ブロガーズ・コラム
「弱みを見せると社会的立場を失う」という考えは、なくなりつつあるのでは?
先日、Googleの「re:Work」というWebサイトが話題になりました。
これは、Googleをはじめとする、さまざまな組織の働き方のアイデアを集めたもので、採用、目標設定などのテーマについてのテキストが読めるサイトです。その中にあるページで、「心理的安全性」というトピックについて触れられていました。
心理的安全性: 心理的安全性とは、対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方、つまり、「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうかを意味します。
今日は、この「心理的安全性」について思うことを、書いてみたいと思います。
「心理的安全性」を提供できるかどうかと、プロジェクトの成功には関わりがある
以前、「「だから言ったのに」という人の言葉を無視してはいけない」という記事を書きました。あるプロジェクトで、ネガティブな発言をするメンバーを軽んじた結果、うまくいかなかったときの話です。
このときも「ネガティブな発言をしにくい環境」を作ってしまったことで、プロジェクトを成功まで導くことができませんでした。ポジティブな意見しか聞きたくないという、発言の種類を制限するような空気を作ってしまったことで、あるメンバーが口をつぐんでしまい、全体を俯瞰した意見を取り入れられなかったのです。
つまり、「どんな種類の意見を言っても、このチームなら大丈夫だ」という「心理的安全性」がない状態でプロジェクトを進めてしまった。その結果、偏った視点しか得られず、防げたはずのトラブルを防げませんでした。いま振り返ってみても「心理的安全性」を提供できるかどうかと、プロジェクトの成功には関わりがあると感じます。
そして「心理的安全性」の定義にある「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」という部分をかみくだいていくと、「苦手」と「弱み」をシェアできる環境が大事だ、とも言えるのではないかと思います。
人間には必ず「苦手」や「弱み」がある
チームはさまざまな人が集まって仕事をしています。その中には、得意分野が違う人、苦手分野が違う人、さまざまなタイプがいて当然です。そしてスキル的な「苦手」「弱み」以外にも、人間的な意味での「苦手」「弱み」も人それぞれです。
たとえば、わたしは全体を俯瞰して設計図を作り、それを進行していくのは得意なのですが、人見知りな性格が原因で、あまり接点のない人に声をかけ巻き込んでいくのが苦手で、他のメンバーにアドバイスを求めることがあります。
スキル的なものは、ツールを導入することや他のメンバーの力添えで補えますし、正直に申告しやすいですが、人間的な「苦手」や「弱み」はなかなか言い出しにくい。わたしの場合、それは「人見知り」や、「◯◯なときにストレスを抱えやすい」とか、「◯◯なときに余裕がなくなりがち」など。つまり、性格やパーソナリティに関わる部分です。また、パーソナリティに関わる部分以外にも、育児、介護などといった、ごく個人的な事情もあったりします。
そういった部分の課題は「気の持ちよう」「本人の成長努力」でどうにかしろ、と言われがちなもの。確かに、本人の成長努力でカバーできる範囲も多分にあるでしょう。また、そのためのライフハックや、技術的なサポートを受けられるものもあるかもしれません。
そしてそもそも、「これはわたし自身の問題だし……」と、他のメンバーへ「苦手」「弱み」を開示すること自体にハードルを感じる人もいるでしょう。しかし、誰にでも「苦手」「弱み」があることは事実で、それらとうまく付き合っていくことは、なかなか難しい問題です。
「弱み」を隠すのは、トラブルのタネを隠すこと
出産・育児を経験し、仕事に復帰してみると、「得意・不得意」以前に、「物理的にできない」こともあるのだと気付きました。子どもの通園サポートや病気のケア、それ以外にも、育児と仕事の両立といった「自分の体力的な問題」にもぶつかるようになったのです。
今までは自分のためだけに働いて、自分の範囲だけ守っていればよかったので、気合いや根性論でどうにかなった部分もありました。が、ケアしなければいけない子どもや家族ができると、そう簡単にはいかなくなってしまいました。つまり新しい「弱み」が生まれてしまったのです。
こうした「弱み」を開示することは、もしかしたら、キャリアアップや出世競争の上で不利となるかもしれません。「自分にはできないことがあります」と周囲へオープンにする必要があるからです。
そして前述したように、この「弱み」は「わたし個人の問題」であり、他の人にとっては関係ないことだ、という自制もあります。それでも、できないことがある、という事実を隠して、気合いでカバーしようとしても、いつか限界が来てしまうと思うのです。
自分自身が致命的な「弱み」を抱えるようになったとき、もしかして、他のメンバーにもこうした「弱み」──介護やサポートが必要な家族がいるとか、人に比べて体力がないなど、「自分ひとりではどうしようもできない問題」があるのでは? と思うようになりました。
そして、その問題の種類や解決策も、関わる人の数だけバリエーションがありそうです。であれば、「弱み」を共有した上で、おたがいサポートし合う必要があるのでは? と思うのです。
信頼をベースにして「弱み」をシェアする
そこで思い出すのは、以前いたチームで、上手に「弱み」=自分が抱えている個人的な事情、について公表してくれたAさんのことです。
彼のお子さんには持病があり、不定期に通院や検査が発生するので、プロジェクト開始時に「こういうケースで休んだり、サポートをお願いすることがある」、とシェアがありました。
事前にAさんから「弱み」のシェアがあったことで、チーム内には自然と「Aさんは平日昼間、急に不在になることがありえる」という認識が広まりました。突然休まれると、残されたメンバーに急にタスクを振り分けることになり、負荷が高まります。であれば、事前に「Aさんがいつ休んでも大丈夫」なように準備をしておこう、という前提で仕事をするようになりました。
具体的には、報告書などの作業をあらかじめ前倒しで進行したり、Aさんがいつ急に不在となってもいいように、常に2人1組で作業に当たるようにしました。そして情報共有に漏れがなくなるよう、状況のシェアを意識するようにしました。そうすることで、誰かが情報を抱えることがなくなったのです。
結果、Aさんがいつお休みになっても大丈夫、という状態ができ、それを他のメンバーにも適用することで、全員が「いつ自分が休んでも大丈夫」な状態を意識して仕事をするようになり、それは「いつ誰が休んでも、その作業を誰かができる」という、全体のレベル向上につながったのです。
人生の「すべきこと」は他人に任せにくいが、「タスク」まで落ちていればチームで支えられる
この経験で感じたのは、育児や介護、サポートが必要な家族の存在、自分の持病など、それぞれの人生で背負わなければいけない「すべきこと」は、他人に任せにくいものですが、それが「タスク」にまで落ちていれば、ある程度はチーム内でワークシェアできるということ。
わたしが彼のお子さんのケアをすることは難しくても、彼がお子さんのケアをする間に発生するタスクを肩代わりすることは、可能だからです。
このことから、チームメンバーがおたがいの「弱み」をあらかじめ知っておけるというのは、「トラブルの事前防止策を講じておける」のだと実感しました。突発的なトラブルでもっとも怖いのは、対応策を立てる時間が取れないこと。
時間が取れないと、単純な作業でも緊急度が上がり、メンバーに負荷がかかります。時間をかけて準備しておけば簡単に対応できた問題でも、突然すぎて受けきれなかった、という経験は、誰しもあるのではないでしょうか。
そのためには、事前に自分が持っている「すべきこと」を把握し、それにどんな作業が必要で、どんなタスクが発生するのか、の分類と整理が必要になります。どうしても自分が置かれている状況というのは俯瞰しにくいもので、何を持っていて、何を持てそうにないか、というのは自分ひとりでは把握が難しい。そのために他者へ「弱み」を開示し、一緒に事前防止策を考えておくことが重要ではないか、と思うのです。
「弱みを見せると社会的立場を失う」時代は終わりつつある?
いままで「苦手」「弱み」の開示は、ネガティブなものとしてとらえられてきました。個人の「苦手」は、チームの仲間に「迷惑」をかけるもの、と思われがちだったからです。
しかし、「心理的安全性」という観点でみると、それぞれが「苦手」を開示し、お互いに受け入れることで精神的な安全性を得られ、むしろチームの効果性を向上させる。そうであれば、取り入れない手はありません。
チームメンバーの「弱み」を知り、事前にタスクに落とし込んで、ワークシェアできるよう因数分解しておく、というのは、「どんな状況にも対応できる」という「強み」になる。この習慣は身につけておくと、どんなときでも役に立つ、つまり「持ち運び可能なスキル」になるだろうと思います。
働き方が「メンバーシップ型(人を確保してから業務を割り振る)」から「ジョブ型(業務に対して人が割り振られる)」に移行しつつある今、自分の「強み」と「弱み」をセットで開示し、誰にでも「弱み」がある前提で組むチームは、もっと強くなる。
それは自分の「強み」と「弱み」をあらかじめ把握できている人同士が集まることで、業務をカバーしあえるからです。
人間が生きていくうえで「弱み」と「強み」はセットであり、「弱み」がない人間はいません。それは「個性」とも言い換えられるものだからです。これからの時代のチーム作りでは、おたがいの個性を隠さず開示し、心理的に安心できる状況を作ることが大事なのではないでしょうか。
やや楽観的かもしれませんが、「心理的安全性」の面からも、チームのパートナーシップの上でも、そういう時代が来ることを、願ってやみません。
今日はそんな感じです。
チャオ!
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執筆
撮影・イラスト
松永 映子
イラストレーター、Webデザイナー。サイボウズ式ブロガーズコラム/長くはたらく、地方で(一部)挿絵担当。登山大好き。記事やコンテンツに合うイラストを提案していくスタイルが得意。
編集
あかしゆか
1992年生まれ、京都出身、東京在住。 大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。2015年サイボウズへ新卒で入社。製品プロモーション、サイボウズ式編集部での経験を経て、2020年フリーランスへ。現在は、ウェブや紙など媒体を問わず、編集者・ライターとして活動をしている。