「わかりあえない」から進むテクノロジー
いちばんやさしいプルラリティ解説 会社での活用事例も紹介

2025年5月、サイボウズ式ブックスから『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』が刊行されました。
オードリー・タン氏とグレン・ワイル氏の本が、サイボウズから出版された! とあれば、気になった人も多いはず。
しかしこの本、実際に手に取ってみると、分厚いし、難しい……。さまざまな分野の専門知識が前提になっているため、読むのに骨が折れる……という声も聞こえてきます。
「読むのは難しそう……でもプルラリティを理解したい」そんな気持ちの方もいるのでは?と考えた編集部。そこで、英語版の執筆にも関わり、個人でプルラリティ運動にも携わっている、サイボウズ・ラボ 主幹研究員 西尾 泰和(にしお ひろかず)に「いちばんやさしいプルラリティ解説」をお願いしました。
「これは日本にも伝えたい」日本語版『PLURALITY』出版のきっかけ


著者の2人も、最初から読まずに気になったところから読めばいい、と言ってますし。


僕はそこではじめてプルラリティの概念を知り「これはおもしろい」「日本でも知られてほしい」と思ったんですね。
その後、英語版『PLURARITY』執筆がGitHub(※)上で進んでいるのを知って、日本語の機械翻訳を作り始めました。社内の発表会でPLURARITYの話をしたところ、サイボウズ式ブックスチームに話が伝わり、今回の出版につながりました。
※ GitHub:プログラムやデジタルファイルの変更履歴を管理するWebサービス。主にソフトウェアの開発で使われる。『PLURALITY』は GitHubを利用し多くの人たちの共同作業によって執筆された。




西尾 泰和(にしお ひろかず)24歳で博士(理学)を取得。2007年よりサイボウズ・ラボにて研究に従事。主幹研究員。ソフトウェアによる知識創造の進化に関心がある。著書に『コーディングを支える技術 ~成り立ちから学ぶプログラミング作法』(技術評論社)、『エンジニアの知的生産術 ──効率的に学び、整理し、アウトプットする』(技術評論社)などがある。一般社団法人未踏の理事を兼任。
結局、プルラリティって……なんですか?




オードリー・タン氏も「我々が言いたいことを表現するにはたくさんの形容詞が必要」と言っていて。


"Plurality means technology to foster the diversity in society and the collaboration across those diversities."
です。




もちろん性別や人種は重要な違いですが、プルラリティの焦点は、多様な人々が協力し合うこと、そのための調整技術や考え方です。政治だけでなく、企業でも使えるし、さまざまな分野で活用できる概念です。
「人種」や「政治」など、特定の分野の色がつかないために、プルラリティという新しい言葉を使っている背景もあります。

プルラリティの代表例がブロードリスニング




15世紀以降、印刷や放送など「情報を複製して多くの人に発信する技術」が発展してきたことによって、1人が大勢に考えを伝えることができるようになりました。そして新聞やラジオ、テレビが生まれてきたわけです。これが「ブロードキャスト」つまり「広く投げる」です。


ブロードキャストの技術により1人が多人数に意見を伝えられるようになった



多人数が発信したものを1人が受け取ることは難しい

人間が手動で処理するには限界がありますよね。



ブロードリスニングによって、多人数が発信した意見を意見を受け止められるようになった

ブロードリスニングによって人間の他者理解能力を増強できれば、それは知的生産性の向上であるというふうに感じて、これはおもしろいなと思ったんです。

西尾の著書 「エンジニアの知的生産術 ──効率的に学び、整理し、アウトプットする」(技術評論者) 仕事をするうえで、どのように学び、整理し、アウトプットするのか。 ソフトウェアエンジニア向けに、プログラミングと執筆を具体例として、知的生産の方法を解説した書籍
多様な人々が協働するためのツール「Polis」






おもしろいのは、グルーピング化した上で「各グループが共通して支持している意見はなにか?」がわかることです。
Uberの議論では当初は賛成派と反対派に分かれていましたが、最終的に「乗客を乗せるドライバーは事故に備えて保険に加入すべき」という意見などが投稿され、どちらのグループからも支持されました
じゃあこれを法制度化しましょう、という結論を導けるわけです。

Xで起きているような炎上は起きないんですか?

つまり、人々が感情的に反応する、過激な意見ほどピックアップされるようになるわけですね。





ここまでブロードリスニングについて聞きましたが、書籍では他の技術についてもいろいろ紹介されていましたね。

実はサイボウズにもあった、プルラリティ事例






しかしそれでは「家庭を大事にしたい」という価値観の人が離れていってしまった。そこで、まず働き方を2つに分類し、やがてそれが9分類になり、現在は個々の事情を聞いてマッチングするようになりました。
編集部注:上記記事内で紹介されている「働き方宣言」は2018年の制度。2025年現在は、チームと個人の理想をマッチングするやり方に変化している。(参考記事)

プルラリティは「技術の進歩によってコミュニケーションが効率化すれば社会構造がよい方向に変わるよね」という話なので、kintoneなどを活用して、多様な人たちが一緒に働ける状況を作り出したこの制度は、プルラリティの成功事例といえます。

プルラリティの社内実験を準備中!



経営会議での起案に対する助言の例。「在宅勤務手当の廃止」の議題に対して、承認までに70件以上の助言が集まった。助言はkintoneで誰でも登録・閲覧できるようになっている。(画像は編集部にて一部抜粋・編集したものです)






サイボウズも社員数が1,000人を超えて、一人ひとりの意見がわかりづらい、届きづらいと感じるシーンも出てきました。その穴を埋めるツールになるといいですね。

課題がある部分に対して「こうしたらうまくいくのではないか?」という提案であり、選択肢です。
サイボウズの中で、プルラリティをどう生かしていくか、今後も考えていければと思います。

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執筆

山本 悠子
新卒で大手メーカーで勤務したのち、2016年にサイボウズへ入社。製品プロモーションやWebディレクションの経験を経て、サイボウズ式編集部に。組織づくりや働き方に興味があります。
撮影・イラスト

編集

高橋団
2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。