プロバスケットボールリーグ「Bリーグ」の2018-19シーズンで、60試合中わずか8敗というリーグ最高勝率をあげた千葉ジェッツ。観客動員数も3シーズン連続でリーグトップ、昨期の売上高は約17億6000万円と、経営面でも快進撃を続けています。
そんな千葉ジェッツを強いリーダーシップで率いてきたのが島田慎二社長です。しかし、島田社長が次に目指すのは、自身がいなくてもクラブが回る「脱・島田」体制。強いリーダーシップで率いてきたこれまでとは真逆の体制を目指す理由は、一体何なのでしょうか?
千葉ジェッツ島田社長と、サイボウズ代表取締役社長・青野慶久。「自立」についての経営者対談です。
※本記事中の役職名は取材当時のものです。
自分でチームを率いながら、自分を不要とする組織をつくる
青野
千葉ジェッツ、最近も絶好調ですね。戦績も順調ですが、観客動員数もリーグトップですか。
島田
ありがとうございます。おかげさまで昨シーズンは多くのお客さまに足を運んでいただきました。
青野
バスケの話もお聞きしたいところですが、今日はぜひ経営についてお話を聞かせてください。最近は、1万人規模のアリーナの建設計画も進めていらっしゃいますよね。
島田
はい。現在は約5000人が収容できる船橋アリーナを使っているのですが、昨シーズンはチケットが手に入りにくい状況が続きました。
「千葉ジェッツふなばしを取り巻くすべての人たちと共にハッピーになる」という経営理念を実現するためには、クラブ主導でアリーナを建設する必要があると、決断しました。
青野
大きなアリーナを建設することが、理念の実現につながるのですか?
島田
クラブ主導のシンボリックなアリーナがあれば、ファンの試合の満足度が上がります。そして、その場所から地域貢献をしていくことが理念の実現につながるんです。
青野
なるほど。4月にミクシィグループの傘下に入ったのも、アリーナ建設のためですよね。
となると、社長である島田さんが組織から切られる可能性も出てきます。
青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない』(PHP研究所)など
島田
それでいいんです。私が千葉ジェッツから離れてもいい「脱・島田」体制になれますから。
青野
「脱・島田」体制。それはつまり、社長である島田さんがいなくてもいい体制、ということでしょうか?
島田
そうです。自分で組織を引っ張りながら、同時に自分を不要とする組織をつくる。それが「脱・島田」です。
青野
おもしろいですね。島田さんはこれまで、「残業をゼロにする」「タバコ休憩を禁止する」「貰ったものはみんなで分ける」などの決まり事を、いわばトップダウンで決断してきたと聞きました。
島田
過保護気味だったくらいに思います。
青野
それなのにこれからは「脱・島田」と。どうしてですか?
島田
地域のスポーツクラブには永続性が必要です。しかし、私に依存する経営スタイルでは、永続性はありません。
私がいなければ、クラブの再建は無かったかもしれませんが、どこかで私の経営スタイルをスイッチングする必要があると思っています。私が引っ張るだけのやり方を続ければ、私がいなくなったあとに千葉ジェッツの経営状況が低下していく可能性もあるからです。
だから、私がいなくなってもクラブが上手く回るよう、今は動いています。
街にずっと生き続けるシンボリックな存在になってほしい
青野
地域のスポーツクラブには永続性が必要で、島田さんがいなくなってもクラブが安定して続いていくように、「脱・島田」を目指していらっしゃると。
では、そもそもなぜスポーツクラブに永続性が必要なのでしょうか。
島田
千葉ジェッツは、多くの人に影響を与えて、生活の一部になっている地域のスポーツクラブです。私が「そろそろいいかな」と辞めて、クラブが良くない方向に行かせるわけにはいかないんです。
青野
おもしろい。サイボウズとは真逆ですね。経営者は「会社は永続しないといけない」という考えを捨てていいと、私は思っているんです。
永続を目的にしてしまうと、どんどんいびつな組織になってしまいます。その結果、個人が我慢を強いられるのはおかしいと思うんですよ。会社なんて、究極的にはバーチャルな存在に過ぎないのに。
島田
スポーツクラブでなければ、私も永続とは言っていないかもしれません。私はこれまでいろんな会社を経営してきましたが、どれも30年続いたら大満足という気持ちでやっていました。
青野
地域のスポーツクラブだと、それが変わると。
島田
はい。試合は最後まで勝ち負けがわからないもの。だから会場では、あらゆる世代の人たちがものすごい応援をしています。
あの応援の熱量と、それがその地域の人々に与えるパワーは、どんな時代になっても変わらないと思うんです。そう考えると、この事業はいつまでも続ける意義があるなと。
青野
なるほど。隣の人の声も聞こえないくらいの声援だと聞きます。
島田
すごいんですよ。私なんかでも、会場に行くとおじいちゃん、おばあちゃんに手を握られて「千葉ジェッツが生きがいです」なんて熱く言われて。こんな仕事、ほかには無いんですよね。
青野
ずっと手を握られている島田さん……目に浮かびます。
島田
クラブが永続することで、経営理念が実現するのなら、そこに私が関わろうが関わらなかろうが、どうでもいいんです。
千葉ジェッツには、何百年後には街にずっと生き続けるシンボリックな存在になってほしいんですよ。
青野
シンボリックな存在ですか。
島田
街に貢献し、地域の一部として当たり前のようになっている存在ですね。
行動で示したら、社員が自立してきた
青野
「脱・島田」したとして、その後の後継者についてはどう考えられているのでしょうか?
島田
外から経営者候補を連れてきたり、社内から意欲的な人材を登用したりは考えていますよ。
いずれにしても、理念を大切にしてくれるメンバーに引き継ぎたいとは思っています。
青野
理念重視なんですね。
島田
はい。以前、お金の力で実績のあるヘッドコーチや選手を連れてきても、ぜんぜん勝てないときがあったんです。
理念に共感しているメンバーでないと、チームは1つになれない。そう気がついて、理念をつくり、理念に共感して、選手たちに浸透させることができるコーチを呼んだ。すると、想像以上に早く成果が出たんです。
青野
おもしろいです。経営もスポーツも、一番大切なのは理念ということですね。
島田
ええ。だからこそ選手たちにも、ヘッドコーチに依存しすぎないようになってほしいと思っています。
千葉ジェッツという強いチームが永続するためには、現在ヘッドコーチを務めている大野篤史ヘッドコーチがいなくても強くあり続けられる「脱・大野」が将来的には必要だと考えているんです。
理念に共感してくれるヘッドコーチさえいれば、強くあり続けられる。それが私の理想のチームです。
青野
なるほど。
島田
青野さんは、後継者について考えられていますか?
青野
いえ、サイボウズは後継者を育てないと宣言しています。そうすると、社員たちは焦って、僕がいなくなったときのことを考えるかなと(笑)。
島田
おお、効果はありましたか? 野心的な人材が出てくるとか。
青野
いえ、そういうのは求めていないんです。僕はみんなに自立してほしい。いざ会社が無くなったときに、自分はどう振る舞うべきか考えられる人になってほしくて。
刻一刻と経済状況は動くし、僕が明日死ぬかもしれない。そのときの心の準備はできているか? 瞬間の判断ができるように、五感を鋭敏にさせたい。これが、私が社員に求めている自立のイメージです。
島田
なるほど、そこは私も同じです。手前味噌ですが、「いつまでもいると思うな、親と俺」と社員にはよく伝えていました(笑)。
青野
社員の方たちの反応はいかがでしたか?
島田
正直、響いていませんでした。そのため同時に、ミクシィとの資本提携やアリーナ建設など、チームの永続のための仕組みづくりからまずは始めていきました。
しかし、そうやって私が千葉ジェッツから離れてもいい体制になったら、今さら自立感が出てきたんですよ。ミクシィグループの傘下に入ることが決まったことで、社長が代わる可能性もあると気がついたのか、社員たちの目つきが変わってきたんです。
ずっと言っても伝わらなかったのに、あれ、今か! って(笑)。
青野
島田さんが、かたちを持って示したことが社員に伝わったんですね。
島田
はい。言葉では伝わらなかったのに、行動として示した結果、自立の空気が生まれたということだと思っています。
自分で、自分の役割が終わるときがわかるんです
青野
今日お話を聞いていて、島田さんはとても「柔らかい人」だと思いました。固執がないというか。
島田
そうでしょうか? なんというか、自分で、自分の役割が終わるときがわかるんですよね。今は、変わるときだと感じています。
……スピリチュアルな話じゃないですよ(笑)。
青野
ははは。ご自身を冷静に見ていますね。それはもともとの性格ですか?
島田
いえ。もともとは本当に利己的な人間でした。以前経営していた会社では、出社したら社員がいないとかが当たり前の経営もしていましたし。社員に裁判を起こされたこともあったんですよ。
青野
今の島田さんからは想像がつかないです。何か心境の変化があったんですか?
島田
なぜこんなに上手くいかないんだろうと悩んでいたあるとき、京セラの創業者である稲盛和夫さんの本を読んだんです。稲盛さんの「利他の心で経営を行う」という考えがすごく腹落ちして。
そこから社員に謝って、みんなが幸せになる会社をつくろうとマインドセットしました。その後、会社の業績は順調に伸びていきましたね。
青野
そこから変わっていったんですね。
島田
はい。千葉ジェッツの経営も、最終的には「脱・島田」すべきという考えも、その体験がベースになっています。
誤解しないでいただきたいのですが、千葉ジェッツは私の体の一部くらいの感覚を持っているんですよ。ただ、私がリーダーシップを発揮せず、チームを見守る支え方もあると思うんです。
青野
そうですね。
島田
実は今すでに、千葉ジェッツが私に依存していない感覚を持ちつつもあるんですよ。徐々に自分の権限を離していっても問題ない状況になっています。実はもう「脱・島田」は達成しているのかもしれません。
青野
おもしろいですね。千葉ジェッツがどうなっていくかが楽しみです。今後も応援しています。
文:石川歩/編集:松尾奈々絵(ノオト)/撮影:栃久保誠/企画:吉原寿樹
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