多様性、なんで避けてしまうんだろう?
自分って何者?「自分さがし」のゴールとは──九門大士教授に聞いた「混ざる」ことのススメ
自分は何がしたいんだろう、本当はどうありたいんだろう……?
日々生活を送っているなかで、ふとこんなふうに思うことってありませんか? できることなら「本当の自分」を理解し、人生をより主体的に生きたいもの。
そんな自分のあり方を探る手段として、注目されているのが「Being教育」です。その実践をしている亜細亜大学アジア研究所の九門大士教授は、「自分が何者かを知るためには、多様な人との混ざり合いが欠かせない」と話します。
今回は、Being教育の内容や自分のあり方を知る意義、そこで求められる多様な人とのかかわり、そのハードルの乗り越え方などについて、九門さんの経験を交えながら聞きました。
自分の価値観や信念など、あり方を見つめ直す「Being教育」
そこで実践されている「Being教育」とは、どういうものなんでしょうか?
そもそもBeingとは、「存在」や「状態」を示す言葉です。ハーバードビジネススクールはリーダー育成において、Knowing(知識)、Doing(実践・行動)、Being(あり方)を大切な要素として提唱しており、そのうちの1つでもあります。
つまり、これまでの知識を得ることに偏っていた教育から、行動、そして自分の価値観や信念を探ることを重視する教育にシフトしてきているわけです。
さらに、Being教育はリーダーに限らずより多くの人がキャリアや人生を考える上で必要になってきています。
これは、コロナ禍でも鮮明になりましたが、いまって常に「何が起こるかわからない」時代なんですよね。
加えて、デジタル化により、「AIではなく人間にしかできないこと」を問われている状況でもあります。
そのような答えがない時代で柔軟に生きていくためには、自己認識を深めて主体的に人生を選ばなければなりません。
これを突き詰めていくと、「自分が何をしたいか、何を大切に生きていきたいか?」を探るBeing教育につながるわけです。
日本人らしさ、アメリカ人らしさ、その両方を含めて自分だった
アメリカでは常に「あなたの意見は?」と求められ、そこで何か主張できないと誰にも気に留めてもらえませんでした。
そのため、当時は英語力を上げて、積極的に意見を出すなど、アメリカ人たちに馴染もうとがんばっていましたが、なかなか難しくて。
ただ日本に帰国して、アメリカと同じように職場で意見を言っていたら、今度は「空気が読めない」と言われてしまったんです。
アメリカ留学時に「どうがんばっても、アメリカ人のように振る舞うのは無理だ」と感じたことがあって。そのとき、少し気が楽になったんです。
そうした経験を振り返ってみて、別にアメリカ人のように振る舞わなくてもいいし、ましてや日本人らしくある必要もない。自分は自分なんだなって、徐々に思えるようになりました。
自分のあり方を知ること(Being教育)は、自己分析や自分探しとは違う
学生たちには自分の過去の出来事や、当時のモチベーションや感情などを振り返って書き出してもらった後、学生同士でフィードバックし合ってもらいました。
そのプロセスの中で「自分は人生で何を大切にしたいのか」「自身の価値観が職業の選択にどうリンクしているのか」を考えていくわけです。
たしかに似たような面もあるのですが、わたしは本質的な面で大きな違いがあると考えています。
また、自分探しは「どこかにいまの自分とは異なる、本当の自分がいる」という前提があるように感じます。つまり、理想の答えがあると思うから、それを探そうとするわけです。
一方Being教育では、答えがないことを理解したうえで、いまの等身大の自分を受け入れる大切さに気づいてもらいます。「自分はいま、こういうことを大切にして生きている」ということが、わかればいいのです。
そのためBeing教育では、ライフカーブ以外にも複数で行うダイアローグ形式のワークやマインドフルネスを取り入れたものなどさまざまな形式を取り入れています。
多様な人との混ざり合いの中でこそ、自分の個性や能力に気づける
たとえば、ある日本人学生が過去を振り返って、「自分には何のとりえもなく、自信がなかった。でも、部活や受験で大変な思いをするなかで、ちゃんと成長しているのだと感じた」と発表したんです。
すると、中国人学生が「中国ではずっと勉強漬けで部活がなかったので、青春を過ごしていてすごく羨ましい。あなたの人生の話を聞いて、わたしも前に進む勇気が出た」と言ったんですね。
それを聞いて、その日本人学生は「当たり前だと思ってきた自分の人生や振る舞いが、違う視点からだとポジティブに見えるのか」とすごくびっくりしていて。
これは日本人学生だけのプログラムだったら、得られない発見だったと思います。
すると、自然と「相手もこう考えるだろう」と思い込み、価値観が固定化されてしまうリスクがあります。
そして、「他人との違い」は自分の個性や能力とも考えられます。それらをどう活かしていけば、社会や世界を変えられるかと考えるきっかけにもなるでしょう。
「自分のあり方」を見失うのは、異文化へ適応するプロセス
■アドラーの異文化適応の5段階
1:接触期
文化的な違いに興味をそそられ、よく見える段階
2:自己崩壊期
自文化と異文化の違いが気になりはじめ、混乱する段階
3:再統合期
さらに混乱が酷くなり、異文化に拒絶を感じる段階
4:自律期
文化の違いや共通点をありのままに認めることができるようになり、柔軟に対応できる段階
5:独立期
文化の違いや共通点をプラスにとらえられるようになる段階
その後「再統合期」という異文化を拒絶するような時期を経ますが、最後に「自律期・独立期」という文化の違いや共通点を受け入れられ、それらを楽しめるようになっていく。
つまり、新しい文化に同調しようとすることは決して悪いことではなく、多様な人と混ざることのプロセスとして起こり得る事象なんだと思います。
多様な社員が過ごしやすい環境をつくることは、イノベーションや高いパフォーマンスを生む
一方で、組織や社会として多様な人がいることにおいては、どのようなメリットがあるのでしょうか?
同質的な人だけではなく、自分と異なる属性の人と混ざることで、新しい発想が生まれやすいんです。
九門さんはタスクやリスクが増えてもなお、組織は多様な社員が過ごしやすい環境をつくることを優先するべきだと思いますか?
これは単に優しい人が多くて、対立のない「ゆるい組織」ではありません。ときに徹底的に議論が行われるものの、言いたいことを言っても大丈夫という感覚がある組織です。
そうして、多様な価値観が認められると、各々のメンバーが個性や能力を発揮しやすくなりますし、建設的な議論ができるため問題発見・解決にもつながります。
また、個性が際立つことで、自分にない能力を持つほかのメンバーと協力することにもつながります。
一方でその真逆とも言える、「自分を殺して生きていく」カルチャーの企業も日本では少なくないですよね。こうした企業は今後どうなっていくと考えていますか?
特にZ世代はパーパス(存在意義・理念)を重視し、「社会をよりよくしたい」と考える傾向にあります。
ある大阪の中小企業が「ITと日本のモノづくりのノウハウを掛け合わせて世界をよくする仕事ができる」とプレゼンして、インドの有名校から優秀なITエンジニアの採用に成功しています。
これは、たとえ給与などの待遇面では大企業に負けていても、面白くてイノベーティブな仕事ができることがZ世代には刺さることを示しています。
今後はそういう企業が優秀な人材を獲得していくのかな、と思います。
多様な人との混ざり合いのため、一歩踏み出し、共感を持っておたがい寄り添う
それを乗り越えるために、まず個人はどのようなことからはじめるといいでしょうか?
それは何も海外経験を積む、起業するなどの大掛かりなことだけではありません。異なる環境で過ごしてきた人たちとかかわる、所属するコミュニティを変えてみるなど、小さなことでもいいと思います。
環境を変えるための一歩を踏み出していくと、実は違う考えを持つ自分がいたり、新しい世界に気づけたりすることがあるので。
そう感じたタイミングが1つの抜けどきだと思います。
そのとき大事なのが、自分を責めないこと。自責の念が強くなっていくと、何のために成長をしようとしているのかわからないので。
うまくできない自分も含めて、受け入れていきましょう。
「ここができてないと思っているから」「コンプレックスを解消したいから」などいろいろあるでしょう。
そういう自分がいることに気づいた時点で、半分受け入れられているようなものだと思いますので。
個人としてではなく、組織として多様な人との混じり合いにおけるハードルを乗り越える際に、どんなことが求められるでしょうか?
つまり、これは日本企業の組織の「あり方」の問題ではないか、と。そのことを意識したうえで、多様な人たちが協働するなかで大切なのは、エンパシー(共感)です。
相手の立場に立っておたがい歩み寄ること。それを組織として、研修や業務の中で支援していくことが求められていると思います。
企画:鮫島みな/執筆:中森りほ/編集:野阪拓海(ノオト)/撮影:栃久保誠
サイボウズ式特集「多様性、なんで避けてしまうんだろう?」
ここ最近、よく耳にする「多様性」という言葉。むずかしそう、間違った言動をしそうで怖い——。そんな想いを抱えている方もいるのではないでしょうか。サイボウズでも「多様性」を大事にしていますが、わからないこともたくさんあります。この特集では、みなさんといっしょに多様性の「むずかしさ」をほぐし、生きやすく、働きやすくなるヒントを見つけられたらいいなと思うのです。
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