今とはまったく違う環境に飛び込むこと――それはたとえば大企業からベンチャー企業への転職だったり、フリーランスになることだったり、未経験の業界・業種に挑戦することだったり。
当然、迷うこともあるでしょう。慣れ親しんだ場所から、初めての場所へ行こうとしているわけですから。勇気や覚悟だけでなく、決断するときの自分なりの判断軸も、きちんと持っておきたいものです。
今の働き方が嫌ではないけれど、なんだか折り合わない、別の環境が気になっている――。これからの自分のキャリア選択のヒントを求めている方へ、大企業勤務とフリーランスを経て今夏から週4日で会社員を始めた桐谷ヨウさんと、育自分休暇制度を使った後に3年ぶりにサイボウズに戻ってきた長山悦子による対談をお届けします。
「コスパ」で決めた。週4会社員で他の時間はフリーランサー、という働き方
桐谷ヨウ
長山さんはサイボウズの育自分休暇制度(※)を利用して休職し、青年海外協力隊として3年間アフリカのボツワナにいったんでしたよね。その時の経験を書いた「
育自分休暇日記」を読んで、この人、僕と近いなって感じたんです。
(※)育自分休暇とは、転職や留学など自分を成長させるために退職する人が、最長6年間は復帰できるサイボウズの制度。長山は過去にボツワナ滞在中に育自分休暇日記という記事をいくつか執筆した
長山悦子
えっ、どんなところがですか(笑)?
桐谷ヨウ
所属していた場所を完全に離れるのではなく、居場所を確保しながら、他の人と少し違うことをすることで環境を変えているところです。極端にはずれたくはないけど、かといって一般的な選択でもないというか。
長山悦子
桐谷さんのこれまでのキャリアも、そんな感じなんですか?
桐谷ヨウさん。サイボウズ式のブロガーズ・コラムでもおなじみ、ブロガー・週末コラムニスト。国内大手メーカーグループ、外資系コンサルと大企業2社での勤務を経てフリーランスとなり、今夏よりとある企業で週4勤務をスタート。土日と平日1日を含めた週3日は、個人で受けている仕事や好きな活動に取り組む、「複業」を実践している
桐谷ヨウ
はい。2社目の外資系コンサルを辞めてフリーランスになるとき、周りの10人中7人から「正気か?」とか「年収高いのにもったいない」とか、いろいろ言われました。一般的な選択ではないですよね(笑)。
長山悦子
そうですね(笑)。
桐谷ヨウ
僕は働く上で一貫して「コスパ」を大事にしてきたタイプなんです。だから、たとえば年収が1000万円を超えるような環境だとしても、それが激務だと魅力を一切感じないんですよ。仕事にかける時間と収入のバランスが重要なんです。
長山悦子
なるほど……。ちなみに、今の会社では、どういう働き方をしてるんですか?
長山悦子。2010年サイボウズ新卒入社。転職や留学など自分を成長させるために退職する人が、最長6年間は復帰できる「育自分休暇制度」を利用し、2014年1月〜2017年1月まで3年間、アフリカのボツワナ共和国で青年海外協力隊員として働く。帰国を機にサイボウズ社員に戻った
桐谷ヨウ
週4日勤務を前提とした雇用契約で、正社員として働いています。同時に、弊社のスタンスである「一流企業と競争力のある給与」をいただけています。
ちなみに週5日勤務が前提だった場合には、いくらもらっても会社員になってないです(笑)。
長山悦子
さっき話に出てきた「コスパ」的には、最高な環境ですね。
桐谷ヨウ
そうなんです。もちろん他の人より1日少ないぶん、「必要な存在だ」と周囲に思ってもらわなくてはいけない緊張感や大変さはありますけど。
働き方を考えるときに意識する軸
長山悦子
桐谷さんは自分のキャリアを決めるとき、どんなことを意識していますか?
桐谷ヨウ
僕の場合は、可処分所得と可処分時間が判断基準として大きい要素です。
長山悦子
可処分所得と可処分時間……?
桐谷ヨウ
可処分所得とは、収入から税金や保険料を差し引いたお金。可処分時間とは、24時間の中で絶対にやらなければいけないことを差し引いた後に残る自由な時間のことです。
その2つをキープした上で、本当にやりたいことに取り組むって順番で考えています。
長山悦子
そうなんですね! 私は逆にお金とプライベートの時間には無頓着なんです。死なない程度にお金があって、好きな仕事ができたらよいなと思っています。
桐谷ヨウ
僕とは真逆ですね(笑)。
長山悦子
はい(笑)。
キャリアを決めるときは、時間やお金、場所や組織など、いろいろ大切にしたい軸が出てくると思いますが、自分なりの折り合い地点を定めることが大事なのだと思います。
桐谷ヨウ
同感です。人って100%の「満足」はできなくても、自分の意志と判断で「納得」をすることはできると思うんです。その納得するための判断基準が大事なんじゃないかな、と。
ちなみに、長山さんはどうしてサイボウズに戻ったんですか?
長山悦子
よく聞かれるんですけど、もともと復職するつもりだったんです。
ボツワナに旅出つ3年前に長山が社内グループウェア上に残したあいさつ。たしかに復職すると書いてある。
長山悦子
サイボウズのチームワークの文化に興味がありましたし、これまでの知識や経験を生かして、自分の力を発揮できる場所だと思っていたので。
「理想に近い働き方が目の前にあれば、それを選ぶのって自然だと思う」
桐谷ヨウ
最近感じるのは、「一度選んだ働き方(状態)をずっと続けなきゃいけない」と考える人は、けっこう多いのかもしれない、ということです。
長山悦子
どういうことですか?
桐谷ヨウ
僕の話をすると、外資系コンサルを辞めてフリーランスになったときに、一生フリーランスで生きていく絵は描いてなかったんです。
なのに周囲の人からは、「あいつはフリーランスで一生食っていくつもりだ」といったような見られ方をすることが多くて。
長山悦子
そういえば私も、育自分休暇でボツワナに行くとき、「数年後にサイボウズに戻ってきます」と言ったのにも関わらず、本当に戻ってきたらびっくりされました(笑)。
桐谷ヨウ
戻ってくるって言ったのにね(笑)。
長山悦子
「一度選んでしまったらもう戻れない、戻ってこないだろう」と思っている人はたしかに多そうです。私は、キャリア、働き方に関する考え方は、そのときどきで柔軟に変化していくものだと考えているんですけど……。
桐谷ヨウ
そうそう。すごくわかります。
一番大事なのは、「そのとき、その場で、自分が何をしたいか、自分の心の声と対話すること」だと思ってるんです。例えば、独身のときと、家族ができたときとでは、働き方や稼ぎたい年収なども変わってくるはずですから。
長山悦子
そのときどきの自分の心に嘘をつかない、正直でいる、というのは私も意識しています。
桐谷ヨウ
人生の各地点で、理想と現実とが折り合っているかチェックして、適宜軌道修正をかけていく作業は必要ですよね。
半会社員になって週4で働き始めたというと、「週4ってうらやましい」「なんで今さら会社員に?」といった、大きくふたつの反応に分かれるんです。
後者の人たちは、僕がずっとフリーランスでいる、と思い込んでいるようでした。
長山悦子
「なんで会社員に戻るの?」って聞かれると、逆に「なんで会社員に戻るのが不思議なの?」って思いませんか(笑)?
桐谷ヨウ
めちゃくちゃ思います(笑)。目の前に、自分が理想とする働き方を実現できる環境があるなら、そこに移るのは自然なことじゃないかと。現状に固執しないでもっとかろやかに、柔軟に考えてもいいと思います。
週5日勤務できる人しか受け入れない会社は、優秀で本当にほしい人材を手に入れられなくなるのでは
長山悦子
自分の中でキャリアの判断軸がしっかりと定まっていれば、桐谷さんのように「週4日で働けないだろうか」と会社に交渉することも可能ですよね。
でも、純粋な疑問なのですが、週4勤務という働き方は、会社にとってメリットはあるのでしょうか?
桐谷ヨウ
うーん。逆に言うと、「本当に週5勤務じゃないと戦力にならないか?」と考えると、答えが出ると思うんです。きっとそうではないですよね?
桐谷ヨウ
もうひとつ大局的な視点では、会社が「週5勤務できる人しか雇用しない」と決めていると、これからの時代は優秀な人材や本当にほしい人材を雇えなくなるかもしれないなとは思います。
長山悦子
桐谷さんの場合は、「あなたのスキルがほしい」というのは前提ですが、中小規模の会社だったから、柔軟に対応してくれた、というのもあるんでしょうか。
桐谷ヨウ
それはまちがいなくあります。創業5年目の若い会社だから柔軟に対応してもらえた。
経験上、大企業は体制を維持するために「例外を許してはいけない」ですから。選択肢から大企業を捨てたから得られた環境ですね。
完ぺきな選択なんてできないから、選んだ道を正解にしていけばいい
桐谷ヨウ
雇用主が個人の社外での活動を応援してくれるって、これからはすごく大事なポイントになると思いますよ。実際、別の環境で働いたり、経験したりして得たことは資産のようなもので、会社でも生かせると思うんです。
長山悦子
わかります。私は新卒のときから、会社以外の組織に所属して活動してきました。
小規模なボランティアグループのリーダーになって、活動方針を決めたり、プロジェクトに人を巻き込んだり、ということをしていましたが、サイボウズだったらこの経験はできなかったなと思います。
桐谷ヨウ
サイボウズくらいの、中〜大規模の会社になると、新卒1年目や2年目そこらで、そういうマネジメント経験はなかなか積めないですよね。
長山悦子
そうなんです。もしその経験をしていなかったら、上に立つ人、部下を持つ立場の人の気持ちがわからなかったと思います。でも、会社外の組織でリーダー経験をしたことで、本業において上司の気持ちを少しでも理解できるようになりました。
桐谷ヨウ
さまざまな組織や環境に身を置く経験をすると、自分とは違う立場にいる人の気持ちに寄り添えるようになりますよね。僕も大企業、中小企業、フリーランス……と、いろいろな立場になって、たくさんの人と関わる経験を積めているのは、大きな収穫です。
「こんな小さなことで、いちいちうるさい人だなぁ……」なんて一瞬イラッとしたとしても、「でも、お互い様だよな」とか「まぁ、無茶言いたい気持ちも、わからなくはないな」と、寛容に思い直せるようになりました(笑)。
長山悦子
異なる環境に身を置く、というので思い出したことですが、ボツワナに行ったとき、同僚たちからメッセージカードをもらったんです。
長山悦子
そこにある後輩女性が、「長山さんは少し遠くを見ている気がします。だから怖くないんだろうな、と思いました」と書いてくれてたんです。それは当たってるかもしれない、と思います。
桐谷ヨウ
わかる気がします。やっぱり、一歩飛び出せない理由は、自分の近くばかり見ていたり、近くの声ばかりを聞いていたりして、結果的に「怖いな」「やめておこうか」となってしまうからなのかな。
長山悦子
スルー力というか、マイペースというか、周りの細々とした小さなことはあまり気にしないのが自分なんだろうな、と思います。皆が意識しているルールをやすやすと越えていく、みたいな(笑)。
桐谷ヨウ
人と違うことをしようとしたら、どうしてもノイズが発生しますもんね。でも、それに惑わされずに、自分が何をしたいか、単純にわくわくするものを選べるかどうか、じゃないでしょうか。
選んだ道を正解にするためにがんばればいいんです。「たられば〜」と言い続けてたら、人生あっという間に終わっちゃうじゃないですか!
長山悦子
いい締めですね(笑)。自分の心を偽ると本心がわからなくなるので、常に素直な気持ちでいることも大事なのかなと。本日はありがとうございました!
文・ 池田園子/撮影・橋本美花(1〜4,6,8枚目)、橋本直己(7枚目)、長山悦子(9枚目)/企画編集・眞木唯衣