5代目社長はスクラムマスター。ミートボールの石井食品は70年前からアジャイル型組織だった──石井智康×青野慶久

「ITの世界も食品の世界も、ものづくりの本質においては同じということに気が付いた」
「イシイのミートボール」でおなじみ、石井食品の5代目社長・石井智康さんは、こう話します。
石井さんは、アクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア)のエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、スクラムマスターやアジャイルコーチとして活動し、現在に至ります。
エンジニアから食品メーカー社長へ。
業界も職種も超えた異色のキャリアチェンジ。しかし、IT業界を経て改めて家業を見ると、アジャイル的な要素がたくさんあったことに気づいたといいます。詳しい話を聞きに、サイボウズ社長・青野慶久が千葉県船橋市にある石井食品の本社を訪ねました。
震災後、銀行の反対を押し切ってコミュニティスペースをつくった

今日も小さいお子さんを連れたお母さんなど、近所の方がたくさん集まっていますね。

Viridianは「食と人をつなぐコミュニティスペース」をコンセプトに2014年にオープン。石井食品の商品を販売する直売スペースや千葉県産を中心とした新鮮な野菜を揃えるマルシェスペース、商品を使った食事を提供する飲食スペースや子どもを遊ばせながら過ごせるキッズスペース、料理教室などを行えるキッチン付スペースなどがある


……失礼ながら、あまり儲からないんじゃないですか?



でも、ここができたことでお母さんの悩みを聞いたり、試食のフィードバックをもらえたりするようになりました。


「理念を大切にして、新しいことに挑戦する」という姿勢を、支持していただいているのかなと。

ITを使わない人はいるけれど、食事をしない人はいない



今日は、うちの商品を使った食事をぜひ召し上がってください。

石井さんは、エンジニアとして活躍されたのちに、家業である石井食品に入社したんですよね。



IT業界と比べて食品業界がおもしろいと思うのは、ITは使わない人がいるのに対し、「食事をしない人はいない」ということですね。

石井智康(いしい・ともやす)。石井食品株式会社代表取締役社長執行役員。千葉県船橋市出身。2006年6月にアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア)に入社。ソフトウェアエンジニアとして、大企業の基幹システムの構築やデジタルマーケティング支援に従事。2014年よりフリーランスとして、アジャイル型受託開発を実践し、ベンチャー企業を中心に新規事業のソフトウェア開発及びチームづくりを行う。2017年から祖父の創立した石井食品株式会社に参画。地域と旬をテーマに農家と連携した食品づくりを進めている。認定スクラムプロフェッショナル。アジャイルひよこクラブ幹事


京都の京丹波工場では、Slackを導入することで、情報共有がしやすくなりました。

ほかにもITでのご経験を生かしていることはあるんですか?

(*1)カンバン:ソフトウェア開発手法のひとつ。「やること」「やっていること」「これからやること」をチームで共有するなど、タスクの見える化や振り返りを行う


新しいやり方を取り入れるにあたって、気をつけたことはありますか?

あとは「この手法をやれ」というトップダウン的な姿勢ではなく、現場の課題を聞きながら、解決方法を提案したいと思っています。
石井食品は、70年前からアジャイル型組織だった


どういうことですか?

青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない』(PHP研究所)など



夕方になると、食堂で祖母が工場の人たちに食事を出すんです。そのときに「今日のハンバーグはしょっぱかった」「甘かった」と、お客さんの反応を伝えていました。
そういう中で開発会議が始まって、「じゃあ明日はこうやってみるか」というのをほぼ毎日やっていたそうで。

(*2)スプリント:開発サイクルの単位で、開発を行う期間。スプリントレビューは、スプリントで開発した成果物を確認し、フィードバックを受けること。







もともと新しいことに積極的に挑戦する社風なんですよね。なので、そういう点はかなりソフトウェア開発と共通する部分が多いと感じています。


でも、「いいものをつくって売る」というものづくりの本質は、IT業界も食品業界も、変わらないと感じています。

社内に掲示している石井食品、今年度の「基本ルール」。「去年と同じは原則禁止」「小さい失敗をいっぱいする」など、アジャイル的な考え方がここにもあらわれている
目指すのは農家が儲かるビジネスモデルをつくること






石井食品は化学調味料や保存料などを使用せず、すべての商品において製造過程で食品添加物を使用しない「無添加調理」を貫いている。良質な素材を仕入れ、シンプルな味付けの料理をつくる料亭のやり方をモデルにしているという

農家が儲かるビジネスモデルをつくるのが、直近の課題ですね。








天気や気候変動などに対応しなければならないのに、安定供給を目指さなければいけない。そして、商品が売れると、メーカーは仕入れ量を増やす代わりに農産物を安く買い叩き、売れなくなれば契約終了です。


さらに、自分たちのつくったものがどこで誰に食べてもらっているのかわからないし、フィードバックももらえない。
これではやる気が出ません。

先ほどお話にありましたが、「食」ってまさにすべての人間が必要としているもの。それだけニーズがあって市場があるのに、大量生産に走って魅力がなくなってしまうのは、もったいないことです。

農家の方々と一緒に商品をつくって、PRする。毎年この商品を楽しみにするファンをつくることで、生産数の見込みを増やして、来年分を多く確保して高く買う。
それを繰り返していくことで、価値の高いものをつくることができるんじゃないかなと。


提供の仕方を工夫することで、地域や旬の味を理解してもらう。単に食べるだけじゃない楽しみ方をどう増やしていくかを考えることで、価値を提供できると思っています。


そこまで踏み込んだプロデュースが必要だと思っています。
食品業界の実験企業であり続ける


たとえば、食物アレルギーを持つ子どもが生まれたら、スーパーの景色はガラッと変わります。小麦と卵が食べられなければ、ほぼ食べられるものがない。となると、ほとんど手づくりになってしまう。
明日から、食品添加物をなるべく子どもに食べさせないようにしようと決心した瞬間、買えるものも限られる。そんな時の選択肢を増やしたいなと思っています。


また、商品に書かれている品質保証番号と賞味期限をホームぺージに入力すると、どんな素材が使われ、いつどこでつくられたのかなどがすべてわかるようになっています。




石井食品は、時代やお客様のニーズに合わせて、新商品を開発してきました。
これまでと変わらず、これからも食品業界の実験企業であり続けたいと思っています。
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