先日、認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんが、サイボウズ代表取締役社長 青野慶久の1日カバン持ちにやってきました。
「大きくなった組織でも、スピード感をもって事業を進めたいと思っています。ただ、一人ひとりに向き合うことも大事だと思っていて......」
そうした悩みを解決するヒントを得るべく青野の1日に密着する駒崎さん。社長・副社長とのランチミーティングを経て、悩みは解決されたのでしょうか?
事業は、本当に社会を変えられるコア部分に絞る
青野
朝からずっと気になっていたんですけど……。駒崎さんの今日の服装、これって学ランですか?
山田
学ランですよね。めっちゃ懐かしい。ご自分でつくったんですか?
駒崎
ドン・キホーテで調達しました(笑)。
今日はカバン持ちとして勉強させていただくので、ちゃんとした身なりで臨もうと。
山田
ははは(笑)。なにか学びになれば良いですけど。
駒崎
よろしくお願いします!
青野
駒崎さんは組織のマネジメントにお困りとのことで。
フローレンスは、有名な病児保育に加え、さまざまな保育施設運営も手がけていますよね。サイボウズはグループウェアを中心としたシンプルな事業だけど、駒崎さんたちの場合は多岐にわたっています。
駒崎
はい。例えば保育園は社会課題をたくさん目にする場所なので、どんどん新しい事業の必要性を見つけてしまうんです。
そのため自分で持っているプロジェクトの7割くらいは新規事業になってしまい、多すぎたなと反省しています。
駒崎弘樹(こまざき・ひろき)。認定NPO法人フローレンス代表理事。子育てと仕事の両立、そして自己実現のすべてに誰もが挑戦できる社会をつくりたいという考えのもと、2004年に認定NPO法人フローレンスを立ち上げる。自身も一男一女の父。著書に『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』(英治出版)、『働き方革命』(ちくま新書)など
青野
サイボウズはこの10年で規模が拡大し続けている一方で、製品をどんどん減らしているんです。
駒崎
なるほど。
青野
「たくさんあってもマネジメントできない」と思っているんですよね。広げていく自信がない。
同時に、本当に社会を変えられるようなコア部分に絞っていきたい。短期的には社会に与える影響のスピードが遅いように見えるかもしれないけど、コアの部分だけで勝負していけば、めちゃめちゃレバレッジが効きますから。
青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない』(PHP研究所)など
青野
児童虐待の防止にも地域活性化にも、学校の先生の働き方改革にもつなげられます。
コアな部分に集中してレバレッジを効かせ、影響範囲を広げていく。そんな決断も必要なんだと思います。
人数が増えたら全員と話すのは無理。一網打尽でやりとりし、熱量をもって語り続ける
山田
組織マネジメントにおいては、青野さんが言っている「事業を絞る」アプローチも1つだと思います。
加えて「コミュニケーションのやり方を変える」という方法もありますよね。
僕たちの場合は、社員の人数が多くなるにつれてまずは「一網打尽にコミュニケーションを図る」ようにしてきました。
山田理(やまだ・おさむ)。サイボウズ 取締役副社長 兼 サイボウズUS(Kintone Corporation)社長。1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、責任者として財務、人事および法務部門を担当し、同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2014年からグローバルへの事業拡大を企図し、米国現地法人立ち上げのためサンフランシスコに赴任し、現在に至る。初の著書『最軽量のマネジメント』を11月7日に上梓
駒崎
一網打尽、ですか? 一人ひとりではなく?
山田
はい。まずは一気にコミュニケーションを取ったほうが効率的じゃないですか。大人数の組織で一人ひとりに意見を聞くよりは、一斉にアンケートを取ったほうが早いですよね。
駒崎
それはそうだと思います。
山田
一網打尽にコミュニケーションを図れば、チームの中でのグラデーション(階層)のようなものが見えてくると思うんです。ビジョンへの共感度が高い人もいれば、低い人もいる。
駒崎さんがやるべきなのは、熱量を発揮していくことだと思うんですよね。とにかく熱く(理想を)語り続けて、共感してくれる人を集める。その中でも「辞めてほしくない人」を見極めておく。
駒崎
なるほど。
山田
もしかするとそんな人は全体の1割くらいかもしれません。
それでも「とにかくあなたと一緒に仕事がやりたい、会社をこんなふうにしたい」と語りかけて、その人がもっといい人を呼んでくるサイクルをつくっておく。経営のキャパシティを広げるためには、これが必要だと思います。
青野
一人ひとりとの接点を積み重ねて全員へ伝えることを狙うのではなく、ハブとなる人にしっかり伝えていくということですね。
山田
はい。あとは距離感でしょうか。
駒崎
距離感?
山田
誰しも、馬が合う人と合わない人がいますよね。それを僕は「距離感」と言っています。
距離感が近い人は自分の話を積極的に聞いてくれるのでいいんですが、遠い人に対しては他の「馬が合いそうな人」にコミュニケーションを任せることもあります。
「僕はAさんとは馬が合わないから、馬が合いそうなBさんに任せよう」といった感じです。
駒崎
たしかに、距離感がある人と無理やり合わせようとするのは互いに苦労しますよね……。
山田
そうなんです。多くの組織では1on1で一人ひとりの距離を縮めようとするけど、それって自分も相手も変わらなきゃいけないわけだから、苦労しますよ。
青野
組織が拡大すればするほど顔ぶれは多様化していくので、馬が合わない人も増えていきます。一方で、合う人も絶対にいるはずですよね。
山田
ですね。だから、駒崎さんと同じ熱量で語れるマネジャーがあと2人くらいいれば、ずいぶんとキャパシティが広がるんじゃないでしょうか。
駒崎さんが1人で担っていることを分解して、役割分担をしながら組織と向き合っていけると思います。
給与は「適当に決めます」と宣言している
駒崎
マネジャーの役割を分解して分担するのは、とても大切なアイデアだと思いました。
同時に「ちょっと難しいなぁ」と思うのが評価です。マネジャーって、メンバーみんなを見ているからこそ評価できる面があるじゃないですか。
青野
そうですね。
駒崎
でも役割分担をすると、メンバー全員を見られなくなり、みんなが納得のいくような給与評価をするのは難しいのでは?
青野
評価は必ずしもマネジャーが下すものというわけではなく、「横から」でもいいと思うんですよね。他のチームからどう見えているか、とか。サイボウズでは開発本部が
そんなやり方を取り入れています。
なぜそれができるかというと、僕たちは
給与を「市場価値」で決めているので、ある意味では日々の仕事を全部見ておく必要がないんですよ。
ランチの時間なのに給与評価について真面目に話し始めました
山田
「この人はこんなスキルを持ち、これくらいの実績を出しました。だから市場価値としてはこの金額です」と言ってくれれば判断できます。だから、直属のマネジャーが評価しなくてもいいんです。
そもそも、採用するときにも給与を決めているけど、その面接って「30分を何回」程度じゃないですか。
青野
そうそう、給与は適当に決まっていますよね。
駒崎
適当!?
とはいえ昇給などもあるわけですから、ちゃんとした決定の場はあるんですよね?
山田
ええ。「評定会議」を開いて決めています。
青野
でも、(最終的に給与は)「適当に決めます」と宣言しているんです。どちらかというと「困ったら相談してね」というスタンスですね。
山田
社員本人との面談では、「給与をいくらほしいか」を聞きますよ。それが今よりも高いときは「なんで?」と聞いて、市場価値の観点から説明してもらいます。
あとは「どんな仕事や働き方をしたいか」を聞きます。そうすると、人によってほしいものは違うことが見えてくるんです。
青野
お金にはほとんどこだわりがないという人もいますよね。
山田
そうですね。「評価の目的って、そもそもなんだっけ?」という感じですよね。
もちろん1つはお金の分配なんですが、もう1つはフィードバックだと思うんですよ。
どうすればもっと成長できるのかに対してちゃんとフィードバックがあれば「自分を見てくれている」と感じる。うまくいったときには賞賛されて、承認欲求が満たされる。
駒崎
仕事のモチベーションを維持するために、とても大事な部分ですよね。
山田
でも多くの組織では、ここにお金の分配を重ねちゃうんです。
本人としては、本当は失敗してアドバイスをもらいたいのに、これで給料を下げられると困るから、「いかにそれが自分のせいではないか」とか「いかに自分は頑張っているか」といったことばかり熱弁してしまう(笑)。
青野
評価する側も、できるだけお金をあげたくないから、できるだけ厳しいフィードバックをするとか(笑)。
山田
だからフィードバックは、身近で働いていて、互いをよく見ている人たちでやればいいと思います。
「お金」と「成長のためのフィードバック」を分けたほうがコミュニケーションしやすいし、納得しやすくなるんじゃないでしょうか。
終始メモの手が止まらない駒崎さん
お金は報酬の一部でしかない。給与以外の引き出しをどれだけ持っているか
駒崎
サイボウズさんは労働市場全体で見ても遜色ない給与額だと思います。ですが、僕たちの場合、保育の市場で見ると高いものの、一般事務の市場では低いんですよね。
大企業と比べて「私は市場よりも低いからもっと上げてほしい」と思う人もいるだろうなと。
駒崎
しかし、「私のほうが成果を出していると思うのに、あの人と給与が同じなのは納得がいきません」といった声を耳にすることもあります。
山田
なるほど。市場全体ではなく社内で、ほかの人と比べてしまうんですね。
駒崎
それって、相対評価を叩き込まれているということじゃないですか。
青野
そうですよね。サイボウズでは絶対評価です。給与テーブルのような相対評価を意識させることを今はやっていません。
給与テーブルに乗った瞬間に「なんであの人が自分より上なんだ?」って感じてしまうと思うので。
青野
あと経営者としては、給与以外の報酬の引き出しをどれだけ持っているかだと思うんですよ。
「駒崎さんと働ける」という報酬もあるし、「こんな仕事や事業ができる」という報酬もある。与えられる裁量や身につけられるスキルもそうですね。
「報酬の中でお金は一部でしかない」という前提のもとに、いかに他の報酬ラインアップを増やせるか。
山田
サイボウズでも、例えば金融機関から転職してきた人の多くは、前職と比べて給与が下がっていますよね。グローバルのIT大手から来た人は給与が半分以下になったケースもありますよ。
でも彼らは、給与以外の別の報酬を求めて来ているわけで。
駒崎
まさにそういうことですよね! すごいなぁ。
山田
なぜそんな市場価値の高い人が来てくれるかというと、サイボウズという会社が、市場で他にない独特さを持っているからなんでしょうね。「この事業にこの働き方で関われるのはサイボウズしかない」と。
市場での独特さという意味では、フローレンスさんも同じだと思います。
青野
「社会を変える楽しさを他の組織で得られると思う? プライスレスだよ!」みたいな。
駒崎
確かに、他にはない「フローレンスで仕事をする価値」はあるかもしれません。
山田
普通の会社でこの言葉をいきなり社員全員に発したら、「どうせまた給料を下げようとしてるんでしょ?」と思われるかも(笑)。
青野
あはは(笑)。
駒崎
だからこそ僕がいつでも本気で考えていることが大事だし、熱量を発揮していなければならないということですね。
うん、決めました。これまでの常識で続けていた評価をフローレンスらしい考え方に変えていきます!
そして翌日からは……
今回の「カバン持ち」での気づきを、さっそく取り入れてくださっているようです!(駒崎さんのFacebook投稿より)
1日インターン当日の様子はこちらをご覧ください!
文:多田慎介/撮影:赤堀雛/企画編集:山口遼大