離職率28%を経て気づいた「社員が会社を辞めるのは、自分の理想を実現したいから」──『嫌われる勇気』岸見一郎×サイボウズ 青野慶久
2013年に刊行され、社会現象とも呼べるほどの大ベストセラーとなった『嫌われる勇気』。「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」とした上で、対人関係を改善し、幸せに生きるための方策を提示するアドラー心理学を対話形式でわかりやすく解説した本書は、今も多くの人に影響を与え続けています。 この『嫌われる勇気』に書かれている内容が、サイボウズのこれまでやってきた取り組みに似ているのではないか? あるサイボウズ社員がそう気づいたことから、今回、『嫌われる勇気』の著者である岸見一郎先生と、サイボウズの青野慶久社長の対談が、社内イベントとして企画されました。アドラー心理学とサイボウズの考え方の共通項はどんな点にあるのか? それについて岸見先生はどのように考えるのか? 読み進めるうちに、『嫌われる勇気』の内容についての理解も深まっていくはず。第1回~第4回の全4回に分けてお届けします。
親に結婚を反対されたとしても、「最終的に自分自身が幸せになれば、それが親孝行」
岸見先生、今日は京都からわざわざご来社いただき、ありがとうございます。今日のこのイベントは、サイボウズ式編集部の小原弓佳さんが、『嫌われる勇気』を読んで人生が変わるほどの大きな感銘を受けるとともに、サイボウズが考えてやってきたこともアドラー心理学に近いところがあるのではないか? と感じたことから実現しました。私自身、本を読んで自分がずっと考えていたことを伺える貴重な機会だと思っています。
こちらこそよろしくお願いします。
『嫌われる勇気』は、「人が幸せになる哲学」を解説した本だと理解しています。刊行されたのは3年ちょっと前ですが、これまでにどのくらい売れているんですか?
160万部です。続編の『幸せになる勇気』が46万部。さらに韓国でも125万部近くのベストセラーになっています。
日本でも韓国でもミリオン超えですか! 今日(2017年2月1日)Amazonのベストセラーランキングをチェックしてきたんですが、『嫌われる勇気』はなんと総合6位でした。上にはAKBとかの写真集しかない(笑)。3年以上経ってもこの順位というのは、どれほど支持され続けているかわかりますね。
ありがとうございます。
韓国で売れているのには何か理由があるんでしょうか?
韓国の若者は、ある意味、日本の若者より抑圧されているのです。日本の若者からはめったにされないのに、韓国の若者からはされる質問があります。それは「どうしたら親孝行できますか?」というものです。
へえ〜。儒教の伝統がまだ強いんですかね。
そうですね。一方で彼らには当然、「自分の人生を生きたい」という思いもある。両方の思いの狭間でどうすればいいか? と悩むことから、アドラーの考え方がより深く刺さるのではないでしょうか。
岸見先生は、そういう韓国の若者の悩みにどのように答えるんですか?
「最終的に自分自身が幸せになれば、それが親孝行」と話しています。例えば、親に結婚を反対されたとします。反対を押し切って結婚して、一時的に親と摩擦が生じたとしても、5年10年経って「あの時は反対したけれども今になってみればよかった」と親が思えたらそれが親孝行だと。
ほう。
本の中でも「課題の分離」という言葉が出てきますが、 子どもの結婚相手が自分の意に沿わないと親がどんなに怒っても、それはあくまで親の課題なのです。どうしても反対されるのなら、「そうですか、短い付き合いでしたね」というしかない。
そういうものですか。
「親不孝が親孝行」ということもあります。親は子どものことで思いわずらっている時は元気ですが、親は「私はいなくてももうこの子は大丈夫」となると急に老いるものです。
ははは!
「不安だから引きこもる」のではなく「外に出たくないから不安という感情を生み出している」
『嫌われる勇気』に引き換え、2015年に出た私の本『チームのことだけ、考えた。』は発行1万部超です。これでも結構立派なものなんですけど(笑)。『嫌われる勇気』は、「人が幸せになる哲学」を解説した本だと理解しています。一方、『チームのことだけ、考えた。』は「どういうふうにすれば幸せなチームを作れるか」をテーマにした本です。 サイボウズは「グループウェア」と呼ばれるソフトを作っている会社ですが、マスコミなどによく取り上げてもらうのは「業績は伸びているのに離職率が低い」という点なんです。
離職率は今、どのくらいなんですか?
4%弱です。普通、IT企業だと、1割2割は辞めて当たり前なので、「何だこの会社は?」となって。
なるほど。
この離職率の低さを引き出したのが、我々が社内でやってきたメソッドなんですが、どうやらそれがアドラー心理学に似ているらしい、我々は無意識にアドラー心理学を取り入れていたのではないか、となりまして。
そうなんですか。どのような点ですか?
まずは「目的論」ですね。「我々はみな目的に沿って生きている」という。アドラー心理学の根幹をなす部分でもあるかと思うのですが。 とりわけ本を読んでいて衝撃的だったのは、「引きこもっている人は外に出たくないから不安という感情を生み出している」という部分でした。普通、逆ですよね? 「不安だから外に出たくない」となると思っていたのですが、そうではなく「外に出たくないという目的があるから不安になるのだと。
引きこもっている人が外に出ることをなぜ避けようとするかわかりますか?
不都合な何かが待っていると思うからでしょうね。
外に出ると人と関わらないといけないからです。外にいるのは怖い人ばかりだと思っている人は外に出ようとしない。 もう1つは、家にいると注目されるからです。引きこもっていると親が「学校に行きなさい」とか「そろそろ仕事に戻ったほうがいい」とか心配してくれる。自分が家庭の中心でいられるわけです。でも、外に出ると誰も注目してくれない。
そうですね。
とはいえ、外に出ないのに何の理由もないわけにはいかない。うちの子どもも、ある日、学校に行かないと言い出したことがありました。そうなると親が学校に連絡しなくてはならないのですが、その際、先生に私はこう伝えました。「今日は子どもが学校を休むと言っています」と。私は「休ませます」とは言いませんでした。私が休ませようと思ったわけではないからです。
でも、それでは先生は納得しないですよね?
当然、理由をたずねられます。子どもと相談すると「お腹が痛い」と言う。だから「お腹が痛いので学校を休むと言っています」と伝えました。 これも、目的論の見地から言うと、「お腹が痛いから学校に行かない」のではなく、「学校に行きたくない」という目的があるから、それを正当化するために「お腹が痛い」という原因を打ち出しているだけなのです。
因果関係を逆にひも付けていくんですね。そういうふうに考えると、世の中がずいぶん変わって見える気がします。
これをアドラーの言葉を使うと「見かけの因果律」と言います。「過去にこんなことがあったから、今、私は生きづらい」というのは間違いです。同じような経験をしたからといって、みんな同じようになるわけではないでしょう? 子どもが何人かいたらわかりますよね。同じ親から生まれほぼ同じ環境で育っているのに性格がバラバラですから。「小さい時に親から虐待を受けたから私は今ひどい状態だ」と言っても、普通に育っている子どももいるわけです。 我々は絶えず、原因と結果を偽りの「見かけの因果律」に結びつけようとしてしまう。
そうかもしれませんね。なかなか理解するのが難しい部分もありますが(笑)
サイボウズ式メソッドも、「原因論」から「目的論」へのシフトを促すもの
アドラー心理学の「目的論」は、サイボウズの基本的な考え方である「人間は理想に向かって行動する」という点とよく似ていると思います。 実は私がこの考えに思い至ったのは、2006年にサイボウズの離職率が28%と過去最高になり、経営に悩んでいた時でした。
ほう。
人がバンバン辞めていって、「なんで辞めんねん!」と思うのですが、ある時気づいたんです。「人が辞めるのは、辞めることで自分の理想を実現したいからだな」と。 理想を実現したいという目的があるから、辞めるという行動を取る。じゃあその理想をうまくマネジメントできれば、「ここでそれを実現しよう」と思ってもらえるのではないか。
なるほど。
そこで作ったのが「サイボウズ式・問題解決メソッド」なんです。これは、現実、理想、原因、課題を区別することで、理想に向けて自分ができる課題に集中するためのメソッドです。フレームワークを作って、穴埋め問題のように思考してもらうようにしました。原因はいろいろあるけれども「最終的にはどんな理想を目指すのか」を意識し、そこに向かってどんな一歩を踏み出すのか まで落とし込んでもらう。ある意味、「原因論」から「目的論」へのシフトを促すものであると思います。
アドラー心理学のカウンセラーは、相談に来た人に「どうしたいんですか?」「どうなりたいんですか?」とたずねます。 「今、こういうことができない」と言ってきた時に、その原因を分析してもほとんど意味がない。過去の出来事が原因だとしたら、タイムマシンがない限り、その原因を除去できないからです。
確かにそうですね。
相談に来る人は過去の話を聞いてほしいのです。例えば、「姑との関係に悩んでいる」と言っても、過去の話を聞くのは「昨日、お母さんとどんなやり取りをしましたか?」ぐらい。それよりも「今後お母さんとどんな関係になりたいですか?」とたずねます。過去の話をどれだけ聞いても何の解決にもなりません。
「原因」と「理想・目的」をきちんと区別し、どこにフォーカスするかは大事ですね。
目標がわかれば、それを実現するために今、何をすべきかを考えられます。
勉強しないのは「子どもの課題」。最善の対応は、親が一切口出ししないこと。
そこがまさに、「課題の分離」という話にもつながっていくと思います。自分の課題と相手の課題をきちんと分ける。『嫌われる勇気』には、相手を信じるのは自分の課題、それでどう動くかは相手の課題だからそこは忘れろ、みたいなことも書いてありますよね。
自分が相手を信頼することはできるけど、相手が自分を信頼するかどうかはわからないですね。
確かにそうなんですが、どうしても相手にも信頼してほしいという思いにとらわれがちです。
自分が相手を好きになることはできるけれども、相手が自分を好きになるかはわかりません。
恋愛では、それこそ相手が自分を好きになってくれるかどうかばかり気になりますよね。
世の中には強制できないことが2つあります。1つは「私を愛しなさい」。もう1つは「私を尊敬しなさい」。経営者には、尊敬してくれる社員がいるかもしれない。けれどもそれは自分が頑張ったからそれに伴って尊敬してくれているということで、あくまで相手の課題です。
切り分けることですね。「それが対人関係の入口である」と本にもあります。
親子関係でも、自分の課題と子どもの課題を切り分けることが大事です。「子どもが学校に行かない」と悩んでカウンセリングに来る親御さんがおられますが、学校に行く、行かないは子どもの課題で、親が決められることではない。 そうすると親御さんは「じゃあどんな相談なら乗ってくれるんですか?」と聞いてきます。それに対して私は「“家にいる子どもを気にしないようにする方法”や“子どもとケンカしないで仲良くする方法”なら相談に乗れますよ」と答えるんです。
ああ、それは親自身の、自分の課題ですもんね。
そういうカウンセリングをしたら、3回目ぐらいには子どもとの関係は良くなります。学校の話を親がしなければ、親と子どもがもめる理由がなくなるわけです。「でも、まだあの子は学校に行っていません」と言われるので、それはこのカウンセリングの目標ではなかったことを確認します。最初に「このカウンセリングでは何を目標にするか」を設定しなくてはなりません。この目標を達成できたらカウンセリングを終えることができることを決めておくのです。学校に行く、行かないは子どもの課題ですから、カウンセリングの目標にすることはできません。でも、子どもと仲良くすることなら目標にできます。
なるほど。
「子どもが勉強をしない」ということで相談に来る方も多いですが、基本的に、子どもの課題については一切手出ししなくていい。というか、親は何もできません。どうすれば子どもに勉強させるかについてはカウンセリングで話題にできません。
一切ですか!
ええ。子どもが勉強をしなくてもお母さんが困るわけではないでしょう? 困るのは子ども自身です。 およそあらゆる対人関係のトラブルは、他者が自分の課題に土足で踏み込んでくることから始まります。勉強しない子どもへの最善の対応は、一切口出しをしないことです。
それでも普通はどうしても口出ししたくなりますよね。
どうしても口出ししたいのなら、課題を「親子共通の課題」にすることはできます。「最近のあなたの様子を見ていると、あまり勉強されているように思えませんが、一度そのことについて話し合いをさせてもらってもいいですか?」と語りかける。その結果、相談を持ちかけてきたらそれに乗ればいい。たいてい、断られると思いますけどね。
う〜ん、なるほど。
ただし、これは企業での上司と部下の関係には当てはまりません。部下が失敗ばかりしていたら、上司は「これは私の課題ではなく部下の課題です」では済まないですから。
そうでしょうね。
だから、可能であれば結果が出る前に先回りして、部下の課題解決に協力する用意があることを申し出るべきです。 ただ、そこで言ってはいけないのが「このままならどうなると思う?」という言葉です。
ああ、言っちゃいそうですねえ(笑)
この言葉を言われると、部下はそれを威嚇・挑戦・皮肉と受け止めて、逆効果になることがあります。反対に言えば、そのような言い方をしても、威嚇・挑戦・皮肉とは受け止められないような関係を普段から部下との間で築いていかなければならないのです。
面白いですね。 この「課題の分離」については、サイボウズ式問題解決メソッドだと、「原因と課題は『行動』にある」と定義したところが近い部分だと思います。最終的には自分たちができる「行動」だけに着目する。そうすると、外部の変化にとらわれず、自分たちの行動の見直しが進むと同時に、行動でない現象は議論から外すことができます。
なるほど。
文:荒濱 一/写真:すしぱく(PAKUTASO)/編集:小原 弓佳
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執筆
荒濱 一
ライター・コピーライター。ビジネス、IT/デジタル機器、著名人インタビューなど幅広い分野で記事を執筆。著書に『結局「仕組み」を作った人が勝っている』『やっぱり「仕組み」を作った人が勝っている』(光文社)。