仲間へのモヤモヤが消える? 宇宙兄弟に学ぶ「見返りを一切期待しない」伝え方
「モーニング」で連載中の『宇宙兄弟』は宇宙飛行士となった弟と無職の兄の話から始まるマンガです。
弟の活躍を横目にみていた兄も、小さいころ兄弟で宇宙に憧れていた気持ちを思い出し、弟を追って宇宙飛行士になります。もじゃもじゃのアフロのような髪型で、すぐ弱気になってしまう兄の南波六太は、エリートの弟と大違い。リーダーのようなタイプには見えないのですが、不思議とチームをまとめてしまう能力に、私たちも学ぶところが多そうです。
といっても、宇宙を目指すなんてゴールは、いくら意識が高い系の人でも、壮大過ぎるのも確か。参考になるところはあるのでしょうか、梅崎修先生?
『宇宙兄弟』は物語性も素晴らしいんですけど、クリアしなくてはいけないテストが次々と出てくる「テストマンガ」だという視点で読んでみるとまた違うおもしろさが発見できると思いますよ。特にチーム内の仲間がライバルというシチュエーションを南波六太が乗り越えていく過程は、大事なプレゼンや面接の場面なんかで、参考になるんじゃないでしょうか。
なるほど! テストなら小学生のころから誰もが受けていますね。仕事の現場でもアポ取りや営業、社内のプレゼンや上司の査定など、日々テストを受けているようなものです。
『宇宙兄弟』では、六太が宇宙に飛び立つ前にさまざまなテストを受けている姿が描かれています。
例えば、単行本の3巻に出てくる宇宙飛行士選考の3次審査は、残った15人が3チームに分かれ、外の世界とシャットアウトされたハコの中で2週間共に過ごすというものです。宇宙に飛び立ったとき、閉鎖的な空間で様々なトラブルに対応できるかを、JAXA(宇宙航空研究開発機構)のお偉いさんたちに示すためです。
架空の宇宙船の中でいかに自分が宇宙飛行士にふさわしいかを説明する、いわば2週間も面接を受けているような状態ですよね。
ここで特徴的なのは各班の5人の中で宇宙飛行士にふさわしいと思う2人を、自分たちで選ぶという決まりごとです。自分が選ばれるために目立たないといけないと同時に、食事の節約やメンバー同士のストレス管理など仲間と協力しなくちゃいけない、しかも誰が宇宙飛行士にふさわしいかも判断する必要がある、という状況の中で、どういう行動パターンを取るといいのか、次第にわからなくなってくるんですね
チームの仲間がライバル、その時どうする?
たとえば、チーム内でどれだけ仲間を生かせるか、協力できるかを評価してもらえばよい、そのために合理的に他人を動かせばいいと思うかもしれませんが、これは破綻します。ほかのメンバーが『コイツが俺たちを生かしてくれるのは自分が評価されるためなんだ』とわかってしまうからです。一気に信頼が落ちてしまう。自分一人の合理的で利己的な行動だけではテストを突破できないというジレンマに陥る。
自分が選ばれたい!と思う気持ちが強くなると「アイツさえ失敗すれば……」といったねたみや嫉妬の感情は、どうしても出てしまいがちですよね。そういう気持ちを克服するのって非常に難しいもの。『宇宙兄弟』ではこうしたジレンマが随所で描かれています。
六太といっしょに晴れて宇宙飛行士に選ばれた親友の真壁が、月に行けるメンバーの座を六太と争う水中訓練のシーンでは複雑な葛藤を見せます(単行本16巻)。
訓練をチームで乗り越えるため、六太が出したアイディアをいいと思っていても、自分が評価されるために敢えて真壁が反論して自分の意見を通そうとする場面ですよね。ハッキリいって建設的でもなくチームとしては最悪の状態なんだけど、普通の人間はそういう気持ちにとらわれてしまう。でも、本当に宇宙飛行士に選ばれたひとたちを見ていると、合理的計算も演技でもなく、ねたみとかの負の感情にも流されずに真剣に、みんなも自分も良くしたいという感情に落ち着いています
合理的な計算だけでは壁にぶち当たる
利己主義を超えられる人というのは、計算で行動するのではなく別のモチベーションを持っているんですよ。六太の場合は『兄弟で夢見た宇宙に行きたい』という気持ちはピュアだから、5人のうち2人とか、2人のうち1人しか選ばれないという場面でも、(宇宙にいくというミッションを達成するために)『いいチームにしていこう』という気持ちに戻れていると思うんですよね。もちろん利己的な気持ちを全部取り去ることはできないけど、ピュアな気持ちを持っている人だけが、生き残っていく物語としても読めるんじゃないでしょうか。
私たちも出世したい、お金を稼ぎたいという気持ちと同時に、自社の製品やサービスを通してお客さんの生活を便利にしたい、社会を良くしたいというピュアな部分があるはずです。
あるいは「飲み会に行けば、上司のご機嫌を取れる」という思いとは別に、チームのメンバーで上下関係なく楽しい時間を過ごしたいという気持ちを心の中で探してみるといいのかも。
計算をし過ぎると頭の中がごちゃごちゃしたり、チームのメンバーが自分を裏切るかもしれないという疑心暗鬼に陥ったりして、パフォーマンスが落ちるというジレンマがあるのは確かですね。
「いいね!」の強要は、リーダーにふさわしくない!?
なぜ六太は、極端な合理的な計算だけに流されず行動できるのか。そこにはピュアな感情だけでなく、彼が培った高いコミュニケーション力にも理由があると梅崎先生は指摘します。
たとえばFacebookの『いいね!』ボタンを押したら相手から『いいね!』を押し返してもらうのって、非常に利己的で、わかりやすくいうと自分も押してもらいたいから押していくっていう、つまり等価交換なんですね。チームの仲間に『君たちを認めるから僕をリーダーとして認めてくれ』というのと同じ。何かやってくれたらやってくれるという水平レベルのコミュニケーションであり、利己的なんです。
言われてみると、自分がいかに等価交換のコミュニケーションにとらわれているか心にグサグサときます。「あんなに面倒をみた」同僚や後輩のとった行動に「えー」と思ったこと、「バレンタインのお返しがマシュマロって?」と引いたことなど、数知れず……。
梅崎先生は「垂直型」と「水平型」という言葉を使ってさらに分かりやすく説明してくれました。
滝の水が下に流れるように、上から下へと見返りを求めず助言やノウハウを与えるのが「垂直」型のコミュニケーション。対して「水平型」は同じレベルで二人が向き合っていて、ピンポン玉のように、与えたら与え返すというギブアンドテイクで等価交換を求め合うコミュニケーションとのこと。『宇宙兄弟』の人たちがどちらか、おのずと分かりますよね。
『宇宙兄弟』のすごいところは、現役の宇宙飛行士たち同士のコミュニケーションだけでなく、亡くなった人や意思半ばで夢を断念した人たちの思いを引き継ごうとする点で、垂直で不等価なコミュニケーションを描いているところなんですよ。人から受けた恩をその人には返せない、常に上から下へと与えるだけのコミュニケーションですから、水平コミュニケーションの対極ですよね。例えば、定年退職間近の上司が部下に色々教えるなんていうのも垂直コミュニケーションの1つと言えるでしょう。六太の周りに自然と人が集まるのは、彼がこういう垂直的で不等価交換の経験をたくさんしているからで、そんな経験があるから、彼自身が見返りを求めず、与えることが本気でできる。たとえ報われなくても、行動を起こす人が信頼されるということです。
六太と同じジョーカーズの一員であるベティが、月を目指すのは事故で死んだ宇宙飛行士の夫の想いを息子に伝えるためだと打ち明ける場面や(単行本18巻)、六太を最後の教え子と決めて操縦訓練を指導するヤンじいの存在(単行本13巻)など、相手からの見返りなどを求めず、相手への一方的な想いや熱意をモチベーションにしている人たちが『宇宙兄弟』にはたくさん登場します。
特に、亡くなった人の思いをいくら実現したところで、その人はもうこの世にいないのですから、直接褒められるわけでもない。逆に亡くなった人がトクをするわけでもない--極限までピュア化された「対話」といえそうです。
読んでいると、一方的な愛情とか熱意を伝えてもいいんじゃないっていうのが伝わってくるマンガです。仲間や仕事に対して抱えているモヤモヤ感が半分くらい一瞬消えるかもしれないし、コミュニケーションの90%は不等価コミュニケーションだと気づくと、今までと違う行動パターンで人間関係を構築できると思いますよ。でも、利己的な計算で成功した経験がある人は、不等価コミュニケーションの大切さになかなか気づけない。こういう人がチームにいたら、説得よりむしろ「お前がどう思おうと俺はお前が好きだ」というような不等価コミュニケーションをどんどん与え続けることで、態度が変わっていくかもしれません。
あなたの周りの「六太」は誰だ?
経済誌を読めば「グローバル化の時代だ!」というあおり文句が並び、事実、新興国が力をつけて日本の経済的なパワーも低下しています。IT化で新しい技術に追いつくのもひと苦労。職業がクラウド化されて、ライバルがあちこちから出てきています。仕事や社内の状況が激しくなっている時代だからこそ、競争とは違う「チーム力」が必要なのですね。
そうですね。宇宙兄弟から学べる点として、もう一つ、『自分を笑えるユーモアセンス』もあげておきましょう。主人公の六太は弱さをベースにしたキャラクターですが、何か強い所を持っているという物語。優秀な弟へのコンプレックスも時折のぞかせます。しかし、彼はそのコンプレックスを悪い感情だと消し去ろうとせず、その感情にとらわれないよう、自分も含めて笑って軽くしようとする。他人の目線を気にせず自分を笑える奴が、本当に強い人なんです。大変な時でも自分を軽くできるのがユーモアという才能であり、ビジネスにおいても大切な資質だということを『宇宙兄弟』は教えてくれます。
ぱっと見では優秀にも強いリーダーシップがあるようにも見えない六太。しかし、彼のような人がチームの空気をいい方に変えていくのですね。
まずは、つい見返りを求めがちな自分自身のコミュニケーションのあり方を見直しながら、六太っぽい人が周りにいないか探してみることにしましょう。普段は目立たない、でも、いないと困る。そんなあの人がチームのキーパーソンなのかもしれませんよ。
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