ハッカーの遺言状──竹内郁雄の徒然苔
第39回:クルマの話

元祖ハッカー、竹内郁雄先生による書き下ろし連載の第39回。今回のお題は「クルマの話」。

ハッカーは、今際の際(いまわのきわ)に何を思うのか──。ハッカーが、ハッカー人生を振り返って思うことは、これからハッカーに少しでも近づこうとする人にとって、貴重な「道しるべ」になるはずです(これまでの連載一覧)。

文:竹内 郁雄
カバー写真: Goto Aki

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今どきの若い人たちはクルマにあまり関心がないと聞く。少なくとも都会では電車等の公共交通機関が整備されているし、そもそもクルマを買って維持する費用が大変だからだろう。しかし、今どきの若い人たちでない私のような老人には、自転車もクルマの範疇に入れて、クルマは常に憧れの的だった。

小学生高学年の頃、子ども向けの雑誌に出ていたダットサンの、多分110とか210型の図解の記事を何度も何度も眺めていた記憶がある。なるほど、クルマにはクラッチがあってこうやって動くのか、というわけだ。子ども心に、エンジンが回っているのに、どうしてクルマが止まっていられるのか不思議だったのである。しかし、白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機が電化製品の三種の神器と言われた1950年代半ばには自動車は神器を超える、何というか神そのものであった。当然、子どもが憧れてもどうにもならない。

幼少時の三輪車はともかく、自転車は身体能力を超える移動力をもたらしてくれるから夢中になった。まだ小さいときは大人の自転車の三角のフレームの中に片足を通す「三角漕ぎ」という秘技を使っていたような記憶がある。でも「そんなことが本当にできたの?」と思って調べたら、アニメの「となりのトトロ」にその場面があった。安全ではない乗り方だと思うが、道路交通法では明文化した規制はないようだ。ただ、「立ち漕ぎ」の一種と見なされ、事故を起こしたら責任を問われるかもしれない。

小学3、4年生の頃だったろうか、富山県高岡市の実家から、庄川という大きな川まで友達と自転車で行ったことがある。帰宅が日暮れ時になってしまったので、ずいぶん心配した親にしっかり怒られた。どんなに遠いところに行ったのだろうかと調べてみたら、2.5kmぐらい、つまりごく普通の距離だ。子どもの次元感覚は大人とは違う。

高校は実家から離れて石川県金沢市の町外れだった。下宿していた叔母の家からバスでも通学できたが、やはり移動能力拡大のためには自転車が欲しい。母親が近所の小さな自転車屋に頼んで古い自転車から再生したようなものを買ってくれた。再生をごまかすためか、全身下手なペンキで黒塗りであった。何を間違えたか、後輪のギヤが異様に小さい。もちろん無変速なので、常にハイギヤという状態である。金沢は坂道が多い。また、週末のときどき、片道約40km以上ある実家に往復していた。途中には標高277mの倶梨伽羅峠(くりからとうげ)がある。結果的には足腰を鍛えるのに役立ったと思う。母親がそれを意図していたとは考えにくいが、60歳過ぎてもサッカーができたパワーの素にはなったかもしれない。

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大学に入ったとき、新人歓迎の「自動車部」という看板が目についた。おお、憧れの自動車だ。ふらふらと新歓の会場に行ったら、何とあのダットサンがあるではないか。相当古いが、部員たちが手入れしているのであろう、ちゃんと動くようだ。で、先輩に声をかけたら、いきなり「じゃぁ、乗ってみるか」と来た。小学生のときに読んだ雑誌の記憶しかないので「えっ」と思ったが、「まぁ、隣に座っているから大丈夫よ」といった強引な誘いに引っかかって運転席に座った。「はい、これがアクセル、これがブレーキ、そして一番左がクラッチ」うんぬんの簡単な説明を受けたら、もう走り出す。アメリカ式とでも言うのだろうか。

クラッチの原理は覚えていたので、そーっとつないだら、何と動き出したではないか。「じゃ、次はセカンドギヤに上げて」と言われて、上げたところまでは良かったが、少なくとも当時の私にはもう異次元のスピードになってしまい、パニくって制御が怪しくなってしまった。先輩が止めてくれて難を脱したが、それですっかり気分が萎えてしまった。

そのせいではないだろうが、大学時代は自転車にもほとんど乗らなかった。NTTの研究所に勤め始めた頃もバス・電車での移動が主だったが、周囲が森や畑だらけの家に越してから、直線距離は短いのにやたらと時間のかかる通勤に嫌気がさして、クルマを買う決意をした。もちろん中古の超安いクルマだ。

仕事の帰りに個人講習の自動車運転練習所に通っていたら、個人教習のオジサンがレーサ崩れの人で、教習コースにあるS字カーブを慎重に通過しているとき「私はねぇ、こんなS字はサイドブレーキを使ってお尻を振らせながらノーブレーキで通過してたもんだ」と仰る。そのときは萎えたというより、「おお、そういうものか」と逆に発奮してしまった。

教官のOKが出なければ、警察の運転免許試験場に行ってはいけないのに、もうこれでOKだよねと自己判断して、仮免許試験を受けたら、坂道発進付近で減点されて不合格になった。これは黙っておいて、教官のOKが出てから受けに行っても、やはり不合格。これがトラウマになったか、数回連続不合格だったと記憶している。そのために研究室では「たけうちいくお」を並べ替えた「うけいくおちた」がニックネームになった(遺言第24回参照)。おかげで府中の運転試験場は自分の家の庭のようになった(?)。

路上の本試験でも、電柱の傍を速く走りすぎたというので、合格まで2回かかった。うーむ、何かどうしようもない下らない回顧談になってしまった。

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クルマの運転は、好きな人や好きでない人さまざまである。私は「苦にはならない」という位置付けである。若かった頃は別として、40歳前後になってからは、高速道路の運転は退屈だし、山道、いわゆるワインディング道路は面倒くさいという境地になった。しかし、苦にはならない。実際、長距離を運転してもあまり疲れない。ただ、街を走るのは街並みを眺めるのが楽しいので好きだ。そうなるとクルマの図体の大きさは邪魔だし、周囲を眺めるには速過ぎる。

そんなこともあり、クルマに積めるような折り畳み自転車をこれまで多分5台、軽くて車輪を外してクルマに載せることを意識した自転車は2台買った。これなら、行った先でチャリ散歩ができるというわけだが、それを実践したことは過去に1回しかない。言っていることとやっていることがまったく合っていない。

その唯一の1回は、新幹線車両のアルミ素材と同じアルミで作ったという11kgくらいの軽量マウンテンバイク(MTB)で、磐梯山への研究室夏休み旅行に持参したときである。結局、山道で担いで歩いた距離のほうが長かったような気がする。下りといっても木の根っ子や岩で階段になっているような山道だったから完全に的外れチャリだった。それでも頑張って乗って降りたけど。

これはハンドルステー(ハンドルの軸からハンドルバーを前に離すためのパイプ)が異様に長いダウンヒル専用のバイクなので、かなりの前傾姿勢にさせられる。街乗りには不適合だった。そもそも、街乗りにゴツゴツタイヤのMTBを使っている人は何か誤解しているとしか思えない。砂地、砂利道、草むらには向いているが……。

何となくお気付きのように、私にとって自転車は軽さ命である。だから11kg以上の自転車は基本買わない。でも、昨年買ったDAHONの折り畳みもその程度だ。ただし、買ってから半年以上室内の物置に置いたままで、1回も乗っていない。はい、言っていることとやっていることがまったく合っていません。

10年ほど前に買ったGiantのオールカーボンのフラットハンドルが、一漕ぎで50m走るという感覚の一番軽いもの(9kg前後)だが(写真1)、これまた駅まで通勤用に使うのはもったいないというので、もっと安いクロスバイクを買って、オールカーボンはカバーで覆って壁に掛けておいた。何とつい最近まで壁の花でしかなかったのだ。ふと思い出して降ろしてみたところ、あちこちサビだらけ。それこそもったいないので、結構な代金を払って、プロショップでオーバーホールしてもらった。老い先短いのだから、今はこれを駅までの往復に使っている。当然のことながら、すべての自転車は雨曝しには絶対しない。長持ちさせる秘訣である。

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写真1:主に駅との往復に使っているカーボンファイバの自転車。オーバーホールしてあちこちピカピカになったがネジ頭だけはどれもサビだらけ。プロショップの主人によると、ネジはどうも互換性が低いとのこと。信じがたい話だ。

自転車のフレームにはクロモリ、アルミ、カーボンファイバなどいろいろあるがカーボンファイバの乗り味が好きだ。アルミのようにフニャフニャせず、腰のある弾力性の乗り味なのである。

自転車は人体にとってとてもバランスの良い運動になると言われている。それでとても大きな移動能力が得られる。楽でいて距離やスピードが伸びるペダルの踏み方という本を買って斜め読みしたが、ちゃんと理解できたかどうか。ペダルと足裏の関係、漕ぎのリズム、お尻の位置が鍵のようだ。

本当はドロップハンドルにして、スポーツとして自転車を楽しめばいいのだろうが、どうもそこまでする気になれない。30年ほど前、クロモリのシクロクロスというタイプの自転車を買ったときも、わざわざフラットハンドルに換装してもらった。周囲を眺めながら乗れるからだ。

私にとって、チャリはやはり長距離散歩のためのツールだ。

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また自動車に戻ろう。20代半ばから今日まで、ずーっと年間1万2000kmぐらいのペースでクルマを運転してきた。さすがに最近は年間1万km弱になってきた。これだけ運転していて、自分で事故ったのは1回だけ(免許取得後1年あまりのとき、平均的に一番気が緩む時期だと言われる)。あとは渋滞した高速道路で軽く追突されたのが1回である。

私は、5年間免許証が有効になる、いわゆるゴールド免許は3回連続した。4回目間近のときに東名高速の秦野中井付近で速度違反をしてしまった。あの辺りは片側3車線なのに80km/h規制なのである。つい先日も、某航空会社のパイロットのあと取締役までなった友人が同じ場所で捕まったという。その日に限って超安全運転していたのにと、不満たらたらだったが、その区間が80km/h規制であることを(大昔から何度も走っているのに)知らなかったそうだ。日本の交通規制には不思議なことが多々ある。

私は一見羊のように見えるかもしれないが、大昔は空いた高速道路ではかなり飛ばしたものである。もう30年以上前だろうか、鉄仮面という異名を持ったスカイラインでは、スピードメータのワイヤ(昔はワイヤで回転を速度計に伝えていた)を2回も切った。切れたワイヤはささくれだっていたそうだ。切れると速度計は0のままとなる。

飛ばしてもスピード違反にならなかったのは、学生時代、肉眼天体観測で鍛えた視力2.0+のおかげだと思う。空いている道だと、前方の状況がよく見えるのはもちろん、後ろのクルマもよく見える。淡路島で500m後ろのパトカーに気付いてちゃんと減速したことがあった。また、夜でもよく見えた。肉眼天体観測の威力である。星を眺めて、安全運転 。40歳台半ばの老眼開始までではあったが……。

危機的な状況も何度か経験した。

常磐道を時速100km/hで走行中の左前輪タイヤのバースト(タイヤの側面が完全にちぎれること)のときは、咄嗟の判断で「アクセルを離す、ハンドルを押える以外は何もしない」という行動をとった。これは重要で、ハンドルを切っても、ブレーキを踏んでも危ない状況になる。時速60km/hぐらいに落ちたときのほうが恐かった。徐々に路側帯に寄ろうと、ハンドルをしっかり両手で押えて(私は高速では普段ほとんど片手運転)コントロールしようとしていたのだが、60km/h付近でのクルマの振動が半端ではなかった。まさにクルマの固有振動数だったかもしれない。もう顔がグラグラするくらいに揺れて、ハンドルを押えるのに渾身の力が必要だった。何しろ左前輪のホイールが破れたタイヤの皮1枚で道路に接地しているからだ。

バーストの原因はタイヤの空気バルブのゴムが中古車のせいで古くなっていて、高速回転の遠心力でバルブのゴムのひびが広がって空気が徐々に洩れたことだった。

馴染の親父のところで車検をしたときに代車で借りたクルマが、親父に似て(?)相当のポンコツだった。これで都下を走っていて、ブレーキを踏んだら、いきなりブレーキペダルがペタンと何の抵抗もなく床についてしまった。つまり、まったくブレーキが効かない!

これも咄嗟の判断で、ブレーキをバタバタと何回も踏み直した。いわゆるポンピングブレーキである。すると、油圧が戻ってきて止まってくれた。前にクルマがいたら追突するところだった。これも当時、普段からポンピングブレーキをしているからできた判断だと思う。

こういう咄嗟の判断ができるためにはクルマに関する常識をちゃんと持っておくことが重要だろう。しかし、このごろのクルマはブラックボックス化しているので、何かの異変があったときは直ちにお手上げになりそうな気がする。

まだ大学生の頃、高校の富山県出身の同級生3人で遊びに行っていた金沢から夜になって高岡に帰るとき、医学生が古い軽四輪(まだ360ccの時代)に乗っていたので便乗することにした。途中からとんでもなく強い雨が降ってきた。しかし何とワイパーが動かない! 医学生は「やっぱりそうかぁ」とノンキなことを言っている。しょうがないので、私ともう1人が両側の窓を開けて医学生の眼の代わりをすることになった。ビショビショに濡れながら、「前方50メートル信号赤!」とか「センターライン寄り過ぎ!」とか怒鳴って何とかたどり着くことができた。もっとも、あの雨だとワイパーがあっても役に立たなかったかもしれない。

なお、ワイパーが動かないクルマを運行すること自体、道路交通法違反なので、注意されたい。

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突然話題が変わる。以下の文書は私がまだNTTの研究所にいたときに配布された交通事故に関する注意文書である。

平成3年2月1日 周2-11号 総括安全管理から発せられた文書

NTT社員は, 愛甲石田駅からバイクで出社途中, 反対車線の車が右折するため一旦停止したので, バイクの横の車が道を譲るためライトをパッシングさせ合図し停止した. NTT社員はこれに気付かずそのまま走行したため相手車両は急ブレーキをかけたが間に合わず衝突したものである.

これは分かりにくい文章の典型例だ。何が起こったがぜひ図解してほしい。その上で、どう書けば分かりやすい文章になるか。ぜひ挑戦していただきたい。

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チャリも含むクルマには各人各様の付き合い方があると思う。どんなものでもそうだが、ゆとりあってこそ瞬時の対応が可能になる。なので、極限のスピードでクルマをコントロールしているF1レーサならいざ知らず、いつもハンドルを握って小刻みに動かしている人の運転するクルマには恐くて乗れない。運転が下手か、クルマの整備状況が悪いからだ。

私は20年ほど前からスピードを出さなくなった。これも「ゆとり」のなせる業であろう。急ぐ必要を感じなくなったのだ。この境地に達するのにはやはりどうしても長い人生が必要なのだろうか、と自分のアホな過去を振り返って思う。良い子のみなさんはもっと早く目覚めてくださることを期待します。(つづく)


竹内先生への質問や相談を広く受け付けますので、編集部、または担当編集の風穴まで、お気軽にお寄せください。(編集部)


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