サイボウズを退職します──会社と個人の距離感を模索した5年間の軌跡
「入社おめでとう。はやくみなさんは、サイボウズをいつでも辞められるような人になってください」
2015年の4月。サイボウズの入社式で、副社長の山田理さんがこんなことを口にしました。その年の新入社員として入社式に参加し、「さあ、これからサイボウズで頑張るぞ」と意気揚々としていた私は度肝を抜かれました。だって、入社式なのにいきなり辞める時のことを話すだなんて……。
ですが、その「時」がくるのは早いもので、2020年3月10日の今日、私はサイボウズを卒業します。
サイボウズに所属した5年間は、私にとって、自分自身と会社と向き合い、そして、会社との距離感を模索し続けた時間でした。
「やりたいこと」を仕事にするまでの1年半
私はサイボウズに入社して、最初は自社製品のプロモーションをするマーケティングの部署に配属されました。会社で楽しく仕事をしつつ、プライベートも大切にする。まさに「ワークライフバランス」の取れた、幸せな新社会人生活を送っていました。
ですがそんな新人時代、楽しさと同時に、どこかで物足りなさや、「このままでいいのだろうか」という不安も感じていたように思います。
なぜなら、私は大学生の時から、メディア、特に文章に関わる仕事がしたいと思っていたから。ずっと、サイボウズのブランディング活動の一貫である「サイボウズ式」の編集部に異動したいと思っていたからです。
自分がやっている仕事とやりたいことがずれている。そんな違和感を覚えながらも、「社会人なんてそんなものだ」と、ごまかすように日々を過ごしていました。
でもやっぱりそれではよくないと思い、2年目のなかば頃、部署の上司と相談し、サイボウズにある「大人の体験入部(※)」という制度を利用して、プロモーションとサイボウズ式の仕事を兼任させてもらうことに。
「やりたかったこと」を仕事にできることの喜びと期待から、私はがぜんやる気を出すようになっていきます。さまざまな交流会やイベント、勉強会に顔を出し、会社以外の世界に飛び込んで行くようになりました。
「サイボウズの明石さん」に興味を持たれていたことへの違和感
ただ、社外の人と話す機会が増えていくと、次第に自分の心の中に、また新しい種類の違和感が生まれていることに気がつきました。
それは、「サイボウズ」という肩書きに依存している自分の存在です。
交流会やイベントでは、サイボウズの名刺を出した途端に目の色を変えて話を聞いてもらえることが多々あります。けれどそれは、サイボウズという名前がなければ、自分の話に興味を持ってもらえないことの裏返しでもありました。
ああ、この人は「サイボウズ」に価値を感じているのであって、「私」には何も価値を感じてくれていないんだな……。そういった、虚しさのような、悔しさのような感情を持つことが、何度も何度もありました。でもそれは、事実なのだから仕方がありません。
サイボウズという会社の肩書きに依存しない、自分自身の力をつけていきたい。「サイボウズの明石さん」ではなく、「明石悠佳」自身に興味を持ってもらえるようになりたい。
そう明確に感じるようになったのは、入社して2年目の終わり頃のことでした。
会社員が個人の力を身につけるためには?
3年目からは、正式にサイボウズ式編集部に異動することが決まったので、そこからいろんな記事をサイボウズ式で作っていきました。
私の前述の興味関心から、「会社員が個人の力を身につけるためには?」という特集を組み、会社にいながら自分自身の力で活躍し続けているさまざまな人に取材をさせてもらったこともあります。
会社の肩書きにとらわれない自分自身の力や思いは何か。それを模索するために、Twitterで発信をはじめてみたり、noteでサイボウズとは関係のない文章を書いてみたり、編集・ライティングの勉強会に通ってみたり……。
幸いサイボウズは、社員個人の生き方や幸せを応援してくれる会社です。私が外でいろいろ活動するようになったことを、上司は「いいぞもっとやれ!」というスタンスで応援してくれました。
3年目の終わり頃には、入社式で副社長が言っていた言葉の意味が、身をもって理解できるようになっていたように思います。「サイボウズを辞められるような人になれ」とはつまり、サイボウズという肩書きに依存しない、自分だけの価値を探していけというメッセージだったのです。
複業、心身の不調。「この働き方は持続できない」
そんな風に、少しだけ自分に自信がついてきた時期とちょうど同じ頃。
社外の方から、「複業として一緒にお仕事をしませんか」というお誘いをいただきました。しかもその声をかけてくださった方は、私が大学生の頃からひっそりと憧れ続けていた人だったのです。
「サイボウズ以外でも、やりたいことがある」。複業のお誘いを受けて、そのことをはっきりと感じました。サイボウズでは、ダブルワークのことを「副業」ではなく「複業」と呼ぶことがあります。仕事は、副業のように主従があるものではなく、どちらも並列に大切にするものである。この考えのもと、サイボウズ以外の自分の興味を発散・表現するために、複業を始めることにしました。
そうやって複業を始めた4年目は、とにかく走り抜けた日々だったように思います。サイボウズの仕事も、複業も、アドレナリンを出しまくって走る、走る、走る。
そんな状態が1年ほど続いた、5年目のはじめの頃のこと。私は、働きすぎで心身のバランスを崩してしまいました(その時のことは、下記の記事でくわしく書いています)。
この働き方は持続できない。そう感じざるを得ないできごとでした。
複業をやめる選択肢が正しいのかわからないけれど、一度何かをストップしないと自分自身が壊れてしまう。とにかく、仕事を減らさなくては……。
体調を崩してしまっては元も子もないので、私はいったんしばらく複業を休む決断をします。社会人生活で一番悩んだ時期でした。
会社との距離感の模索がはじまった
それからしばらくのあいだは、一部複業の仕事も受けていたものの、ほとんどサイボウズの仕事だけをする日々が続いていました。
複業もしたいけれど、すぐに始めてしまっては、絶対にまた同じことの繰り返しになってしまう。そんな気持ちが、私の複業へのモチベーションをセーブさせていました。
でもそんなとき、ふと私は思ったのです。
「なんで、私は今までサイボウズの仕事を減らすという選択肢を取ってこなかったのだろう?」
その頃サイボウズ社長の青野さんや副社長の山田さんは、「会社はキャンプファイヤーのようなものである」ということを、社内外でたくさんおっしゃっていました。
キャンプファイヤーは、真ん中に火があって、その近くで楽しそうに踊り続けている人もいれば、端っこでお酒を飲みながら、自分なりに楽しんでいる人もいる。会社とはまさにキャンプファイヤーのような存在で、社員にはそれぞれ、関わる「距離感」があっていいのだと、サイボウズの経営陣の方々は繰り返し言っていたのでした。
今までほとんど何も考えずに輪の中心で踊り続けてきたけれど、今、私はどのような距離感で、サイボウズのキャンプファイヤーに関わりたいと思っているのだろうか。会社と私にとって、ベストな距離感は何なのだろうか。
そう考えて私が出した結論は、「働き方宣言制度(※)」を利用して、「週3正社員」という距離感でサイボウズと付き合っていく、という選択でした。
「会社員」とは何なのだろう?
「週3正社員」という新しい距離感を選んでみると、時間に余裕が生まれ、それまでセーブしていた複業にもまた取り組めるようになりました。
そうしてしばらくは、「正社員でいながら、無理なく複業もできて、これが私のベストバランスだったのかも!」と、やっと自分の働き方の一番いい形を見つけられたような気がしていました。
ですが、ひとつ答えを見つけたら、またひとつ新しい問いが生まれるもの。週3勤務にして数ヶ月が経ったころ、また新しい疑問が私の頭には浮かぶようになっていたのです。
「そもそも、会社員でいる必要はあるんだろうか? 会社員とは、何なのだろうか?」
これが、私が会社員生活でたどり着いた問いです。
会社員とは、会社に保険や年金、安定したお給料などさまざまなことを保障してもらえるかわりに、「社員としての成長や行動」も求められます。そのためにマネジメント機能がある。会社が望む成長と、個人が望む成長が一致していれば、こんなに最高な雇用形態はありません。
ですが私は、そういった正社員の利点を抜きにしても、もう少し、会社のマネジメントから離れて、自由に、柔軟に動ける環境がほしいと思うようになっていました。キャンプファイヤーから、いつでも別の場所に出かけられて、参加したいと思った時に参加できる。「会社員としての自由」ではなく、「人としての自由」の方が、今の自分には必要なのかもしれない、と思うようになっていました。
そうすると、「正社員」という雇用形態は、今の自分には合わないのかもしれない。それが、サイボウズの退職を決めた一番の理由だったのです。
会社員ではない距離感のカタチがある
私は退職をしたあとも、サイボウズの仕事を業務委託という形で一部続けることが決まっています。正社員という雇用形態からは卒業しますが、これからもサイボウズの一員ではあり続けるのです。
サイボウズには「育自分休暇制度」という、6年間以内であればまた出戻ることができる制度があるのですが、今回はその制度を利用して卒業するので、これから先、「もっとサイボウズとの距離を近くしたい!」と思ったら、また正社員に戻るかもしれません。
100かゼロの二択ではなく、辞めたあともゆるやかに続いていく関係性がある。「退職=さようなら」という時代ではないんだな、ということを実感します。
自由な制度は「ゆるやかな囲い込み」
5年間働いてみて、サイボウズは、名実ともにものすごく自由な会社だと心から思います。働き方は自分で毎月選ぶことができるし、給料だって交渉することができて、会社の中で思う存分挑戦もさせてもらえる。
こんなに社員にとって恵まれた環境を、どうして会社は用意してくれるんだろう?
そう考えていると、ある日、社長の青野さんがこんなことをおっしゃっていたことを思い出しました。
「自由な制度は、ゆるやかな囲い込みなんですよ。制度が柔軟じゃなければ、社員は辞めるか我慢して残るかの二択になってしまうけれど、限りなく自由な制度があれば、辞めるのではなくてその人なりの距離感で残ってくれるはずだから」。
そう、サイボウズの自由な制度は、私たち関わる人々がサイボウズに貢献しやすいように、その余白を残してくれる「ゆるやかな囲い込み」なのです。
事実、私は「距離感」の選択肢として正社員という雇用形態をやめるけれど、サイボウズとの関わりが消えるわけではありません。きっとこれかも、「ゆるやかな囲い込み」をされた状態で、何かしらの形で関わり続けるんだろうな、という気がします。
でも。
ひとまずは、ここで一区切りです。
サイボウズ式でたくさんの記事を作ったり、イベントを開催して読者の方々と触れ合ったり、「働き方改革、楽しくないのはなぜだろう。」というキャンペーンを仕掛けたり、サイボウズ式ブックスを立ち上げたり……。
サイボウズでお仕事する日々は、とても楽しく刺激的でした。
これからは、フリーランスの編集者・ライターとして、文章を軸に活動していければと思っています。
サイボウズ式読者のみなさん、そしてサイボウズ社員のみなさん。今まで本当にありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします!
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執筆
あかしゆか
1992年生まれ、京都出身、東京在住。 大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。2015年サイボウズへ新卒で入社。製品プロモーション、サイボウズ式編集部での経験を経て、2020年フリーランスへ。現在は、ウェブや紙など媒体を問わず、編集者・ライターとして活動をしている。
撮影・イラスト
松永 映子
イラストレーター、Webデザイナー。サイボウズ式ブロガーズコラム/長くはたらく、地方で(一部)挿絵担当。登山大好き。記事やコンテンツに合うイラストを提案していくスタイルが得意。