もうホワイト企業でなければ生き残れない──サイボウズ青野×フローレンス駒崎 イクメン経営者対談
サイボウズが12月1日に公開した、働くママをテーマにしたショートムービー『大丈夫』。TVでも取り上げられるなど各方面からたくさんの反響があり、YouTubeの再生回数は1ヶ月で55万回を突破しました。そのスピンオフムービー『パパにしかできないこと』が2015年1月から公開されます。
「働くママによりそうこと」の大切さを実感したイクメンたちは、今後どのように行動していけばいいのでしょうか。ムービー制作プロジェクトを担当したサイボウズ式の大槻幸夫編集長が、サイボウズの青野慶久社長、病児保育・病後児保育の認定NPO法人フローレンスの駒崎弘樹代表にお話を伺いました。
「イクメンブーム」はまだ始まったばかり
(ムービー『パパにしかできないこと』を見て)ボロクソにけなそうと思って見たんですが、突き抜けてダメなパパじゃないですね(笑)
子どもを持つ男性って、タイプが分かれると思うのです。育児をする人はするし、しない人はしない。ムービーではその「中間」にいるようなパパを描きました。
でも、よくないなと感じたのは「育児を手伝う」という発想。ムービーでは男性でもできるようなことが「ママにしかできないこと」とされていますよね。僕は妻の育休中に「夜番」をしたことがあります。夜泣きするとあやして、3時間寝て……の繰り返し。これくらいは男性でもできますよ。
また「奥さんに『大丈夫?』と声をかけたり、たまには抱きしめてあげたりするといい」ともありましたが、それだけだと女性の負担は減りません(笑)。「実働もしようよ!」というのが僕の意見です。
そうなんですよね。ただ、自分なりにがんばっているのかもしれませんが、本当にママを助けようと言う気持ちも無く「手伝っている」だけの感覚だと、逃げ腰な姿勢が奥さんにはバレバレですよね。
昨年公開したムービーでも「男性は何をしているんだ」というツッコミが寄せられましたが、今回もきっと来るでしょう。もうあと一歩、何が足りないのでしょうか。
イクメンの周囲にいる人がムーブメントを育てる意識を持つことが大事ですね。たしかに男性がドヤ顔で「僕はイクメンだ」と言うと、女性たちは不愉快かもしれません(笑)。でも過剰にけなすと萎えてしまう男性もいます。
まだ「イクメンブーム」は始まったばかり。赤ちゃんのような状態です。イクメンの周囲にいる人がムーブメントを育てる意識を持つことも大事。イクメンそのものに共感する気持ちがあるなら、まずは相手を認めて、足りないところを適切にフィードバックして育てるのが望ましいです。
この流れを止めてはいけないですね。サイボウズでは問題を提起するつもりで動画『大丈夫』を公開しましたが、一部から批判の声が届いたとき、ショックを受けたこともあります。でも待てよ、と。僕たちは自ら挑戦しながら考え続けてきた。それで批判されるのであれば仕方がない。考えていないと一球を投じることもできない。こう思ったのです。
社会的課題を定義した今回の取り組みは、NPOの視点から見るととても画期的です。これまで市民セクターが担ってきたソーシャル・ムーブメントを一企業が行い、社会を動かす入口を提示したわけですから。それに乗っかった人たちが議論を重ね、結果的に「何とかしないとね」と世論を形成することになるのです。
新たな薪をくべている感覚があります。賛否両論があるおかげで、テレビに出させていただいたり、取材を受ける機会が増えたりと、第二第三の波が来ているなと。
でも一昔前と比べて明らかに変わったのは、「イクメン=カッコいい」と認知されるようになったことですよね。女性から「夫がイクメンぶるのよね」なんて話を聞くこともありますが、昔はイクメンぶる人すらいませんでした。男性が職場で育児の話をするなんてカッコ悪い、といった風潮があったと思います。
蟹瀬誠一さんのような、50〜60代の「元祖イクメン」の話を聞くと、当時イクメンは会社で浮いていたと。わずか10年で価値観が逆転し、世の中は大きく変わりました。
今後5年もすればイクメンであることが普通になるでしょう。フィンランド政府の方と情報交換した時、「僕たちも変わり始めたのは30年くらい前で、今みたいなイクメンが当たり前になり始めたのは、15年くらい前ですね」と仰っていました。15年っていうと、たかが1世代やそこらで変わると言うこと。それに伴い「育児も仕事もできる男性がカッコいい」とされる時代が来ると思います。とはいえ、全員が「スーパーイクメン」になれるわけではない。「なんちゃってイクメン」も徐々に成長していけばいいのです。
育児をがんばることと、仕事を早めに切り上げて帰ることはセット
試行錯誤してもいいと思います。武蔵大学で男性学を研究する田中俊之先生が対談でおっしゃっていましたが、真面目な男性は「育児をしなきゃ」と思って奮闘しながら、仕事も今まで通りに続けようとするのだそう。
その結果、どちらも回らなくなり、燃え尽きてしまうのだとか。育児をがんばることと、仕事を早めに切り上げて帰ること。この両方をセットにしない限り、両立できずに苦しむ人が出てくるのは必至です。
いかに働き方をスマートにするかが、大きな課題になるでしょう。ボーリングでいうところの「センターピン理論」が参考になります。いくつも抱えている仕事の中で「センターピン」になるものを見つけて、そこに集中する働き方にシフトしなければなりません。となると当然、長時間労働を変える必要があります。
実はもうすぐ三人目の子どもが生まれます。ますます子育てが大変になる不安(笑)もありますが、これを機に自分の仕事の中でどれがセンターピンなのか考えるようになりました。結論としては、センターピン以外のピンを倒す活動はしないこと。
たとえば、今までは講演依頼をいただくとすべて引き受けていましたが、取捨選択するようになりました。全部に均等な力で臨むよりも、すこしでも社会を変える可能性のある講演で150%の力を出したほうがいい、と思ったのです。
昨年は僕、講演の仕事を一切受けなかったのです。そのぶん生まれた時間を、新規事業の立ち上げに充てることができました。知人から大学での講演を依頼されることがありますが、正直なところ社会的なインパクトはほとんどないです。理由を説明して断ったら「エラくなったね」と言われました(笑)。
数日間「そう捉えられちゃうのか……」と悩みましたが、そんなことで嫌われるなら真の友人ではない、という結論に到りました。悪いソーシャル・キャピタルは切って、大事な人を中心に関わればいいと思うのです。嫌われる勇気と断る力を持とう、と。
いかに絞り込むかは大事ですよね。僕は「今この人と組むべきではない」と判断することがあります。自分にとって有限な時間を家族や仕事に大事に使いたいと考えていても、相手が僕の時間を「安く買える」と思っているなら、一緒に仕事をするべきではないと思うのです。お互いに尊重し合える相手と仕事をしたいですから。
「プロダクトアウト上司」ではなく「エンパワーメント上司」になれ!
職場がそういう雰囲気ではなかったり、上司が育児についてあまり理解してくれなかったり……というパパはどうすればいいでしょうか。
流れは変わってきていると思います。たとえ直属の上司が古い考え方に囚われるタイプでも、社内を探してみると意外と仲間はいるもの。上にいけばいくほど働き方を変えていかないといけません。
労働力の減少や産業構造のサービス化によって、あらゆる業界で採用がボトルネックになってきています。とくに有資格者や技術者はどこでも働けるので、足による投票が行われるのです。いかにいい職場にして、人材を採用し、魅了し続けるかは売上に直結しています。
悪い噂がメディアで伝わるだけで、企業の業績は変わります。2014年はその流れが顕著に見られた年でした。今IT業界も人手不足にあえいでいます。長時間労働が蔓延している企業から人材の流出が続いています。
昨今、IT業界では新サービスをリリースする際、ユーザーテストが主流になりましたよね。でも興味深いことに「社内向けユーザーテスト」はあまり行われていません。ここに多くの問題が孕んでいると思います。
わかります。上の人に対しては「(自分の頭だけで)考えるより(社員に)聞け」と言いたい。僕の失敗談ですが、会社に保育園を作れば皆のためになるのではと思い立ち、社員に「どう思う?」と聞いたところ、散々な反応が返ってきました(笑)。「そもそも水道橋まで電車で連れてくるのが大変ですよ!」という人が多かったですね。これも皆に聞いてみるまで僕自身、想像できていなかったことです。
まずは「何をすればいい?」「どんな制度を作ればいい?」などと聞いてほしいですね。
そのエピソードを聞いて、「プロダクトアウト上司」という言葉を思いつきました(笑)。でも、社内リサーチをするなら、青野さんのように社員に対して「どう思う?」とまずは気軽に尋ねる形でいいと思います。それを相手に聞きもしない、独りよがりな上司が多いわけです。
出産後に復帰した女性社員に対し、過剰に鈍感だったり、気を遣いすぎたりする上司が「来週からはバックオフィスの業務がいいよね」と極端な提案をするのはよくある話ですよね。女性の意思を聞いた上で、時短勤務に変更するだけでいいのに……。優秀な女性が活躍できず、モチベーションダウンしてしまうのはもったいない。
何年か経営者を続けてきて常々感じるのは、ビジネスには答えがないということ。皆で話し合って決めるしかないんだな、と思うのです。皆の意見が入った結果、いいものが生まれますから。
「目指すべき経営者像といえばスティーブ・ジョブズだ!」と言う人もいますが、それは思い込みです。あくまでひとつの事例ですから。全経営者がジョブズのように完璧主義で強引になると社員は疲弊するでしょう。それよりは話をしっかり聞いて、部下をエンパワーする上司のほうが何倍もいい。
「プロダクトアウト上司」ではない、新しい「イノベーティブ上司」ですね。
「ホワイト企業」度が組織としての競争力に直結する時代に
いい会社にしたりイクメンを支援したりする取り組みは、従来「福祉的な側面もあるから」といった目的で行われていました。しかし最近は「組織としての競争力に直結するから」というように、流れが変わりつつあると思います。でも、このことに気づけていない企業は多いです。今ホワイト企業化するのは会社にとって大きなチャンス。サイボウズさんは相当な先見の明をお持ちです。
ムービー制作の話に戻りますが、これまで探してみても、参考になる企業広告がなかったのです。何千億円も売上のある会社が問題提起してないことに驚きましたし、不思議にも思いました。
教科書的な見方をすると、企業は株主のことを一番に考えるべきでしょう。しかし、配当だけを求める株主を選ぶのではなく、自らの意思でコントロールすることで、企業はソーシャルな存在になれると思います。ここにいわゆる過剰な「株主資本主義」へのアンチテーゼを見ることができるのではないでしょうか。
株主にとっても、社会にとってもいい会社を目指したいですね。ある大手企業では、社員のうつ病率が無視できないほど上昇しているそうです。それに対応するにも金銭的・人的コストはがかかりますし、元気な社員にもしわ寄せがいくでしょう。
サービス産業は人が価値を生み出します。人材=資産ですから、いい人材を取り合い、長く所属させる競争が始まっているのです。いかにホワイト企業かを競い合う時代、Googleの快適なオフィス環境作りは賢い取り組みですよね。彼らは「(Googleは)こういう文化だから」と言っていますが、優秀なプログラマを引き寄せようとこれみよがしにやっているのが、非常に戦略的だなぁ、と(笑)。
給与面で他社と競争をするときりがないですよね。どれだけ給与を上げようと人は満足しません。一方、「子どもが熱を出したので早く帰っていいですか?」と言う社員に対し「もちろん。早く帰りな」と言える会社ならば、1円もかけずに大満足されます。大事なのは給与の高さではありません。
働きやすさのブルーオーシャンに行けばいいと思います。社会的意義のある事業で、社員の仲もよく、働きやすい……といった観点で勝負するのです。大企業は給与面で他社と価格競争をして、人材を取り合っていますが、その戦いから抜け出せます。
セーフティーネットとしての共働きとそれを支えるイクメンスキル
僕の会社も給与は決して高くないですが、中途社員を募集すると大企業出身者が来ます。大企業の半分程度の収入に下がってしまうので、面接で必ず「給与のことは奥さんに聞きましたよね?」と確認します(笑)。でも「共働きをしていればそこまででもないので」と。
「二馬力」でいられるのは強みになりますね。当然ですが世帯収入は専業主婦家庭の二倍近くになるわけですから。
このご時世、年収500万円を超えるのも大変。夫婦それぞれが年収300万円程度稼げば、世帯年収は平均以上の600万円になります。これこそ最強のセーフティーネットでしょう。これを踏まえると、イクメンでいることは合理的かつサバイバル術として最強です。万一男性がリストラされても、次の職を見つけるまで、奥さんが働いて回していけます。
だからこそ家事育児は当然分担しておくべきなのです。また今はイクメンでありさえすれば「いい旦那さんね」と褒められる時代。合理的に行動しているだけなのに高い評価をもらえます(笑)。10年先はイクメンが当然になっているので、なるなら先行者利益を得られる今ですよ。
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(取材:池田園子、撮影:谷川真紀子、編集:小沼悟)
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