『凪のお暇』から学ぶ、キャリアブレイクのあり方とは──コナリミサト×山中散歩
2024年9月7日、東京・下北沢のBONUS TRACKにて散歩社とサイボウズ式ブックスが合同で開催した「BOOK LOVER'S HOLIDAY ーはたらくの現在地ー」。はたらく価値観が多様化する今の社会において、本を通してあらためて自分の仕事について見つめ直す機会をつくりたいという思いで開催したイベントです。
イベントの中では、これからの「はたらく」を考えるための3本のトークが開催されました。
その中のひとつが、2019年にTVドラマ化され、累計発行部数は550万部を超える人気コミック『凪のお暇』の作者であるコナリミサトさんと、「生き方編集者」としてさまざまなキャリアの問題についての発信を続けられている編集者の山中散歩さんとの対談です。
『凪のお暇』は、つねに周囲の空気を読むことに専念しながら生きてきた主人公の凪が、仕事も恋人も家も一度すべて手放し、「お暇」することを決意して自分の人生に向き合っていく物語。
一度仕事をやめ、自分の人生に向き合うキャリアの休止期間を設ける──。これは近年日本でも取り上げられるようになった「キャリアブレイク」という考え方そのものであり、そんな共通項から今回の対談の実現に至りました。コナリさんと山中さんに、ご自身について、そして『凪のお暇』の登場人物たちのキャリアブレイクについて、たっぷり語っていただきました。
キャリアの中断はネガティブなことではない
日本だと、キャリアを休むことはネガティブなことというか、なるべく空白期間はないほうがいいという空気があるじゃないですか。就職面接の時に、空白の時間があると不利になってしまいがち。
でも、欧米だと「キャリアブレイク」という文化があって、それがかならずしもネガティブな印象につながらないらしいんですよ。
そういったキャリアブレイクのような文化を日本でも広めていこうという流れがここ数年で起きています。空白期間は別にネガティブなことじゃなくて、そこで人生の大事なことに気づいたり、いろんな人間関係が広がったりすることがあるんじゃないか、と。
「キャリアブレイク」ってなんだ?
ひとつめは「ライフ型」。病気や怪我、妊娠・出産・介護など、ライフイベントや家族のケアなど、生活=ライフに関わることによる休職や離職を指します。
ふたつめは「グッド型」。これは、職場や働き方が合わないなという時に、よりグッドな働き方を求めてお暇する形ですね。
みっつめは「センス型」。周囲に合わせて生きてきた人や、空気を読んできた人が、自分の時間をゆっくりと取って感性やセンスを回復させる形です。
最後が「パワー型」。留学や長期旅行、ボランティアなど、自分を成長させるため、挑戦するために離職や休職をするパターンです。
まず最初に「解放」の時期がやってきます。「仕事が終わった〜! 辞められたぞ~!」というように。でもその次には、「虚無」の時期がくるんです。「みんなが働いてるのに働いてない自分は駄目だ」と落ち込んでしまう。
それを経て、「実は」の時期がやってきます。「ああ、実は私はこれをやりたかったんだ」といったように、自分でも気づいてない根っこにある本心、欲望の核に気づいていく。
その次にくるのは「現実」の時期です。自分の欲望が分かったからそれでうまくいくかと思いきや、現実に直面してしまう。「やりたいことが見つかったけど、どうやら実現するのは難しそうだぞ」といったふうに。
そして最後に「接続」の時期がくるんです。自分のやりたいことと現実との折り合いをつけながら、少しずつ世の中と接続して、進む道を見つけていく。
もちろんキャリアブレイクの経験はひとそれぞれで、この5段階にあてはまらない方もいますが、キャリアブレイクを考える際のヒントになりそうですよね。(参考:「無職の5段階|キャリアブレイク研究所」)
ふたりの「キャリアブレイク」経験
だから「面接とか絶対に無理!」という感じで、そのまま卒業して無職になって。周りの人はみんな就職先を見つけている中、私は平日の昼間にNHK教育テレビなどを観ているわけです(笑)
「何やってんの俺は……」みたいに気持ちが落ちちゃって何もできなかったのですが、でもその時のいろいろな気づきが、いま名乗っている「生き方編集者」という肩書きにつながっているので、いまではあのキャリアブレイクの期間が本当に大事だったなと思っています。
コナリ先生には、キャリアブレイクの期間はありましたか?
28歳くらいの時に、本当に仕事がなくなってしまったときがあって。それが2度目のキャリアブレイクかもしれません。そのときはひたすら散歩をしていましたね。
仕事もないし、漫画を描くことにも自信がなくなって。北海道にいる親戚のところに帰って、ぼんやりしていたんです。
そして移動中のバスで車窓を眺めながら、「このまま人生が終わっていく、何者にもなれずに……」と思っていたら、ランドセルを背負った格闘家の角田信朗(かくだ・のぶあき)さんがのぼり旗に写っている広告がブワーって並んでいる道路を通って、その風景を見たときに、「私は漫画を描こう、もう一度!」と思って、キャリアブレイクが終わったんです(笑)
宇多田ヒカルさんの音楽を聴きながらバスに揺られて、窓の外を眺めて「このまま人生が終わっていく……」と泣きそうになっていたらランドセルを背負った角田信朗さんののぼり旗が視界を占領していった、その光景そのものが漫画みたいだと思った瞬間に、なぜか「描こう」と思えたんですよね。理屈では説明できないのですが。
村上春樹さんが小説家になろうと思ったきっかけは、神宮球場で外国人選手が打ったヒットを見た瞬間だという話があるように、何かが吹っ切れて決断する瞬間って、本当にいつ起きるかわからない。
そしてそういう瞬間は、やっぱりキャリアブレイクのように余白があるからこそ生まれるもののような気もします。
『凪のお暇』から読み解く、キャリアブレイクのコツ
まずひとつめは、「自分をねじまげる力」に気づく。
周囲が結婚しているから結婚しなきゃとか、就職しているから就職しなきゃとか、自分の意見なのかどうかがわからないのに、社会の大きな力にねじ曲げられる気持ちが私にもあって。
私がここで描きたかった「見えないものの力」というのは、どちらかといえば外野からの力じゃなくて、自分で自分に与えてしまう罰のことなんです。本当は悲しいのにそれを誤魔化していたりとか、自分が勝手に振りかざしている正義のことだったりとか。
凪ちゃんはお母さんとの関係性が複雑で、母親と向き合うシーンが多く描かれていますよね。
家庭環境は根源的なものなので、自分と向き合う時に考えることは大切だと思っています。
『凪のお暇』ってそれがすごく描かれていると思うんです。重要キャラクターの慎二もゴンも、凪と出会ったことでいい感じになってきている。
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執筆
あかしゆか
1992年生まれ、京都出身、東京在住。 大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。2015年サイボウズへ新卒で入社。製品プロモーション、サイボウズ式編集部での経験を経て、2020年フリーランスへ。現在は、ウェブや紙など媒体を問わず、編集者・ライターとして活動をしている。
撮影・イラスト
藤原慶
1993年 神奈川県生まれ。2年間のバックパッカー経験を経てフォトグラファーになることを決意。最終的にたどり着いた名古屋でアシスタント勤務を経て上京。