すぐそこに迫る労働供給制約社会。危機と好機の分岐点は「同調圧力」の扱い方──リクルートワークス研究所 古屋星斗さん
年々深刻化する「人手不足問題」。配管工不足による水道管の破裂や、乗務員不足が原因で路線バスが運休や減便するなど、その影響はさまざまな業種で広がっています。
こうした状況を踏まえ、情報サービス大手の研究機関「リクルートワークス研究所」は、2040年に働き手が全国で1100万人以上不足すると予測。
将来、生活を担うサービス(以下、生活維持サービス)の人手不足が懸念されるなか、この社会と人々の生活を豊かにしていくために、わたしたちはいま、何をすべきでしょうか。
日本が今後直面する実態と日常生活への影響、解決策を提示したレポート『未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる』を発表したプロジェクトのリーダー・古屋星斗さんにお話を伺いました。
労働供給制約社会は、すぐそこに迫っている
いま、さまざまな業種で深刻な人手不足に陥っている大変な状況です。にもかかわらず、「不便だけど、ちょっと我慢すればいい」と精神論や根性論で片付ける雰囲気があるような気がして……。
でも、そういった考えでは片付けられないほど、日本社会の現状はこれまでとまったく違うんです。
わたしたちは少子高齢化によって、労働"供給"が労働"需要"の数を下回ってしまう状態を「労働供給制約」と名付け、そうした状態が続く社会を『労働供給制約社会』と呼んでいます。
仮にいま、大勢の子どもが生まれたとしても、その子たちが社会人として働けるようになるまで約20年かかるので、2040年にはほぼ間に合いません。
ですから、いまを生きるわたしたちが考えなくてはいけない、切迫した問題なんです。
ファーストインパクトは、生活維持サービスの崩壊
高齢者は現役世代に比べて、労働の消費量(需要量)が多いんです。
たとえば、介護サービス。30〜40代を中心とした現役世代は介護サービスをほとんど必要としませんよね。一方、高齢者の多くは必要とします。 しかも、介護は人手がかかります。
一方、加齢とともに労働力の提供者ではなくなるため、労働の担い手は加速度的に減少していきます。
すると、物流を担うドライバーや、道路のメンテナンスなど社会のインフラを支える建設業の人、生活に必要なものを生産する工場の人や、飲食物を調理する人など、「生活を維持するサービス」の担い手が不足します。
その結果、生活に必要なサービスがいちばんにダメージを受けてしまい、わたしたちの生活水準が低下してしまう可能性があります。
とくに懸念しているのは、インフラの整備・改修といった建設サービスです。ある地方都市では、作業員だけでなく、交通誘導などで現場を支える警備員も不足している状況で、インフラの整備や補修に支障が出ていると聞きました。
また、地元企業で人手を取り合っているため、首都圏から警備員を派遣してもらうこともある。そうなると交通費なども税金から支払われるので、財源がますます枯渇し、新しい道路の建設や災害が発生したときの復旧など、インフラの維持が難しくなっていくかもしれません。
人手不足をカバーする、最新技術の意外な活用法
どうして、この4つの解決策に焦点を当てたのでしょうか?
誰かにとってつらい労働が、ほかの誰かにとっては幸せ
この発想が生かされているのが、三重県のあるキャンプ場が提供している「草刈り付きキャンププラン」です。
草刈りは、人手不足に悩むキャンプ場にとって大変な作業である一方、草刈りを経験してみたい宿泊客にとってはアクティビティになります。実際、ほかのプランよりも予約が早く埋まったそうです。
つらい仕事をエンタメなどと融合して、楽しいものに変えることで、ほかの人の幸せにつなげていく。こうした新しい働き方を創造することには、無限の広がりがあると思います。
強い“課題感”さえあれば、本当にちょっとしたことから仕組みづくりはできると思いますね。
人材の獲得や育成、ゼロサムゲームではもう限界
たとえば、人手不足に悩む地方企業と、都市部で働く複業人材とのマッチングです。地方企業側は複業人材との仕事の経験がなく、複業人材がいることすら知らないケースもある。一方、複業人材側は時間や報酬などの条件がなかなか一致しない。
こういったハードルは、どう乗り越えればいいのでしょうか?
このままいけば、2040年の日本は「どんどん不便になっていくけど、我慢できるよね」みたいな精神論や根性論がまかり通っていくはずです。
そして、人手不足で放置されていることを「助け合い、共助」といった義務感でさせようとする状態になるでしょう。でも、それでは絶対にうまくいきません。
だから、誰かの行為に対して金銭や心理的、社会的など「何らかの報酬」を与えて、双方が利益を得られる仕組みをつくることが重要です。その仕組みづくりの競争は、すでにはじまっているんじゃないかなと思いますね。
都市部の若手を中心に約4割が複業を希望していますが、受け入れる企業が全然増えておらず、複業マーケットは圧倒的な買い手市場になっています。
でも、そのことを知らない地元企業が多く、複業人材とマッチングした企業とも成功体験が共有されていません。
地域ぐるみで取り組むことのメリットは、現役世代の争奪戦にならないこと。争奪戦はゼロサムゲームになるので、必ずどこかの企業が人手不足に陥ります。でも、その地域では、みんななくてはならない企業ですよね。
だからこそ、地域ぐるみで人材を育てていき、地域全体の人手不足の解消につなげていくことが解決策になると思いますね。
労働供給制約に対するイノベーションが、おもしろい社会をつくる
でも、実際には掛け声だけで、何もしていない状況が散見されるな、と。どうすれば、自分ごととして取り組めるのでしょうか?
まずはできる人から始めて、そこで成功した方法を周りが真似していけばいいと思います。
そうした土壌をつくるには、各社にいる感度の高い人たち同士で集まるコミュニティを設け、取り組みを共有し合えるようにするといいでしょう。
そして、そのコミュニティで見つけた「地域ならではの複業やDX」を、今度は地域全体に還元していく。そのサイクルを回せれば、地域全体が徐々に変わっていくはずです。
歴史的に言えばペリー来航のような時代の変化もそうですし、直近ではコロナショックによる生活様式の変化もありました。あれだけ「できない」と言われていたテレワークですら、横並びで突然広がりましたよね。
そういう外発的な「危機」があったときに、日本人は「横並び」で大きく変わってきたんです。
危険の「危」と、機会の「機」を組み合わせているからです。だから、日本語の危機は自ずとチャンスを含んでいるんだ、と。それは日本社会に備わった「危機」に対する考え方を象徴しているんだ、とも言っています。
人口が減っているからと言って、あきらめる必要はありません。労働供給制約社会を「危険」とするか「好機」とするかは、むしろこれからの行動にかかっています。
終わりのない人手不足によって現場にイノベーションが求められている分、同調圧力で変われば、ものすごくおもしろい社会になるかもしれませんよね。
ひょっとすると2040年の日本は、いまの北欧のように経済的には小さいけれど幸せな生活を送れる国になれる可能性を秘めているのでは、と感じているんです。
執筆:流石香織/撮影:栃久保誠/編集:野阪拓海(ノオト)/企画:竹内義晴
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執筆
流石 香織
1987年生まれ、東京都在住。2014年からフリーライターとして活動。ビジネスやコミュニケーション、美容などのあらゆるテーマで、Web記事や書籍の執筆に携わる。