、最近はAIが何でも正解を教えてくれるじゃないですか。
でも、伊藤さんが感じていた「このままでいいのか」というヒリヒリした不快感って、AIに頼っていたら得られないと思うんです。

伊藤
なるほど。AIは心地よい正解はくれるけど、挫折や悔しさはセットになっていないと。

高橋
そうなんです。でも、人間を成長させてくれるのって、そういった「無理かも」って思うちょっとした背伸びとか居心地の悪さだと、伊藤さんの話を聞いていて思いました。
僕は今年から編集長になりました。つらいですが、いままでにない刺激に成長を感じられています。

伊藤
わかります。僕もいまはB2の愛媛オレンジバイキングスでプレーしていますが、下部リーグのB3にいたころより、まわりのレベルが高いので出場機会が減ることもあります。
でも、その居心地の悪さを求めている自分がいます。悔しさもありつつちょっと「おっしゃ」と思うというか、自ら不安を買いに行っている感覚ですね。

高橋
不安に飛び込んでいくの、大事ですよね。伊藤さんは人生をかけてやってるのがすごいです(笑)
自律した個人が集まるチームが強い

高橋
ここまで個人の意識変革について話してきましたが、やっぱり1人でがんばるのって限界があると思うんです。
伊藤さんはキャプテンの経験が長いですが、チームメンバーの背中を押すために何かしていることはありますか?

伊藤
僕が意識しているのは、チームの目標と選手個人の目標を接続することですね。

高橋
接続、ですか。

伊藤
例えば「勝ちを積み重ねよう」というチームの目標があっても、選手個人は「勝てなくても自分がずっと契約できればいいや」とモチベーションが下がっているかもしれない。
そこでチームの目標を無理に押し付けるのではなく、まずは徹底的に話を聞いて、不満や不安を発散させるんです。
すると「やっぱり負けるのは嫌だったんだ」という本音が出てきたりする。

高橋
すごい、認知が変わるんですね。

伊藤
勝ちながら長く続けられるようになれば、チームも選手も、両方の目標も達成できるようになる。
こういう接続ができれば、自律して挑戦できるようになるのではないでしょうか?

高橋
なるほど。そう考えると、会社員にも同じことが言えそうですね。

伊藤
というと?

高橋
例えばサイボウズでも、遠くの売上目標は提示されます。でも、それをどう達成するかという手段の部分は、現場にかなり任されているんです。
僕らの本部長からも、「会社の目標達成を、自分の理想の実現と重ね合わせてください」と言われていて。

伊藤
自分の理想のために会社を活用するんですね。

高橋
そうです。会社の目標と自分のやりたいことをうまく接続できれば、会社のリソースを使って挑戦ができる。
個人ではできない何千万円、何億円という規模の仕事を経験させてもらえたり。

伊藤
たしかに。それに、ある程度の失敗が許される環境でもありますね。

高橋
会社を上手に使い倒して、個人がもっとわがままにアップデートしていく。そんな自律した個人が集まるチームこそが、結果的に一番強いんでしょうね。
企画・執筆・撮影:高橋団(サイボウズ)
愛媛オレンジバイキングスの経営についても取材しています
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