「ふつう」を、問い直してみよう。
「いいお母さん」になれない私ってダメだな、と悩んでいる人に伝えたいこと──夏生さえり
本特集『「ふつう」を、問い直してみよう。』では、サイボウズ式ブックスから発売された書籍『山の上のパン屋に人が集まるわけ』をきっかけに、さまざまな人と一緒に「ふつう」について考えていきます。
今回のテーマは、子育てや家族との関係性において、自分が健やかでいられる「ふつう」をどう育み、どう守っていけばいいのか。子育てをしながら、コピー、エッセイ、脚本など書くことを生業にする夏生さえりさんに、話を聞きました。
理想のお母さん像とのギャップ
でも、実際に子育てをしてみて、「ほんとにあんな人いるの!?」って思ったんですよ。
妊娠中も産後も心身が乱れ、私はあんなふうに穏やかには過ごせなかった。自分の経験や友人たちの話からも、頭の中にいた母性あふれる母親像は幻想だったんだと気づいたんですよね。
でも大学生になって上京して、友だちや先輩、いろんな家庭の働き方や考えに触れるなかで、私は専業主婦ではなく働きたいと思ったんです。自分の性質的にも、母のようにはなれないなって。
いい意味で母という身近なロールモデルを手放し、母と自分の間に線を引けるようになりました。
みんなと「せーの」じゃなくても、自分のペースで進めばいい
就活の波に乗れず、1年間山口県の実家に引きこもっていたんです。「私、がんばってくるよ」って決意して東京に向かったけど、やっぱり復学はできないっていうのを2回くらい繰り返して。
同級生は卒業して就職する時期だったので、Facebookを開いては、なんで私はみんなと同じように、「ふつう」に進めないんだろうって落ち込んで。決めたこともできない私はダメだって、人と自分を比べて苦しい時期でした。
「もう大丈夫だから。元気でいるから」と強がる私に、母は「元気がなくなっても、大丈夫。こうやってがんばれる日が来るし、元気がなくなったらまたいつでも戻っておいで」って。
その言葉をお守りに実家を出て復学し、そのまま東京で10年以上なんとかやっている感じです。思い出すと泣けてきちゃう……。
私にとって、当時はとても辛い時間でしたが、そこから何年か経って就職して仕事が楽しくなった頃に、あの時立ち止まったのは私にとっては最善の進み方だったんだと、やっと肯定できるようになったんです。
みんなと足並み揃えて「せーの」じゃなくても自分のペースで進めばいいんだって。
この先、仕事だけじゃなく、結婚や出産や子育てもあるかもしれないけど、全部同じように、誰かに合わせるのではなく自分のペースを大事にしよう、と思いました。
それからは、自分のやりたいことに忠実に生きていこうと思えるようになりましたね。
幻想のロールモデルを追うより、ご機嫌な毎日を重ねたい
あの人が選んでいるものは、今の私がほしいものじゃないと境界線を引いて、じゃあ自分はどうしたい?と問うようにしています。
理想にとらわれないという意味では、夫の存在も大きいですね。
妊娠中に夫に「どんなお父さんになりたい? 何がしたいとかある?」って聞いたら、
「そういうのはない。こうなりたいと理想を持つことが自分を苦しめることを知っているし、父親としてではなく、自分のままで子どもと接していきたい。」という答えが返ってきたんです。ほお〜と感心しました。
夫と結婚したときに、この人といつまでも仲良く暮らしていくために、できるだけ毎日仲良く過ごしていこうって決めたんです。
遠い未来を想像するんじゃなくて、毎日を重ねていった先に未来があるのだから、今を大事にしようって。
息子とも成長してもいい関係でいられるように、できるだけ毎日大事に向き合って、見つめて、楽しい時間を一緒に過ごす。ただただ、家族とご機嫌な毎日を重ねていきたいんです。
自分の「ふつう」を手放さずに、夫婦ふたりの「ふつう」を新たにつくっていく
嫌な気持ちは長引かせず、その日のうちに伝えたいことは伝えて、すっきりした気持ちで1日を終えることを意識しています。
私の価値観はこれで、あなたの価値観はこれで、じゃあ今回私たちはどうする? ってことを考える。
どっちかの価値観に寄せるんじゃなくて、私は私のまま、あなたはあなたのまま、家族の方針を決めるようにしています。
結婚って、他人とちゃんとぶつかってぶつかって、それでも相手も変わらないし、私も変えられないということを受け止めることから始める修行のよう……。
すごく疲れるし労力がいることだから、誰とでもできることじゃない。でもそれができなくなったら、どんどんすれ違っていってしまうと思うから。
その過程で答えを出さない、白黒はっきりしないということも大事だと思っています。
自分を満たして、余剰分の優しさを人に渡す
あまりにも大きな選択でわからなくなったときは、身近な選択から実践してみる。
例えば今日のランチに何を食べるか。レストランのメニューでおすすめって書いてある……こっちのほうが安い……と惑わされても、私は今何を求めてる? これだよね! と選ぶ。
「私がこれを食べたいから、これを選んだんだ」とちゃんと意識するだけで、自己肯定感が上がるんですよね。
なので“自分のことは、自分で選び取る”という意識を持って生きています。自分で、人生をつくっている。そう思うことって、日々ご機嫌でいるためにものすごく大切なことだと思っています。
まだ本人の気持ちは聞けない年齢だし、彼がどう思うかはわからない。以前住んでいた場所のほうが、一見「子育てに向いている」という感じがする場所だったんです。
でも、息子にとっては親である私がご機嫌でいることが大事なんじゃないかと思ったんです。自分を削って子どものため、家族のためにがんばっているとピリピリしちゃうので。
疲れているのにごはんをつくったけど、夫の帰りが遅くてむかつくとか、子どものためにがんばったのに報われなかった! とか、思いたくない。
自分に余裕がないときに人に無理して優しくすると、見返りを求めちゃうんですよね。だから私は一番に自分を満たして、余剰分の優しさを人に渡そうって思っているんです。
自分を犠牲にしてやったことって、相手が受け取ってくれないと悲しくなる。でも余剰分なら受け取ってくれなくてもいいよって思える。だから何より自分の気持ちを満たして、疲れているときはちゃんと休むようにしています。
そうやって自分にとって一番いい選択をすることは、回り回って夫や息子のためにもなると信じているんです。自分が幸せでいることは周りを幸せにすることにもつながると思うから、自分を一番大事にしたい。そしてもちろん、夫も息子もそうであってほしい。
それぞれが自分を満たしてやりたいことをやっていく先に、家族の幸せがあると思うんです。
育児も仕事も、自分が心地よくいられる「ふつう」を何一つあきらめない
私も産後、自分の「ふつう」が揺らいで、自分が自分でなくなっちゃう感覚があったんですよ。だから産後2ヶ月で仕事復帰しました。世の中的には半年とか1年休むのが「ふつう」かもしれないけど、私にとっては違った。
でも無理かもな。夫は仕事が忙しいし。と逡巡しつつ、自分を満たすために、週に何回かは働きたいと夫に伝えたら、一緒に考えてくれたんです。
世の中の「ふつう」にとらわれて、私自身ができないと思っていたけど、周囲の人たちに気持ちを伝えて頼っていったら、やり方が見つかった。
方法は一つじゃないし、自分1人で考えてあきらめなくてもいいんだということがわかった。だから今、すごく楽しいんです。
仕事も育児も好きなことは何一つあきらめたくないという気持ちでいます。
楽園にいたら、突然子どもが手足口病にかかって仕事どうしよう! ってゲリラ豪雨に襲われて(笑)、そのうち小雨になってまた楽園が戻ってくる。
大変なこともあるし、悩むこともあるけど、それでもやっぱり最高です!
そうは言っても、私も来年どうなるかわからないし未知の中にいます。だからこそ、自分の「ふつう」と家族の「ふつう」を守りながら、1日1日を大切に積み重ねていきたいです。
執筆:徳瑠里香/撮影:もろんのん/編集:深水麻初
サイボウズ式特集「ふつうを、問い直してみよう。」
世の中にある、「ふつう」という言葉。「みんなと同じ」という意味で使われていますが、「ふつう」って、実は一人一人違うもの。長時間労働が「ふつう」な人もいれば、家族第一が「ふつう」な人もいる。世の中ではなく、それぞれの「ふつう」を尊重することが必要なのではないでしょうか。サイボウズ式ブックスから発売された『山の上のパン屋に人が集まるわけ』をきっかけに、さまざまな人と一緒に「ふつう」について考えてみます。
SNSシェア
執筆
撮影・イラスト
もろんのん
明るくポップな世界でトラベルや人物撮影を行うフォトグラファー。雑誌Hanakoで、『#Hanako_hotelgram』のシティホテル連載、『弘中綾香の純度100%(写真)』担当。
編集
深水麻初
2021年にサイボウズへ新卒入社。マーケティング本部ブランディング部所属。大学では社会学を専攻。女性向けコンテンツを中心に、サイボウズ式の企画・編集を担当。趣味はサウナ。