これからの家族と、仕事のカタチ。
「夫婦だから」とすべて共有しなくていい。大事なのは、ひとつの強い関係よりたくさんの弱い関係──佐々木俊尚・松尾たいこ

夫婦はいつも仲良く、会話をしっかりすべき、できる限り週末は行動を共にすべき……。
自分が育ってきた家庭や社会のなかで抱いてきた“こうあるべき”という「理想の家族像」。それらを押し付け合って、期待して絶望して、夫婦という関係性に居心地の悪さを感じている人もいるかもしれません。
夫婦はどうしても1対1で向き合い「濃く狭く強い人間関係」になりがち。個人の自由を奪われる気がして、結婚して家族を築くことに躊躇している人もいるかもしれません。
ジャーナリストの佐々木俊尚さんとイラストレーターでアーティストの松尾たいこさんは、一緒に暮らし始めて17年、入籍して11年目のご夫婦。「夫婦も数ある人間関係のうちのレイヤーのひとつ」と捉え、お互いに「浅く広く弱い人間関係」を築いていると話します。
東京と軽井沢と福井の3拠点で暮らし、それぞれが独立した自分の仕事をこなすおふたり。「ステレオタイプが好きじゃない」という佐々木さんと松尾さんの夫婦関係は、お互いの仕事にどのような影響を与えているのでしょうか。固定概念に縛られないおふたりの“家族のかたち”を紐解きます。
多拠点生活を実現するプロジェクトのパートナーとしての夫婦


東京にいる時は、会食やイベント、メディア出演等の仕事が集中するので、夜はほとんど家にいません。


佐々木俊尚(ささき・としなお)。ジャーナリスト。1961年兵庫県出身。毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆している。著書多数。電通総研フェロー。『広く弱くつながって生きる』(幻冬舎新書)発売中。

福井では、美浜町の空き家を利用した「クリエイター イン レジデンス」を拠点に、夫婦で”多拠点活動アドバイザー”として仕事もしています。なので、積極的に地域の人とも交流し、東京から友人たちを招くこともよくありますね。



夫婦もさまざまある人間関係のうちのひとつ。今は、多拠点生活を実現するプロジェクトのパートナーという位置づけです。

それまでは生活に関する話が中心で、仕事の話はほとんどしなかったけれど、多拠点生活を始めてからは、一緒にアドバイザーをやるようになったり、私が陶芸を始めて彼に相談をしたり、はじめて夫婦で仕事に関する接点ができました。

松尾たいこ(まつお・たいこ)。アーティスト/イラストレーター。広島県呉市生まれ。短大卒業後、約10年の自動車メーカー勤務を経て、32歳だった1995年に上京。98年よりフリーのイラストレーターとなり、これまで手がけた本の表紙イラストは300冊を超える。2014年より、陶芸制作もスタート。現在は、東京、軽井沢、福井の3か所を拠点に活動中。『部屋が片づかない、家事が回らない、人間関係がうまくいかない 暮らしの「もやもや」整理術』(扶桑社)発売中。
仕事と家庭、男女の区分けはない。家事は得意なほうがやる


福井で陶芸をゼロから始めた時にはじめて、彼の力を借りられることに気づいたんです。たとえば、個展をやる時に、彼の人脈で場所を見つけてもらったり、彼の言葉の力で作品に物語をつけてもらったり。



ぼくたちは、男女の区分けもなくて、家事は得意なほうがやる。


うちは、そもそも女性が家事をするといった概念がないので、家事の分担でもめるようなことは一切ないですね。


「理想の家族像」を持たず、ゼロから“一体化しない夫婦関係”を築いてきた


1回目の結婚も、厳しかった実家を出たかっただけで、ルームシェアみたいな感覚でした。同じように、彼と結婚したのも「スポーツジムの会費が家族のほうが安くなるから」がきっかけ。成り行きで籍を入れただけで、どっちでもよかった。


私は彼と一緒に暮らすようになってからのほうが、より自由になって、より自分らしくいられます。私たちは自分たちの家庭環境からも「理想の家庭像」も持っていなかったから、関係性をゼロから築いてこられたのがよかったんだと思います。

そもそもふたりとも、ゼロから考えてかたちにする仕事をしていますし、そのあたりの価値観は似ていたのかな、と。

仕事も家庭も趣味も友だちも、夫婦ですべてを共有しない

映画の趣味が合わなければ一緒に観なければいいし、音楽の趣味が合わなければ一緒に聴かなければいい。それだけのことです。

一緒に暮らし始めてから、どんどんお互いの仕事が忙しくなって、一緒にいられる時間が限られていくなかで、彼が嫌なことに時間を使ってほしくないと思うようになって、自分が好きでも彼が好まないものを強要することはやめました。


そうやって夫婦以外の関係性を外につくることは大事だと思いますね。

100分の1くらいの関係性のほうが、楽だし、相手のことも愛おしくなる。



以来彼は今でも月2回ほど山へ行っていて、仲間もいるし、リラックスして帰ってくるから、よりおおらかに接してくれます。
私は私で、彼が山登りを始めてから、ひとりで街を歩くようになったら、近所に、一緒にごはんを食べたり、お祭りに出かけたり、ランニングをしたりする仲間ができました。



もちろん、親や子どものことなど、夫婦でしか共有できないことはちゃんと共有する。開かれた夫婦関係が本当に大事だと思います。
開かれた夫婦関係を築くために、文化的な価値観を共有する


お互いの価値観を共有して理解し合っていれば、物理的に一緒にいる時間は必ずしも必要ない。



その時に、「好きか嫌いか」「いいか悪いか」をジャッジするんじゃなくて、その物語をどう読んだか、何を感じたかを語り合うようにしています。作品に対する感じ方には、文化的な価値観が現れるので。

では、どれだけ好きでも、価値観が違うとパートナーとしては難しいんでしょうか……?


生活に対する感覚や社会に対する価値観を共有できていることはもちろん大事だけれど、私はやっぱり、人として好きという愛情も大事だと思います。
夫も私のことをそう思ってくれていると実感します。彼は絶対にそういうことは言わないんですが(笑)。



ゆるやかに、持続する日常の心地よさを追求していくための夫婦

私はファッションが好きで、10代の頃からお金もかなり費やしてきているけれど、たくさん失敗してきたから、今になってようやく自分に似合う心地の良い服がわかるようになりました。
価値観が一緒だと思ったけれど、違っていたということもあると思うので、気づいたところから、やり直せばいい。


夫婦は、続いていく生活、1日1日を愛おしんでいくためのパートナーだと思っています。


同じように夫婦も、そのほかの人間関係も、地道に継続させていくことが大事だと思います。


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執筆

撮影・イラスト

三浦 咲恵
1988年大分県生まれ、サンフランシスコ市立大学写真学科卒。帰国後都内のスタジオを経て、鳥巣祐有子氏に師事、2016年独立。雑誌や広告、Webなどで活躍。
編集

あかしゆか
1992年生まれ、京都出身、東京在住。 大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。2015年サイボウズへ新卒で入社。製品プロモーション、サイボウズ式編集部での経験を経て、2020年フリーランスへ。現在は、ウェブや紙など媒体を問わず、編集者・ライターとして活動をしている。