「会社のためにがんばっている」「会社は何もわかっていない」……。このように、私たちは「会社」をどこか巨大な、抗えないものとして捉えがちです。でも本当にそうなのでしょうか?
7月6日に発売された『ブランド人になれ! 会社の奴隷解放宣言』(幻冬舎)の中で、田端信太郎さんは「会社なんてただの共同幻想だ」と語っています。
"最強のサラリーマン"と言われる田端さんと、サイボウズ社長・青野の対談から、「会社とどのように付き合えばいいのか」「働くことで幸せになるための方法」について探ってみましょう。
※当対談は公開取材イベントとして応募者を募り、抽選で100名をご招待しました。
帰りたきゃ帰ればいい。奴隷じゃないんだから
田端信太郎
イベント参加者の皆さん、「自分は会社の奴隷だ」と思っている方って、どれくらいいますか?
青野 慶久
パラパラと手が挙がっていますね。
田端信太郎
一般的な大企業だと、転勤の辞令を拒否できないんですよね。拒否すると正当な解雇の理由になる。
残業が多いとか、そういった時間的な自由がないだけではなく、住む場所すらも自分で選べないわけです。
そういった関係性ってもはや「奴隷」じゃないかと思うんですよ。「それが当たり前だ」、と受け入れて無意識のうちに奴隷になっている人もいるかもしれませんね。
青野 慶久
サイボウズにはアメリカに支社がありますが、部署を異動した瞬間に現地の社員から給料の交渉が始まります。
でも日本の場合、ほとんどはそのまま「はい分かりました」って受け入れるしかない。制度的な奴隷になっていますよね。
青野 慶久
先日、日本労働組合総連合会の会長と対談する機会があって、「一律の給料アップや底上げを求めるより、合意なしの転勤をやめるべきだ」と提言したんです。でも、すごく反応が悪くて……。
田端信太郎
それは、解雇をしないことと転勤を受け入れることがセットになっているから、じゃないですかね。
青野 慶久
日本は「解雇ダメ」っていう意識が強いですよね。
田端信太郎
とにかく大事なのは、会社と自分とは対等の関係なんだということを、気構えとしてどれくらい強く持っているか、ということだと思うんですよ。
残業するとき、上司から明示的に「これをやってくれ」と本当に言われていますか? なんとなく周囲の空気を読んで、緊急の必要性もなく、被害者意識を持ちながら、やっている残業はないですか?
帰りたきゃ帰ればいいんですよ、奴隷じゃないんだから。
田端信太郎(たばた・しんたろう)さん。1975年生まれ。NTTデータを経てリクルート、ライブドア、コンデナスト・デジタル、NHN Japan(現LINE)で活躍。今年2月末にLINEを退職し、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」やPB「ZOZO」を展開する株式会社スタートトゥデイ コミュニケーションデザイン室 室長に就任。7月には著書『ブランド人になれ! 会社の奴隷解放宣言』(幻冬舎)を上梓した。
田端信太郎
青野さんの本にもあるけど、上司と交渉するべきなんですよね。「今日は都合が悪いので帰らせてください。その代わり明日の朝までにやればいいですよね?」とか。
青野 慶久
官僚には「忖度するな」と言っときながら、意外とみんな忖度しながら働いているのかもしれないですね。交渉は悪いことだというイメージを抱いている人が多い。
田端信太郎
交渉というと大げさに捉える人が多いから、何事もまずは言ってみる、相談してみるぐらいに思っておけばいいんですよ。
青野 慶久
そう、受け入れられなくてもちゃんと言わなきゃ、っていう感覚ですよね。
左から田端さんの著書「ブランド人になれ!会社の奴隷解放宣言」(幻冬社)と青野の著書「会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない」(PHP研究所)
年収100万円の差よりも、実質的な裁量権のほうが大きい
田端信太郎
上司に「給料を上げてください」って交渉したことがある人はいますか?
(パラパラと手が挙がる)
青野 慶久
おー。意外といますね。
田端信太郎
その時って、ただお願いする感じでした? 「受け入れられなかったら辞めて他社に行こう」くらい思っていましたか?
青野 慶久
辞めてもいいという覚悟があれば、相手にも伝わる。それが対等な関係ですよね。
田端信太郎
では、新卒で入った会社でずっと働いている方っていますか?
……ちょうど半分くらいですかね。こういうイベントに来るってことは、うっすら不満があるんじゃないのかな?(笑)
青野 慶久
事前アンケートによると、今日の来場者の属性は、大企業が3分の1、中小企業が3分の1、残りがその他(フリーランスなど)ですね。
一つ思うのは、「大学を卒業して大企業に入るのが勝ち組で、それ以外が負け組」と思いこまされていることが多いけど、実は違う。どう働けば楽しく生活できるのか、疑っていいような気がしますね。
田端信太郎
新卒で就職するときは、そもそも会社に対して何を求めているのか、わからない人が多いんですよね。
給料が高ければいいというわけでもない。仕事の中身が面白い、知的好奇心が満たされる、社長が好き、お金じゃ買えない経験など。自分が会社に対し、何を求めているのかを書き出してみればいいんですよ。
青野 慶久
田端さんは会社に求めることをリスト化しているんですか?
田端信太郎
はい、自覚的にやっていますね。
青野 慶久
面白いですね。その内容は変わりますか? 次の会社ではコレが欲しいな、とか。
田端信太郎
そうですね、年齢のステージや給料の額によって、だんだん変わっていきます。
青野 慶久
でも、田端さんぐらいまでブランド化できちゃうと、次に何を求めるんですか?
田端信太郎
経験です。時代を作っているような、面白い人、凄い人を間近で見ながら、一緒に仕事をする経験って、お金じゃ買えないので。
その上で、自分なりの爪痕を社会にどう残していくか?ということを考えています。
青野 慶久
今日の来場者は20~30代前半くらいが多いですね。この世代だと何を求めるべきでしょう?
田端信太郎
自分がもらう給料の面で、年収100万円の差よりも、その人が仕事を通じて行使できる、実質的な裁量権や発注権限の差のほうがはるかに大きいと思うんですよ。
青野 慶久
なるほど。
田端信太郎
与えられている裁量の中で、どれくらい自分の名刺代わりになるような案件をできるか。
僕は27~28歳ぐらいのときに「R25」を立ち上げました。初年度で売上10億円、支出が20億円。つまり10億円の赤字でした。
でもそういう仕事内容のほうが、目先の年収100万円の差よりも、長期的にはずっと重要なんです。
青野 慶久
「R25を作りました」っていう実績は、一生残りますもんね。会社に入ると、どうしても同期との給料の差が気になるけど、長い人生でみると気にすることじゃないよ、と。
田端信太郎
「おっさん、キレイゴト言ってるな」と思うかもしれないですが。お金にこだわることが悪いわけじゃないけど、裁量権がほとんどなくて、つまらない仕事をやっていてもしょうがないでしょ?
青野 慶久
仕事がつまらないと、稼いだお金を使ってストレス解消しないといけない。これってある意味、浪費ですよね。
仕事が楽しければ、さらにお金をもらえるわけだから、そのほうが経済的にみてもプラスじゃないか、という見方もできます。
田端信太郎
「新規事業リーダー」の募集があったときに「それって、どのくらい裁量権あるんですか? 発注金額で言えば、どれくらいのサイズの予算を任せて貰えるのですか?」という質問をするほうが、年収を気にしている人よりもイケてるじゃないですか。
青野 慶久
事業に対してコミットする姿勢ですね。
会社の構造を見抜いて、利用せよ
田端信太郎
権限と責任は、コインの裏表なんです。権限がないのに、責任だけ押しつける上司はアンフェア。常に対等に交渉し、責任を負うなら、権限もくださいという気構えを持たないと、気づいたら奴隷のようになってしまう。
青野 慶久
日本の大企業って、権限があいまいですよね。「結局、最後は部長に相談しないといけない」みたいな。
田端信太郎
むしろ、あいまいなことを利用するべきだと思いますよ。
青野 慶久
それはどういう意味ですか?
田端信太郎
社内世論も含めて、断りにくい雰囲気をどうやって醸成するかということですね。
さきほど「R25」の話をしましたが、もちろん平社員であった当時の僕に、明示的に10億円の決裁権があるわけない。結果的にそうさせてしまうようなムードをどう作れるのかが腕の見せ所であり、クリエイティブな部分なんですよ。
青野 慶久
なるほど、面白い!
田端信太郎
自分の意見をさりげなくアピールしながら、そのプロジェクトをやる意義をどう訴えかけるか。偉い人が断りにくい雰囲気を作ったうえで、新規事業提案コンテストでぶち上げるとか。
青野 慶久
「あの偉い人が賛成するなら」みたいに。
田端信太郎
会社のなかで、どういう意思決定の力学、構造があるのかを見抜けるかがめちゃくちゃ大事。
そんな当たり前の努力をやらずに「うちの会社はバカだから、俺の考えていることが通らない」とか言う奴がいるけれど、やれることやってないじゃないか、と。
いつか素敵な王子様が迎えに来る!と思っているお姫様のように、一般社員が頭の中で思っていることを掬い上げて実現してくれる会社なんて、あるはずないですよ。
青野 慶久
そういう意味では大企業ほど、大きな金額を動かせるかもしれないですよね。
田端信太郎
「会社を利用しろ」というのは、そういうことなんです。他人のふんどしですからね。
上司や担当役員も含めて、さりげなく連帯責任の共犯者に巻き込んでしまえばいい。
青野 慶久
引くに引けない状態になっていくわけですね。組織のメカニズムを利用する力なんでしょうね。
田端信太郎
こういう話って、卑怯だなと思いますか?
青野 慶久
そんなの無理だよ、という人が多いのかもしれませんね。田端さんみたいに上手く立ち回れないよ、みたいに。
面接でホメても意味がない。「御社のここがダメなんです」というマインドでぶつかる
田端信太郎
自分が是非とも転職したい会社があったとします。もし、入りたい部門の責任者が明確で、人相も分かっていたら、面接される前にその会社のオフィスに張り込んだっていいわけですよ。
出勤や退勤のときに、その人が出てきたら「実は御社の採用試験を受けていまして……ちょっといいですか?」とナンパのように声を掛ける。
田端信太郎
これを裏口入学みたいだと思う感性は、はっきり言って学生!あまちゃんです。 こんなの卑怯でもなんでもない。
みんなに開かれたチャンスじゃないですか。もし、僕がそんなことされたら、「お前、やるな!」って感じますよ。
青野 慶久
そういう努力をちゃんとできる奴だ、と。
田端信太郎
そう。でもみんなやらないんですよね。あと、僕が面接でよく聞くのは「今日の面接のために、どんな努力をしてきましたか?」という質問。
例えば、サイボウズさんであれば、会社の製品に関する評判とかクレームとか、ネットで調べればすぐ出てきます。それを紹介しながら、「私ならこのユーザーのクレームになってる事象をこのように解決できますよ」と仮説を語ってみるとか。でもあんまりこのように調べて来る人っていないんですよ。
青野 慶久
一歩踏み出して情報を集める努力ですね。誰でもできることですからね。
田端信太郎
リサーチした上で鋭いことを言えるのが最強ですが、そもそも公開情報で分かる概要の情報を見てすらいないのは甘すぎると思います。とくに新卒の学生は、浅いリサーチで30~40社受けて、どこでも同じような自己アピールをしてしまったり。
それだったら3~5社に絞り込んで、「御社のここがダメなんです」「こうしたほうがいいですよ」と仮説をぶつけるくらいのマインドで行くのが、正しい面接のスタイルですよ。
青野 慶久
どこかでマインドチェンジしないといけないですね。田端さんはもともとそういう性格だったんですか?
田端信太郎
学生の頃からウェブサイトの制作でお金を稼いでいたので、別に就職しなくてもいいやと思いながら面接を受けていたんです。
だから求人ページを見て「これ、制作費いくらかかってます? 100万円? それ高いですよ」とか言って。
青野 慶久
「僕が作りますよ」って?
田端信太郎
そうそう(笑)。「Flashで音楽が流れるけど、何の意味があるんですか?」と。それで案外通るんですよ。逆にダメなのは、会社をほめるやつ。
青野 慶久
うわべだけじゃ、ダメですよね。
田端信太郎
面接も営業ですから、「私が入れば、あなたの会社の悪いところを改善できる」って言うべきなんです。
真面目な人ほど「土俵は与えられるものだ」と思っている
青野 慶久
いま社畜のように働いている人は、どこから変えればいいんでしょうか?
田端信太郎
自分が何に優先順位に置いているのか、何が嫌で、何を守りたいのか。これを考える必要があると思います。
青野 慶久
転勤が嫌な人もいれば、全然OKっていう人もいますしね。「好きなもの・嫌いなものリスト」を作ると、見えてくるかもしれませんね。
それが今の会社で得られるものだったら続けてもいいし、得られなさそうだったら転職したほうがいい。
田端信太郎
会社に勤めるのは、自分が幸せに生きるための手段でしかないんですよ。
それなのに「年収いくら欲しいの?」と新卒の面接を受けにきた学生に聞くと、急にみんな「うーん」って表情になる。
青野 慶久
漠然と考えてはいるけど、具体的にイメージができていない、と。
田端信太郎
例えば、僕が考える理想的な答えは、
「サーフィンが大好きで、千葉の九十九里の海沿いに住みたい。生活費は手取りで月15万円あれば十分です。そのかわり、波がいい日は休ませてください」。
そう言われると、この人は人生で何を優先したいかがはっきりしているじゃないですか。
みんな、なんとなく「人気ランキング上位の会社に入れば幸せになれる」と思っているんじゃないかな。
青野 慶久
入社しても、会社が求めるものと合っていないケースもありますよね。
田端信太郎
そうですね。ミスユニバース日本代表の女性と結婚したからといって、すべての男性が幸せになれるとは限らない。
「美人じゃなくてもいいから、料理上手がいい」とか、はっきりさせたほうがいい。
青野 慶久
それ、日本人は意外とやっていないかもしれませんね。
田端信太郎
まじめで優秀な人ほど、「土俵は与えられるもの、自分で選ぶのは身勝手だ」と思っている。
青野 慶久
何が欲しいのかを明確にできないと、マッチングもできないですよね。
第2回へ続く
文:村中貴士/編集:松尾奈々絵(ノオト)/撮影:栃久保誠/企画:小原弓佳