「会社が悪い」と批判するだけで腐っていたら人生もったいない。まず、動いてみること──地域再生事業家・木下斉

社会や地域、会社などに対して、課題意識を持っている人はたくさんいます。一方で、実際に課題を解決するために行動をしている人はどれほどいるのでしょうか。
高校1年生の頃から、補助金に頼らない地方事業開発を行うなど、主体的に行動を続けてきた地域再生事業家の木下斉(きのした・ひとし)さん。行政や企業の人々に対する課題意識などを日々発信している木下さんは、「批判はするけど行動しない人」に対してどう考えているのでしょうか。

※新型コロナウイルス感染拡大対策として、リモート取材を行いました
いかに失敗しないか、いかに傷つかないか、という考え方が浅ましい







木下斉(きのした・ひとし)。地域再生事業家。1982年、東京都生まれ。高校在学中に早稲田商店会の活動に参画したのを発端に全国商店街共同出資会社・商店街ネットワーク取締役社長に就任。その後現在に至るまで事業開発だけでなく地方政策に関する提言も活発に続けている。著書に『地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門』(ダイヤモンド社)、『地方創生大全』(東洋経済新報社)などがある


これ、そもそも設問が間違っています。どうやったら成功するかがわかって成功している人なんて、誰もいないんです。
そもそも、僕らがやってきた時間軸とはズレているし、条件も違う。過去の経験をもとにして「どうしたら確実に成功するか」なんて回答を求めている段階でもう終わりなんですよね。


そもそも、あなたはわたしじゃないでしょ、と。
だけど、僕たちが成功したり、失敗したりした話を根掘り葉掘り聞けば、それがモデルケースとなって自分が成功できると思っている人が多い。
本来はその地域に必要なものが何かを自分たちで考え、手足を動かさなければならないんです。やってみてわかることは膨大にあるので、それから改善するほかないんです。
何のリスクも取ろうとせず、いかに失敗しないか、いかに傷つかないか、いかに一銭も損をしないか、と考えるのは正直、もっとも浅ましいなと思います。
近視眼的なことはどうでもいい。先々を考え自ら動くことでやるべきことが見えてくる


竹内義晴(たけうち・よしはる)。1971年、新潟県妙高市生まれ・在住。ビジネスマーケティング本部コーポレートブランディング部 兼 チームワーク総研 所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながら、サイボウズで複業している。地方を拠点に複業を始めたことがきっかけで、最近は「地方の企業と都市部の人材を複業でつなぐ」活動をしている

集まってくる大人たちは自分たちで会社をやっていたり、大企業の経営者であったり、大学の先生だったりと多様でしたが、ひとまず自分たちで考えて「やってみよう」って始める人ばかりでしたから。
そうすると地域も変わり、何よりやっている人たちも楽しい。「失敗しないように」とか、「リスクを誰が負うか」なんて押し付け合いはしない。そういう姿をみて、「あーこういうやり方なんだ」と思ったからかもしれませんね。


目の前のことばかり話していたり、リスクだ失敗だを気にしたりするのは、そういう腐った上の世代と仕事をしつづけて「仕事ってそういうもんだ」と思い込んでいるからのように思いますね。
たとえば、「来週のイベント、集客できるかな」みたいなことに苦心していて、そもそも「そのイベントは必要なのか」という前提には目が向かない。目の前のことの話ばかりしていると、どうでもいいことで悩んでしまったり、ぶつかったりしてしまう。


その上で、社会がどうなるのか、地域を今後どう変えていくべきなのか、ということを考えて、自由闊達にあれこれと組織や立場を超えて行動する。それが楽しいし、やはり小さな失敗あっても、最終的には成功するのを高校時代に経験させてもらったのは本当に大きい。
地域にしろ、企業にしろ、本来は10年、20年のスパンで物事をとらえて、どう変わっていくかを話し合うべきだと思うんです。だけど、大抵はなんか目の前の問題にぎゃーぎゃーと騒いで、失敗したらどうする、責任はとれるのか、とやってしまう。それじゃあ何もできないですよね。


まぁ、いい加減って言えばいい加減ですが、やはりやってみないと分からない。だから「こういうことをやったら、どうなるのかな」と思ったら、仲間を集めてまずはやってみる。誰かに提案するだけでは駄目なんですね、自分たちでやらないと。
やってみて気づくことってたくさんあるし、やらないと本当の意味でやるべきことってわからない。やってみるとものすごい情報が集まるんですよね。
実践というアウトプットは、次の取り組みへの仕入れでもある。情報が人を介して集まってくるのが、実践の面白いところだと思います。
みんなはいらない。大切なのは自分で考えて、自分から動くこと


すると、自分じゃなくて「国が悪いから〜」という会話が成立してしまう。そこで安心しているのではないでしょうか。
わたしを含めてほとんどの人間は国をどうこうできる立場にないわけだから、国がどうこう言っても仕方ないわけです。床屋談義の世界です。
まぁ、政策的な問題なんかは、政府の課長級以上の政策担当者から聞かれたりすれば、わたしも問題点は指摘しますけど、別に国が悪いから何もできないなんてことはないわけです。政府は良くも悪くもそこまできめ細やかではないです(笑)


もちろん、すべてを自己責任でやれと言っているわけではありません。ただ、自分でコントロールできないところで何か言ったところで、何にもならないわけです。
だから、気にしても仕方ないし、そこの責任にしたら虚しいじゃないですか、何もできなくなってしまう。虚無の世界です。


木下さんは自分でコントロールすることの必要性をどのようなきっかけで感じましたか?

株主や提携している商店街の方に「あれやれ」「これやれ」などといろいろと言われるけど、やったところでまったく儲からない。何か上の人たちに言われたことをやったり、何かその人達に期待して仕掛けたりしても思うようになんかいかない。
「言われたけど儲からなかった」といっても、「社長として言い訳だ」と言われて終わりですからね。そこで、「あー、やはりまずは自分でコントロールできる範囲で成果が出せることをやろう」って考えるようになったんですよね。


自分は早いうちにお金絡みのシビアな世界で、最終責任、つまりは誰のせいにしても言い訳にしかならない立場に立たされたことで、自分でできること、コントロールできる範囲で成果をあげることを考えるようになったと思います。
全国の中小企業の社長などと仕事するわけですから、反面教師もたくさん見せられましたしね。


相手は、自分が儲かることしか考えていなかったりするから、「きっと、やってくれるのではないか」という淡い期待だけでは成り立たないんですよね。


ですが、仕事をするって、最後は孤独と向き合うことも多いわけです。


最後は自分で自分のケツを拭くということを基本として、仕事は向き合わないといけないのだと思うんですよね。


まぁ、そんなに「会社が駄目だ、なんだ」と言うなら、だったら辞めればいいじゃん、って思ってしまうんですよね。だけど、そういう人に限って辞めない。
で、ずーっと「この組織はおかしい」とだけ語り、何もしない。ということは、結局、その会社のほかの社員に負担が行っているわけですよね。その人達に支えられている、その会社という仕組みがなければ給料も出ないわけです。だけど、それで文句をグダグダ言ったりする。


「うちの行政がいかにクソか」とプレゼンする公務員も同様です。「だったら、まずやめて自分のコントロールできる範囲で責任をもって仕事しなさいな」と思うわけです。官民の隔たりなく、それは思いますね。


だからこそ、組織内にはとどまっているのに冷や飯を食わされている、だけど自分はもっと本来はすごいやつなんだ、ということで組織の悪口ばかりを発言してしまうのかな、と。
だけど、その人も不幸だなと思うのは、その組織を出て自分でやってみるという経験が若い頃にないままに、他に出ていく勇気も自信もなくなってしまい、人生の多くの時間を不満の仕事の中で過ごすこと。それが、一度きりの人生でどれだけもったいないか。
ほんと、どの立場にいても、腐ってしまったら人生もったいないなって思いますよ。
「文句ばかりの人」は誰も助けない



ただ、わたしが地域の取り組みで言われたことで、いつも意識していることの1つに、「悪い状況のときに、困った顔をして文句ばかり言っていても助けてくれる人はいない」ということがあります。
わたしが会社をやり始めてうまく行かなかったとき、他人にばかり期待して「どうにかしてくれるかもしれない」と頼っていました。だけど、期待したことをしてくれないと文句ばかり言う。最後は、「会社の状況が悪いから」と、暗い話ばかりをして。
傍から見れば、困った顔ばかりしていたんでしょうね。


「あーそうだよな、自分がまわりにいる人間の立場なら、溜息ついたり、文句いったりしているだけで何もしていないやつといっしょに仕事したくないよな」とつくづく思わされたわけです。
だから、何か斜に構えて「うちの組織はダメだ」と言っている人に対して、「大変だね、ぜひうちでいっしょに働かない?」と言ってくれる人がいるかといったら、まぁまずいないですよね。


「いい人」の呪縛から抜け出る

それに、一方の人から嫌われたとしても、もう一方からは共感してもらえることもあるし、そこは表裏一体なんですね。
なのに、嫌われたくなくて毒にも薬にもならないことばかり言っていると、いつの間にか自分が何を言っているのかわからなくなってしまう。これもまた問題だな、と。


その結果、「それって本当に地域のためなの?」と思うようなプロジェクトがたくさん生まれてしまう。結局「いい人」に思われたいがための事業みたいなものばかりになったりする。

不安で動けない人たちは、「どうでもいいレベルのマイナス」に過剰に反応している

木下さんはそうした不安とどう向き合っているのでしょう。

痛みに耐えていたら、痛みがわからなくなった、的なところはありますね。慣れっこ的な。
まぁ、だけど、ある程度年も重ねて、あれこれと各地での仕事もさせてもらって、中には成果がいろいろと評価されることもあるからこそ、保守的になってしまう傾向も感じますよね。これもまた年を重ねていくという問題なのでしょう。
だから意図的に3年に1度、やっていることを変えていくということを意識しています。同じ人と、同じような事業をやらない、ということですね。


ここで話している内容だって、10代、20代での失敗があるからこそ、「こう思う」という話ばかりのように思うんです。失敗っておいしいんですよ。
そんな失敗をして、何か、あれこれ自分で考えるようになったからこそ、いまは、20代のときより楽しく仕事ができている。40代に向けて30代のいま、新たなことに挑戦して、失敗もして、自分で考えられるようになっていかないといけないな、と思っています。


おそらく、不安を抱えて動けない人たちの多くって、いま見えるリスクについてはあれこれ気にする割に、やらないことでつまらなくなる未来についてはあまりリスクとして勘定していないと思うんですよね。
やはり楽しく、自分の人生は年を重ねたいじゃないですか。せっかく生まれて、生きているんだから、どうでもいいレベルのマイナス、とかは気にしなくていいと思うんですよ。



実際、商売で多少失敗したところで、死ぬことはないんです。自転車に乗るのといっしょで、なるべく早いうちから自分で動いて経験してみることが一番だと思います。死なない範囲での失敗に留めるという感じにはなれるわけです。


そもそもリスクを許容できる範囲が狭くなって動けなくなったり、はたまた、年を取っていきなり、思い切った挑戦をしてしまって、失敗してさっさと撤退しなくてはならないのに、体面を守るためにグタグタ続けて、大変なことになったりする人がいますよね。
失敗は適当な範囲で止めれば、次の挑戦の糧になるのに、です。
早いうちに、自分で完結できる挑戦を1回して耐性をつけておかないと、何か既存組織に文句を言いながらも居座らざるを得なくなったり、そんなことやるか、みたいな無謀な挑戦をしたりと極端になりがちです。
やはり小さな失敗含めて若いうちに経験をして、勘をつける。そのうえで、自分の人生で「思い通りにならなくてもなんとかなるさ」という経験が1つか2つあるだけで、何か壁にぶつかったとき、自分の人生選択の幅が広がるような感じがします。


ただ、まぁ、人によってストレス耐性の度合いはありますから、万人にやれとは言いません。逆に言えば、僕が毎日会社に通勤して、上司のいうことを聞くような、ちゃんとした会社員をおそらくできないように、人には向き不向きやそれぞれの持ち味があると思います。
まぁそう考えると、自分なりの選択をしていくうちに自然と分かれていくものだと思いますし、何もわたしのような考え方が正解とまったく思いません。単に、わたしはそう考えるということです。


自分で責任をもって、決定できる立場で仕事をするほうが、楽しく仕事ができる人は、実は社会にはもっといる。だから会社組織で窮屈に感じたりして不満をもったりしているのではないかなと。
全員が、「自分で仕事」とならずとも、複業みたいなことのほうが楽しく、1つ1つの仕事ができるという人は、わたしは少なくないと思っています。
だから、いきなり自分で創業とかでなくても、いまの仕事とプラスαの役割を担ってみるというのは、人生の幅を広げたり、充実度を高めたりする上ではとても有効ではないかなと思うんですね。

ただ、そういう人が多いことも事実だし、本当は一歩踏み出したいけど踏み出せない人もいるはず。そういう人に向けて、木下さんだったらどうアドバイスしますか。

まずは、自分で0から10まで決めて、手持資金で投資をして、利益を生んでいくという基本パターンを経験してみること。そうすれば、いざとなれば自分でこのくらいは稼げるのか、と自信につながるし、視野も広がると思うんです。いきなり脱サラとかそういう話ではなく、ですね。


投資家、事業家ってなんか大層な言葉だけど、別に小商いのレベルでも、思考や行動を変えるには十分のインパクトがある。
わたしは小学生、中学生など義務教育で必ず商売経験を持つというのをやるべきと思っています。会社員になろうと、公務員になろうと、研究者になろうと、お金の話は常につきまとうし、自分の人生に必要な最低限の糧をどうにかできる自信があれば、選択はもっと積極的に行えるはずですから。



自分でどんな小さなものでもいいから、商品やサービスを作り、直接お客様に届けて対価をいただく。少額の対価を多くの人たちが集める商売のほうが、大きな金額を少数の人から頂くより経営としても安定し、自分の考え、行動がより売り上げに反映されます。これは本当に重要なことと思います。
結局、クライアントビジネスばかりにとらわれると、「仕事をくれる人がいなくなったらどうしよう」みたいな話になってきてしまう。これっていまの会社勤めで会社からの給料がなくなると、というのとまったく同じ構図なんですね。
だからまずは、小さくていいから自分の商売を自ら作ってみるのがいいと思いますね。
企画:竹内義晴(サイボウズ) 執筆:園田もなか 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)
SNSシェア
執筆

撮影・イラスト

編集
