「うちの会社は古いから」「どうせ言っても変わらないから」――古い慣習が残る組織に、変革をもたらすのは難しいイメージがあるかもしれません。
そんな固定観念を覆し、大きな変革を成し遂げた“意外な”組織があります。それは、ある「地方の市役所」。
愛媛県西予(せいよ)市では、約10年前から働きやすいオフィスづくりや市民目線のサービス向上に取り組み、職員も市民も驚くような変化を実現しました。
しかし、改革の道のりは決して平坦ではなく、職員からの強い反発だけでなく議会からも厳しい指摘も。 その困難をどう乗り越え、どのように組織を動かしていったのでしょうか?
特に変化が大きかったプロジェクト後半の段階で、中心的役割を担ったデジタル推進課の上甲宏之さんに、その舞台裏をお聞きしました。
書類に埋もれたオフィスが一変! 狙いは「職員の生産性向上」

編集部
西予市は2015年3月から10年かけて大規模なオフィス改革を行ったそうですね。

上甲
はい。以前は何もかもが「昭和スタイル」でした。PCはデスクトップかつ有線LANで席から動かせず、膨大な書類に囲まれながら仕事をしていたんです。
西予市も少子高齢化が進んでおり、職員数の減少が予想されています。少ない人数で業務を行うために、生産性の向上が急務でした。
そこで、従来の働き方を見直すオフィス改革を開始したんです。

オフィス改革により、左の写真から右の写真のオフィスに変化。無線LANの導入やノートパソコンの配布を進め、席はフリーアドレスに。職員はモニターが設置された座席を自由に選んで働けるようになった。ロッカーを減らすことで、各課を仕切っていた壁もなくなり開放的な空間が実現。ITツールの活用でペーパーレス化も推進している

編集部
こうしてみると、オフィス改革後はまるで別の職場のようですね!

上甲
書類を整理しノートパソコンを導入したことで、どの席でも業務ができるようになりました。
以前は会議室をいちいち予約していた打ち合わせも、パソコンだけ持ってフリースペースにさっと集まればすぐ始められるように。昔とは大きく変わりましたね。

編集部
かなり大掛かりなプロジェクトで、職員のみなさんの働き方そのものがガラリと変わっていそうですね……!

上甲宏之(じょうこう・ひろゆき)。⻄予市役所政策企画部 デジタル推進課 課長補佐。趣味は散歩、読書、⾃作PC。好きな⾔葉は「強い者が勝つのではなく勝った者が強い」
職員からの反発「変える必要ある?」「いまのままでも問題なく働ける」

編集部
これだけのオフィス改革を推進するのは相当大変だったのでは?

上甲
10年間全体だと予算は億を超えます。大きなお金を動かすわけですから、市民や市議会からも「本当に必要なの?」という声がありました。
それに加えて、働き方を変えることに対する、職員からの抵抗がとても大きかった。

編集部
職員のみなさんからは、具体的にどんな反応があったんですか?

上甲
「無線LANの導入」や「ノートパソコンの配布」など新たに付与される施策は受け入れられるのですが、フリーアドレス(=自席がなくなる)やペーパーレス(=紙の利用が減る)といった、「なくなるもの」に対しては非常に抵抗がありました。

編集部
なるほど……。

上甲
職員の「働き方に関する意識」を変えることは本当に難しく、いまも試行錯誤しています。「いまのやり方でうまくいっているのになぜ変えるの?」といった声も多かったですね。
改革は小さく始める。「よくなったかも」という共感が重要

編集部
職員のみなさんを説得するときに心がけていたことはありますか?

上甲
「施策によってこのくらい費用が削減される」という数値を示すのが一番わかりやすいのですが、環境改善による効果は、正確に試算するのが難しいんです。
だから、数値的なアプローチに加えて、小さなことでも「オフィス環境がよくなっている」という職員に実感してもらえるようにしました。

上甲
実際、最初に取り組んだのは、「自分のデスクを片付けてもらう」だったんですよ。

編集部
まさかの、片付けから!?

机の片付けの様子(西予市 オフィス改革説明資料より)

上甲
はい。当時、職員のデスクには書類が山積みで、書類棚も多かった。フリーアドレスを導入するとなると、各個人の書類はできる限りコンパクトにしてもらう必要がありました。
それになにより、片付けならすぐ取りかかれるじゃないですか。まずは「机を整理してすっきりした状態だと、快適に働けるよね」ということに気づいてもらいたかったんですよね。

編集部
組織内に「新しい働き方のほうがよさそう」という共感を生み出すことが突破口になったんですね。

書類を減らすことで空いた場所は、予約不要で使えるミーティングスペース(画像上)や、さまざまな課が共同で利用する給湯スペース(画像左下)、市民に開放された相談窓口(画像右下)にリニューアルしている
上層部や外部有識者をまきこんで、トップダウンで変えていく

編集部
市議会からの反発もあったとお話がありましたが、どのように説得されたんですか?

上甲
大学や企業と、産学官連携・協力協定を締結し、協定先の先生たちとともに説得にあたりました。

編集部
専門家からメリットを説明されたら、説得力がありますね。

上甲
議論を通して一定の理解を得たら、まずは上層部から新しいツールを導入したんです。そして、そのよさを実感してもらってから、職員にも展開していきました。

編集部
まずは上層部から取り入れて、価値を理解してもらい、協力してもらう。大きな変化のためには、トップダウンで進めることも必要ということですね。
対立が生まれたときこそ、大きな目的に立ち返る

上甲
もう一つ大事なのが、組織内で「大きな目的」を共有すること。われわれのような自治体の場合、目指すべきものは「住民福祉の増進」であり、これにはみんなが共感しています。

編集部
そうですね。

上甲
たとえば「新しいツールを導入する・しない」と、おたがいの主張が平行線になってしまったとします。これは「手段」についての議論ですよね。
でも、手段は対立していても、目指しているものは同じ。「市民ヘのサービスをよくする」という大きな目的に向かって、たがいの主張で両立できるところを探っていきませんか、と歩み寄るようにしていました。
ここ最近は、『ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か』(エリヤフ・ゴールドラット著、ダイヤモンド社)に書かれていた「対立解消図」を参考にし、コミュニケーションの方法を探っています。
※対立解消図:TOC(制約理論, Theory of Constraints)における思考プロセスの一つで、対立している二つの立場が本質的には共通の目的を持っていることを明らかにし、創造的な解決策を導き出すためのツール

編集部
「住民福祉の増進」という目的に立ち返る、と。具体的には、どのような説明を行ったんですか?

上甲
たとえば、これまで本庁・支所いずれかに行かなければならなかった手続きも、本庁に処理を集約しネットワークを整備すれば、どこでも手続きが行えるようになります。
その結果、生産性が向上しコストも削減できる。その分を住民福祉に還元していけるよね、と。

編集部
たしかに。

上甲
ITやツールを取り入れれば組織がよくなるというアプローチではなく、「住民福祉の増進のために変えていく」という目線で議論をしていく必要があります。
「やめなければ失敗じゃない」 根気よく続けるための思考法

編集部
反対意見が多いと、気持ち的にもしんどいことが多いと思います。上甲さんはなぜ折れずに取り組みを続けられたのでしょうか?

上甲
「やめなければ失敗じゃない」と思っているんです。
反発にあっても「3年ぐらい経てばみんな慣れてくれるだろう」と割り切っていましたね。途中でいろいろ言われても、最終的に働きやすくなればいい。「負けて勝つ」の考え方です。

編集部
粘り強い……!

上甲
それから、わたし自身が「こんなやり方はおかしい、働きづらい」と思ってきたことも、原動力になっていました。
「オフィス環境を改革すれば、組織としてよい方向に進む」と先が見えていたから、諦めずにプロジェクトを進められたのかもしれません。

編集部
情報システム部門という立場もあって「これを変えたら良くなる」という未来が見えていたのかもしれませんね。
ちなみに、上甲さんが所属するデジタル推進課のメンバーとはどのようなコミュニケーションをとっていましたか? 抵抗の声が大きいと、くじけてしまうメンバーもいそうですが……。

上甲
部下の状況はなるべく共有してもらって、できる限りのフォローはしていましたね。
定期的に話し合いをしたり、kintoneのアプリで業務状況を共有したりしています。

編集部
なるほど。

上甲
また、若いメンバーはレベルの高い会議にあえて参加させたり、裁量を持たせたりして、仕事の面白さを感じてもらうようにしました。
チーム内でも「何もしないのはマイナスだ」という意識を醸成できているのかな、と思います。
いまの自治体サービスは民間なら怒られている。これからは市民ファーストな役所へ

編集部
さまざまな改革を推進してきた上甲さんですが、自治体の理想像はありますか?

上甲
正直、いまの自治体サービスは民間なら怒られているレベルです。市民のみなさんからしたらどのサービスを使えるかわからないし、手続きの手間も多いですよね。

編集部
確かに、手続きがおっくうだなと感じることはあります……。

上甲
自治体が提供するサービスが多様化するなかで、市民のみなさんそれぞれが自分に合ったサービスを見つけるのは大変です。だからこそ、自治体が「あなたにはこのサービスがおすすめです」と提案していけるようにしたいですね。

編集部
すでに西予市で実施した取り組みはあるんですか?

上甲
総合窓口を新設しました。これまで、市民のみなさんには各課の窓口に何度も移動してもらう必要があったんです。
たとえば西予市に転入してきたら、市民課に行って、子どもがいるなら子育て支援課に行って、次に上下水道課に行って……という具合ですね。

編集部
たしかに、心当たりがあります。

上甲
そこで、市役所内に散らばっていた各課窓口を「総合窓口」に集約しました。
総合窓口で要件を伝えれば、必要な手続きをワンストップで行えます。

西予市役所の総合窓口。手続きに該当する課の職員が代わるがわる対応してくれるので、市民が移動する必要がない

編集部
まさに市民ファーストですね。

上甲
加えて、職員が生き生きと働ける職場になれば、当然サービスの質も上がると思うんですよ。その結果、市民も幸せに暮らしていけるはず。そんなプラスの循環を生み出していきたいです。

編集部
最後に、組織で何かを変えたいと思っている人へ、メッセージをお願いします。

上甲
まずは机の整理など、すぐにできるところから提案してみては。小さなことからはじめて、すこしずつ広げていく。
長い道のりかもしれませんが、粘り強く取り組めば、きっとよい結果が見えてくるはずですよ。
企画:山本悠子(サイボウズ) 執筆:中森りほ 撮影:岡田悦紀 編集:モリヤワオン(ノオト)