ハッカーの遺言状──竹内郁雄の徒然苔
第47回:音楽を聴く楽しみ

元祖ハッカー、竹内郁雄先生による書き下ろし連載の第47回。今回のお題は「音楽を聴く楽しみ」。

ハッカーは、今際の際(いまわのきわ)に何を思うのか──。ハッカーが、ハッカー人生を振り返って思うことは、これからハッカーに少しでも近づこうとする人にとって、貴重な「道しるべ」になるはずです(これまでの連載一覧)。

文:竹内 郁雄
カバー写真: Goto Aki

hw047_cover_0192_x610.jpg

音楽にはいろいろな楽しみ方がある。遺言状第9回「アナログがデジタルを支えている」ではオーディオマニアのオカルトについて書いたし、第34回「楽器の楽しみ」では、つたない楽器演奏の楽しみについて書いた。しかし、音楽を聴く楽しみを忘れてはいけない。

私はアナログレコードの時代から音楽を聴く趣味にはまっていたので、LPレコードは1500枚以上はあった。でも、CDに買い替えたものは大概処分してしまった。レコードプレイヤはまだあるが、CD化されていないものをどうしても聴きたいとき以外、ほとんど使っていない。その最たるものが、フリードリッヒ・グルダが電気増幅クラビコードで弾いたバッハの「イタリア協奏曲」と「幻想曲」。1978年のライブ録音だが、最近ようやくCDが出たらしい。もう40年経っているよ、と言いたくなる。私はLPをCDにして聴くために、というか、ほとんどグルダのためだけにLPレコードの演奏を音楽CDに焼く機械を買ってしまった。それほどの名演なのだ。なにしろ、クラビコードは鍵盤楽器なのにビブラートがかけられる。グルダは実に見事な音楽的ビブラートをかけ、驚くほど活きのいい演奏をしている。

持っているCDはさらに多いと思う。数えたことはないが、4000枚程度はあるだろう。しかし、多分その30%以上は1回も聴いていない。時間がないのだ。学生時代に友人宅で聴いたある曲をどうしても聴きたくなり、マリー・クレール・アランの「フランス・オルガン全集」22枚組を買ったのだが、その中にある、件のモーリス・デュルフレの「アランの名による前奏曲とフーガ」(約12分の曲)しか聴いていない。

このごろは昔の演奏の箱物CDがとても安くなったので(1枚あたりにすると200円とか)、つい買ってしまうのだが、積ん読ならぬ、積ん聴になってしまっている。

上でお分かりのように私のCDのほとんどはクラシックである。でも、何を思ったか、山口百恵が引退したあとの28枚組だったかのSACDの全集を買った。1回聴いたきりである。ごく稀にジャズもある。録音がすごいという邦楽(能など)も少しある。

クラシックは一時期、本当に古楽ばっかり買っていた。ほとんどが輸入盤である。そういう意味で時代横断的に万遍なく揃っているのだが、室内楽が比較的多く、オペラはほとんどない。オペラはどうも趣味が合わない。歳をとってきた友人たちは、もっぱらオペラばかり聴くようになってきたらしい。まったく人それぞれだ。

「古楽」の最たるCDはスエーデンのMUSICA SVECIAEの「The Sounds of Prehistoric Scandinavia」である(写真1)。60分で過去1万2000年分の音楽が聴けるとある。前史時代の「楽器と思われるもの」が写真入りで説明された分厚い解説書がついている。Cajsa S. Lundという女性考古学者が書いたものだ。

hw047_ph01_x610.jpg

写真1:ルンド女史による、前史時代のスカンジナビア音楽のCD。開いてある解説書の下にあるのがKvalsund megaphone。紀元前5〜600年の出土品。全長75cm。

牛の背骨に穴を開けて紐を通したものをぶんぶん回すと、文字どおりぶんぶんという音が出る。これも「楽器」である。聴くと、思わず笑みが浮かぶ。全部で41曲(?)が紹介されているが、何といってもすごいのが「メガホン」(Kvalsund megaphone)である。荒れた海の岸で、男がメガホンを通して激しい遠吠えをしている。灯台の代わりなのだろう。これを大昔の音楽だと言って聴かせるとほとんどの人は爆笑しつつも「すごい!」と言う。そういう意味で名曲だ。この曲に著作権があるのかどうか怪しいような気もするが、インターネットには音がなかった(有料ダウンロードはあるようだ)。興味ある方はぜひご購入を。

イニシエの音楽として、多くの音楽ファンに衝撃を与えたのが、スペイン人の僧侶グレゴリオ・パニアグアが主宰するAtrium Musicaeの「古代ギリシャの音楽」である。冒頭のガラスの割れるような音がオーディオ装置のチェックにも使えたアナログの名録音である。

このグループにはパニアグアが4人いるので、グレゴリオは4兄弟の長兄なのだろう。ともかく才気煥発な人だ。第25回の遺言状で紹介した「ファンダンゴ」のCDは彼の独創的な変奏曲だ。1980年代に入って解散したが、私が癒し的によく聴いているのが、この団体の「Tarentule-Tarentelle」である。CD、XRCD、SACDを3枚持っている(写真2)。

hw047_ph02_x610.jpg

写真2:3種類のTarentule-Tarentelle。左から、CD、XRCD、SACD。

この3枚の音が微妙に違う。CDは乾燥した鋭い音、XRCDは少々ドスの効いた粘り気のある音、SACDは中庸を得た正確な音といったところで、聴き分ける楽しみがある。これはYouTubeにあったので紹介しておく。このほか、つまりAのほかに、B1、B2があるので、CDを買わなくても全曲を聴けるかもしれない。でも、こんな貧弱な音ではなく、いい装置で、CD以上の音源を聴いてほしい。抜群のアナログ録音なのだ。

Gregorio Paniagua | Tarentule-Tarentelle | A

ついでに、この団体の演奏で、多分私がCDを持っていない2曲をYouTubeで見つけた。ポピュラー音楽的な乗りだが、2曲目は絵もそうだが、ちょっと中世的でブラックだ。

Gregorio Paniagua - Batiscafo

Atrium Musicae Dir Gregorio Paniagua 01 Introitus, Obstinato I Organa, Codex Gluteo

◆     ◆     ◆

古楽のもう一人の天才がデビッド・マンロウである。若くして亡くなったのが残念だが、私は彼のCDは大概持っていると思う。その才能を誰にでも理解してもらえるのが次のYouTubeだ。

David Munrow

彼が指揮・演奏したCDの中で、特に私好みのマニアックな曲を2曲紹介しておこう。どちらも好運にもYouTubeで見つかった。最初は14世紀の作曲家ソラージュの「Fumeux Fume」(阿片の煙をくすべる者)である。背後のシャウム(オーボエの前身)やビオールの何とも奇妙な和声は驚きに値する。まさに14世紀の前衛である。ちなみに「Solage Fumeux Fume」で検索するとほかの演奏のYouTubeも見つかるが、真面目すぎて、ちっとも面白くない。楽譜というか記譜法がまだ確立していなかった時代だから、演奏解釈はどうにでもなる。

Fumeux fume

次は、Serpentという文字どおり、蛇のような形の楽器の演奏である。何ともいえない、脇腹をくすぐられるような音程感覚の音楽だ。

Instruments of the Middle Ages and Renaissance : serpent.

どんな形の楽器かは次の演奏ページをご覧いただければよい。あまり味のある演奏ではないが、いかにも不自由な楽器ということはご了解いただけよう。

Douglas Yeo plays the serpent - video 1

◆     ◆     ◆

音楽を聴く楽しみと言いながら、ちょっとエキセントリックな話題になったが、もうその方向で走ろう。

昔の音楽を聴いていると、ハッとすることがときどきある。ドメニコ・スカルラッティ(1689〜1757)の鍵盤ソナタには名曲が多いが、Kという番号付けで、なんとK.1からK.555まで555曲(プラス関連の19曲)もある。スコット・ロスが演奏した全34枚のCD全集があり、私はそれをクルマの中で全部聴いた(写真3)。

hw047_ph03_x610.jpg

写真3:スコット・ロスのスカルラッティ鍵盤ソナタ全集。かさばりますねぇ。

有名な曲は、なるほどこういう演奏になるのかという聴き方をするのだが、知らない曲はすべてが新発見である。その中でひとつエラく驚いた曲があった。K.541のヘ長調のソナタ。これもYouTubeが見つかった。

Scott Ross Domenico Scarlatti Sonate K 541 Allegretto en Fa Majeur

聴いてお分かりのように電話のベルの音がする。なんと! スカルラッティは電話のベルを予見していたのだ。ほかのトリルは普通のトリルのように聞こえるので、「どういう仕掛けでこんな音がするのだろう?」と、楽譜を見たら、図1のようになっていた。

hw047_fig01_x610.jpg

図1:スカルラッティのソナタK.541の楽譜の一部(IMSLPより一部引用)。場所によって記法が異なるのだが、二重トリルとして書いてあるところがある。なるほど、これか。演奏はやたらと難しそうだ。

このソナタの演奏はYouTubeで、ほかに2、3見つかるのだが、ロスほど電話のベル感の強いものはなかった。

ゲオルグ・フィリップ・テレマン(1681〜1767)は、バッハと同時代の偉大な作曲家である。私は最近、彼の楽譜を見つけては仲間の人たちと合奏を楽しんでいる。バッハよりはやさしい。教育的配慮のある人なのだろう。彼は市民向け音楽雑誌 「忠実な楽長」(Der getreue Musikmeister)を隔週で刊行していたが、その音楽がCDになっている(写真4)。

hw047_ph04_x610.jpg

写真4:忠実な楽長(Der getreue Musikmeister)。5枚組のCD。

この中の、ニ長調のビオラ・ダ・ガンバのソナタの第3楽章を聴けばすぐ分かるが、有名なあの曲にあまりにもそっくりではないか。いやあ、楽しい。以下のYouTubeの7分25秒あたりから第3楽章が始まる。

Telemann Der Getreue Music Master Sonata in D for viola da gamba

歴史上、こういう似たもの同士はたくさんあるだろうが、有名なのは以下だろう。ショパンの「幻想曲 ヘ短調」作品49である。

ショパン作曲・「雪の降る町を」じゃなくて「幻想曲」
(はげちゃんのブログ)

これよりだいぶ後に作曲された「雪の降るまちを」の作曲者の中田喜直はこの曲にまったく言及しなかったとのことである。本当に知らなかったのだろう。

◆     ◆     ◆

クラシック音楽のパロディでは、サン・サーンスの「動物の謝肉祭」が有名だが、私が思うに、最も優秀なもののひとつが、ベートーベンの「朝ごはん」である。上海太郎舞踊公司Bなる団体の演奏だが、これはれっきとした日本の楽団である。有名なのでご存知の方も多いと思うが、YouTubeに映像つきの演奏があったので紹介しておく。私は今回初めてこれに気がついた。音もいい。上海太郎はいろいろな名曲のパロディを作っているが、やはり「朝ごはん」が秀逸だ。音楽的に理にかなっていて実に素晴らしい。

上海太郎舞踏公司B - 交響曲第5番『朝ごはん』

◆     ◆     ◆

私は大学生時代、現代曲もよく聴いた。お金がないので、もっぱら無料、あるいは超安価な現代音楽演奏会に通っていた。中でも、渋谷の山手教会でシリーズ開催されていた無料の現代音楽の会には欠かさず行った。今思うとものすごい作曲家や演奏家が登場する素晴らしい音楽会だった。あのピエール・ブーレーズが現代音楽の作曲家としてステージに立ったこともあった。

FM放送は無料で楽しめる音楽の泉だった。高校3年生か大学1年生のころだっただろうか、NHK FMの新年番組で「音の年賀状」というのがあった。その中にあの武満徹の年賀状があった。タイトルは「想い出のサンプランシスコ」(I Left My Heart in San Francisco)。コニー・フランシスの名唱で大流行した曲である。彼女の名唱を少しゆっくり目に再生した上に、能の悲嘆の地声、というか呻くような謡(言葉にならない、ゥウォ〜ホホ〜ウォ〜、ホッホ〜、……、というやつ)が乗っているコラージュである。これが実に素晴らしかった。

どうにも我慢ができなくなって、新しい録音テープを同封して、NHKに手紙を書いた。「どうしてももう一度聴きたいので、このテープにこの曲を録音していただけませんか?」という趣旨の、ずいぶん厚かましい依頼だ。しかし、なんと親切なことに、NHKのスタッフの方がそれに録音をして返送してくださった。大感謝! 宝物だ!

しかし、星霜移り、テープ去り。大事なテープがなくなってしまっていた。ああ、もうあの曲は聴けないのかと思っていたら、2010年にNHK Classicalから「武満徹 〜 マイ・ウェイ・オブ・ライフ」として出版されたDVDに収録されていることを発見して、早速購入した(写真5)。昔の記憶とちょっと印象が違うような気もするが、やはり素晴らしいコラージュだと思う。

hw047_ph05_x610.jpg

写真5:「武満徹 〜 マイ・ウェイ・オブ・ライフ」(NHK Classical、2010)

◆     ◆     ◆

ついでながら、LPもCDも買ったもので、抱腹絶倒ものを1枚(写真6)。石油王の奥さんで大富豪のフローレンス・ジェンキンス女史の圧唱である。金があるので、金ピカの羽根つきの衣装をまとって、かのカーネギーホールでリサイタルを行った。1944年のことである。

hw047_ph06_x610.jpg

写真6:フローレンス・ジェンキンス女史の名録音。CDが見当たらないので、同じデザインのLPジャケットを撮影。

中でも圧唱はモーツァルトの「魔笛」の中の「夜の女王のアリア」である。なんと、これもYouTubeがあった。SP録音からの復刻なので音が非常に悪いが圧唱の迫力は十分伝わる。

Florence Jenkins massacres Mozart

YouTubeの解説を見ると「Florence Jenkins massacres Mozart(フローレンス・ジェンキンス、モーツァルトを虐殺)」とある。ま、ご一聴を。

調べると、

Florence Foster Jenkins: a curious concert at Carnegie Hall | Classical MPR

が見つかった。ご尊顔を拝することができる。彼女は結局、音楽や芸術の大パトロンとして高く評価されている。そこから芋ヅルで、

Florence Foster Jenkins

が見つかった。なんと、彼女をメリル・ストリープが演じた映画がある! しかもたくさんの賞をもらっている。うーむ、この圧唱を最初に聴いて彼女を知った私としては、世の中の不思議を悟った、としか言いようがない。

◆     ◆     ◆

閑話休題。自分の葬式のときにはこの曲をかけてほしい、あるいは演奏してほしいと言っている人は少なくないように思う。私も少し前までは、エリック・サティの「Rose + Croix」がいいなと思っていた(アルド・チッコリーニの古いほうの録音が、実に荘厳で素晴らしい──なんで新しい録音はあんなふうに軽くしてしまったのだろう?)。YouTubeでは、以下が割といい演奏だと思う。お,楽譜が一緒に追随して見える!(お気づきのように、全体で1小節の曲だ) あれ? これ、自動演奏?(だとしたら素晴らしい自動演奏技術)

Erik Satie ~1892~ Sonneries de la Rose+Croix - 1. Air de l'Ordre

ところが、この夏、大学時代の音楽鑑賞仲間と一緒に北海道旅行をして、お、そうか。どうせ棺の中の自分は聴けないのだ。だったら、葬式用の究極の音楽はジョン・ケージの4分33秒だということに気がついた。

この音楽は前衛音楽の大家ジョン・ケージが作曲(?)した有名な曲で、ステージに登場したピアニスト(でなくてもいい)が、ピアノの鍵盤の蓋を開け、じっと4分33秒待ち、そしておもむろに蓋を閉じて退場する。これだったら、誰でも演奏できる。生き残った友人の誰にでも頼める。その間聴衆はじっと黙っていないといけないことが必要だが(※1)、著作権問題が発生するとも指摘されている。ちなみに、ケージは楽器編成を指定せず、3つの楽章を無音としたが、4分33秒という時間も指定しておらず、ピアニストの初演者が合計4分33秒無音にしたということらしい(図2)。また、本来の曲名は「沈黙の祈り」(silent prayer、silent playerにあらず(※2))、つまり「黙祷」とのこと。葬式にはますます相応しい。

hw047_fig02_x610b.jpg

図2:「4分33秒、こと、黙祷」の楽譜。tacet は「無音」とか「演奏しない」という意味。5線は不要。

だから、黙祷59秒(第1楽章20秒、第2楽章16秒、第3楽章23秒)にすれば、ケージの難曲を想像を絶する4倍速超のスピードで演奏したことになり、演奏者のテクニックが高く評価されることになる。黙祷の時間短縮、演奏者の超絶技巧誇示、いいことずくめではないか。(つづく)


※1:ケージの意図は、無音のときにかすかに聞こえる、人の意図しない、コホッとか、スーとかのざわめきが偶然性の音楽ということらしい。
※2:日本語版のWikipediaには「沈黙の奏者」と書いてあるので、何かの誤解がある。


竹内先生への質問や相談を広く受け付けますので、編集部、または担当編集の風穴まで、お気軽にお寄せください。(編集部)


この記事を、以下のライセンスで提供します:CC BY-SA
これ以外のライセンスをご希望の場合は、お問い合わせください。

Comment