多様性は大切だけど、わかりあう必要ってあるの?
誰かのことを「嫌い」とか「受け入れられない」って、決して悪いことじゃない──茂木健一郎×山崎ナオコーラ
みなさんには、「どうしても理解できない」「好きになれない」と思う人はいますか?
多様なメンバーが集まるチームで何かを成し遂げるときに必要なことは、そういった「理解できない人」のことをも認め、受け入れる姿勢なのかもしれません。人はどうすれば、自分とは異なる他者と、同じ社会で、同じチームで、力を発揮していくことができるのでしょうか──。
「すべての多様性を受け入れる」というテーマで作品を生み出し続ける作家・山崎ナオコーラさんと、脳や社会の多様性に向き合い続けてきた脳科学者・茂木健一郎さんに、深~く、語り合っていただきました。
「誰かを好きになる瞬間」に、多様性の入り口がある
いきなりですが、僕は山崎さんのデビュー作とペンネームの付け方に、昔から独特のものすごいセンスを感じていたんです。
はい。このタイトルは、本屋さんで思いつかれたんでしたっけ?
そうなんです。書店をぶらぶらしていたら、同性愛の本の棚の前でくすくす笑っているお客さんがいて、心の中で「人のセックスを笑うな!」って思ったんですよね。
そのとき、「ああ、これは今書いている小説のタイトルにいいかもしれない」と思って。
そこは、理解できるんです。
でも、変な言い方でごめんなさい。『人のセックスを笑うな』って、内容でいうと、正統派のすごくいい恋愛小説じゃないですか。あんまり言うとネタバレになっちゃうので内容には触れませんが、この内容を読んで、あのタイトルは思いつかないですよ。
タイトルが現代アートみたいに浮遊している。そこが、すごいなぁと思って。
そうですかねえ(笑)。
うん。この小説が支持されそうな想定読者を分析してマーケティング的に考えたら、あの小説のタイトルは「人のセックスを笑うな」にはならないし、ペンネームも「山崎ナオコーラ」にはならないと思うんです。
それですごく損しているところもあると思うんですけれど(笑)、そこにナオコーラさんの、個性というか、ユニークさを感じますね。
ありがとうございます。
こんなふうに、人を好きになったり気になったり「いいな」って思うのは、その人の持つユニークさに触れたときだと思うんです。
だから僕は、「誰かを好きになる瞬間」に、多様性の入り口がある気がしています。
いま尊重されていないもののなかにこそお宝が?
山崎さんは、「すべての多様性を受け入れる」というテーマで作家として活動されていますよね?
はい。多様性っていうのは、私にとってすごく都合よく使える言葉なんですよ。
都合よく使える言葉?
たとえば、私は「女性」という大きなフレームで見られたときに、自信がなくなります。そのフレームの中では、容姿の良さや、「女性らしい優しさ」を兼ね備えた人に存在意義がある気がするからです。
でも「多様性が大事だから」と言うことで、「私みたいな人もいたほうが、世界はうまくいく」って思えるんです。
うん、うん。
あとは、出した本がなかなか売れないときにも「多様性が大事だから、ベストセラーの本だけじゃなくて、少部数の本も出したほうがいいんだ」っていうふうに言えたりします。
なるほどねえ。
今の話を聞いていて、「多様性を受け入れる・大事にする」というのは、便利であるのと同時に、楽しみな言葉でもあると思いましたね。
どういうことですか?
だって、世の中でいま尊重されていない人たちや出来事のなかに、実はすごい宝物が秘められているかもしれなくて、「多様性を大事にする」って、その宝物を大事にするということじゃないですか。
たしかに……!
本なんか、その典型です。
たとえば、古代ギリシャの文献は、最初はほんの数冊だったけどイスラム圏で大切に受け継がれて、それが後にルネッサンスのもとになったんですよね。少部数で発行されて、それが後世ですごく大きな意味をもつものになっている。
たとえ少部数だったとしても、出しておくのは大事ですね。
大事ですよ。ザッカーバーグさん(FacebookのCEO)がつくったFacebookだって、“コンピュータオタクの反逆”なんですよ(笑)。
そうなんですか?
コンピュータオタクみたいな、ひとつのことにのめりこむ人って、かつては見下される傾向があったんですよね。とくに「俺たちが経済回してるんだ」みたいな人たちから。
ザッカーバーグさんはFacebookをつくるときに、そういうタイプの人たちを追い出したらしいの。
へええ。じゃあ、マイノリティーかマジョリティーかっていうのは、そんなに気にしなくていいことなんでしょうか?
うん。人の多様性ってまだまだ解明できていなくて、スペクトラム(分布範囲)のなかに、未分類の、いろんな方がいるんです。
だから、今世の中で思われているマイノリティーかマジョリティーかなんて、ほとんど意味がないんですよ。
「受け入れられなさ」を自己分析のきっかけに
他者を嫌いだとか、受け入れられない、と感じるのはなぜなんでしょうか?
「誰かを受け入れられない」理由としては、その人のもっている何かがうらやましい、ということが考えられるかもしれないですね。
うらやましい?
うん。イソップ寓話に「酸っぱいブドウ」っていう話があるじゃない? おいしそうなブドウが木になっているんだけど、高くて手に届かないところにあるから、「どうせあんなぶどうは、酸っぱくてまずいんだよ」っていうことにする。
あれと同じで、手に入らないものだから、嫌いだと感じるのかもしれない。
それは、わかるような気がします。
私も、他の人の知的な文章とか、芸術的な作品に対して、茶々を入れたくなるようなときがあるんです(笑)。「知的な文章ですね」みたいなことを言っちゃうときがある。
「カッコ笑い」のような、ちょっと小馬鹿にしたようなツッコミをしたくなる、ということ?
そうです。だから私はたぶん、知的な文章や芸術的な作品に憧れがあるんですね。
なるほどねえ(笑)。
あともうひとつの理由としては、受け入れられない人の中に、自分と近い「嫌なところ」があって、それに反発を感じているっていうことも考えられますね。
自分の嫌なところを見せつけられているような感じがするということですか?
そう。たとえば、近い国の人同士って、よく悪口を言いあっているじゃないですか。でも遠い国の悪口って、あまり言わない。近いから、自分に似ているところがあるから気になりやすい、という傾向はあるんでしょうね。
誰かを受け入れられないと感じたら、ネガティブに考えるんじゃなくて、そんなふうに自己分析するきっかけにするといいのにな、と思います。
たしかに、自分の中にある受け入れられない理由を見つけられたら、うまくやっていけそうな気もします。
そうですね。もし、その人のもっている何かがうらやましいんだったら、自分も努力してそういう方向に近づけばいい。
「嫌い」とか「受け入れられない」とか、そういうのって、決して悪いことじゃないですよ。
えっ?
最近ポジティブ心理学っていうのが、すごく流行っています。ここで一貫して言われているのが「ポジティブな心理とネガティブな心理は、深く結びついている」ということ。たとえば、夢とか希望というものは、憎しみや嫉妬とかいう感情と、すごく結びついている。
だから「嫌いな人がいる」というのは、きっとその人の関心事と深く関係しているんですよね。それに気付くと、うまくやっていけるんじゃないかな。
脳は平均値と多様性の両方を求めている
茂木さんは、嫌いな方はいらっしゃるんですか?
学生時代は、いっぱいいました。今は、あんまりいないかも。多様性というか、個性ということについて、科学的・論理的な立場から徹底的に考えたからかな。
科学的に見た個性、すごく興味があります。
たとえば、「美人」ってなんだかわかりますか? 実は、すごくつまらない答えなんですけれど、平均値なんですよ。全女性の顔の平均が、ものすごい美人になる。
おそらく脳が、子どもの頃からいろんな女性の顔をサンプリングして、テンプレートをつくるんです。それに近い顔ほど美しいと感じる、というだけのことで。
自然と脳が平均を求めている、ということでしょうか?
はい。おそらく、平均は脳の中で認識しやすいんです。認知的負荷が低くなる、つまりラクだから。逆に、平均値からずれている「個性的な人」は、慣れるまでに時間がかかるから、最初はちょっと受け入れづらい(笑)。
茂木さん、最初に、「ちょっと変なところがある人を好きになる」っておっしゃっていたじゃないですか。あれは、どういうことですか?
さすが、よく覚えていますね。昔ツイッターで、「恋に落ちる瞬間(moment of love)」というものを募集したことがあって、それが本当に面白かったんですよ。
みんな、好きになる瞬間って何かしら変わった物語があるんです。
たしかに、美人なだけじゃ好きにならないですよね。そのあとにちょっとした物語が起きないと、恋は動かない。
脳は自然と平均を求める一方で、その人のユニークさとか、個性というものに触れたときに、好きになる。男も女も、そこはあまり変わらないみたい。
平均と個性、両方求める気持ちがあるんですね。
それでバランスをとっているのかもね。多様性って、脳にとってはややこしいというか、めんどくさいんですよね。だからこそ、脳が成長するんですけれど。
(後編につづく)
文・ 大塚玲子/撮影・橋本直己/企画編集・明石悠佳
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執筆
大塚 玲子
いろんな形の家族や、PTAなど学校周りを主なテーマとして活動。 著書は『PTAをけっこうラクにたのしくする本』『オトナ婚です、わたしたち』(太郎次郎社エディタス)。ほか。
撮影・イラスト
編集
あかしゆか
1992年生まれ、京都出身、東京在住。 大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。2015年サイボウズへ新卒で入社。製品プロモーション、サイボウズ式編集部での経験を経て、2020年フリーランスへ。現在は、ウェブや紙など媒体を問わず、編集者・ライターとして活動をしている。