多様性、なんで避けてしまうんだろう?
世界は数字から逃れられない。でもあなたは逃れることができる──人類学者・磯野真穂さん

「○○歳までに結婚したい」、「○○kgまで体重を落としたい」、「年収は○○万円ほしい」など、いろんな理想の数字がある現代社会。
これらの数字は、よりよい生活を送るための指針となる一方、「ムリしてでも目標を達成しなきゃ」と、わたしたちの言動をしばるものでもあります。もしも思い切って、これらの数字を手放せたら、もっと自分らしく生きられるのかもしれません。
では、具体的にどうすれば「手放せる数字」を見極めることができ、そこから自由になれるのでしょうか。『ダイエット幻想──やせること、愛されること』において、「数字」がもつ影響力について言及している人類学者の磯野真穂さんに伺ってみました。
年齢、体重、給料……。「数字」に大きな影響を受けている現代社会



磯野真穂(いその・まほ)。在野の人類学者。1999年、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒。オレゴン州立大学応用人類学修士課程修了後、早稲田大学文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。国際医療福祉大学大学院准教授を経て2020年4月より独立。人がわからない未来を前にどう生きるのか、に関心を持ってる。人類学の魅力を学問の外に広げたいと考えている



メディアなどでよく理想と言われている「シンデレラ体重(身長[m]×身長[m]×20×0.9)」は、ダイエットの際に意識しちゃいますね……!

深水麻初(ふかみ・まうい)。2021年新卒入社。特集「多様性、なんで避けてしまうんだろう」の担当。体重を気にしているが、食べることはやめられない……




あらためてですが、今日の取材ではこうした「数字」との付き合い方を見直し、自分らしい人生を過ごすために、どうすればいいかを伺えればと思います!
数字は大きな「文脈」を持ち、それ以外のことを見えなくさせている

あらゆることを数字で抽象化して価値判断をしていくと、数字に表れないところに目を向けることが難しくなる、と。

『ダイエット幻想──やせること、愛されること』(ちくまプリマー新書)では、「やせたい」という願望を人類学の視点からとらえ、その仕組みや問題点を指摘している

一見、この薬を服用したほうがよく思えますが、集団Aの一人ひとりがその3年間をどう過ごしたのかは、ここでは問われていない。
ひょっとしたら、集団Aには3年間を苦痛の中で過ごした人がいるかもしれません。


先の例で言えば、「たとえ苦痛の中で過ごしていたとしても3年長く生きたのだから、そっちのほうが大切だろう」という文脈を、数字はこっそり忍ばせています。
こうして単なる概念でしかない数字が、まるで目の前に実在するかのような、強力な力を持ってしまうわけです。
だから、数字って中立的に思えますけど、それ自体に意味や価値が含まれることはとても多いんです。


そして、わたしたちは小さい頃から試験の点数やスポーツのスコアなど、いろんな場面で数字と向き合っています。
そのため、知らず識らずのうちに、そうした社会の価値基準に影響を受けているんです。
自分の価値基準がない人こそ、数字にとらわれる

たとえば、「お客様の満足度を上げよう」だと漠然としていますが、「月の営業訪問を○回に増やそう」という目標はわかりやすいですよね。
その意味では、組織として仕事を進めるうえで、数字は切り離せないのではないでしょうか?

数学者の足立恒雄さんは、著書『数の発明』の中で数字について「人間が対象を把握する『装置』」だという旨を書いています。
そんなふうに数字を「共通認識のためのツール」だととらえられるといいのですが、「共通の理念」のようになってしまうと、苦しくなると思います。


これだけ多様性が叫ばれる世の中であっても、偏差値や役職の高い人たちの言うことを、ありがたく聞いてしまう風潮もありますよね。



たとえば年収の話でも、一般的な価値基準で考えるのではなく、「自分が思い描く生活をするためには、どれくらいのお金が必要か」を考えてみる。
そうすれば、必要以上に年収を上げようと、やみくもに働いたり、やりたくない仕事をしたりしなくて済むかもしれません。


「こういう状態だと心地よい・悪い」という自分の価値基準がわからなくなってしまっている。だからこそ、外部の価値基準である数字に引っ張られ、それによる他者評価に過剰に頼ってしまう。
その生き方はそこそこうまくいくし、気持ちのいいものなので、結果的に数字が自分の生きる尺度になってしまうのかな、と。
「やってみる」を積み重ねることでしか、価値基準を作れない

自分なりの価値基準をつくるには、どうすればいいと思いますか?

そこで描かれる「1匹のタコ」の生き方が参考になるかもしれません。


そうした失敗の繰り返しを経て、やがて自身の体全体を使って、ロブスターに覆い被さるようにして捕獲に成功したんですよ。


いまの社会って「こういうふうにすれば、成功できる確率が高いよ」というデータがたくさんありますよね。
数字に依存する人はそうしたデータに沿って動くことは得意なんですが、それ以外のことはやらないんです。



あたりまえですけど、海の中で生きるタコは、「タコが生き延びるためのサバイバル術」みたいなマニュアルを持っているわけではありません。
だから、自分自身で体を動かし生きることを「やってみる」なかで、サバイバル術を会得していくしかない。人間にも同じ側面があるはずです。


これは知性の働きですから、悪いことではありません。ただ、ここで強調したいのは、わたしたち人間の生にもタコような側面、つまり、「やってみる」をしないと、どうしようもない側面があることです。




それに、自分が数字の呪縛から抜け出そうとしても、周りが否定することもあります。「なんで年収がさがるのに転職するの?」「偏差値の高い学校のほうが将来的にいいのに」といったように。
みんなが数字という可視化しやすい共通認識をもっているために、評価されることから逃れられない面もあると思います。
数字を追い求めることは悪いことか? 数字がエネルギーになる人は手放す必要はない


実際、「この記録を超えたい」という目標を立てて、一生懸命向かっていくとき、数字は大きなモチベーションになりますから。


バイオリニストの葉加瀬太郎さんは、パートナーにお金の管理をお願いしているようですよ。


そこで世界と心地よく関われているか、自分の身体で実感し、答えを出していくことが大事だと思います。



たとえば、「30歳までに結婚したい」という話でも、30歳だとなにがいいのかを考えるべきだと思います。


もしその答えが「子どもがいないと世間的に恥ずかしいから」だったら、自分が望んでいる選択ではないかもしれません。


企画:深水麻初(サイボウズ) 執筆:中森りほ 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)
サイボウズ式特集「多様性、なんで避けてしまうんだろう?」

ここ最近、よく耳にする「多様性」という言葉。むずかしそう、間違った言動をしそうで怖い——。そんな想いを抱えている方もいるのではないでしょうか。サイボウズでも「多様性」を大事にしていますが、わからないこともたくさんあります。この特集では、みなさんといっしょに多様性の「むずかしさ」をほぐし、生きやすく、働きやすくなるヒントを見つけられたらいいなと思うのです。
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