「自分にしか描けないものは何か問い続けた」──イタリア人漫画家・ペッペさんに聞く、クリエイティブワークにおける多様性の活かし方

クリエイティブな仕事をするとき、「多様性」はチームにポジティブな影響を与えると言われていますが、ただ「多様性」があればよいわけではありません。
今回は、『ミンゴ イタリア人がみんなモテると思うなよ』の著者でイタリア人漫画家のペッペさんに、自身が持つユニークなバックグラウンドや経験を活かして、クリエイティブな作品を生み出した経緯や工程について話を伺いました。 言語やステレオタイプの壁がある中でも、物事を前向きに捉え、漫画家として活躍するための努力を惜しまないペッペさん。 作品作りに自身の立場や視点を活かしながらも、日本の文化や環境、漫画家としての仕事へのリスペクトを大切にする姿勢が印象的でした。※この記事は、Kintopia掲載記事「Passion, Persistence and Teamwork: How I Made It in Japan as an Italian Manga Artist 」の抄訳です。
外国人である自分にしか描けないテーマを漫画にしたら『ミンゴ』が誕生した


漫画「ミンゴ」の表紙の写真とコメント 「幸せです。」 |
December 10, 2019


僕は打ち合わせには必ず早く着くから、このステレオタイプは崩せていると思うけど(笑)。


外国人ならではの問題を真面目でドラマチックな漫画にすることも考えたよ。でも、そもそも『ミンゴ』っていう漫画を買ってくれている時点でその読者はレイシストじゃないだろうし。
いろんなイタリア人がいて、僕みたいなシャイなオタクもいるよってことを伝えたかった。

ペッペさん。イタリア出身の漫画家。大学卒業後、イタリアから日本に移住し、モデルや漫画家として活動。2019年から「週刊ビッグコミックスピリッツ」にて、自身の日本での経験を元に描いた漫画『ミンゴ イタリア人がみんなモテると思うなよ』の連載を担当するなど、活躍の場を広げている。
日本とイタリアの仕事文化のギャップ


漫画をひとしきり読み終わった時点で、なぜか「僕も漫画家になれる!」って思ったんだよね。ローマまで車で片道3時間の田舎にいるイタリア人が、日本語すら話せないのに漫画家になれるって。
そこから単行本を隣に置いて、漫画を描く練習をし始めたんだ。





コンビニに行くと自分が出ているファッション誌が並んでいたけど、僕はその横にある漫画雑誌を見て「こっちに出たいんだよ!」って思っていた(笑)。





って言ったら、「木曜日はどうですか?」って。何事でもないみたいに出版社の人に会ってもらえることになって。


その点、日本は小学館みたいな大手の出版社でも、電話したら時間をつくってもらえた。
無名でも、いい台本を描いて才能があれば活躍できる実力主義なんだ。個人的には、日本の仕事文化は正しいと思う。信用してもらえるから、ちゃんとしようって頑張れるしね。


いろんな反響があったけど、日本にいるステレオタイプに悩むイタリア人から「ペッペが出てくれたことで、イタリア人にもいろんな人がいるってことが伝わって良かった」って言われたのは嬉しかったな。



1人でも『ミンゴ』を買ってくれて、読んで良かったって思ってくれる人がいれば、僕はそれで十分なんだ。




自分にしか描けないものは何かを問い続けたことがよかったのかなと思っているよ。みんな自分のストーリーを持っているはずだから。

まずはちゃんと生きて楽しいことをして、いっぱい経験すること

僕だって、日本に来てモデルになれなかったら『ミンゴ』を描けず、漫画家にもなれなかったかもしれない。

漫画づくりはチームワーク。言語や文化の壁を超えて、意見を取り入れて学ぶ姿勢が大事


自分はアーティストだから、一度描いたものを絶対に変えたくないっていう人がいるけれど、それじゃプロの漫画家にはなれないと思う。
他者の意見に耳をかさないと作品はできあがらないし、きっと売れない。完全に自由に描きたいなら、インターネットに載せたりコミケで売ったりするしかないかな。これは「日本」や「漫画」に限った話ではないけどね。


その後に、読者と担当編集者さんの視点が加わる感じかな。そうやって自分が描きたいことと読者が読みたいことのバランスを保っているよ。


担当編集者さんと『ミンゴ』をつくっていく具体的な流れを聞かせてください。



漫画の仕事ってめちゃめちゃ細かいんだ。読者の目線の動きを想像しながらコマの配置を決めたりね。漫画一冊ってあっという間に読み切っちゃうけど、僕は一枚のページを何回も考えて書き直しているんだ。


打ち合わせ中に言葉に詰まったら見るようにして。担当編集者さんにうまく伝えらないと次週の漫画が描けないからね。


イタリアで友達に言うようなジョークは日本では伝わらないし、そもそもそれを表現する言葉や言い回しがなかったり。コメディは母国語でも難しいもんね。

「漫画は、僕の人生を変えてくれた」──漫画業界とこれからのキャリア


製作や流通コストがないから、読者が少なくてもそれなりにお金になるし。結果として、漫画家も連載漫画の数も増えると思う。


『ミンゴ』を読めば、日本でのリアルな生活を擬似体験できるしね(笑)。

真面目なテーマを伝えやすくするというメリットがあるいっぽうで、メッセージを伝える手段としての漫画のデメリットはなんでしょう?

コメディというジャンルも同じ。エキストリームなことを通して深いことを伝えようとする作品もあるけど、ただ笑って終わるだけの人も少なくないと思う。
一番わかりやすく伝わるのは言葉で説明することだから、同じことを漫画で実現しようと頑張っているんだけど。少なくとも、漫画が何かのきっかけにはなればいいな。


漫画を描くことで気がついたんだけど、僕はストーリーとかアイディア、気持ちを人に伝えたいんだって。
だから漫画以外の形、たとえば音楽とか映画にも挑戦したいけど、漫画は死ぬまでずっと書き続けると思う。紙と鉛筆さえあれば描ける心に一番近いアートだしね。



また来年連載すると思うから、いろいろアイディアを練っているところだよ。


それだけで嬉しい。日本にいると落ち着くし、集中できる。こんな国があることが信じられないし、日本は僕にとって一番働きやすいところなんだ。

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執筆

三橋ゆか里
IT関連の話題をビジネス誌や女性誌などで執筆。BBC(英国放送協会)などで日本文化について発信し、2018年にイギリスで本を出版。海外の子育てネタを扱うポッドキャスト「HearMama」を配信中。ロサンゼルス在住。
撮影・イラスト

加藤 甫
独立前より日本各地のプロジェクトの撮影を住み込みで行う。現在は様々な媒体での撮影の他、アートプロジェクトやアーティスト・イン・レジデンスなど中長期的なプロジェクトに企画段階から伴走する撮影を数多く担当している。
編集

鮫島 みな
2018年に新卒でサイボウズ入社。1年半営業を経験し、コーポレートブランディング部へ異動。サイボウズ式とUS版メディアKintopiaの企画・編集に関わる。