「男性の育児休業取得」が話題となっています。政府は2020年までに男性の育休取得率を13%に引き上げる(2018年度は6.1%)目標を掲げ、男性の育休取得を義務化するべきでは? といった議論も始まりました。「自分も育休を取りたい!」と考えている男性も少なくないはず。
とはいえ、多くの企業ではまだ「男性の育休取得はめずらしい」のが現状です。子どもと一緒に過ごすかけがえのない時間に、夫婦でじっくり向き合う。そんなあたりまえのことができないのはどうしてなのか──。認定NPO法人フローレンスで働きながら「サイボウズ式第2編集部」でも活動する中村慎一さんは、この問題に真正面から取り組んできました。
共働き子育て世帯の人たちにも、もうすぐママ・パパになる人たちにも、もっと育休を身近に感じてほしい。そんな思いで、今回は同じ企業で働きながらダブル育休を取得したイミ―さん、ムラキさんご夫妻にお話をうかがいました。
普段の家事に加えて、育児に保活、予防接種……ワンオペって無理じゃない?
中村
イミ―さんは、どのような形で育休を取ったんですか?
イミー
子どもが生まれた後にまず1か月だけ取りました。その後は一度仕事に戻り、生後10か月くらいで再び取得しました。
中村
ダブル育休だけでもめずらしいのに、2回も取得されているんですね。
イミーさんとムラキさん(写真左から)。同じ企業で働きながらダブル育休を取得。その経験をもとに育休手当を自動計算してくれるツール「育休シミュレーター」を開発し、新しい休み方を考えるウェブメディア「YASUMO」 を運営している
中村
実際に育休を取ってみて、どんな気づきがありましたか?
イミー
「これ、1人では無理じゃない?」と感じています。普段の家事や育児もそうだし、保活とか予防接種とかいろいろあるし……。
子どもが生まれると家庭内のタスクが一気に増えるじゃないですか。
ムラキ
うん、ワンオペで全部対応するのはきつい。
イミー
同じ会社で、もともと共働きだったのに、妻は仕事と向き合える時間がまったくない状況になっていきました。
2人ともキャリアを積もうとしていたのに、片方だけそれが中断しちゃうのは変だな、とも思いましたね。
※ムラキさんの手による、育児に関する世論を可視化する試み。綱渡りのスケジュールが浮かび上がり、多くの共感が集まった
ムラキ
新しいことを勉強したいと思っても、どうしても子ども優先になっちゃいますから。「フェアじゃないよね」という思いはありました。
「2人とも育休をとるものだ」と思っていた妻、「男は仕事しなきゃ」と思っていた夫
ムラキ
そもそも私は「男性が育休をとるのはあたりまえ」だと思っていたんです。だから夫に「育休、いつとるの?」と聞いて。
イミー
最初は「えっ?」ってなってたよね(笑)。
ムラキ
私はもう普通に、2人とも休むものだと思っていました。
イミー
僕は「とはいえ仕事あるしなぁ……」と悩んでいたんです。
中村
最初は、ごくごく一般的な男性の反応だったと。
イミー
はい。妻に言われて、はっとしたんですよね。
ムラキ
私の大学の先輩で、男性で育休を取っている人がいたんですよ。その人は記事を書いて育休のことを発信していて、そうした「参考資料」を夫に見てもらったりしてました。
イミー
それからいろいろなサイトや記事を見て勉強し始めましたね。
それまでは「男は仕事しなきゃ」と思っていたんですが、「せっかく子どもが生まれるのに、そこに向き合わないのはもったいない」と思うようになりました。
というのも、僕は仕事で子ども向けアプリを担当しているんです。「俺が育休を取らずしてどうするんだ」と。
イミーさん(@13imi)。大手通信キャリアでキッズアプリを担当するプロダクトマネージャー。子どもの誕生を機に2回に分けて育休を取得した
「俺は昇進は大丈夫っす、休みます!」
中村
最近では、男性の育休取得への対応で大手企業が炎上する事件もありました。どうして男性は、こんなにも育休を取りづらいんでしょうか。
イミー
そもそも、男性は仕事にフルで時間を使うことがあたりまえになっていて、「そこから逸脱しちゃダメ」みたいな空気があると思います。
ムラキ
家のことは誰かに任せて、仕事にフルコミットする人が評価される。そんな世界が、会社のなかで生まれてしまっているんですよね。
ムラキさん(@u_vf3)。夫であるイミーさんとともに働き、ダブル育休取得を経験。副業でイラストレーター&グラフィックデザイナーとしても活動している
中村
イミーさんが育休をとる際、同僚や上司からはどんな反応がありましたか?
イミー
育休を取ったあとの出世などキャリアを心配する声がありました。
中村
やっぱりそうですよね。育休をとると出世のコースから外れてしまうみたいな話をよく聞きます。
イミー
基本的には男性も育休を取りやすい制度が整っている会社で、上司も理解があり、「どうぞどうぞ」という感じなんですが……。
なんというか、「育休がキャリアに影響するかも」というのは、親切心からそうした「社内の空気」があることを教えてくれている感じなんですよね。
ムラキ
たしかに、パタハラ(パタニティ・ハラスメント)やマタハラ(マタニティ・ハラスメント)と取られるような発言のなかには、悪意はなく、心からのアドバイスとして言ってくれているケースもあるんでしょうね。
中村
あぁ、わかります。
そういえば僕も育休をとるときに「半年間もいないと席がなくなってしまうかも」と、悪意ではなく、事実として教えてくれた人がいました。
でもそれって、大元では誰が発信源になっているんでしょう?
中村 慎一(なかむら・しんいち)さん。認定NPO法人フローレンス 事業部マネージャ。3人の子を持つ父。以前に勤務していたIT企業では、男性として初の半年間の育休を取得。その体験をもとに著作や講演を通じて男性の育児参加を啓発している。「中村一(なかむら・はじめ)」名義で小説家としても活動し、新刊『探偵先輩と僕の不完全な事件簿
』(MW文庫)が発売中
イミー
うーん……。「誰が」というよりも、「会社全体の雰囲気がそうなっている」としか言えないのかも。
上の世代の人たちには「休まない人、転勤なども受けいれる人が出世コースに乗る」みたいな価値観がリアルに残っているとは感じますが。
ムラキ
私も会社の上の世代の人たちを尊敬していて、素晴らしい人たちだと思っているんですが、そうした価値観の部分だけは隔たりを感じます。
そんな文化を受け継いで、みんなで悪気なく会社全体の雰囲気をつくっているのかもしれません。
中村
会社を辞めようとは考えなかったんですか?
イミー
考えませんでした。制度はとても充実しているし、使わせてもらうメリットがある。逆に辞めることのメリットはないので。
「俺は昇進は大丈夫っす、休みます!」みたいな感じですね(笑)。
「お金」と「子どもと過ごす時間」。ちゃんと天秤にかけて考えることも大事
中村
お2人がつくった「
育休シミュレーター」や「
YASUMO」を見て、「自分も育休をとる前に知っておきたかった……!」と思いました。
育休をとると月々の収入はどうなるのか、子どもとの時間をどれくらい確保できるのか。こうしたことって、ぼんやりとしかわからないですよね。
育休シミュレーター。育休手当や期間の自動計算ツール
イミー
まさに、僕が最初に育休を取ろうと思ったときがそうだったんです。「なにこれ? 意味わからないんだけど」ということばかりで。
ムラキ
参考にできるのは厚生労働省のサイトくらいしかないんですけど、そこにもごちゃごちゃしたPDFが上がっているだけで、正直わかりにくいんですよね。
厚生労働省のサイト。各資料へのリンクが羅列されている
イミー
それで、同じように悩む人が少しでも楽になればと思って、体験談の形で記事をアップし始めました。
そのうち「ブログの記事を一生懸命読んで勉強してもらうのも、なんだかおかしな話だな」と思うようになったんです。
せめて、いちばん心配なお金の面だけでも誰かがさくっと教えてくれればいいのにと。で、プログラムはちょっと書けるので、育休シミュレーターをつくりました。
ムラキ
いろいろ悩みながら、だったよね。
人って、「お金が減ること」をよりリアルに感じてしまうもの。だからこそ「育休をとる・とらない」を考えるときには、「お金」と「子どもと過ごす時間」を天秤にかけなきゃいけないことに気付きました。
中村
なるほど。人のバイアス(思考のかたより)は「減るもの」にかかっちゃうということですね。
イミー
だから、ちょっと打算的に考えてみることも必要だと思いました。
ムラキ
「何万円払えば子どもと何時間過ごせる」みたいな話を2人でよくしていたよね。
「家族というチーム」でやりたいこと、やりたくないことを考える
中村
男性の育児参加って、どうすればもっと自然になると思いますか?
企業のなかでは育休をとる男性はまだまだマイナーな存在ですが、これがあたりまえになるにはどうすればいいんだろう? と考えていまして。
ムラキ
まずは働き方を変える必要があると思います。今は、自分で勤務地や勤務時間を選べないのが普通という状況ですよね。
これでは家族というよりも、会社に一蓮托生で寄り添っているような感じがします。
中村
子どもが生まれたら、「男は今まで以上に必死に仕事を頑張って稼がなきゃいけない」といったこともいまだに言われますよね。
ムラキ
私の場合は営業職で比較的移動が多い部署でした。 同僚もほとんどは男性で、子どもができたという話は聞くものの、働き方が変わることはありませんでした。
妊娠するまでは疑問を持っていませんでしたが、いざ自分がなってみると変化せざるを得ないんですよね。「子どもを産むこと」はどうしても女性にしかできないので。
一方、男性は身体的には変化しないので、パートナーに寄り添うためには、意識的に「変わること」を考える必要があるのではないかと。
イミー
僕自身、もともとは「男はずっと働いて会社で出世するべき」という考え方でした。
でも、妻も同じような年収帯で働いているんだから、もっと柔軟に考えたほうがいいと思うようになりました。
家族って、つまり「チーム」じゃないですか。そのチーム全体でどれくらいお金を稼ぐかを考えればいいんだと。
妻も働いているから無理に1人で「大黒柱」だと背負わなくても「二本柱」でもいいと思います。
中村
「家族をチームとして考える」って、とても大切なことですよね。そこから展望とか理念のようなものも生まれてくるでしょうし。
ムラキ
そうですね。これまではあまり逆算的な考え方ができていなかったですね。
イミー
育休シミュレーターをつくっておきながら言うのもおかしいんですが、僕たちもお金の計算が苦手なんです(笑)。
そうしたことを真正面から考えながら、子どもと過ごす時間は絶対に大切にし続けたいですね。先々には「小1の壁」もあるので。
ムラキ
うちでは最近、「別に東京で暮らすことにこだわらなくてもいいよね」とか、「満員電車には乗りたくないね」といった形で、やりたいこと、やりたくないことをどんどん出し合っています。
イミー
それこそ家族理念みたいなものだよね。
ムラキ
うん。「やりたくないことはやらない」が理念でもいいかも(笑)。
家族はフェアな関係で「めっちゃ議論しなきゃいけないチーム」
中村
家族をチームとして考えたときに、夫婦どちらかの年収が圧倒的に上のような場合は、価値観をすり合わせるのが大変なんじゃないかという気もします。
ムラキ
それこそ、徹底的に話し合ったほうがいいと思います。
今はバリバリ働いて稼いでいる旦那さんも「来年からはもう働きたくない」と思っているかもしれないし、都心に住む女性は「郊外の古い家でもいいから一緒に過ごす時間を増やしたい」と思っているかもしれないし。
イミー
家族はフェアな関係で「めっちゃ議論しなきゃいけないチーム」なんだと思います。
うちの場合は、どちらかというと妻のほうがロジカルでアウトプットも強いので、結婚当初の僕は議論から逃げていたんです。
中村
そうなんですか? 意外です。
イミー
「これじゃいけないな」と思って、ちゃんと自分の考えをまとめて話すようにしてから、うまくいくようになりました(笑)。
そこは心が折れそうになっても頑張らないといけないですね。
ムラキ
うちでケンカになるのは、夫が「モヤモヤしているのに言わない」ときなんです。チームだからこそ、モヤモヤしているときはすぐに言うべき。
モヤモヤを吐き出しやすいように、家のなかで課題解決型ワークシートを使って話し合ったこともあったよね(笑)。
※実際に使われている課題解決型ワークシート。不安を言葉に書き出し分析することで、解決策を見つけられる
中村
家族という意味では、ダブル育休について、親や親戚からネガティブな反応はありませんでしたか?
イミー
今のところは特に感じませんが、もしあったとしても、自分たちが家族としてやりたいことを貫くと思います。その場合は、親族とも議論が必要ですね。
働き方の常識が変わったのと同じで、家族のあり方もゼロベースで考えなきゃいけないと思うので。
ムラキ
親や親戚も、「彼らが思い描いている幸せのありかた」みたいなものを、悪意なくアドバイスしてしまうことがあるかもしれません。
会社や上司と同じように、「私たちの幸せはここだ」と主張することが大切なんだと思います。
執筆:多田 慎介 撮影:尾木 司 企画・編集:中村 慎一/高橋 団/津川 朋子