あのチームのコラボ術
Evernote急成長を担う「情報フルオープン」の真髄──ベンチャーが”100年スタートアップ”に進化するには?
「あのチームはどんなツールを使って、どう仕事をしているんだろう?」を探る「あのチームのコラボ術」。今回はEvernote Japanを取材しました。世界中の従業員とコラボレーションして製品開発をするEvernote。その情報共有には複数のツールが使われています。
業務に関する情報はすべてオープンにする」という考えを元に、バラバラだった社内の情報共有を整理していきました。そのプロセスがもたらした成果とは? Evernote Japan ジェネラルマネジャーの井上健さん、マーケティング&コミュニケーション担当ディレクターの上野美香さんに伺いました
現在、Evernoteでは何名くらいの方が働いていらっしゃるのですか?
私が最初にシリコンバレーにあるEvernote本社のオフィスを訪れた2010年は、30人くらいしか社員がいませんでした。そこから急成長して、今では300人弱ですね。拠点は世界で8拠点(レッドウッドシティ・東京・チューリッヒ・オースティン・北京・モスクワ・シンガポール・ソウル・台北)と、順調に増えています。
スタートアップだった規模が、拠点ごとに大きくなっていったのですね。世界中の社員と仕事を進めるのは難しくないですか?
Evernoteでは会社の成長にかかわらず、これまで常に世界をまたいでコラボレーションしながら仕事を進めていくという意識があります。会社が大きくなる前から、多くの個人やフリーランサーの方々と仕事をしていましたし、そこは問題ありませんでしたね。
Evernote社内では、情報の整理整頓ができていなかったって本当!?
現在はどのように社員同士でコラボレーションをしているのでしょうか?
拠点をまたぐ打ち合わせは「Skype」や「Uber Conference」を使い、会議の資料は「Evernote」や「Google Docs」、「Dropbox」を使い分けて共有・保管していますね。短い時間で、活用頻度は高いです。もちろん、できる限りリアルなコミュニケーションを心掛け、テレビ会議もよく使います。
複数のツールを同時並行で使っていらっしゃるのですね。
そうです。社内アナウンスや簡易的なやりとりには「Yammer」を使います。こちらは「今週末、スキーに行くぞ」といった仕事と関係のないことから、「今週こんなリリースをするよ」「ユーザーからこんなフィードバックがあったよ」「こんな記事が書かれていたよ」といった情報も共有されています。
あらゆる情報を気兼ねなく共有できるYammerは、いい意味で雑多なコミュニケーションが生まれる場所になっています。遠く離れた拠点のメンバーから日々情報がシェアされることで、「チームで仕事に取り組んでいる」という実感も湧いてきます。
コミュニケーションの量が増えることで、チーム力が強まっていく。
ええ。フィル(・リービンCEO)も積極的にコメントをしたり、冗談を飛ばしたりするんですよ。ただ、社員向けメッセージや全社方針の伝達には、フィルが自身の言葉で直接伝えることを重視しています。週に1回、全拠点のメンバー向けにCEOの話がライブ中継されます。出張中でどこに行っていても、これを欠かすことはありません。
勝手なイメージですが、Evernoteでは情報整理を徹底し、共有の手段も統一されていると思っていました。
「すべてを記憶する」というEvernoteの特性上、社内情報の整理整頓が行き届いた会社というイメージをお持ちかもしれませんが、まったくそんなことはなくて(笑)。私が入社した2012年時は、経営指標やプロジェクトだけでなく、全社員向けの会社ルールや経費精算の資料がどこに保管されているのか、まったく分からなかったんですよ。
Evernoteは入社当日にオリエンテーションがなく、すぐに実務が始まります。当時はイントラネットが未整備で、必要な情報がまったく得られませんでした。プロジェクト中に過去のメールを転送してもらったり、Evernoteのノートブックを個別に共有してもらったり。入社半年後に「こんな資料もあったのか!」と気づくなど、とにかく大変でしたね。
”会社の本棚”をWeb上に――Evernote Businessの誕生
その状態をどう解決していったのでしょうか。
「Evernote Business」の活用です。2012年12月4日にリリースした企業向け情報共有のサービスを、自社で徹底的に活用しました。こういうサービスが欲しかったので、個人向けのEvernoteの延長として、Evernote Businessを開発したというのが、正確な経緯です。その結果、非常に手軽に全拠点の情報にアクセスできるようになりました。
Evernote Businessを自社で使うことで、情報共有の在り方に変化はありましたか?
劇的に変わりましたよ。会社所有の情報共有スペースに、社員が必要とするすべての情報にアクセスできるようになりましたから。最近入社した人は情報共有がとても楽になっているはずです。Evernote Businessは、会社の本棚のようなもので、どこに何の情報があるかと迷うことなく探せるようになりました。Evernoteは検索機能が優れており、情報や資料を探す手間が大幅に減りましたね。
あらゆる情報にアクセスできる環境を整備することは大切ですね。膨大な情報はどう整理されていますか?
具体的には、用途に応じて個別のノートブックを作っています。全従業員向けに社内規程や福利厚生の情報を記載した「Employee Navigator」、週次レポートを蓄積していく「Weekly Report」といったノートブックがあります。日本支社の情報はノートブックの冒頭に「JP」と記載し、簡単に検索できるようにしています。
まとめると、CEOの方針は自らの言葉で、毎週のライブ中継で伝えます。全社的なアナウンスや時事情報、軽めの情報共有はYammerを使います。また、全社はもちろん、個別のチームやプロジェクト、協業などにはEvernote Businessを使い、多人数で同時編集が必要な作業にはGoogle Docsを使います。
Evernoteを作っている会社が言うのも何ですが、Evernoteが力を発揮するコラボレーションの領域もあれば、そうではない領域もあります。すべての会社の資料を保管しておくことだけが目的だったら、優れたストレージサービスが多数ありますし、それらを使えばいい。用途に応じた使い分けが大切ですね。
情報を見せない組織と全部オープンなEvernote、その違いは?
Evernote Businessを使うこと、すなわちITを有効活用することで、働く皆さんに変化はありましたか?
情報が一カ所に集まることで、ずいぶんと情報共有が楽になりました。Evernoteは「情報をフルオープンにする」という企業文化があり、Evernote Businessのおかげで意味のある成果につながってきています。
例えば「関連ノート」と呼ぶ機能を使うと、具体的に探していなかったノートが関連項目として表示されます。同僚が作成したノートや、過去の議事録、名刺など、存在すら認識していなかった情報を思わぬ形で見つけることができるのです。この仕掛けにより、社員が興味と探究心を持ってほかの部署のノートブックを読み、理解するようになったんですよ。
自分の仕事の範囲を超えて、Evernote全体のために行動する仲間が増えていった。
もともと相互協力的な社風があり、Evernote Businessを活用することで、「全体のため」と意識をしなくても、自分の行動が自然とほかのメンバーに貢献するようになりました。
Evernote社員が携わる仕事では、「いつ」「どんなタイミング」で仕事のコラボレーションが起きるか分かりませんし、そこから生まれるアイデアや生産性の向上が、イノベーションの創出につながったりします。だからこそ、それを支える基本理念を持ち、制度やツールをそれに沿ったものにすることが大切だと思います。
「隣の部署には見せたくない」「必要以上の情報を従業員に見せたくない」という意識の企業もあるかもしれませんが、Evernoteは正反対なんですよね。
「チーム」や「コラボレーション」という考え方をとても大切にされているのですね。
ええ。「人が増えても全社の一体感を大事にしたい」というフィル(・リービンCEO)の、そしてEvernoteの姿勢の表れだと思います。フィルは全社員からのEvernote BusinessやYammerへの書き込みに目を通して、コメントも多く投稿しています。
フィルCEOもですか?
ええ。フィルのコメントは多いですね。従業員のコメントをくまなくチェックして、返信していますね。「日本やアジアでこんなサービスが流行っているよ」という従業員の投稿に、フィルは「それは面白い、本社のアレックスと何か検討してくれ」と返したり。何気ない書き込みからプロジェクトが即座に生まれることもあります。国も、地域部門も、職位も、関係ありません。
どうしてそれほど一体感を重視されるのでしょうか。
1点目は「”100年スタートアップ”を目指す」というEvernoteの目標から来ています。Evernoteは皆さんの大切な情報を預かるビジネスです。そこに全員が責任を持って、長期にわたってお客様にコミットできる文化を作っていく必要があります。
採用活動では一人ひとりがそのことを熱く語り、共感したメンバーが次々と加入しています。短期プロジェクト思考のシリコンバレーでは、100年も続けようと言う起業家はいないので、新鮮です。
そのほかには?
2点目は「自分が信じた仲間と事業を続けたい」というフィル個人の思いですね。Evernoteは彼にとって3社目の起業。過去は企業向け認証サービスの企業を興しましたが、知人や家族など、身の回りの人が気軽に使えるサービスではなかったんですね。対してEvernoteは「自分が使いたい」「周りの友達や家族が愛してくれる」サービスという確信があるようです。 それはずっと続けたい。
自分や知人が使えるサービスを全社で作りたいという思いが強いのですね。
フィルの言葉を借りれば「Build for Ourselves」。われわれ自身が愛を注ぎ、使い続けたいと思える製品をEvernote全体で開発したいという思いが満ちあふれ、それが全従業員に浸透しているのだと思います。
フィルCEO直伝”情報のフルオープン”は、Evernoteをどう変えたか
CEOの理念や思いを全員が同じレベルで共有する。これはコラボレーションで課題を感じているチームの目指すべき方向性を示唆しているように思います。
組織で仕事をしていると「隣の部署で何をやっているか分からない」だったり、「自分の仕事じゃない、とたらい回しにされる」なんてことがあるのかもしれません。しかしEvernoteではそういう働き方はないですね。全従業員が責任感を持って仕事にかかわり、たらい回しではなく「自らが率先する」。そんな意識をみんなが持っていると感じます。
自分の仕事を超えて主体的に別のチームに働きかけていく人が増える――。チームの理想形だと感じます。
それが実現できるのは「全部オープン」という考え方が徹底されているからだと思います。
フィル(CEO)自身が情報をフルオープンにしているのが大きいですね。彼の資料は全社員に、それこそチームメンバーから新人エンジニアまでに共有されていますし、全体会議ではフィルが考えていることや会社の方向性などを、1時間以上話すこともあります。
従業員からすると「会社の重要な資料をシェアしてくれている、僕達を信頼してくれている」と感じますよね。「CEOがやっているのだから」と、世界中の拠点の社員が同じレベルでオープンに情報を共有する意識は徹底されていくのです。
チーム作りと情報共有は密接に結びついていることが実感できます。
フィルの情報共有によって、私たちは「社会のため」「人のため」にEvernoteを作っているという意識を持って仕事に取り組めます。おのずと、製品を好きになってくれるユーザーを増やすとかブランドを作るといった仕事の目的がより明確になり、「自分が入ってないプロジェクトだけど貢献できることがあったらやるよ」っていう流れになりますね。
Evernoteは本社で開発しており、日本のメンバーは関連部署には所属していません。しかし、ちょっとしたことでも細かく丁寧な改善提案にまとめて、本社にフィードバックします。先進的な日本ユーザーの声を届けることは、サービス改善に大きく貢献すると思うからです。
社員や契約社員、社外協力者という分け隔てはなく、一緒に働いているんだから同じ情報を共有する。当たり前のことをやっているだけなんですけど、それがEvernoteの成長の原動力になっていることは間違いありません。
取材:藤村能光、写真撮影:橋本 直己
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