「ふつう」を、問い直してみよう。
8億人の飢餓を救うビジネスと年商3億円のパン屋が生まれた意外な共通点──TABLE FOR TWO土井暁子×平田はる香
世界人口の8億人の飢餓と20億人の肥満を同時に改善するソーシャルプロジェクト「TABLE FOR TWO(以下TFT)」。
長野県で小売業を主体とした事業を展開し、年商3億円超に至ったパンと日用品の店「わざわざ」。
まったく共通点のないように見える2つの取り組みですが、ビジネス上の戦略や哲学には、従来とは異なる数多くの共通点があります。
今回サイボウズ式では、TFTの事務局長・土井暁子さんと、わざわざの平田はる香さんの対談を実施。「北風と太陽」をキーワード盛り上がった対談の様子を、お届けします。
複数の要素を組み合わせ、独自のビジネスモデルに
TFTでは「飢餓」と「肥満」という2つの課題を、同時に改善する活動をされていますよね。
これらの要素は、幼少期からパン作りをしていたり、ファッションの専門学校に通っていたり、DJ活動のために自分のホームページをつくっていたりと、わたしの経験から出てきたものです。
でも、どれもこれも中途半端で、どれかひとつのスキルでは一流にはなれない。そこで「全部かけ合わせたらおもしろいんじゃないか」と思ったんです。
たしかに、わたしは2009年からTFTに関わっていますが、活動をはじめて知ったとき、かなり衝撃を受けました。というのも、TFTのプログラムでは誰も犠牲にならず、開発途上国と先進国双方の人々の健康を同時に改善できるから。
それまで「社会貢献」といえば、自己犠牲のイメージが強かったので、複数の要素を組み合わせることでwin-winの関係を目指せる仕組みがあることに驚きましたね。
入り口のつくり方は「太陽アプローチ」
従来のビジネスモデルでは、ユーザーを不安がらせたり、必要性を煽り立てたりして、半ば強制的に行動を促すことが少なくありません。これは“北風タイプ”です。
一方、TFTは”太陽タイプ”。日々の生活に欠かせない食事を「健康的にする」ことで、一部を寄付金に還元する仕組みになっています。
こうすることで、ユーザーには「いいことをしている」という気持ちが生まれて自ら寄付したくなります。
もしかしたら、寄付している意識がないまま寄付している人もいるかもしれませんよね。
「社員食堂でヘルシーメニューを選ぶだけで社会貢献できる」という手軽さ・導入のしやすさは大切にしています。
でも、ほとんどのユーザーはその仕組みを意識していません。わざわざが提供する「おいしい、楽しい、おもしろい」といった価値に魅力を感じて、商品を購入しているんです。
そうしてわざわざの商品を使い続けていくうちに、いつの間にか健康な社会につながっていくわけです。
わたしたちが行っているのは、言ってみれば“太陽アプローチ”ですね。
ユーザーを飽きさせない工夫
厚生労働省の発表によると、日本人の死亡原因の約6割が生活習慣病由来だそうです。でも、そのことを気にせず、不健康な生活を送る人もいます。
たとえば、目の前の食べ物が生活習慣病につながるとわかっていても、誘惑に勝つのはなかなか難しいでしょう。
でも、「ヘルシーメニューを選ぶだけで社会貢献できる」みたいな、「誰かのために」という選択肢があれば、その誘惑にも勝ちやすくなるんです。
その中の1つが寄付つきウォーキングです。目標歩数を歩くと、開発途上国の子どもたちに給食を寄付するという仕組みになっています。
普段はそれだけ歩く習慣がない人でも、「給食を寄付できること」がモチベーションになって参加者が増えた事例があります。
ちなみに、プログラム内容は「1日5000歩」「週2回6000歩」など自由にカスタマイズできます。企業・団体がそれぞれに合った内容を考えて実施するからこそ手軽に続けやすくなり、よりプログラムが拡がっていくんです。
反対も応援もされない、新たな田舎ポジション
だからこそ、東京から長野県に移住したとき、それだけはやっちゃいけないと考えました。この地域が好きで引っ越してきたんだから、地域の人の声を守ろう、と。
ただ、それは自分のできる範囲内でしています。地域の会合への参加を打診されたら、「参加できるときはしますが、本業がいそがしくて、中心メンバーにはなれないかもしれません」と正直に話すようにしています。
わざわざをはじめたときと同じように、地域との関わり方も「わたしにできることで、人の役に立つ」というスタンスを淡々と守っているのかもしれないです。
田舎って、以前は濃密な人間関係で付き合うことが当たり前でした。でも、田舎と都会の境目がなくなってきたいま、わざわざは地域の人たちとフラットな関係性をつくろうとしているんだと思います。
田舎で移住者がビジネスをしようと思ったら、一気に何かを変えようとしないほうがよくて。あまり変えようともせず、迎合しようともせず、じっくりと関係性を構築したほうがいいんです。
気持ちは伝えても、ノウハウは押し付けない
TFTでは自分たちの活動を伝えていくとき、どんなことを意識しているんでしょうか?
ただ、「開発途上国と先進国双方の人々の健康を同時に改善する」というTFTのミッションを伝えるときには、「我々はこのミッションを絶対に達成したいんです!」という気持ちの部分を伝えるようにしています。
「自分がなぜこれをやりたいと思ったのか?」「これからどうしていきたいのか?」といった心の部分を中心にお話するんです。
でも、人それぞれに強みやビジネスの内容が違うのに、わたしが見つけたノウハウと同じことをしても、結果は出ません。
自分の頭で考えたり、自分なりのノウハウを見つけたりして事業は伸びるわけで、それこそが本当の学びなんです。
だからこそ、ノウハウよりも気持ちや考え方の部分を伝えて、各々に「自分が何をしたいか?」「これからどうしていきたいか?」という問いを持ち帰ってもらうようにしています。
世の中に活動を拡げるため、自ら変化していくことが必要
「このままでは、わたしたちのミッションに届かないかもしれない」と思いはじめたとき、いままでのやり方にしがみつくのではなく、新しいことにもチャレンジしなきゃいけないことを痛感しました。
そうしてはじめた新たな取り組みが、興味をもってもらえる1つのきっかけになる可能性もあるので。
1つは、「どこで売るか」を変えること。小売業は定番商品を売り続けたり1店舗だけで継続したりすると、ユーザーから飽きられちゃうんです。
だから、ハーフビルド(※)で建てた「わざわざ」を20回ほどリニューアルオープンしました。また同一市内に、喫茶・ギャラリー・本屋「問tou」やコンビニ型店舗「わざマート」、体験型施設「よき生活研究所」などを出店して、ユーザーに飽きられないようにしています。
※基礎工事や躯体・外壁・屋根など、家の強度や安全性に関する重要な部分をプロの業者に任せ、自分でできるところは自分で施工(DIY)する建築手法
いまは世界中で「環境に配慮するのがよい会社」という雰囲気があって、「国産小麦」や「天然酵母」といったキャッチフレーズは広く受け入れられるようになっています。
でも、わざわざをはじめた2009年ごろ、環境問題や食生活への関心が高い人は、わりとニッチな存在でした。
だから当時は「国産小麦」や「天然酵母」と書いた看板を出していたら、意識の高い人ばかりが集まるようになったんです。
そして、お店に来てくれた人だけに「健康や環境に配慮していること」をわかりやすくご案内するようにしたんです。それを繰り返すなかで「わざわざを利用していたら、いつの間にか健康になっていた、環境にいいことをしていた」という仕組みにしようと考えました。
それなのに、自分たちの思いをただ伝えるだけで、「相手にどう伝わるか」をあまり気にしていない人が少なくありません。ブランドに込めた価値や思いをちゃんと伝えることで、周りから共感を得ながら、持続していく事業になるのだと思います。
サイボウズ式特集「ふつうを、問い直してみよう。」
世の中にある、「ふつう」という言葉。「みんなと同じ」という意味で使われていますが、「ふつう」って、実は一人一人違うもの。長時間労働が「ふつう」な人もいれば、家族第一が「ふつう」な人もいる。世の中ではなく、それぞれの「ふつう」を尊重することが必要なのではないでしょうか。サイボウズ式ブックスから発売された『山の上のパン屋に人が集まるわけ』をきっかけに、さまざまな人と一緒に「ふつう」について考えてみます。
取材・執筆:流石香織/撮影:栃久保誠/編集:野阪拓海(ノオト)
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執筆
流石 香織
1987年生まれ、東京都在住。2014年からフリーライターとして活動。ビジネスやコミュニケーション、美容などのあらゆるテーマで、Web記事や書籍の執筆に携わる。