在宅勤務やテレワークなど、コロナ禍によりわたしたちの働き方やコミュニケーションの形は大きく変容しました。しかし変化が起きたのはビジネスシーンだけではありません。
学級経営や人間関係などがご専門で、上越教育大学(新潟県上越市)で教員を志す学生・大学院生の指導を行なっている赤坂真二先生。赤坂先生は「授業のやり方からチームの成長過程、学生たちの価値観までさまざまな変化が起きている」といいます。
今後社会に出てくる若い世代に起きている変化を知っておくことは、いずれ彼らを迎え入れるわたしたちや企業にとって大きな価値がありそうです。
話題はコロナ禍から大きな時代の流れにまで波及し、そのなかで揺らぎつつも進化している教育現場、そして学生たちの姿が浮かび上がってきました。
ベテラン世代はリモートを「新しく学ぶ」感覚。学生は「応用・活用」
竹内 義晴
以前、赤坂先生のFacebookの投稿を拝見してびっくりしたんです。「いま、大学ではこんな授業が行われているのか!」と。
竹内 義晴
と同時に、コロナ禍になってテレワークをするビジネスパーソンが増えましたが、対面とオンラインを使いこなす学生さんたちが社会に出て来ることを考えたら、うかうかしていられないなと。
このごろ小・中学校では対面授業が増えているのに対して、大学、特に都市部ではまだまだオンラインが多い印象ですが、上越教育大学ではいまどんな態勢で授業が行われていますか?
赤坂 真二
いまは3種類あって、1つ目が「従来通りの対面授業」、2つ目が「完全オンライン」。そして3つ目が、対面の学生もいる一方で、感染対策など諸事情で出席できない学生たちがオンラインで参加する「ハイブリッド」です。
竹内 義晴
なるほど。2020年4月に緊急事態宣言が出されたときは、これからの授業の進め方に「困ったな」となったと思うんですが……
赤坂 真二
わたしはもともと学会関係でテレビ会議を使っていたので、ツールはそれほど困りませんでした。4月以降すぐに、ゼミのメンバーでテレビ会議の使い方について学習しました。
竹内 義晴
では、いまはもうだいぶ慣れてきた感じですか。
赤坂 真二
無理なく馴染んだ感じはしています。学生は進化が早いですね。授業についても、最初は「よくわかんない」と言っていた学生も、いまは普通にオンライン授業をしていますから。
竹内 義晴
オンライン授業というのは?
赤坂 真二
自分たちでオンラインコンテンツを作って、小学生に教える教育実習があるんです。子どもたちは登校していて、学生は画面のこっち側。
竹内 義晴
へえ〜、すごい!(笑)
赤坂 真二
板書担当、発問担当、画面の向こうにいる子どもたちとやりとりする担当など役割分担して、うまくチームワークしていましたよ。なかなか腕があるなあ、って(笑)。
竹内 義晴
テレビ会議やスライド共有は使えるにしても、オンライン特有の見せ方やカメラワークだとかは、学生のみなさんどこで仕入れてくるんでしょうね?
赤坂 真二
そこはやっぱりYouTube世代ですから。画角や見せ方の気付きやセンスがいいなという気がしますね。
竹内 義晴
ライブ動画やリモートで授業をすること自体、もう当たり前、という感じですか?
赤坂 真二
回数はまだそんなに経験してないと思うんですけど、馴染むのが早いです。
文章で学んできたわたしたち世代にとって、リモート授業は「新しいものを学ぶ」感じだけど、動画や画像が標準装備された状況で学んできた彼らにとっては、応用・活用の範疇なので、やりながら「こんな使い方もある」にたどりつくのが早い。感覚が違うなと感じますね。
竹内 義晴
確かに、その違いは大きいですね。
「協働」と「個業」の揺らぎ
竹内 義晴
他には何か、変化はありますか?
赤坂 真二
うちのゼミ生たちのグループワークを見ていた感じだと……今年はコロナ禍によって、チームビルディングでいうストーミング(混乱期)の時期がかなり押したんですよね。
例年なら彼らは4月に出会って(形成期)、5〜6月あたりでぶつかり(混乱期)、互いの流儀みたいなものを学び、承認し合って(統一期)夏休みを迎えていたんです。それから、パフォーマンスが上がる(機能期)みたいな。
でも今年は、7月8月あたりにストーミングが来て。
竹内 義晴
そこから何か、目に見えたトラブルが?
赤坂 真二
円滑なチームワークに到るまでにだいぶ苦しんでいる様子が見受けられました。コロナと夏休みでなかなか会えず、仲良くなる時間が無かったんです、彼ら。
いまはまだ過渡期で、今後どんどん進化していくだろうと思ってるんですが、これからは対話や折り合いといったスキルが必要になってくると思います。
竹内 義晴
それって重要なスキルですよね。社会人になると、バラバラのものを役割分担して組み立てるという機会が多いかもしれないので。
赤坂 真二
ただそれも、いままでなら対面でああだこうだ言いながらやってこれたので「いっしょに作ったんだから」という納得があったんです。
竹内 義晴
ああー。
赤坂 真二
でもリモートだと、それぞれが独りで作ったものを持ち寄り、そこから整合性をつけたり文脈を作っていかなきゃいけない。とにかく相手の仕事を「よし」として受け止めないといけないんですよね。
竹内 義晴
その人の仕事の背景みたいなものもちゃんとヒアリングしたり、擦り合わせたり。
赤坂 真二
その時間をちゃんと取らないと、トラブルが予期されますね。
竹内 義晴
なるほどー。ではもうひとつ、学生さんたちの価値観の変化はどうでしょう?
赤坂 真二
わたしたちの研究室は学級経営や人間関係が専門なので、「つながりは生産性を高めるため、または目的を達成するために必須である」という価値観は共有されてるんですね、わりと。
ただそれもグラデーションがあって、「よりよい成果を得るにはチームでの協働が必要だ」と強く思っているメンバーもいれば、「葛藤するぐらいなら個業でいいじゃないか」というメンバーもいる。
竹内 義晴
協働より個業だと。
赤坂 真二
今年度は特に、そこが「場合によっては優先順位が入れ替わる」という感じで、揺らいできましたね。
竹内 義晴
そうした揺らぎに、先生はどんなアプローチをされたんですか。
赤坂 真二
研究室としては協働が前提にはあるけれども、だからと言って個業に振れてしまった学生の気持ちを否定する事はできないですよね。
わたしの仕事は目的地を示す事なので、「そういう時もあるよね」と受け止めつつ折り合いを付け、ベクトルを揃えるという感じです。でも、いつもそこが難しい。行ったり来たりします、状況によってね。
なぜ若者が『鬼滅の刃』や『キングダム』にハマるのか
竹内 義晴
今後、個業に慣れた人々が増えるとしたら、これからの社会はマネジメントは難しくなっていくんでしょうか。
赤坂 真二
いや、そもそもこれまでの学校教育はほぼ個業です。象徴的なのが大学の卒論。「みんなで卒論書いた」なんて話は聞いた事ありませんよね?
竹内 義晴
確かに。
赤坂 真二
保育園・幼稚園ではいっぱい協働をやります。でも小・中学校〜高校〜大学とコミュニティが大きくなるつれ、どんどん「個の能力育成」にシフトしていくんですよ。
そもそも戦後、日本はずっと「子どもたち一人ひとりの能力を高めよう」というSociety 3.0のモデルで教育を設計してきていたんです。でも個別化しすぎたために、幸福感を感じられなくなってしまった。
竹内 義晴
はい。そしてその後Society 4.0、情報の時代になり……
赤坂 真二
いまそれを、次に来るSociety 5.0では変えていけと言っているんです。新しい学習指導要領では「協働と対話」っていう言葉が何十箇所も出てくるんですね。
竹内 義晴
そうかー。先ほどは個業に振れてしまうというお話から、マネジメントが難しくなるのかなと想像したんですけど、つまり真逆という事ですか?
赤坂 真二
そうですね。ただ、まだまだ難しいとは思います。高校や大学の受験がそうですけど、これまでのところはやはり「個の能力を高める教育」が行われてきていますから。
でも協働の上手さで言ったら、わたしたちの世代よりも、ひょっとしたら若い子のほうが上手いかもしれません。
竹内 義晴
へぇ、それはなぜですか?
赤坂 真二
Society 3.0の詰め込み教育の世代は「人生は競争である」という価値観のなかで育ってきたわけですよ。でもいまの若い子たちは「協働」とか「いさかいを起こさない」という価値観を学んでいる人たちも増えてきているんですよね。
で、そういう子たちにベテラン世代が競争させようとするから苦しい事になる。
竹内 義晴
ああ、なるほど。
赤坂 真二
だから管理職世代から見ると、若い人たちは冷めているように見えちゃうんです。でも実際はすごく熱い熱い気持ちを持ってるんですね。
なぜ若い子たちが『鬼滅の刃』や『キングダム』にハマるかって、そういう熱さが表出してるからでしょ、って(笑)。
編集部注:『鬼滅の刃』は、鬼と化した妹を人間に戻す方法を探すために鬼と戦う物語。『キングダム』は、身寄りのない少年が、いつか天下一の将軍になることを夢見て、仲間とともに中国を統一する物語。
竹内 義晴
実は僕のなかでは、近年の若い世代のほうが仕事に対してやりがいや生きがいを明確に求めていて、会社ではそれが得られず会社の外に活動の場を求める人が多い、という感覚があるんですけど、いまのお話でちょっと納得しました。
赤坂 真二
いまの若い人にとっては仕事が唯一絶対のものではなくなっているんですよね。
昔の進路選択や指導は「どうやって社会の階層に入り込むか」という考え方だったんです。文系ならお勉強ができる人は法学部、理系なら医学部みたいに、社会の枠組みに自分を合わせにいく事が自己実現だった。でも、いまの若い人たちは違う。
竹内 義晴
どう違うんでしょうか?
赤坂 真二
竹内さんもいま仰ったように、「やりがいを大事に」と学んできている人たちが一定数いるという事です。
竹内 義晴
やっぱり教わってきてるって事かぁ。
赤坂 真二
でもそれはメンターがいてそういう教育をしてるわけじゃなくて、いまの環境や空気のなかで学んでいる面はあると思います。
バブル崩壊以降、「失われた時代」の間にSociety 3.0の成功モデルがまったく機能していないという事を若い人たちはたくさん見過ぎてしまったんですよね。
竹内 義晴
上の世代を見て「あれは違うな」と解釈して学んでいると。確かになあ。
赤坂 真二
自分が中心……と言うと自己中みたいに聞こえてしまうかもしれないけど、そうではなくて、Quality of Life。そういう価値観を大事にするようになったのは確かですね。
幸福感はコミュニティへの貢献から育っていく
赤坂 真二
これはわたしの持論ですが、日本人は「本当の幸せ」とか「命」といったものにきちんと向き合う事のないまま戦後を過ごしてしまったんです。
竹内 義晴
というと?
赤坂 真二
本当は、国は「公共に貢献する事、それが一番の幸せなんだ」という人生モデルを子どもたちにきちんと伝えなければいけなかったんです。でも、それができなかった。
公共って、国とか社会とか言っちゃうとどうしても全体主義とかの方向に議論が行ってしまう人がいるので、その辺が公教育の一番の難しさなんですけどね。
竹内 義晴
では、赤坂先生はその「公共に貢献する幸せ」をいまの若い人たちにどういうふうに伝えてらっしゃるんですか。
赤坂 真二
「幸福感は、コミュニティに貢献することからだんだん育っていく」と伝えています。
最初は家族、次はお友達。そこからクラス〜学年〜学校と、同心円状にだんだん自分の世界が広がっていくなかで世の中が見えていく、っていうのが本来的には健全なんですよね。
これは研究でも判っていて、自分の属するコミュニティに信頼感、所属感を持っている人ほど、社会への貢献意欲や行動をする傾向があるんです。
竹内 義晴
「コミュニティ」がキーワードなんですね。
赤坂 真二
新学習指導要領には「学びに向かう力、人間性“等”」とあるんですが、これは、身に付けた力、持っている力を、どのような方向性で生かしていくか、つまり、「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」という意味なんですよね。
つまり、公教育がよりよい人生の送り方を、「個の幸せ」から「社会貢献の能力を身に付ける」という方向に舵を切ったということなんです。
人の生き方に触れ、憧れを持つ。師匠なんか何人いてもいい
竹内 義晴
今後、いわゆる管理職世代は若い世代に対して何を用意しておいたらいいでしょうか。
赤坂 真二
それはやっぱり、「意味」だと思います。いまの「働き方改革」って、ほとんどが待遇改善ですよね。でももし待遇が悪くなれば、待遇で集まった人たちは辞めてしまう。
竹内 義晴
ああ、確かにそうですね。
赤坂 真二
働き方の種類や制度なども選択肢はどんどん増えてはいるんだけど、その仕事の目標自体が陳腐だったり魅力が無かったりすると、やはりそこには長くいられません。だから「意味」です。
そこで働く意味をリーダーがしっかり示せるかどうか、そして一人ひとりの自己実現に寄り添えるかどうか。1on1ミーティングだとかが流行ってるのって、そういう事じゃないですか。
竹内 義晴
なるほどー。サイボウズの理念は「チームワークあふれる社会を創る」なんですが、昔は4人に1人が辞めるブラック企業だったんです。
でも「これじゃまずい」と、「ツールを売る」ではなく「チームワークを良くするためのツールをつくる」、いかにチームワークのよい会社を増やすかというビジョンに改め、それから自社内でもいろいろな働き方や制度を作っていったんです。
赤坂 真二
ああ、いいじゃないですか。
竹内 義晴
そうしたら離職率は4%にさがり、売り上げは上がっていて。だからそういうビジョンの重要性は、肌感覚としてすごくわかりますね。
赤坂 真二
あとは、そこで働く人のモチベーションをどれぐらい引き出せるか、リーダーの手腕に掛かってるんじゃないですかね。
竹内 義晴
それってまたちょっと違う要素に思えるんですけど、「モチベーションを引き出す」って、言うのは簡単でも実際にはなかなか難しい話ですよね。
赤坂 真二
そこは「動機付け理論」ですごくシンプルな公式が提唱されていて、「価値×期待」なんです。この積をもっとも高めたときに、人は支払う努力の量がもっとも多くなると言われています。
魅力的な目標を掲げれば人はそこに集まる。でもどんなに崇高な目標でも、実現の仕方がまったくわからなければ人は努力できません。要は「意味と方法」です。
竹内 義晴
つまり意味を明確に伝えるのと、あとは「たぶんこうすれば実現できるよ」っていうのをちゃんと見せる。
赤坂 真二
そう、意味付けと見通し。「リーダーはビジョンをありありと語れ、そのプロセスとゴールイメージを示せ」というやつですね。
よく言うのは「馬を水飲み場まで連れて行け、水を飲むかどうかは馬が決める」っていう(笑)。
竹内 義晴
では最後に、いままさにモヤモヤを抱えているような若い方に向けて、何かメッセージをいただけますか。
赤坂 真二
そうですね……仕事というのは、どうしても一定のやりたくない事もこなしていかないといけない。だからこそ、自分の「やりたい」を見つけてもらえたらいいんじゃないかなと思います。「やりたい」があれば、人は努力しようと言わなくたって努力しますから。
竹内 義晴
すみません、それを聞いたらあともう1個だけ!「やりたい事が見つからない」と迷っている子羊について。
赤坂 真二
ああそれは、人と話したらいいと思います。人の生き方に触れ、憧れを持つ事が大事です。
師匠なんか何人いてもいいと思うんだけど、憧れを持つと、自分のなりたいイメージ、光が見えて、そこに向かって頑張ろうという気持ちになれるんじゃないですかね。
竹内 義晴
いまの自分のなかに無ければ、人と出会う、話す。「コミュニティを拡げる」という話にもつながりますね。
企画:竹内義晴(サイボウズ) 執筆:池田なつき 撮影:庭山範明