そのがんばりは、何のため?
「がんばるな、ニッポン」って傲慢じゃないですか? ──サイボウズ青野に聞く「がんばる」が評価されなくなる理由

今年の3月からサイボウズが訴求してきた『がんばるな、ニッポン』のメッセージ。
ただ、「がんばるな」といきなり言われても、がんばることに価値を置いてきた人のなかには、「一体、どうすればいいの……?」「がんばることの何が悪い!」と戸惑いや不安を感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで、どうしてこんな大胆なメッセージを打ち出すことになったのか、サイボウズ代表の青野慶久に聞いてみました。
「がんばる=困難に耐えて努力する」?



ただ「がんばるな」という言葉があまりに強くて……「がんばるな、ニッポン」って傲慢じゃないですか?

でも、これからの時代に大切な選択肢だと思ったので、どうしても伝えたかったんです。 私たちも、今回の広告を出すにあたって、「がんばることって、どういうものなんだろう」と深く考えさせられました。

青野慶久(あおの・よしひさ)。1997年8月、愛媛県松山市でサイボウズを設立し、2005年4月に代表取締役社長に就任(現任)。ここ数年はメディア出演が増えつつあるが、できるだけオンライン出演で出張をがんばらないようにしている


「がんばる」の定義のひとつとして「あることをなしとげようと、困難に耐えて努力する」とあります。これが僕には引っかかりました。
「がんばる」の定義
(1)あることをなしとげようと、困難に耐えて努力する。 (2)自分の意見を強く押し通す。我を張る。 (3)ある場所を占めて、動こうとしない。


同じランニングでも、「うわっ、きつい」と険しい顔で苦しそうに走る人もいれば、笑顔で楽しそうに走る人もいるじゃないですか。同じことをしているはずなのに、この差はなんだろうかと。
自分のがんばりがゴールに対して適切な「耐え」なのかどうか、一度落ち着いて考えてみることはすごく大切だと思います。
客観的に自分を観察する「立ち止まる勇気」が必要

本来は、何か目的があってそうしていたはずなのに、いつのまにか9時に来ることが目的になってしまっている。そのように手段が目的になってしまっていることが、社会には往々にしてあります。

青野さんは、どうやってがんばることを判断しているのでしょう?

「人生」は幸せになるものだと考えるなら、その手段を楽しめたほうがいいという理由がひとつ。それにせっかく耐えながら仕事しても、成果が伴わなかったら、そのがんばりは無意味になってしまいます。

「がんばらないと成功できない」と思っているから、振り返る余裕をなかなか持てないのかもしれません。



うまく自分自身を乗りこなすためにも、立ち止まるのは必要な力ではないでしょうか。

すべての「がんばり」で結果が必ず出るのは、ヒーローものの世界だけ

それなのに、どうして「がんばれば結果に結びつく」と過信しちゃうのでしょう?

彼らは、がんばった分だけ成果が出るじゃないですか。「がんばろう」という気持ちだけで、一発逆転で敵キャラに勝てちゃう。でも現実で「そうはならないじゃん!」って(笑)









今だったら、あのときの自分に「お前、普通の人間だから、寝ておかないと大変だよ」って言います(笑)
スーパーヒーローになることは諦めた


ただ、育児に手一杯で、会社で起きるトラブルに割く時間がなく、「自分って本当にダメだわ……」と落ち込んだんです。






たとえば、何か任せたい仕事が出てきたら、グループウェア上の「青野慶久からの無茶ぶり」というスペースで、適任と思われる人に助け舟を求めているんです。

サイボウズのグループウェア「Garoon」内にある「青野慶久からの無茶ぶり」スペース。グループメンションを活用することによって、一度のメッセージで担当チーム全員に直接連絡できる



青野さんから依頼が来たタイミングで、現場でトラブルが発生していたり、ちょうど案件が重なっていたりする状況も考えられると思います。
そんな時に社長から無茶ぶりが飛んできたら、かなりの負担になると思うのですが……。

社員全員に情報が公開されているからこそ、対応可能な有志が自ら手を挙げて仕事を巻き取ってくれるんです。情報が公開されている分、周りの人の負担や仕事量が見えやすい環境があるのだと思います。


やりとりが全社に公開されているので、依頼したチームがいそがしかったり、案件の担当外でも、適切なチームにつないでもらえる
何を「圧倒的優先」にするかを決める




ただ、自分の中で「優先順位」が決まっているので、それに当てはまらないものは「あきらめよう」と反射的に考えられるようになりました。



一生のうちで、欲しいものすべては手に入れられません。何かを成し遂げた人でも、何かを諦めてきているはずです。






それに何かを優先してがんばるとき、「今月はこうする」「今日はこれをしよう」と期限を短くしていけば“自分のこだわりの軸”を持ちやすくなるはずです。


自分という存在は進化しながら、変化もしていくものですから。僕も何を優先するかは、常に自問自答しています。
「不幸にがんばらせる」と、会社から人が離れていく


「労働時間に比例して利益が出るビジネスモデル」から脱け出さなきゃいけません。





そんな「焼畑農業」のような仕組みを今の時代にすれば、人が離れていって持続しないでしょう。




それに「その組織から去る」という手段も常に残されていると思いますよ。
わがままを言えば、誰も我慢しない社会を創っていける

ただ、「がんばらない」って強者の理論のような気もして……。
たとえばベビーシッターに子育てをお願いしたくても金銭的な理由でできないとか、がんばる以外の選択肢がないケースはどうしたらいいのでしょう?

1つは情報を共有することです。たとえば「困っていることは区役所に行けば頼れる制度がある」という情報を知れば、がんばる以外の方法に気づけるかもしれません。
もう1つは、社会全体がもっとがんばらないことで、困ったときに手を差し伸べられる余裕を持てる人が増えればいいなと。


自分には耐えられないことでも、それがほかの人にとっては我慢じゃないことがあるからです。


「ピッチャーをやりたい」と言う人がいたら、キャッチャーをやりたい人としてはラッキーですよね。その結果、お互いに好きなことができれば、幸福度も生産性も上がるはずです。


僕たちは、一部の人たちだけが耐えて、歯を食いしばっている状況ではなく、誰も我慢せずに一人ひとりの個性がうまく組み合わさった「チームワークあふれる社会」を創っていきたいんです。

文・流石香織/編集・松尾奈々絵(ノオト)/撮影・栃久保誠/企画・熱田優香/今井豪人
SNSシェア
執筆

流石 香織
1987年生まれ、東京都在住。2014年からフリーライターとして活動。ビジネスやコミュニケーション、美容などのあらゆるテーマで、Web記事や書籍の執筆に携わる。
撮影・イラスト

編集
