日本企業よチャレンジせよ! イノベーションを生み出すリーダーとは──野中郁次郎 一橋大学名誉教授×青野慶久
野中郁次郎先生と、サイボウズ社長の青野の対談の最終回。 第1回目では、先生ご自身の学びの原点について、2回目では、先生独自の理論が生まれた背景を伺いました。今回は「イノベーションはどのように生まれるものなのか」「今、リーダーに必要なもの」について話しました。
関係性を読み解く「議論」からイノベーションは生まれる
私たちは自社でシステムを開発し、販売しているので、作る側と売る側の対立が起きることがあります。 作る側は「こんなにいいものが売れないのは売り方が悪いのではないか」と言うし、売る側は「現場のお客様のことをわからないで作っている」と言うわけです。これは2人の背景や経験が違うから起こる対立ですが、その2人が話し合うことができれば、とても効率的で生産性も上がります。話し合いをしないのはとてももったいないですよね。 でも、こういうことはよくあるように思います。
「分析は必要ない」とまでは言いませんが、意味をつくりだすには「共感」が必要です。ロジックではなく、経験の深さを分かり合うことが重要になってきます。 経験の質量というのは、コンテクスト(前後関係や状況、背景)をどれほど多く、深く知るかによって決まってきます。たとえば、「結構です」という意味は、話す者同士のなかで「よい」のか「いらない」のかが決まります。 よくMBAでは ”ケーススタディ” をやります。ケース(事例)に対する取り組み方は、たいてい2つに分かれます。 1つは、ケースを見て、分析して、モデル化して普遍化する人。もう1つは、ケースはケースとしながらも「自分がこの立場だったらこう判断する」と経験を語る人です。
どちらがケーススタディに対する構え方として正しいかというと、後者です。 ケーススタディは、その題材を自らの経験の質量を豊かにしていくためのものととらえないと、意味がありません。自分が経験できることには限りがあるからです。議論すべきは「私が考え経験してきた背景からこの事例をみると、こういう判断ができるし、こういう視点で見られる」ということ。そうでないとケーススタディを学ぶ意味がないのですね。 「分析をして普遍化したものは、すべて説明できる」なんてことは、世の中にはありません。ケーススタディにおいて分析は不要なのです。
重要なのは「お互いの経験の背景や解釈を、いかに豊かに共有するか」ということですね。 サイボウズでは多くの社員が、自分の日報や思ったことをグループウェア上に書いています。その日報は全社員が読めます。それで何が起こるか。開発の人は営業の日報を読んで、だんだん営業の背景や前後関係を理解し、「今度こういう機能をつくるよ」と営業に提案するようになるんです。いい相乗効果が生まれたりするんですよね。私も毎日感じたことを書いています。すると「ああ、青野さんはこう感じて判断したんだ」とか「それはちょっと違うと思います」といった社員の反応が返ってくるんですね。それを見て私も「ちょっと数字だけ見過ぎていました」と返信できる。こういうやり取りを積み重ねることで、お互いのコンテクストが豊かになっていくんですね。
その通りです。「私も同じ経験をしたけど少し意味が違います」という意見が出てくると、議論中に新しい意味が生まれてきますよね。 それが面白いことなんです。 コンテクストが豊かになるということは、経験の質量が増えていくということ。つまりお互いの主観を足しあうことです。
もしかして、イノベーションはそうやって起こるものなのですか
と、僕は思います。いいコンセプトというのはそうして生まれるのだと思います。
天才だけが考えられるのではなく・・・(笑)
そうではないんだと思います(笑)。 やっぱり身体的な感覚や五感とまっとうに向き合って話をしながら、新しい概念を作っていくということでしょう。 ひとりひとりが持っている暗黙知や経験は限界があるので、そこを共有・共感しながら、意味を紡いでいくということでしょうね。 想いを共有すること。”想い” なんてのは価値観なんですが、価値を語らない人間は意味がつくれません。
でも、そういうことを語っているビジネス書は少ないです。
確かにそうですね。サイエンスという発想が非常に強すぎて、主観(想い)が原点なんだ、ということはあまり言ってないですね。 でも、主観を伝えられない人はビリーフ(信念)が無いと思います。強い想いのもとに共感した人が集まってくれるのだから。
ロジックよりも、ビリーフ(信念)
なるほど・・・。 私も社長に就いて7年になるのですが、いくつか失敗をした理由がわかりました。 以前、社内を盛り上げようとして、売上とか利益といった言葉でみんなを引っ張ろうとしたんですね。売り上げを「10%増やそう!」と言ったけど、みんなあまり盛り上がらない。そこで、自問したんです。「売り上げは本当に大事か」と。売り上げ増が、私のモチベーションを上げるかというと「違うな」と。私が感じたのは「グループウェアを世界中の人に使ってもらいたい。地球の裏側でも使ってもらえていたらとても嬉しい。」ということ。それを実現する活動が、モチベーションを高めることだと思いました。それをみんなの前で言うと、すごく共感してくれました。「どうしてそうなりたいの?」と聞かれても、分かりません。「そうしたい」という感情は私の主観の想いであり、説明のつかないものだから。「これが私の理想なんですよ」というしかない。でも「それでいい」ということなんですね。
そうです。主観、つまり身体をいれないと存在がなくなるのですね。 数値などといった客観的な知識というのは全員傍観者になってしまうわけで。そこにコミットするかどうかは、その人自身のビリーフ(信念)の強さなんでね。数値も必要だけど、主観も必要です。
リーダーは「場」をつくることが大事
先生は、知識経営の理論を発表されたのち、「フロネシス(Phronesis)」という概念を提唱しはじめました。それに基づいて、リーダーシップも語られるようになりましたね。きっかけは何だったのでしょうか。
「失敗の本質」という戦争に関する本を書いたとき、戦争というのは、物事の真実や本質が見えやすいものだなと思いました。戦争においてリーダーの失敗は死そのものです。それはとても怖いことです。戦争における戦略やリーダーシップを追求するうちに、「フロネシス」という考え方が出てきました。「フロネシス」という言葉はもともと古代ギリシアの哲学者 アリストテレスが唱えたものです。思慮分別をもって、最適な判断や行為ができる実践知-単なる知識ではなく、さまざまな関係性の中で「ちょうど(Just right)」の判断をする能力といえます。単なる分析だけでは到達できず、経験が必要になります。
ロジックではうまくいかないと。
それですべては説明できないですからね。メンバーがコミットしません。
私も過去に、自分で頑張って分析してデータも集めた戦略を発表しました。うまくいくと思っていたんですね。 だけど、みんなプイっとする。「こういうロジックだよ」と説明しても動かない。そこでやり方を変えて「僕はこう思うけどどう思いますか?」と投げかけ、場をつくってどんどん意見をもらうようにしました。 するとみんな意見をくれるようになりました。 結局は、ロジックで説明するやり方と結果は同じになるかもしれませんが、メンバーのコミットメント度が上がりましたね。
先ほどの話でいうと、リーダーは思いを話す場をつくることが重要ですね。私が言っているアジャイルスクラムというのは、まさにそれで。毎朝毎朝一人ひとりが思いを共有する場がある。スクラムマスターの教育にニワトリとブタの話があります。 ブタは、プロジェクトにコミットしている人、ニワトリは傍観者で利害関係者です。会議の場を考えると、両方の人がいますよね。しかし最後の決定権は、プロジェクトにコミットしているブタにさせる。これにより、プロジェクトに対するコミットメントが一気に上がります。こういうマネジメントは、まさにアートですよね。
日本企業よ、リスクを恐れるな!
そういう配置の知恵もマネジメントには必要ということですね。 先生は「善き行い」「善い目的」が企業には必要だとも言われています。アメリカなど欧米の企業もこういうことを言い出しているような気がします。これはまさに野中先生が最初に思われた「アメリカへのリベンジ」ではないかと思うのですが(笑)。
リベンジではないですが(笑)、そういうことに外国も気づき始めているのはそうですね。何がコモングッドか、という大きな理想を持つことの重要性、それによって人を動かすことに興味を持っているのではないかと思います。
日本企業はよき仕事をして、世界的にも素晴らしい役割を果たしてきました。それが今は停滞感に見まわれ、もっと元気が出ていい会社まで停滞しているように感じます。 私は松下(現パナソニック電工)にいたときに、素晴らしい経営哲学を学びました。日本企業は「善い行い」をしようとするし、「善い目的」も持っています。が、うまく機能していない気がします。先生はそれをどう見ておられますか。日本の企業が再び輝きを取り戻すためのアドバイスもいただければと思います。
停滞感が広がっているという見方は、私も同じです。 私の目から見ればリスクを恐れすぎて、自らを縛り付け、身動きできない状況に陥っていることが原因かと思います。 なぜか。法律と分析を重視しすぎる点が大きな要因ではないでしょうか。ここ数年、企業はコンプライアンス対応がこれまで以上に厳しく求められています。それにエネルギーを費やすばかりに、多少のリスクをかけて積極的にチャレンジしようとする姿勢を失っているように感じます。 この姿勢は分析でも如実に見られます。 状況分析に注力し過ぎると、何事もリスクを避ける方向に動いてしまうのです。 最も危惧するのは、経営トップがリスクをとらない動き方をしているケースが多々見受けられることです。経営トップの姿勢が慎重すぎると、社員はトップの顔色ばかりを伺うようになってしまいます。「日本企業よ、リスクを恐れるな、勇気を持ってチャレンジしよう」 私からのアドバイスです。 SECIモデルに照らし合わせると、形式知と暗黙知がダイナミックに連動するところに日本企業ならではの特性や強みがある、と確信しています。日本企業が再び活気を取り戻せるよう、私自身も尽力したいと思っています。
本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。私も自身の活動を通じて、日本がもっと元気になれるよう尽力してまいります。
(写真:橋本 直己)
photo credit: Simon Blackley via photopin cc photo credit: laffy4k via photopin cc
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