生活に、意思決定に仏教は使える──『ボクは坊さん。』白川密成×サイボウズ青野慶久
2015年秋、伊藤淳史さん主演で公開されたお坊さんエンターテイメント映画『ボクは坊さん。』。舞台の愛媛県今治市玉川町はサイボウズ社長 青野慶久の故郷です。原作者の栄福寺住職の白川密成さんは青野の高校時代の先生のご子息でもあります。
そんなご縁のある白川さんと青野が、10年以上前から白川さんのファンだというサイボウズ開発部の生江憲治を交えながら、都会の若者にも地方や仏教の魅力を伝えてる白川さんの活動や、青野が経営判断の軸としている仏教の知恵について語り合いました。
「ほぼ日×お坊さん」はおいしい
白川さんの文章は、お坊さんが書いた文章とは思えません。革新的な感じがします。
ほぼ日(「ほぼ日刊イトイ新聞」の略)の連載では、宗教的な要素をゼロにしてみました。こういうことで嬉しかったとか、こういう場所でワクワクしたとか、そういうことで構成しようと思いました。宗教を出すだけで距離を感じる人もいますし、自分が書きたいものもそこではなかったんです。
どういういきさつで書かれたのですか?
僕は高野山大学に在籍中、ほぼ日と村上春樹さんのサイトを読みたくてインターネットを始めたんです。 卒業後1年間会社員をし、住職になったとき、ほぼ日が自分にとって大きなものになりました。ほぼ日は、自分なりの声を発している人たちが各地から集まっている場所です。これから住職としてやってみようと思っている自分の背中を押してくれているように感じました。 なので、主宰の糸井重里さんに「ありがとうございます」とファンメールを書くことにしました。書いているうちに自分自身に対し、「この人が連載したらおもしろいのに」と思ってきて、「僕に書かせてくださいませんか」と書きました。メールの表題を「企画提出あり」として送ったらすぐに糸井さんから返信が来ました。
すごいですね。
糸井さんは、まったく名前もないような田舎の若い坊さんの話を聞いてくれたのです。 ほぼ日の連載には読者からビビットに反応がくるので意外とお坊さんとか仏教が待たれているなと感じたんですよ。でもどういう風に仏教にアクセスしていいのかわからない方がすごく多い。 仏教系の学校に行って親しみがあるとか、実は尼さんになりたかったとか、いろんな方がいました。僕の妻も尼さんになりたくてなりました。仏教に可能性を見いだしている方との出会いにつながる感覚がありました。
なるほど。仏教に可能性を感じている人が、密成さんの連載をきっかけに集まり始めたと。 生江さんはお遍路をしたそうですが、どこで知ったんですか? 元々宗教に興味があったとか?
祖父の影響もありお寺にいくのは好きでしたが、正直あまり身近な存在ではありませんでした。たまたま2002年にほぼ日で白川さんの連載を読んで初めて四国遍路を知りました。特に信仰心はなく純粋におもしろそう、行ってみたいなと思いました。
生江さんはどちらの出身ですか?
関東です。四国にはゆかりもありませんでした。
「ほぼ日×お坊さん」は目をひくので……、おいしいなと思ったんです。
おいしいなと思える感覚がいいですよね。
笑うよりも笑われたいみたいなところがあります。 なんかこうもめていることって多いじゃないですか。怒っているのってクリエイティブじゃないですよね。ギャグ的な笑いがあるだけで新たな交通が発生する予感がありました。 とにかく人が笑っていられる場所があれば次につながるという生存本能的なものがあって。調子がいいって、いつも先輩の坊さんに言われてしまうんですけど。
普通にわかる言葉で仏教を知ってもらいたい
連載が本になり、映画になりましたね。
ロボットというすごくおもしろいものを作っている制作会社さんが映画化しました。脚本も「つみきのいえ」でアメリカのアカデミー賞をとっている脚本家の平田研也さんが書いてくれました。 映画となるとけっこう地元がお祭りみたいになってにぎわったんです。「おらが村に映画が」みたいな。人が集まり経済効果もあったみたいです。ホテルもお弁当も使ってくれるし、いい循環が生まれました。お寺って普段、何も生産しないところがありますが、そういう形でも地元に貢献できたのはうれしかったですね。
今度はどう活動されるのですか?
正直に言うと、いろいろな方の活動を見て、模索しているところです。 自分が24歳で住職になってずっとやってきたことは、普通にわかる楽しい言葉で仏教を知ってもらう・使ってもらうことです。仏教は存在としてはあるけど、運用されにくいイメージがあります。それを、ハードウェアではなく1つのアプリケーションとして走らせる。そういうことに関わっていきたいのです。 仏教に身をおいていると、「仏教はどのようなハードウェアか?」という議論が多くて、「アプリケーションとしてどう用いるか?」という視点が少なめのような気がします。仏教におけるハードウェアは、この世界や社会、命そのものだと思うのですが。
アプリケーションですか。
言い過ぎかもしれないし、底辺から支えてきたところも大いにあると思うんですけど。生活に仏教の知恵をもっといかせると思うのです。仏教はもっと行けると思うんです。
もっと行ける。
お寺という場所もすごく稀有な人や社会のハブです。長い歴史の中でいろんな人が集まってもいい場所になっている。
コミュニティとしてのお寺、仏教というのは映画の中でも描かれていましたね。可能性を感じます。
実際に来てもらうというのもありますが、四国の農村の香りとか土のにおいなどの空気感を本などで届けるだけでもありがたい、うれしいものとしての期待やニーズ、需要はあるだろうなと。たぶん都市の人って切実に求めているだろうなと思っています。
実際にいってみてすごくうらやましいなと思いました。地域によってさまざまな文化や雰囲気があり、居心地がすごくよくて新鮮でした。
経営判断の根本に「無我」の世界観
けっこうコンピュータ関連の人が、仏教のことに興味を持たれている印象があります。本とか映画をみて親和性を感じるといっているのを聞きますが、青野さんはどう思いますか?
自分が経営の判断をするときの軸は何なのか、何をもって、何のために、どういう意思決定をしていくのかという模索の中で、仏教は1つの学びの題材です。題材は松下幸之助さんや海外の経営者の言葉だったりもしますが。仏教の諸行無常、無我というのは判断の大きな軸になっています。
無我は仏教の根本のひとつですね。
白川さんの本の中でも「sometimes my name is you」とありましたね。全部つながっているという世界観を持てるかどうかなんですよね。 たとえば僕が意思決定をするとき、周りに与える影響を考慮せずに自分の範囲だけを考えて意思決定すると、独善的なものに陥りやすい。それはビジネスの歴史を習っても長くは続かないですよね。その根本の考え方、まずはOSとして持っておかなきゃいけない考え方が「無我」だと思うんです。 「俺」って別にないし。物質がこう今固まって動いているだけで、そのうちなくなる。まったく無かったものからギュッと集まって「私」になった。また無いものに戻っていくという、この世界感をもっているか否かで、意思決定のレベル感や安定感が変わってくるじゃないかと思っています。
トップの方って意思決定の連続ですもんね。
仏教では利他利己っていうお話もありましたね。
世界は常に関係しあい、つながっている。空海はすべてが網の目のようにつながっていて、小さい部分も大きい部分も自分の要素が含まれ、仏の性質があるといわれています。無我の中に大我をいれているということですね。
なるほど。大我なわけですね。おもしろい。
青野さん自身が現場の中で、仏教のことを解読されているんじゃないでしょうか。僕らは現場をしらないので、現場の人に垣根を超えるということを発信してもらいたいです。 僕も寺の代表を務めていますが、青野さんがおっしゃっていたように、意思決定において仏教がヒントになるというのは盲点でした。無意識にやっている部分はあると思うんですけど。僕も表層的なことだけをみるのではなく、一番自分が大事に持っている思想を意思決定に生かしたいと思います。そのためにはやはり繰り返し「仏教とはなにか」というOS自体の問いも大事ですね……。
生きる知恵として使える仏教を
いまは資本主義ですが、次は何主義かはわからない。時代で変わらない根本となる考え方、世の中ってこうなっているよねという変わらないものを求めているんですよね。
そうですね。
仏教の中の言葉は、難しすぎると思うんですよ。もうちょっと現代風に翻訳していただけると、まさに生きる知恵として使えるようになると思います。たとえば、友達と飲んでいて「諸行無常がさ」って言われてもヒキますよね? もうちょっと普通に話せるぐらいのテイストでいきたいなと。
そういう意味では、ひらがなの仏教というのをやりたいと思っています。 ずっとサンスクリット語とか漢字の仏教なんですよね。これをひらがなにすることによって、ワッと広がるものがあると予感しています。序章の部分はうまくいったので、すごく可能性を感じます。 自分と同じようにひらがなの仏教をやりたい人やる人がもっと増えてほしい。だからできるだけ真似できることがしたいなというのがあります。もっと輪を広げてみたいなと。
お坊さんに限らなくていいんですよね?
立候補します。白川さんとひらがな仏教をつくりたいです。(笑)
写真:尾木司 文:渡辺清美
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執筆
渡辺 清美
PR会社を経てサイボウズには2001年に入社。マーケティング部で広告宣伝、営業部で顧客対応、経営管理部門で、広報IRを担当後、育児休暇を取得。復帰後は、企業広報やブランディング、NPO支援を担当。サイボウズ式では主にワークスタイル関連の記事やイベント企画を担当している。