カイシャ・組織
「ティール組織=全員が幸せになれる組織」とは限らない──主体性や自由がプレッシャーになる人もいる
サイボウズが目指すのは「チームワークあふれる社会をつくる」こと。その考え方と親和性の高いのが「ティール組織」という次世代組織モデルです。
働く人が幸福になり、なおかつ生産性が高くなるティール組織を今の時代に目指すには、何をすべきなのか。そもそもティール組織こそが「いいカイシャ」と言えるのでしょうか。
3月30日、サイボウズの株主総会とあわせて開催されたチームワーク経営シンポジウムで、「新しいカイシャとティール組織について語ろう」と題し、チームワーク経営のヒントを探りました。
ゲストは伊那食品工業・最高顧問の塚越寛さん、FC今治オーナーの岡田武史さん、『ティール組織』解説者の嘉村賢州さん、エコノミストの崔真淑さん。サイボウズ代表取締役社長の青野慶久を合わせた計5名で「どうすればカイシャは進化するのか」を考えました。
利益は「うんち」? 健康な会社なら自然と利益は出るもの
青野
今回のシンポジウムのために、事前に「自分の組織は何色に属すと思いますか」と聞いてみたので、まずはその結果から見ましょうか。
青野
岡田さんは、まさかのレッド組織ですね!
岡田
真っ赤に燃えているんじゃないかな。正直、経営の右も左もわからない人間が集まって組織を回しているので。
3カ月後のお給料が払えるかどうかも不安だし、死に物狂いでやっている状態なんですよ。その上、経営者の私ほど経営に危機感がある人がほかにいないから、結局私がワンマンでやってしまう。
3カ月後のお給料が払えるかどうかも不安だし、死に物狂いでやっている状態なんですよ。その上、経営者の私ほど経営に危機感がある人がほかにいないから、結局私がワンマンでやってしまう。
青野
なるほど。一方、塚越さんはグリーン組織ですね。
塚越
ええ、私は社員をファミリーだと思って経営しているので。たとえば家族にできの悪い息子がいるとしても、簡単に家族から追い出しはしないでしょう。会社も同じです。
そもそも「会社」は、優秀な人材だけが集まる場ではないんです。それよりも社員のたった一度の人生を、できる限り幸せにする責任が会社にはありますから。
そもそも「会社」は、優秀な人材だけが集まる場ではないんです。それよりも社員のたった一度の人生を、できる限り幸せにする責任が会社にはありますから。
崔
会社として利益を出しながら、なおかつ社員の幸せな人生を叶えるのは、素晴らしい考え方だと思います。ですが、実現するとなると難しいですよね。
青野
塚越さんが書かれた『リストラなしの「年輪経営」』に僕の大好きなフレーズがあるんですよ。「利益はうんちです」という言葉です。
僕も「利益は搾りカスだ」と思っているんですが、改めて塚越さんの考えを詳しく教えていただけますか?
僕も「利益は搾りカスだ」と思っているんですが、改めて塚越さんの考えを詳しく教えていただけますか?
塚越
あまりに世間が利益第一主義だから、皮肉をこめて「うんち」なんて言い方をしたんです。要は、健康な体であれば毎日自然と出るものだ、ということ。出そうとすると、逆に出なかったりね。
利益はあくまで結果。だから、まずは「健康な会社」を目指すといいと思うんですよ。
利益はあくまで結果。だから、まずは「健康な会社」を目指すといいと思うんですよ。
青野
なるほど。うんちが出ていない場合は、体に問題があるかもしれない、と。
現代でティール組織を実現するのは難しい?
崔
今回のテーマ「新しいカイシャとティール組織について語ろう」について、気になっていることがあるんです。
現代でティール組織を実現するのは難しいのではないでしょうか。
結局私たちがいま、効率のために自分を殺して働かないといけないのは、働き方や制度にかなり依存しているような気がして。
現代でティール組織を実現するのは難しいのではないでしょうか。
結局私たちがいま、効率のために自分を殺して働かないといけないのは、働き方や制度にかなり依存しているような気がして。
嘉村
まさにその通りで。ラルーさん(*1)は現行の社会でティール組織を実現することを、馬車の時代に車が走っているようなもの、と例えています。
道路が舗装されていないから、便利な車があっても走りにくいし、スピードも出しにくいんですね。いまはどうしてもグリーン組織やオレンジ組織のほうが利益をあげやすい。
道路が舗装されていないから、便利な車があっても走りにくいし、スピードも出しにくいんですね。いまはどうしてもグリーン組織やオレンジ組織のほうが利益をあげやすい。
*1)フレデリック・ラルー。『ティール組織』著者。
嘉村
ただ、ヨーロッパでは会社法を変えた地域もあります。「雇用者と雇用主という関係ではなく、全員が出資者となるような、法人の概念を変えよう」という運動が起こっているんです。
青野
つまり、状況に応じて最適な組織形態は違うということですよね。悪いと思われがちなレッド組織も、必ずしもそうではないと。
嘉村
誤解されがちなのですが、ラルーさんは「どの色が正解」という言い方はしていないんですよ。
崔
私は、むしろレッドも素晴らしい特徴のある形態だと思うんです。
青野
どうしてですか?
崔
以前、再生ファンドが入った企業の社外取締役をしていたころは、悠長なことを言っていられないと思ったんです。企業再生に死に物狂いなので、あくまで主観ですが、レッドと感じる組織形態を取っていました。
いい悪いではなく、どこのステージにいるかでふさわしい形態を考えていけばいいと思います。
いい悪いではなく、どこのステージにいるかでふさわしい形態を考えていけばいいと思います。
ティール組織では幸せになれないのかもしれない
岡田
そもそも「社員がティールを求めているのか?」という問題もあるでしょう。
以前、社員面談で「私はこの会社にずっと勤めたい。新たなものを生み出すスタートアップみたいな組織は向いていないかもしれない」と話した社員がいたんです。
「主体性」や「自由」はいい言葉に聞こえるけれど、「自分で何か考えてつくりなさい」と言われるのがプレッシャーになる人もいる。
人によって、ティール組織では幸せになれないかもしれない。淡々と安定して暮らしていくことが幸せな人もいるんですよね。
以前、社員面談で「私はこの会社にずっと勤めたい。新たなものを生み出すスタートアップみたいな組織は向いていないかもしれない」と話した社員がいたんです。
「主体性」や「自由」はいい言葉に聞こえるけれど、「自分で何か考えてつくりなさい」と言われるのがプレッシャーになる人もいる。
人によって、ティール組織では幸せになれないかもしれない。淡々と安定して暮らしていくことが幸せな人もいるんですよね。
塚越
そうですよね。淡々と暮らしていく上では、現状維持ではなく、「末広がり」がいいと思うんですよ。
岡田
なるほど、少しずつですか。
塚越
先細りしていく企業に希望はないでしょう。だんだんとよくなっていくことにこそ、夢はあるんです。
わたしの会社はこの50年間ずっと右肩上がりですが、そういうことをずっと考えて経営してきましたね。
わたしの会社はこの50年間ずっと右肩上がりですが、そういうことをずっと考えて経営してきましたね。
離職率が高いとか、会社の雰囲気が悪いことは、体でいえば病気のメッセージ
青野
ティール組織を望む人がいるのと同じように、レッド組織を望む人もいます。オレンジ組織が働きやすい人に、ティール型を押し付けたら重荷になるのかもしれません。
岡田
サイボウズはユニークな組織ですよね。そもそもなぜ「100人100通りの働き方」という考えにたどり着いたんですか?
青野
実際に会社を経営していく中で、幸せの形は人によって違うとわかったからですね。
会社を立ち上げたばかりのときは、「社員はみんな一攫千金を目指してガツガツ働くことが好きな人たちだ」と思っていたんです。でも、実際にはバタバタと倒れたり、辞めていったりしてしまった。
サイボウズの離職率は、一番ひどいときで28%でした。その状態を目の当たりにして、「もしかしてこのテンションで楽しみながらずっと働けるのは、俺だけなのかな」って。それから社員の様子を伺うようになったんですよね。
会社を立ち上げたばかりのときは、「社員はみんな一攫千金を目指してガツガツ働くことが好きな人たちだ」と思っていたんです。でも、実際にはバタバタと倒れたり、辞めていったりしてしまった。
サイボウズの離職率は、一番ひどいときで28%でした。その状態を目の当たりにして、「もしかしてこのテンションで楽しみながらずっと働けるのは、俺だけなのかな」って。それから社員の様子を伺うようになったんですよね。
嘉村
よく「階層をなくしたらティール組織になる」と勘違いしている人がいるんですが、そうではありません。
大切なのは、経営していく中で生まれる歪みのようなものを対処すること。
それを繰り返していくうちに、結果として階層がなくなってティール組織のような形が生まれるかもしれない、ということなんです。
大切なのは、経営していく中で生まれる歪みのようなものを対処すること。
それを繰り返していくうちに、結果として階層がなくなってティール組織のような形が生まれるかもしれない、ということなんです。
青野
ティールを目的にしてはダメなんですね。
嘉村
そうです。離職率が高いとか、会社の雰囲気が悪いのは、人間の体でいえば、病気のメッセージですよね。
そこで、「なんで体調が悪いんだろう」と耳をすませば、「もっと働く時間を短くしたほうがいいのかな」と解決策が思いつく。
だから、組織の痛んでいるところを見逃さず、柔軟に変化していくことこそが、組織として進化していく上で重要なことなのかな、と思いました。
そこで、「なんで体調が悪いんだろう」と耳をすませば、「もっと働く時間を短くしたほうがいいのかな」と解決策が思いつく。
だから、組織の痛んでいるところを見逃さず、柔軟に変化していくことこそが、組織として進化していく上で重要なことなのかな、と思いました。
青野
それを聞いて、ティールの説明にあるヨットの絵を思い出しました。はじめて見たときに「え、めっちゃしんどいやん」って思ったんですよね。
青野
ヨットに乗っている限り、風が吹かないときや荒波のときなども、場面に応じて対処しないといけないわけです。
一見楽しそうに見えるけど、常に五感を研ぎ澄まして、何が問題かを察知する。それができない限り、ティール組織は難しいんだなって思ったんですよ。
一見楽しそうに見えるけど、常に五感を研ぎ澄まして、何が問題かを察知する。それができない限り、ティール組織は難しいんだなって思ったんですよ。
嘉村
ティール組織では「未来は予測できる」とか「人は指示をすれば動く」といった価値観を手放そう、という考え方をします。ただ、そのためには、全員が考えて成長し続けなければいけない。
だから安定はしないんです。カオスも含めて旅を続け、その中で存在目的を果たしていく、という世界観なんです。ティールにはティールの苦労がもちろんあります。
だから安定はしないんです。カオスも含めて旅を続け、その中で存在目的を果たしていく、という世界観なんです。ティールにはティールの苦労がもちろんあります。
岡田
カオスが人を成長させるという面もありますね。
スポーツの世界だと、すでにある程度習得していることを繰り返すよりも、複雑な練習も取り入れながら選手が自ずと気づける環境をつくるほうが、彼らの成長にとっては大切だと思っています。すべてがスムーズなことが幸せとも限らないですからね。
スポーツの世界だと、すでにある程度習得していることを繰り返すよりも、複雑な練習も取り入れながら選手が自ずと気づける環境をつくるほうが、彼らの成長にとっては大切だと思っています。すべてがスムーズなことが幸せとも限らないですからね。
利他が最上位の幸せ? 自分で仕事を見つけてやっていく中で、気づきや成長がある
塚越
幸せの形は人それぞれ、という話はありましたが、私が人間の幸せの最上位にあるのは「利他の幸せ」だと信じています。誰かに「ありがとう」と言われるようなことをする。
青野
「利他の幸せ」でいうと、伊那食品工業さんは、東京ドーム2個分ある「かんてんぱぱガーデン」という庭園を社員の方々が整備しているじゃないですか。
地域や訪れる人たちのために何かをする点では、利他で運営していますよね。
地域や訪れる人たちのために何かをする点では、利他で運営していますよね。
塚越
広い敷地ではありますが、担当する場所などは一切指示しないんです。命令されるとおもしろくないからね。
自分で仕事を見つけて進めていく中で、気づきや成長がある。誰にも指示されずに動く。そういう意味では、ティールの考え方も入っていますね。
自分で仕事を見つけて進めていく中で、気づきや成長がある。誰にも指示されずに動く。そういう意味では、ティールの考え方も入っていますね。
嘉村
まさにそうですね。業務を標準化しようとしない。
青野
塚越さんのお話を聞いていて、利益を出すことは大事だけど、もっと高い視点が大事なんだなと思いました。
人間本来の幸せや利他の精神が利益を包括していることが、結果としていい組織を生み出しているのかな、と。
ただ「その幸福を追い求めよ」と指示されると、つまらなくなっちゃう。だから、いかにその人の主体性や積極性を引き出していくか、これが重要なんですね。
人間本来の幸せや利他の精神が利益を包括していることが、結果としていい組織を生み出しているのかな、と。
ただ「その幸福を追い求めよ」と指示されると、つまらなくなっちゃう。だから、いかにその人の主体性や積極性を引き出していくか、これが重要なんですね。
文:園田もなか/編集:松尾奈々絵(ノオト)/撮影:小野奈那子
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