私が博士号を取っていなければ、会社は今の10倍になっていたでしょうね
Zohoとサイボウズ──エンタープライズITの世界で戦う両社のトップに共通項があるとすれば、それは「既存のルールをぶち破る」ことかもしれない。Salesforceの買収を断り、大学を作ってZohoを育てるシュリダー・ベンブCEOに、サイボウズ 社長の青野慶久が常識の破り方を聞く。(中編「ルールだらけの日本の働き方は創造性を遠ざけ、楽しさを破壊している」、後編「人は学歴を欲しがり、教育は職業訓練の機会を搾取する」に続きます)
Breaking the rules ──ぶち破れないルールに価値はない
Salesforce.comが御社に買収をもちかけたそうですね。御社はなぜそのオファーを断られたのでしょうか?
我が社では「Breaking the rules」という考え方があり、いくつものルールを破ってきているんです。
ルールを破る?
とにかく既存のルールを破る。私自身の個性、性格でもあり、我が社のテーマでもあるんです。社員にもよく冗談で言うのですが、日本は「ルール経済」につかさどられていますよね、と。「あまりにも多くのルールで成り立っている経済」といったところで、わたしは「ルールノカミ」と呼んでいます。
ルールノカミ、ですか。それで資本主義のルールを壊したいと。
とにかく既存のものとは異なるルールで働きたいんですよ。異なるルールが新たなルールをつくり出すという考えです。「既存のルールを深く学びなさい、そうすれば効果的にそれらを破ることができる(公式には『新しいルールを作るには、今のルールを学ばなければなりません』)」。ダライ・ラマの言葉の引用ですが、疑いなくその通りです。
おもしろい! ところで、ルールを破ることがSalesforce.comとの交渉にどう関与するのでしょうか。
われわれはSalesforce.comという会社を見て、買収に応じない決定をしたんですよ。この交渉がまさに「既存のルールを破る」好例です。伝統に沿って考えるなら、あの会社の規模と業績のある会社の買収には、どの国でも応じるのが正解ですよね。日本でも、インドでさえも。私自身は、もう働かなくてもよいくらい十分な収入が得られることは分かっています。ある一線を超えたらもうお金なんて大した違いは生まないものですし、わたしはだいぶ前にそういう一線を超えたんです。ではなぜ働き続けるのか。目標や目的、ミッションがあるからです。なぜ会社を売らなかったのか。会社を売ってしまっては、私の目的は果たせないんですよ。それがSalesforce.comの買収オファーを蹴った理由です。
学歴ゼロ、高卒人材を採用する
私にとってはお金の計算など関係ないんです。興味があるのは目的であり、ミッションなんですよ。
シュリダーさんのミッションとは何ですか?
価値を創出することです。Zohoという会社の存在自体がその人にとって価値を創出するような、そういう人材を育てていきたい。われわれがそのひとの人生を変えることのできるような、そんなひとを採用するのですよ。スタンフォード卒の人材を採ってもね、彼らはまたほかの仕事を見つけますから。Zohoにとってそういう人材はあまり価値がない。でもわれわれが採用するような人材にとって、私たちの存在は意味のある大きな変化をつくり出すことができるんです。これが1番大きな理由です。
なるほど。
教育の話が出てきたので、ルールを破ることについて、少し話を広げます。例えば「東大卒ならデキる人材だ、でもドロップアウトしたような人材だったらそいつはダメだ」といったような、世間の大勢があります。でも、われわれはそんな観念を壊すんです。採用の話をすると、Zohoでは採用時に成績は見ませんし、学位も考慮しません。学歴不問です。今も高卒の人材を採用して、自社でトレーニングするんですよ。
では採用の条件というのは?
適性テストを実施し、場合によっては面接もして採用した人を「Zohoユニバーシティ プログラム」に送り込みます。社内で「Zoho ユニバーシティ」と呼んでいるんですが、そこで採用者を一年半トレーニングする。インドでは、専門や学校にもよりますが、17、18で高校を卒業しますから、その人達が入ってくれます。年間100人以上のエンジニアを輩出し、今はソフトウェア開発エンジニアの約20%の人材がZoho ユニバーシティの出身です。
トレーニングを受けた彼らが、ソフトウェア技術者にするわけですね。どれくらいの期間、教育を?
約1年半です。1年はハンズオン(手とり足とりの実地訓練)の実習で、半年はチームトレーニングです。1年は学生扱い、半年は見習い、それからやっと社員ですね。そこからフルで給与が支払われ、彼らもさらに成長していきます。
では初年は無給ですか?
いやいや、まずは奨学金を支給し、その後も定期的な手当を支払います。その後、6か月の見習い期間を経て、社員になるんです。
奨学金の一種ですね。
ええ。始めの一年、彼らにお金を支払います。食事も与えますし、自活できるように奨学金も支給します。彼らがスキルを身につけ次第、雇用して給与を払うんです。多くのトレイニーが本当に貧しい家庭から来ていますから、だから大学には行けないんです。そんな金銭的余裕はない。
なるほど。トレーニングのあとは、彼らは2、3年で転職してしまったりしませんか?
典型的なケースでは、彼らは我が社に残ります。おおむね、Zohoへの忠誠心が強く、残ってくれる。時おり転職者も出ますが、留保率は会社としてはいいんじゃないかな。
博士号なんか取ったのは間違いでした
なぜここまで手厚い支援を?
なぜそんなことをするか、ですか? この業界を見てください、ビル・ゲイツにスティーブ・ジョブズに、マーク・ザッカーバーグ、デルだって。彼らの共通点が何だか分かりますか? 全員、学位なんか持ってないんですよ。
シュリダーさんは博士号をお持ちですよね?
ええ、だから困っているんです。もし私に博士号がなかったら、会社は10倍に拡大していたでしょうね。博士号なんか取ったのは間違いでした(笑)。
ええ、ご冗談を!
考えてもみてくださいよ、マーク・ザッカーバーグは29歳ですよ。29歳!
しかもマークは世界で稼ぐ人になっている。
ええ、世界の長者番付で29位でしたね。(訳者注:ザッカーバーグはフォーブズ世界長者番付で2014年 21位、2013年 66位、2012年 35位と、29位の事実はない)ですから、学位なんてあるのは困ったことで……ね。IT業界で鍵となる創業者(起業家)は、ザッカーバーグをはじめとしてみんな学位なんかないんです。でも私たちはいまだに、学位は仕事に必要だなんて信じてしまっている。偉大な創業者たちは学位なんか持っていないのに、自分には学位が必要と。そんなの意味が通らないでしょう?
確かに。
私自身も、テレビジョン技術だったり、光学ファイバー、アンテナ、電子レンジのマイクロ波技術、ロボット工学、たくさんの教育を受けてきましたが、どれひとつビジネスでは実になっていませんし。
学歴志向で思考が停止していませんか?
もう1つは、ソフトウェア開発は自力で学べるってことなんです。ほとんどね。学校で座って授業を受けて学ぶものじゃない。コンピュータサイエンスのセオリーだって、プログラムを書くことには実現場ではそんなに使えないし。実際に書きながら学ぶわけですよ。だからわれわれの教育はまさに「実地」訓練です。
ええ。
例えば1950年代のホンダだとしたら、日本ではすごく普通だったことなんですよ。50年代の日本って、大卒者なんか決して多くなかった。自前で得意分野をつくり出すしかなくて、だからホンダのような会社がそれを作ったんですよね。いまの私達は、その教訓を忘れ去ってしまっただけ。昔はわかっていたのに、日本はせっかくのいい教訓を捨ててしまったんです。だから、学歴信仰がその「既成ルール」の1つだと言ったわけです。
なるほど。
日本のみなさんもよくお分かりのように、高校ですごく勉強したって、大学に入ったらすっかり緩んでしまうでしょう。そういうものですよね。
一般的にはそうですね。
東大生だってそうでしょう、違いますか? 結局、大学に行くと気がゆるんでしまうんですよね。
燃え尽きたとも言えますね。
高校で勉強しすぎなんですよ。私にとって、大学ってあんまり価値があるように見えないんですよね。わたしがインドで育ったころは、あまりお金はかからない時代でした。教育の観点では、実験的な試みを進めていますよ。例えばインドで、私たちは従業員の子どものために学校を開きました。
その学校はZoho ユニバーシティとは別のものですか?
ええ、別の話です。小学校から高校までの普通の学校で、従業員の子どものための学校ということです。小学校から高校まで全部一貫で。学校というのは、受験や入学、通学は本当にストレスが大きい。転校もありえますよね。子どもの学校を変えるのは、従業員にとってストレスのもとですよね。学校と職場が離れていることが原因で出てくる問題もある。だからこそ、オフィスの隣に学校を建てました。子どもたちがすぐ近くで、安全に過ごしているということが従業員の安心でもあるのです。ちなみに、今年度開始予定です。
もしあなたが今日、明日幸せでないのなら、生きる意味って何?
都市から離れた地方のオフィスも開設しました。都市以外の場所でも雇用を創出したいんです。日本って、東京一極集中だと思うんですよ。何でも東京に集まってきて、3500万人の人間がいて、あまりに混雑している。でも日本ってほかにもスペースがあるじゃないですか。50平米のマンションに住んでいる従業員に「もしほかのまちに引っ越したら、200平米に住めるんじゃないの?」と冗談で言うこともあります。東京は人でも何でも集中し過ぎで、それが個人的に好きじゃない。だから東京の外に雇用を創出したい。日本でも話をしたんです。のどかな地方に移って、仕事ができるような環境を作らないかとね。
シュリダーさんの目的は従業員をハッピーにすること、彼らの子どもを含め、従業員の家族をも満足させることなんですね。
私の目的は「今ここで幸せである」ということですよ。もし今、今日、明日幸せでないのなら、生きる意味って何です? 自分たちが80のときにどうなっているかが人生じゃないですよ。いまどう生きているかってことです。人生は、いまここにあるんです。どこかインド仏教的なんでしょうね。
日本の豊田市みたいですね。
そうですね。だから、わたしがやっていること、Zohoがつくり出したいことは、ビジネスの目標でもあると思うんです。人間がもっとクリエイティブになるでしょう。子どもが敷地内の学校で安全にしていて、元気で、遊んでいて、従業員が子どもの学校の心配から解放されるとなれば、仕事でもクリエイティブになれるじゃないですか。
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