「ITの世界も食品の世界も、ものづくりの本質においては同じということに気が付いた」
「イシイのミートボール」でおなじみ、石井食品の5代目社長・石井智康さんは、こう話します。
石井さんは、アクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア)のエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、スクラムマスターやアジャイルコーチとして活動し、現在に至ります。
エンジニアから食品メーカー社長へ。
業界も職種も超えた異色のキャリアチェンジ。しかし、IT業界を経て改めて家業を見ると、アジャイル的な要素がたくさんあったことに気づいたといいます。詳しい話を聞きに、サイボウズ社長・青野慶久が千葉県船橋市にある石井食品の本社を訪ねました。
震災後、銀行の反対を押し切ってコミュニティスペースをつくった
青野
Viridianは「食と人をつなぐコミュニティスペース」をコンセプトに2014年にオープン。石井食品の商品を販売する直売スペースや千葉県産を中心とした新鮮な野菜を揃えるマルシェスペース、商品を使った食事を提供する飲食スペースや子どもを遊ばせながら過ごせるキッズスペース、料理教室などを行えるキッチン付スペースなどがある
石井
2011年の震災後に、「地域の人同士がつながれるようなコミュニティが必要だ」と会長である父が、もともとは倉庫だった場所にオープンしたんです。銀行からは反対されたんですが。
青野
すごくいいスペースだと思います。しかも食事の持ち込みも可能で、どなたでも使えるんですね。
……失礼ながら、あまり儲からないんじゃないですか?
石井
ははは。はい、儲からないです(笑)。でも、結果的にはマーケティングの役にも立つようになったんですよ。
青野
どういうことですか?
石井
石井食品は、スーパーなどに卸す食品を製造するB to B to Cビジネスなので、以前はお客さんと直接つながれる場所がなかったんです。
でも、ここができたことでお母さんの悩みを聞いたり、試食のフィードバックをもらえたりするようになりました。
青野
石井
ははは。お叱りを受けることもありますが、基本的には応援していただけていると思います。
「理念を大切にして、新しいことに挑戦する」という姿勢を、支持していただいているのかなと。
青野
なるほど。株主の方々も理念に共感しているんですね。
ITを使わない人はいるけれど、食事をしない人はいない
青野
石井食品というと「イシイのミートボール」のイメージが強かったのですが、ミートボールに限らずスープやおかゆまで、いろいろな商品があるんですね。
石井
「食べ物屋だからうまいものはなんでもつくる」が祖父の代からのモットーなんです。
今日は、うちの商品を使った食事をぜひ召し上がってください。
青野
ありがとうございます。
石井さんは、エンジニアとして活躍されたのちに、家業である石井食品に入社したんですよね。
石井
はい。入社したのが2017年、社長に就任したのが昨年の2018年です。
青野
社長になってからいかがですか? 業種が変わって、文化を含めていろいろな面で異なることがあると思いますが。
石井
入社後、社用のメールアドレスを持っていない社員が多かったことには驚きましたね。たしかにITが必ずしも必要ではない現場もあるのだなと。
IT業界と比べて食品業界がおもしろいと思うのは、ITは使わない人がいるのに対し、「食事をしない人はいない」ということですね。
石井智康(いしい・ともやす)。石井食品株式会社代表取締役社長執行役員。千葉県船橋市出身。2006年6月にアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア)に入社。ソフトウェアエンジニアとして、大企業の基幹システムの構築やデジタルマーケティング支援に従事。2014年よりフリーランスとして、アジャイル型受託開発を実践し、ベンチャー企業を中心に新規事業のソフトウェア開発及びチームづくりを行う。2017年から祖父の創立した石井食品株式会社に参画。地域と旬をテーマに農家と連携した食品づくりを進めている。認定スクラムプロフェッショナル。アジャイルひよこクラブ幹事
青野
おっしゃる通りです。ソフトウェアだと、そうはいかない。
石井
とはいえ、ITを導入することで生産性が上がる場面も多いんですよ。
京都の京丹波工場では、Slackを導入することで、情報共有がしやすくなりました。
青野
それはすごい。
ほかにもITでのご経験を生かしていることはあるんですか?
石井
マーケティングの部署では、カンバン(*1)をやっています。
(*1)カンバン:ソフトウェア開発手法のひとつ。「やること」「やっていること」「これからやること」をチームで共有するなど、タスクの見える化や振り返りを行う
青野
食品業界では珍しいですよね。
新しいやり方を取り入れるにあたって、気をつけたことはありますか?
石井
アジャイルや、スクラムは言葉として、会社にはまだ馴染みが薄いので、できる限り違う言葉を使って説明するようにしています。
あとは「この手法をやれ」というトップダウン的な姿勢ではなく、現場の課題を聞きながら、解決方法を提案したいと思っています。
石井食品は、70年前からアジャイル型組織だった
石井
ただ、言葉こそ馴染んではいませんが、石井食品は「アジャイル的な要素がもともとある会社だ」と入社後、改めて感じましたね。
青野
石井さんが導入したのではなく、ということですよね。
どういうことですか?
石井
弊社の人気商品であるハンバーグは、販売してすぐの頃は、毎日味が変わっていたそうなんですよ。
青野
毎日ですか。
石井
当時は創業者で製造のトップである祖父が工場にいて、祖母が営業として直売店で販売していました。
夕方になると、食堂で祖母が工場の人たちに食事を出すんです。そのときに「今日のハンバーグはしょっぱかった」「甘かった」と、お客さんの反応を伝えていました。
そういう中で開発会議が始まって、「じゃあ明日はこうやってみるか」というのをほぼ毎日やっていたそうで。
青野
は〜。スプリント(*2)レビューや。
(*2)スプリント:開発サイクルの単位で、開発を行う期間。スプリントレビューは、スプリントで開発した成果物を確認し、フィードバックを受けること。
石井
そう! しかも1dayスプリントで毎日PDCA回していたんですよね。そうやって変化をしてきた中で、今の商品になっているんです。
青野
それはすごいですね。
石井
現在は営業と工場の場所が物理的に離れているので、どうしてもフィードバックがその当時に比べると遅くなっていますね。会長には「どうして昔みたいにできないんだ」と言われます(笑)。
青野
ははは。
石井
ほかにもあります。祖父の代に開発した煮豆の保存性を高める真空包装技術を、業界全体の成長を考えて特許などは取らずに他社にも技術を共有したんですよ。これはオープンソースと同じだな、と。
青野
たしかにそうですね!
石井
石井食品は、佃煮の製造業としてスタートし、時代のニーズに合わせて新商品を開発してきました。看板商品も時代によって変わっています。
もともと新しいことに積極的に挑戦する社風なんですよね。なので、そういう点はかなりソフトウェア開発と共通する部分が多いと感じています。
青野
もとからアジャイルな食品メーカーだったということですね。
石井
エンジニアとして就職したとき、ソフトウェアは実業じゃない、と親戚に言われたこともありました。
でも、「いいものをつくって売る」というものづくりの本質は、IT業界も食品業界も、変わらないと感じています。
社内に掲示している石井食品、今年度の「基本ルール」。「去年と同じは原則禁止」「小さい失敗をいっぱいする」など、アジャイル的な考え方がここにもあらわれている
目指すのは農家が儲かるビジネスモデルをつくること
石井
ちょうど食事の用意ができたので、ぜひ召し上がってください。
青野
ありがとうございます、いただきます。
青野
こちらの、しめじが入っているハンバーグが特に好きですね。やみつきになるおいしさです。
石井
ありがとうございます。京都府京丹波町の丹波しめじを使ったハンバーグなんですよ。
石井食品は化学調味料や保存料などを使用せず、すべての商品において製造過程で食品添加物を使用しない「無添加調理」を貫いている。良質な素材を仕入れ、シンプルな味付けの料理をつくる料亭のやり方をモデルにしているという
石井
いま力を入れて取り組んでいるのが、日本各地の農家さんとのコラボ商品です。
農家が儲かるビジネスモデルをつくるのが、直近の課題ですね。
青野
どうして食品メーカーが、農家のビジネスモデルを考えるんですか?
石井
僕らはおいしい食材が手に入らないと、いい商品をつくれません。食品添加物を使わず、食材のおいしさにこだわっているからです。
青野
はい。
石井
ですが、いまはメーカーが発展すればするほど、農家は儲からないような仕組みになっています。
青野
詳しく教えてください。
石井
多くのスーパーマーケットのミッションは、全国一律で常に同じものを、できる限り安い値段で並べるということなんです。それに応えて大量生産をすることでメーカーは発展してきました。
青野
そうですね。
石井
すごく便利になった一方、割を食うのが生産者なんです。
天気や気候変動などに対応しなければならないのに、安定供給を目指さなければいけない。そして、商品が売れると、メーカーは仕入れ量を増やす代わりに農産物を安く買い叩き、売れなくなれば契約終了です。
青野
なるほど。商品が売れても売れなくても、農家が割を食うことになるんですね。
石井
効率性を追求した流通システムのなかでは、農家は儲からないんです。
さらに、自分たちのつくったものがどこで誰に食べてもらっているのかわからないし、フィードバックももらえない。
これではやる気が出ません。
青野
そこに対する危機感をお持ちなんですね。
先ほどお話にありましたが、「食」ってまさにすべての人間が必要としているもの。それだけニーズがあって市場があるのに、大量生産に走って魅力がなくなってしまうのは、もったいないことです。
石井
はい。なので、うちは多品種小ロットの商品を増やしていければと考えています。
農家の方々と一緒に商品をつくって、PRする。毎年この商品を楽しみにするファンをつくることで、生産数の見込みを増やして、来年分を多く確保して高く買う。
それを繰り返していくことで、価値の高いものをつくることができるんじゃないかなと。
青野
ふむふむ。
石井
地域の食材の味って、お客さんからしたらよくわからないじゃないですか。野菜によっては旬もわからなくなってきている。
提供の仕方を工夫することで、地域や旬の味を理解してもらう。単に食べるだけじゃない楽しみ方をどう増やしていくかを考えることで、価値を提供できると思っています。
青野
なるほど。まさにUX(ユーザー体験)まで見据えて、ということですね。
石井
はい。ユーザー体験までこだわった食品メーカーって実は少ないんです。同じ商品でも、ディスプレイや提供の仕方で、印象や価値が大きく変わってきますよね。
そこまで踏み込んだプロデュースが必要だと思っています。
食品業界の実験企業であり続ける
石井
最後にもうひとつ、いま消費者サイドで僕が個人的に課題だと思っているのが、食物アレルギーを持つ人の食事に選択肢が少ないということです。
たとえば、食物アレルギーを持つ子どもが生まれたら、スーパーの景色はガラッと変わります。小麦と卵が食べられなければ、ほぼ食べられるものがない。となると、ほとんど手づくりになってしまう。
明日から、食品添加物をなるべく子どもに食べさせないようにしようと決心した瞬間、買えるものも限られる。そんな時の選択肢を増やしたいなと思っています。
青野
具体的にどんな取り組みをされているんですか?
石井
京丹波工場では、食物アレルギー配慮専用の施設を増床し、卵・乳・小麦・えび・かに・そば・落花生の特定原材料7品目を使わない食物アレルギー配慮食品を徹底管理した設備で生産しています。
また、商品に書かれている品質保証番号と賞味期限を
ホームぺージに入力すると、どんな素材が使われ、いつどこでつくられたのかなどがすべてわかるようになっています。
青野
それはすごく便利ですね。
石井
食生活を変えたいという人たちのためのソリューションを提供したい。それは僕が個人的にこの会社でやりたいことですね。
青野
おもしろい。情報をフェアに、オープン化するのも、ITの考え方と共通していますね。
石井
食品業界全体を盛り上げていきたいですね。
石井食品は、時代やお客様のニーズに合わせて、新商品を開発してきました。
これまでと変わらず、これからも食品業界の実験企業であり続けたいと思っています。
執筆:松尾奈々絵/撮影:小野 奈那子/編集:水上歩美/企画編集:鈴木統子