
私たちは何のために日々働くのでしょうか。その理由はさまざまでも、「不幸せになるために働いている」という人はいないでしょう。
でも現実には、ライフステージにあわせた働き方ができなかったり、組織の中で息苦しさを感じてしまったり。理想はなかなか遠いように感じます。
「会社が何のためにあるのかを、私たち一人ひとりがもう一度ゼロから考えなければいけません」
そう話すのは、連合(日本労働組合総連合会)会長の神津里季生さん。「働く人の幸せ」を追求する労働組合の中心的存在です。カイシャのために働くことは正しいのか? サイボウズ代表取締役社長の青野慶久と話します。
「一生懸命打ち込んで働く」こと自体が目的化。それじゃあ幸せになれるはずがない

一方で、なかなかそうはいかない会社も多いのが現状です。そういった会社で働くことに幸せを見いだせず、苦しんでいる人も多い。






社会に出て働くと、「こんなはずじゃなかった」と思うこともあります。そんな時に「せっかく正社員になれたんだから辞めるのはもったいない。今は非正規で働く人も多いから辞めるのは不安だ」と我慢してしまう。
我慢の限界を超えると、積極的に新しい仕事に挑戦するのではなく、最終的には辞めてしまうことになりかねません。

神津 里季生(こうづ・りきお)さん。日本労働組合総連合会(連合)会長。1956年東京都生まれ。東京大学教養学部卒業後、新日本製鐵株式会社入社。日本鉄鋼産業労働組合連合会(鉄鋼労連)特別本部員在任中の1990年4月より3年間、在タイ日本国大使館派遣。1998年、新日本製鐵労働組合連合会(新日鐵労連)書記長に就任。2002年、同会長。2006年、日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)事務局長、2010年、同中央執行委員長、2013年、日本労働組合総連合会(連合)事務局長などを経て2015年、連合会長に就任。著書に『神津式労働問題のレッスン』(毎日新聞出版)。



友だちのベンチャーを手伝いたいとか、もっとおもしろそうな会社に行ってみたいと考えたときに、「やってみてダメなら戻ってきていいよ」という制度があれば心強いですよね。
これを活用して外の世界に飛び出していく社員は、社外の知識を獲得したり人脈を広げたりして戻ってきてくれるので、会社にとってもプラスになるんですよ。

従業員よりも経営者の力が強くなりがちな「メンバーシップ型雇用」のままでいいの?



その理由の1つは、そもそも従業員の権限が弱いことです。例えば、上司が部下の仕事内容や勤務地を決められる──いわゆる「メンバーシップ型雇用」の問題点です。
メンバーシップ型雇用:仕事内容や勤務地などの条件を限定せずに結ばれる雇用契約。部署異動や転勤の可能性もある。日本企業では終身雇用を前提として、入社後の育成を通じて配置を決定することが多い。「総合職」とも表現される。


上司はそんな権限を持っていないですし、もし東京に住んでいるのに「来月から勤務地は大阪ね」なんて言われたら、「その代わりに給料を上げろ」と堂々と言い返せるわけです。
ジョブ型雇用:仕事内容や勤務地などの条件を明確に定めて結ばれる雇用契約。こうした条件や、働く人のスキル・専門性をもとにした「ジョブ・ディスクリプション」(職務記述書)を労使間で交わすことが多い。


青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)。『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など。



従業員の代表がきちっと経営に対して声を上げられているか、本当に機能できているかをしっかり見ていく必要があります。


今、全国の労働組合の組織率は17.1%まで下がってしまっているんですよね。




本人の同意もなく、勝手に「転勤しろ」と命じるのはおかしくないですか?



それはもちろん重要なんだけど、今闘わなければいけないことがたくさんあるなと思います。労働組合の組織率を高めて、もっともっと声を上げてほしいんですよ。




夫が転勤になったら、妻は仕事を辞めなければいけなくなる場合もある。これは人権侵害もいいところですよ。

空き時間で違う仕事をするのは何も悪くない。なのに副業を禁止するってどうなの?

労働法規上は、空き時間で違う仕事をするのは何も悪くないはずなのに。「副業禁止することを禁止すべき」です。

私は副業そのものを否定するわけではないのですが、本業と副業をひっくるめた労働時間の問題もセットで考えていく必要があると思っています。


裁量労働制は、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ労使で定めた時間分を働いたとみなす制度ですが、「対象にできる人」を拡大することで本業の労働時間が大幅に増えてしまうかもしれません。


しかし実際の現場では、法律上の「管理監督者」じゃないのに、いわゆる「名ばかり店長」のような形でその立場に置かれているというケースも往々にしてあります。





我慢して、マジメに働くだけで勝てた時代は終わりました




なぜかというと、日本人はルールを守るのが大好きで、「決められたことをやるのがいいことだ」と思っているようなフシがあると思うんです。


今は多様性の時代で、それぞれが主張しなければいけない。我慢で勝てた時代も、マジメに働くだけで勝てる時代も、終わっているんです。

本当に必要なサービスなら、むしろその分を適正に反映させて価格を上げなきゃいけないのに、我慢しちゃっている。


アメリカの場合は、体に対するメンテナンスもきっちりするんですよ。メジャーリーグでは、超一流の選手でも休むときは休む。「連続出場が素晴らしい」という日本の文化とは真反対です。

「僕たちはこういった人たちに負けているのか」と感じてしまいますよね(笑)。歯を食いしばって勝とうと思っている時点で、何かがおかしいというか。


もっと僕たちが潜在的に持っている個性やアイデアを生かして、価値として認めてもらうようなビジネスに変えていかないと。それを痛感しますね。
どんなに業績が良くても、社員が不幸せな会社は存在する必要がない

「日本人は会社が大好きで、会社のために働こうとするけど、一度頭を冷やしたほうがいい」という趣旨のことを書いています。


今は人手不足で転職しやすく、働きやすい会社もいっぱい出てきています。それなのに、歯を食いしばって今の環境にしがみつくことは、結果的に悪徳経営者を増やし続けることにもなる。そんなことを訴えています。

経営側は「事業をどう発展させるか」を先に考えてしまいがちですが、そこばかりに目を向けても実現しないんですよね。



企業の生産性が下がっている大きな要因は、幸福度を置き去りにしたから

以前からサイボウズの変化を見てきた人は、「いずれこの会社は失敗するんじゃないか」と感じていたと思うんですよ。聞いたこともないような制度ができて、どんどんゆるくなっているように見えるから。


働く人が多様になれば、いろいろと制限を抱える人も出てきます。午前中しか働けない人もいる。そんな状況をチームで乗り越えたことで、情報共有や事業の全体最適化も進んでいきました。



そうではないと思うんです。生み出した価値に見合うリターンをしっかり得ていかなければ、本当の意味での生産性なんて上がるはずがありませんからね。


「連合の社外役員になってほしいです」「すごくうるさい役員になりますよ(笑)」

先ほど神津さんがおっしゃっていたように、「人間が幸せに生きるため」に生み出した仕組みがカイシャですよね。
人間を幸せにするために生み出したはずなのに、カイシャのせいで辛い思いをし、カイシャがあるせいで命を落としてしまう人もいる。


株価を上げることが経営者の仕事だと思いがちですが、働いている人たちが「幸せだよね」と思えるようにすることがいちばん大切。
どんなに業績が良くても社員が不幸せだとしたら、そんな会社は存在する必要がないんですよ。
逆に、「大して儲かっていないけどみんなが楽しい」という会社を増やした方が、社会はハッピーになると思っています。

高度成長期にできたいろいろな概念が、今もなお「唯一最大の価値」だととらえられています。その中で私たち一人ひとりが、会社が何のためにあるのかを、もう一度ゼロから考えなければいけないのでしょう。





経営者がこんなことを言うのは変かもしれませんが、もしサイボウズに労働組合ができたら、私も組合員になりたいくらいです(笑)。それも「いちばんうるさい組合員」に。

構成・執筆:多田 慎介/撮影:秋葉 康至
カテゴリー: カイシャ・組織, 働き方改革、楽しくないのはなぜだろう。