働く人のパフォーマンスに、大きな影響を与える“メンタル”の問題。
しかし、スポーツなど一部の世界を除き、多くのビジネスシーンでは「負の感情に起因したパフォーマンスの低下」にあまり対処できていないように思えます。
「不安になるのは自分が未熟だから」「頼るのは甘え」——こうした言葉にとらわれた結果、ストレスを抱え体調を崩してしまう人も少なくありません。
不安から目を背けるのではなく、適切に向き合い、対処する方法を身につけるにはどうすればいいのか。
「悩み苦しむ人が、その対処法を身につけ、自ら歩み出すことを助ける」をミッションに掲げるマイコーピング・徳政憲和さんと岩間優子さんにお話を聞きました。
マイコーピング代表取締役社長 徳政憲和さん(写真左)。2020年マイコーピング株式会社を創業。Twitterやnoteでは「とくさん」名義で自身の体験と共に心の問題に関する情報発信を行う。
マイコーピングチーフカウンセラー 岩間優子さん(写真右)。お茶の水女子大学人間社会科学科心理学コース、ノッティンガム大学大学院健康心理学修士。大学院卒業後、パリ在住の日本人を対象にメンタルヘルスプロモーションや個別心理相談を実施。帰国後、都内の精神科・心療内科クリニックにて、うつ病や不安症、パニック障害、摂食障害、統合失調症等の様々な問題を抱える人々の臨床面接や心理査定を行い、認知行動療法をベースとした心理支援を10年に渡り継続。
仕事において、不安は誰しもが抱くものである
木村和博
徳政さんが「とくさん」の名前で書かれている
noteを拝見して、勝手ながら共感を覚えています。
徳政憲和
え、本当ですか!ありがとうございます。
木村和博
noteには、徳政さんが20〜30代を通して不安障害に苦しんだ経験について書かれていますよね。実は私も、不安を抱えたまま働き続け、しばらく休職せざるを得なくなったことがありました。
そのとき、「生活の大部分の時間を仕事に費やしているのに、そこで生じる不安やストレスとの付き合い方をなにも知らなかった」と気づいたんです。
徳政憲和
私も同じです。昔は、不安にどう対処すればいいのかわかっていませんでした。仕事のなかで「不安について語る」こと自体に、大きなハードルを感じていたんです。
木村和博
「不安を持つこと自体がダメだ」と考えるビジネスパーソンは多いように思います。なぜそうなってしまうのでしょうか?
徳政憲和
働き手の感情が行動や成果にどういった影響を与えるのか、これまできちんと言語化されてこなかったことは大きな要因でしょうね。
だから、仕事を進めるなかで不安を覚えたとしても、「この感情はパフォーマンスに影響を与える」と考えない。
ネガティブな感情を余計なものだととらえ、不安を抱くことそのものを否定しやすいんだと思います。
岩間優子
文化的な背景もあるかもしれません。私はイギリスの大学院で健康心理学を学びましたが、負の感情そのものの扱い方に日本との大きな差を感じました。
日本には、「恥」「甘え」といった概念があります。不安などを外に伝えるのは「道徳的に好ましくない行動」とされる傾向があります。
木村和博
そもそも教育のなかで、「感情との付き合い方」に触れたり学んだりした経験ってほとんどないかもしれません。
徳政憲和
相談する方もされる方も、感情の扱いに慣れていないんですよね。
なので、「不安は誰もが抱くものである」「仕事のシーンでも適切にコントロールする必要がある」という認識を、まずは広めなければと思っています。
不安を「状況」と「反応」に分けて考える
木村和博
思い返すと、感情との付き合い方を知らないばかりに、ささいな不安が膨れ上がることがありました。仕事上のミスをずっと気に病んでしまったり。
徳政憲和
付き合い方がわかっていないから、自分で勝手に不安を大きくしてしまうんですよね。
起きている事象をむやみに「抽象化」して考えてしまうのも、不安のループから逃れられない要因になっているかもしれません。
木村和博
抽象化、ですか。
徳政憲和
ミスそのものは具体的な事象ですよね。なのに、「専門的なスキルが足りないからこうなる」「このままではキャリアが危うい」などと、自ら考えを飛躍させてしまうんです。
その結果、指摘とあまり関係のない資格の勉強をはじめてしまう人もいるでしょう。
木村和博
ああ、わかる気がします……。元の原因から気づかないうちに離れている。
それをいきなり自分で認識するのは、結構難しいですよね。不安の悪循環から逃れられる方法はあるのでしょうか?
岩間優子
客観的な「状況」と自分自身の感じた「反応」を分けて考えてみるのがいいかもしれません。
漠然とした不安を抱えているときは、この2つを混ぜていることが多いんですよ。
徳政憲和
分けて考えるコツとして、反応を「小さく」「明確に」可視するのがおすすめです。
たとえば、上司にミスを指摘されてから不安が消えないとき、言われた内容やそのときに感じたこと、自分が取った行動などを振り返って、紙に書き出してみる。
木村和博
状況は「仕事でミスをして、上司から『次は同じミスしないように』と言われた」。
反応は「こんなミスをしてしまう自分はダメだ、役に立っていない」と考えて(認知)、動揺して呼吸が浅くなり(身体反応)、それ以降不安を感じている(感情)。そこで何も手がつかなくなってしまう(行動)。
実際に事実をみると、上司からは「次は同じミスをしないように」としか言われていない。勝手に不安を増大させているのが見えやすくなりますね。
徳政憲和
はい。不安のトリガーになっている事象が見えるので、具体的にすべき行動もわかりやすくなります。
木村和博
呼吸が浅いから、一度深呼吸してみようとか、休憩しようとか、同じミスをしないようにチェックリストを作ろうなど、具体的な対処方法が考えやすくなるんですね。
岩間優子
後々になって見返せる点も、書き出しておくメリットの1つですね。時間が経って、書いた当初と違うとらえ方ができることもよくありますから。
木村和博
話を聞いていて、サイボウズの社内でも実は近いことをしていると気づきました。
「
問題解決メソッド」と呼んでいるんですが、要するに問題を整理するときは、「事実」と「解釈」を分けて考えてみるんです。
これって、「状況」と「反応」をわけて細かく書き出していくことと似たような効果がありますよね?
岩間優子
そうですね。不安と付き合っていくには「個人の外側にある事実と、内側にある解釈は異なるものだ」という認識をしっかり持つ。
その上で、なにが不安を生んでいるのかを明確にし、個々の要因への対処方法を考えていくことが大事なんです。
特性に合わせて複数の頼れる場所を持つこと
木村和博
自分自身に起きていることを「自分だけ」で解釈すると、客観的に物事がとらえられなくて、余計に悩むこともあるように思います。
岩間優子
おっしゃるように、ひとりで考えていくだけだとどうしても視点が限られ、自分のなかで不安が膨らんで手に負えなくなるリスクがあります。
そのため、誰かに話したり意見を求めたりすることは、不安が小さなうちは重要ですね。
木村和博
どういった人に相談するのがいいのでしょう?
岩間優子
ニュートラルな立場で、しっかり話を聞いてくれる方がいいと思います。職場であれば、直接仕事のかかわりがない、他部署の同僚などはいいかもしれませんね。
あとは、社外でも同じような仕事や役割をしている方です。共通した悩みを持っていることはよくあります。もちろん、友人や家族も身近な存在として重要です。
木村和博
直接、利害関係がない人の方がいい場合もあれば、身近な人がいい場合もある。自分にとって「自己開示」するハードルの低い人がいいのかもしれないですね。
徳政憲和
私自身は、小・中学校時代の友人が話を聞いてくれたことが、救いになっていました。
彼らは気心が知れているので、ある種ネタにしてみんなで笑い飛ばしてくれたんです。
これがいいかどうかは、もちろん人によります。ただ、不安から生じるストレスをこうやって浄化する方法もある。
なので、自分の特性にあわせて、複数の頼れる場所を持っておくことが大事かなと思います。
自分がいいと感じるものに耳を傾け、回復の手段を知る
木村和博
以前、サイボウズ式に出てくださった
熊谷晋一郎さんが、「自立とは依存先を増やすこと」とおっしゃっていたのを思い出しました。
岩間優子
いいですね。複数の依存先があり、多様な関係性のなかに身を置くのは、本当に大切です。その意味では、実は「人以外のもの」も支えになるんですよ。
木村和博
え、どういうことでしょうか?
岩間優子
何か好きなモノやコト、趣味、落ち着く風景や場所といった要素も、自分を助けてくれる手段になり得るんです。
自分が健やかな気持ちになれることはなにか知っていると、強いストレスが生じたときに選択できます。
木村和博
すでに自分が持っているものの中で、回復の助けになりそうなもの見つけておくのが大事なんですね。
自分に合うモノやコトに気づくために大切なことはなんでしょうか?
岩間優子
五感に注目する視点が重要だと思います。
目で見るだけじゃなく、匂いをかぐ、耳で聞く、食べて味わう、触り心地を感じる。そうやって自分の感覚に目を向けていくと、「いい」と思えるものが見つかってくるはずです。
徳政憲和
ただ、コストがかかり過ぎるものは、気をつけた方がいいかもしれません。
経済的な負担はもちろん、大きな手間がかかったり、時間を要するものだと、いざというときに選択しづらかったり、継続しづらかったりするので。
木村和博
疲れているときや弱っているときでも、負荷の少ないものがいいかもしれないですね。
徳政憲和
あとは、他人の価値観で回復の手段を選ばないことです。今はSNSなどから「これがいい」という情報がどんどん入ってきますが、いくら流行っていても、それが自分の助けになるとは限りません。
他人と比べず、自分がいいと感じるものに耳を傾けて素直になることが、一番大切だと思いますね。
なんでも自分だけでどうにかできると驕らない
木村和博
不安やストレスに対して、どれだけ自分が気をつけていても、対処しきれないケースがあると思うんです。
たとえば人間関係の相性に要因があって、自分だけではどうしようもできず、ストレスを感じ続けている場合など。
徳政憲和
難しい問題ですね。自分の力ではどうしようもない環境に置かれてしまったときは、そこから「離れる」という選択もできるように、事前に準備をしておくことが大切だと思います。
たとえば、転職という選択肢があることは気持ちを楽にしてくれますし、いざという時は外に出ることが可能になります。
ただ、なんらかの事情でそれが難しい場合は、やみくもに新たなチャレンジをするのは避けた方がいいかもしれません。
木村和博
どういうことでしょう?
徳政憲和
強いストレスを感じ続けているときには、チャレンジよりも、あくまで自分が健やかな状態であるために必要なことを積み重ねるのが大切なんです。
あるいは、なにかをやるにしても、自分が無理しすぎないところで勝負する。これはスポーツ選手と一緒です。
スランプ時には、スランプなりの調整の方法がある。そこでいきなり「1位をとろう」なんてやると、うまくいかないことが多いですよね。
木村和博
つい根性や突拍子もないチャレンジで一発逆転を狙いたくなる気持ち、身に覚えがあります……。
徳政憲和
そう、狙いがちなんですよね。そもそも逆転できなくてもいいんですよ。その試合で無理して勝ったとしても大怪我したら、しばらく復帰できなくなるかもしれませんよね。
木村和博
やみくもに働いて、長期間休まざるを得ない状況になる前に、自分の健やかさを優先すると。
徳政憲和
そして大切なのは、なんでも自分だけでどうにかできるとおごらず、専門家に頼ることですね。自分で認知できる範囲にも限界はありますから。
岩間優子
たとえば、あまりにも体調が悪化してしまって会社に行けない、何もできなくて寝込んでいる場合は、気兼ねなく専門医を頼ってほしいです。
徳政憲和
原因が深いところにあったら、そこに自分だけで触るのは危ない。だから、決してひとりで無理をしてはいけません。
感情面の課題を解決することだけに注視せず、目の前の仕事に目を向ける
木村和博
「不安を1人で抱えやすい人」がメンバーにいたときに、チームとしてできることがあれば教えてください。
徳政憲和
不安を抱えやすい人は抽象化の罠に陥りやすいので、いきなり大きい問題から解こうとしてしまう。
なので、目に見える形に問題を細かく分解し、具体的な行動がしやすい環境づくりをサポートするといいと思います。
木村和博
やるべきタスクの粒度を細かくする方法を共有したり、壁打ち的に整理したりすることは、地味ではありつつも重要なのですね。
徳政憲和
仕事の最終的なゴールだけを伝えて任せてしまうのではなく、段階的な目標を設定して、プロセスごとにフィードバックすることも大切です。
木村和博
不安が1人歩きする前に直接コミュニケーションとれる機会を確保しておく、と。
やりとりのなかで「不安がある」と相談を受けたときは、どういったことに気をつければいいのでしょう。
徳政憲和
「仕事に目を向けてもらう」ことですね。悩み相談で、人の内側の問題を無理に解こうとすると、泥沼にハマり込んでしまう場合があるんです。
木村和博
内側の問題を解こうとする?
徳政憲和
前提として、メンバーの不安に寄り添うことは大切です。ただ人の内面にばかり目を向けてしまうと、感情面の課題を解決することだけに注視してしまいやすい。
そもそもの課題は、目の前の仕事がうまく進まないことだったはず。ただメンバーの感情を受け止めて承認するだけではなく、具体的な行動に結びつけてもらうことを忘れない方がいいでしょう。
岩間優子
他者との心理的な距離の取り方って本当に難しくて、専門的な知識がないまま踏み込もうとすると、余計、複雑な問題になることも多いんです。
木村和博
とはいえ、心理的なかかわりを完全に無くして仕事はできませんよね。
岩間優子
なので、お互いに尊重し合える関係を日頃から築いていくのが大切だと考えています。
仕事で上下関係があったとしても、お互いビジネスパーソンである前に1人の人間であることを忘れない。
その視点に紐づく行動を積み重ねていれば、尊重し合える関係は築けるのではないでしょうか。
徳政憲和
その意味でも、やはり抽象化し過ぎないことは大事ですね。
人はとても多様なので、相性の良し悪しもあると思います。お互いの考えを毎回探りながら、具体的な課題を1つずつ解いていくしかないんです。
サッカーの監督を見ても、どのチームでも“絶対”成功する人っていませんよね。Aチームでうまくいった人が、Bチームでもいいリーダーになれるかというと……。
木村和博
やってみないとわからないですね。
徳政憲和
人同士がやる以上、それは仕方ないんです。あらゆる組織で機能するリーダーは存在しない。
だからこそ、さまざまな要因を抱えながら、現実的なところに目を凝らしていく。そのなかでベストを尽くすことが、リーダーの役割なんだろうなと思っています。
企画・編集:木村和博/執筆:佐々木将史/イラスト:あさののい