がんばれなくて、ごめん──「働かないおじさん」と思われているシニアの、言えない事情
「モチベーションが低い」「成長意欲がない」「働かないおじさん」「老害」などと揶揄されることが多いシニア世代。かくいうわたしは55歳で、まさにその年代です。実際、シニア世代に対して身近な知人から、「仕事に対する前向きな姿勢が見えず、定時になればさっさと退社してしまう」といった話をよく耳にします。
一方で、近年の自身の生活を鑑みたとき、思うことがあります。
確かに、本当にやる気がない人もいるかもしれない。でも、やる気がないように見える一部の人の中には、やる気が「ない」のではなく、さまざまな事情や状況によって「出てこない」人もいるのではないか……
というのも、わたし自身がふと、そう感じるときがあるからです。必ずしも「やる気がない」わけじゃない。なんなら「もっとがんばりたい」という気持ちもある。だけど「ごめん、ちょっと待って」と言いたくなる瞬間もある。
その理由を一言で言えば、肩に重くのしかかっている「自分よりも他者を優先せざるを得ない負担」です。
現在のわたしの仕事と家庭
サイボウズ式編集部の竹内義晴と申します。サイボウズのオウンドメディアである「サイボウズ式」で、Web記事の企画・取材・編集などに携わっています。
いまからお話する内容について、わたしは「どこまで本音で話そうか」と悩みながら書いています。というのも、わたしが思っていることをすべてさらけだしてしまうと、「そうか、あいつはやる気がないのか」とか、「仕事に家庭の事情を持ち込むな」といったことを周囲から言われるのではないか? といった「恐れ」を感じるからです。
また、今回の内容は家族のことも含まれます。セキララに書いた内容を家族が読んだら、あまりいい気はしないかもしれない。また、家族が周囲から「何か言われないか?」というリスクも考えてしまいます。
でも、ここはある程度あからさまにお話しないと、状況が伝わらないのでは? とも思います。そこで、ある程度さらけだします。
わたしはいま、妻と、わたしの両親の4人で生活しています。以前はここに2人の子どもがいましたが、2人とも家から離れ、1人は今年(2026年)社会人になり、もう1人は今年から大学生です。
ここまでは、別にどこにでもある家族構成かもしれませんが、わたしにはいくつかの「重い負担」がのしかかっています。
かさむ学費「はやく大学を卒業しないかなぁ」
1つ目の負担は「お金」です。
先ほどお話したように、わたしには2人の子どもがいます。上の子は今年大学を卒業しましたが、下の子はまさに大学生活がはじまったばかりです。
2人とも、自宅から遠く離れた大学に通っています(した)。学費のほかに、アパート代や生活費が掛かります。改めて計算すると、子どもをひとり大学に通わせると1000万ぐらい掛かるんですね(ビックリ)。2人で2000万。実際に経験するまでは、もっと甘く考えていましたよ。
幸いなことに、うちの場合は上の子と下の子の進学がかぶらなかったのでどうにかなっていますが、2人の子どもが同時に大学へ進学したとしたら……ぶっちゃけ無理(笑)。もちろん、奨学金などいろんな方法もありますが、過去にわたしが起業したとき、お金で苦労した経験からすれば、若くして借金を背負わせたくないし……
これだけお金が掛かると、どうしても自分のことは後回しになります。
実際、わたしは去年あたりから、社会課題の解決をテーマにした、ある大学の社会人コースへの入学を本気で考えていました。
ある日の深夜、自室でノートパソコンを開き、その大学のホームページを眺めていました。夢があふれるメッセージを読みながら、まだ見ぬ仲間との出会いや、いままで知ることのなかった新たな学びに気持ちがワクワクしていた。願書の出し方まで調べました。でも、学費のページに飛んだとき、子どもの学費の現実が頭をよぎりました。その瞬間、わたしの右手はそっとモニターを閉じていました。
いまの時代、学ぶ方法はごまんとあります。だけど「大学で学びたい」と願う子どもに、「ネットで学んどけ!」とは言えない。自分がどんなに前向きでも、お金の使い道の大半は自分よりも子どもが優先です。
「子ども、はやく大学を卒業しないかなぁ」というのが、最近の口ぐせです。
メンタルを削る「親の介護」
2つ目の負担は「親の介護」です。
実は現在、わたしの母親と妻の父親は介護が必要な状態です。もしあなたに、誰かを介護した経験がおありになったらきっとおわかりいただけると思うのですが、介護って、めちゃくちゃ大変なんですよね。
肉体的な負担はもとより、それ以上に大変なのが「メンタルを削られる」こと。
たとえば、粗相したトイレ。細かく描写するのはあえて控えますが、まるで事件現場のような惨状(笑)を目にした瞬間、思わず「ふぅ……」と、深いため息が出ます。赤ちゃんのおむつを変えるのとはわけがちがう。尊厳を傷つけぬように片づけるのはなかなかのしんどさです。
また、心やからだが思い通りにならないときに生じる「感情の揺れ」への対応や、介護施設の利用など何らかの環境変化が必要なときの説得、話が通じない伴侶(つまり、わたしの父親や妻の母親です(笑))との関わりなど、気を揉むシーンが数多くあります。
こうした要介護者が1人ならず2人もいる。突発的な対応も多いため、「夫婦で2~3日旅行に出かける」といったことも気軽にできません。
ひょっとしたら、「他者を優先しなければならないのは介護だけじゃない。子育てだって大変だし、同じだよ!」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。そうですよね。子育てだって大変ですよね。
ただ、子育ての場合、月日が流れれば手離れする目途が立ちます。また、それがどんなに大変でも、子どもが成長する姿はうれしく、よろこばしい。でも介護は、いまの状態が悪くなることはあっても、よくなることは決してありません。また「いつまで続くか分からない」ことも、まぁまぁな心労です。
このような環境に身を置いてみて、改めて思いました。「気にかけることが多いと、自分のことばかり、仕事のことばかり、未来のことばかり考えてはいられないよな」と。これは、経験してはじめて抱く心情でした。
自分よりも他者を優先せざるを得ないシニア世代
ここに挙げたのは、わたしが抱えているいくつかの現状ですが、シニア世代が抱えているのは、きっとこれだけではないと思っています。わたしはまだ恵まれているほうで、もっと大変な人だってきっといるはずです。
たとえば、シニア世代には管理職の方も多いと思いますが、管理職は日々の売り上げや数値目標への責任など、仕事に対する負担が大きいですよね。経営層と現場の間で、複雑な調整をしなければならないこともあるでしょう。
また、多様な価値観を持つ人が増える中で、若手や中堅を育成しなければなりませんし、パワハラへの配慮やコンプライアンス遵守への高い要求もあります。
プライベートでは、教育費のピークを迎えて経済的な負担も大きいでしょうし、高齢の親の介護や、仕事と介護の両立も考える必要があります。つまり、自分のことよりも「他者のこと」を考えなければならないことが山ほどある。
このようなプライベートの話は、ほかの人には言いづらいし、口にこそしないけれど「ぶっちゃけ、大変なんですよね」「未来のことは考えづらいんです」と感じている人は、「意外と多いんじゃないかなぁ」と思うんです。なぜなら、いま、日本の生産年齢人口(15〜64歳)の中で最も人口が多い世代は40代後半から50代の、いわゆる「団塊ジュニア世代」だからです。
少なくともわたし自身、いま挙げた項目の7割ぐらいは当てはまっているわけですから。
かといって、「大変ですね」「そんなにがんばらなくていいですよ」と、同情してほしいわけじゃない。この「さじ加減」が難しいところです。
これは「中年の危機」なのか?
40代〜50代に訪れる、心理的な不安や葛藤のことを「ミッドライフ・クライシス(中年の危機)」と表現されることがあります。人生の「折り返し地点」を迎え、からだの衰えや、仕事や家庭での役割の変化、退職前後の身の振り方や老後資金への不安や焦りなどから、「自分の人生はこのままでよいのか」と悩み、人生を再評価する時期です。
実はわたし自身も最近、似たようなことを感じることがあります。以前だったら、新たなチャレンジをすることが楽しかった仕事も、ある程度経験を積むと「これをこうすれば、だいたいこうなるな」のように、先を見通すことができるようになる。すると「チャレンジ」が「タスク」になり、前向きな気持ちが起きにくくなる。
また最近、サイボウズ式では、若いメンバーの成長が著しい。メンバーが企画した記事のページビューがみるみるうちに伸びていくさまを見ていると、ふと思うんです。「ひょっとしたら、僕はもう必要ないんじゃないか」「これからはプレイヤーよりも、若手のフォローに回ったほうがいいのかもな」と。ひょっとしたら、周囲からは「竹内はやる気がない」と思われるかもしれないけれど。
立場や役割の変化によって起こるこのような状況は、まさにミッドライフ・クライシスなんだろうと思います。
一方で、さきほどお話した「他者のこと」によって生じるしんどさは、少し性質が違うと思っています。ミッドライフ・クライシスへの処方箋としてよく言われる、自己分析や人生の棚卸し、リスキリングやこれからの人生設計──それらは、自分の内側に向き合うことで、やる気を引き出そうとする試みです。自分のことなら、自分の意志でコントロールできます。
でも、介護も、教育費も、自分の意志だけではコントロールできない。「もっとがんばろう」という気持ちがあっても、外側からのしかかってくる負担は、自身の気合いだけではどうにもならない。
このような、自分以外の「他者のこと」で生じる不安や悩みが山積しているシニア世代が、少しでも前向きに、未来を描いて働けるようにするためには、何が必要なのか?
シニア世代が「未来を描ける」ために必要なこと
「これをすれば、全部解決します!」みたいな解決策があるわけではまったくないのですが、わたしがいま、当事者として感じていることや、「こうすればいいんじゃないか?」と思うことを、いくつかの項目に分けてお話してみたいと思います。
「ざっくばらんに話せる場」がある
1つ目は、やはり「話す機会」「話せる場」があることが大切だと思っています。
仕事であれ、プライベートであれ、ある程度の立場や役割を担っているみなさんにとって、「人には言えないこと」がたくさんありますよね。年齢を重ねていればいるほどそうです。
近年ですと、1on1ミーティングをはじめ対話の重要性が認識されてきました。若手のみなさんが話をする機会は、多くの企業で作られはじめているのではないかと思います。しかし、ミドルやシニアのみなさんは、話を「聞く側」にまわることはあっても、自分自身がざっくばらんに話せる機会や場というのは、あまり多くないのではないでしょうか?
でも、年齢や立場に関わらず、負担を抱えているときほど、自分の本心を「ざっくばらんに話せる場」って、実は大切なんですよね。
わたしが好きな記事の1つに、グーグルが突きとめた!社員の「生産性」を高める唯一の方法はこうだ(現代ビジネス)があります。これは、日本における心理的安全性の大切さを示した最初の記事なのではないかと思っているのですが、この記事によれば……
- 日系アメリカ人の男性がいた。彼を中心に結成されたチームはそれまでなかなか生産性が上がらず、彼もその事に悩んでいた
- 彼のチームメイトに評価アンケートを行ったところ、いずれも極めて低かった
- これに衝撃を受けたリーダーはチームの全員を集めて、インフォーマルなミーティングを開いた。そこで彼は、自身がスピードは遅いが転移性の癌に冒されていることを告白した
- しばらく沈黙が続いた後、チームのメンバー一人ひとりが自らのプライベートな事柄を語りはじめ、自然にチーム内のモラルを高めて、生産性を高めるための議論へと移行した
といった内容が掲載されています。これは、組織づくりに関する話ですが、1対1の場でもこうした「自分の内情を話せる場」が、年齢や立場に関わらず大切なのではないかと思っています。
また、少し話はずれるのですが、わたしは、複業であるサイボウズの仕事以外に「泊まれるキャリア相談所 晴耕雨読」という、1泊2日で話を伺う場を2025年につくりました。ここにいらっしゃる方の多くはミドル以降ですが、本当にいろんなことを話してくださいます。ときには、心の中に秘めている思いや本音を、包み隠さずにすべて吐露する──話を聞く側の経験からしても「年齢や役割に関わらず、話すことって大事だな」ということを実感しています。
負担が大きすぎると未来のことなど考えづらいし、やる気も出てきにくくなります。まずは、重すぎる「肩の荷をおろす」ことが大切なのではないでしょうか。
ちなみに、わたしは先日介護の負担について妻と話しました。それまではお互いピリピリしていましたが、腹を割って話すことでだいぶ肩の荷がおりました。介護において、わたしよりも多くの役割を担ってくれている妻には、本当に感謝しています。
「必要な知識を身につける場」がある
2つ目は、「必要な知識を身につける」ことを挙げたいと思います。
たとえば介護の話について。わたしは以前、サイボウズ式で介護の専門家に取材したことがあります。「介護はテレワークで」の幻想。親孝行の呪いを解く、本当の「親との向き合い方」──となりのかいご 川内潤さんという記事です。
この記事をつくったのは、自身の親の介護がきっかけではありません。どちらかといえば「テレワークを推進するためにはどうすればいいのか?」という入り口でした。よく言うじゃないですか。「子育てや介護と、仕事を両立するためにもテレワークを!」と。
ですが、お話を伺って気づいたのは、タイトルにもあるように「『介護はテレワークで』は幻想である」という意外な事実でした。なぜなら、介護状態の親が近くにいればいるほど、それを自分で何とかしようとすればするほど、からだも心も「介護する側が疲弊してしまう」からです。自分がその立場になって、その意味がよくわかりました。
この取材を通じて、「介護はチーム戦である」「外部のプロの力を積極的に頼ったほうがいい」ということを知っていたわたしは、介護が自分ごとになったとき、「早めにプロに相談しよう」と、地域のケアマネジャーさんや介護施設をはじめ、専門家に相談しました。すると、親身になって相談にのってくれ、ずいぶんと助けられました。
こうした行動が取れたのは、「事前に知識があったから」です。
これは、介護における一例ですが、シニア世代が抱える負担には、さまざまな課題があります。過度に負担を抱えず、日々の仕事が前向きにできるようにするためにも、必要な情報を学んでおく、企業として提供しておくことも大切なんじゃないかな。
シニア世代の活躍について、リスキリングの必要性が叫ばれています。でも、わたしは思います。「新たな資格を取ることも大切かもしれないけれど、長く活躍するために学んでおいたほうがいいのは、スキルだけじゃないんじゃないか?」と。
意外と役に立っているのが「複業」
3つ目は、少し趣向が違いますが、意外と役に立っているのが「複業」です。
一般的な複業の目的といえば、「キャリア自律をするため」とか、「収入のリスク分散をするため」「スキルを身に着けるため」といったものが挙げられるケースが多いです。実際、わたしが複業をはじめた当初もそうでした。
ですが、今回お話する複業の目的は違います。一言で言えば「気分転換」です。
仕事も、介護も、自分自身の今後も、ひとつのことに集中することは、とても大切だと思っています。一方で、ひとつのことに集中するからこそ「根を詰めてしまう」ことがあります。
その点わたしは、自分の本業とサイボウズの複業、複数の仕事をしていることもあって、仕事の切り替えが、いい意味での気分転換になっている。これは、複業の思ってもみないメリットでした。もしも僕が、介護もしているいまの状況で「サイボウズで週5日、根を詰めて働け」と言われたら、メンタル的に参ってしまうかも。
そういう意味では、自分や社員のメンタルを「いい状態に保つ」ために、複業を使うのも、いい方法なのではないかと思います。
なお、複業というのは、必ずしも仕事ばかりを指すのではありません。介護もひとつの「業」です。「仕事を続けるか/辞めるか」という選択ではなく、「週3日勤務をOKにする」など、第三の選択肢として、複業は会社の制度として整えてもいい。いや、今回のテーマにおいては「整えるべき」じゃないかと思います。
役割を全うするために
今回は、わたしが置かれている現状から、シニア世代のやる気について考えてきました。
最近よく思うんですよ。やる気とは「『出す』ものではなく、『出てくる』もの」だなと。
若いころのように「よし、やるぞー!」と、やる気を無理くり「出す」こともできなくはないけれど、気合いで出したやる気は長続きしない。また、年齢によって生じるからだや心の変化も否定はしません。
でも、やる気が「ない」わけじゃないし、なんなら「もっとがんばりたい」という気持ちはある。いまは、プライベートの負荷や役割の変化によって、本調子じゃないだけ。それならば、やる気が自然と出てくるように、心やからだを「いい状態に整える」ことも、きっと大切なんだろうな。
与えられた役割を全うし、楽しくはたらくためにも、自分や周囲と対話をし、頼れるものは頼りつつ、心とからだを整えていきたいと思います。
企画・執筆・編集・撮影:竹内義晴(サイボウズ)
SNSシェア
執筆
竹内 義晴
サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。