長くはたらく、地方で
地方移住はハードルが高い。都心で働く人には「地方複業」がベストではないか
地方でNPO法人を運営しながら、サイボウズで副(複)業している竹内義晴が、実践者の目線で語る本シリーズ。今回のテーマは、複業と地方。 地方企業の人材不足解消と地域活性化には、都市部の労働者を複業採用するのが有効なのではないか。
いま、地方の企業は専門的なスキルを持つ人材を求めているが、なかなか人が集まらない状況になっている。そういった人材は、どうしても都市部に集中してしまうため、地方では人材採用に苦戦しているのが現状だ。
そこで考え出されたのが、都市部で働くスペシャリストが、採用に苦労する地方の中小企業で複業する方法だという。
私は新潟を軸に東京のサイボウズで複業を始めて1年になる。複業の方向性は、記事とは逆だ。
「これからの働き方」などと言われる複業だが、実は、複業を始めた当初から、地方の企業が複業採用を始めると、地方が抱える課題を解決しながら、働く人々にとっても新しい価値を生み出すのではないかと思ってきた。
当初の気持ちは、複業で「地方が軸、東京は拠点」に挑戦──人生100年時代を生きるために、サイボウズで地方中心の働き方を選んだに綴っている。
地方の人材不足と地域の衰退はかなり深刻
都市部にいるとあまり感じないかもしれないが、地方で働いていると、人口減少や都市部への人口流出、少子高齢化の問題の深刻さを、肌身で感じる。
一つは「人材不足」だ。
先日、ある中小企業の経営者から人材採用に関する相談を受けた。「マネジメントができる人を人材紹介会社に探してもらっているが、なかなか見つからなくて困っている」そうだ。ハローワークや求人誌で募集しても全く反応がないという。
もう一つは「地域の衰退」だ。
先日、私が住んでいる地域の未来予想をしてみた。新潟県妙高市にある60世帯ほどの小さな集落だが、高齢者世帯を数えたら全世帯の約半分。15~30年後には、世帯数は現在の半分になる見込みだ。
地方には祭りや農業・防火用水の管理など、さまざまな地域行事がある。このままでは地域を維持できなくなってしまうのではないかと、危機感を抱いている。
Wターン―複業なら移住しなくても地方で働けるのでは?
私は複業を実践するにつれて、「地方企業が複業採用を始めると、地方の問題を解決するきっかけになるかもしれない」との思いを強くしている。その理由は大きく分けると2つある。
都市部の人材を小さな負担で採用できる
一つ目は「人材不足の解消」だ。
これまで、地方の企業が都市部で働く人を採用する場合、移住・転職してもらうしかなかった。
しかし、都市部で働いている人たちが、今までの仕事や生活を投げ打って、文化や習慣が異なる地方に移住・転職するのは、相当ハードルが高い。
また、地方の企業にとって、高度なスキルを持った人をフルタイムで雇用するには、給与の支払いが大きな負担となるし、それだけの仕事を提供できるかも分からない。
一方、都市部と地方をまたいで働く複業なら、労働者は生活基盤を都市部に残したまま働ける。
地方の企業にとっても、都市部でさまざまな経験をし、専門的なスキルをもった人を採用できるようになる。また、フルタイムで雇用しなくてもよいため給与面の負担も軽減できる。
関係人口が増え地域活性化につながる
二つ目は「地域活性化」だ。
これまでの地域活性化と言えば、移住・定住者を増やしたり(いわゆるUターンやIターン)、観光や買い物客をはじめ、外部から地域に訪れる「交流人口」を増やしたりするのが一般的だった。
だが、移住・定住はハードルが高いし、一時的に交流人口が増えても流行り廃りがある。
また、人口が減っていく現在の日本の中で、各地域が、ただでさえ少ない移住者を奪い合っていては、不毛な争いになってしまう。
一方、複業は、移住しなくてもよく、移住者の奪い合いにもならない。週に数日稼働すれば、それだけ、地方に思いをはせる時間になる。
また、月に一回出社してもらうようにすれば、地域との交流が少しずつ生まれる。一緒に地元の食を味わったり、祭りや農業などの行事に参加して楽しんだりすれば、地方の魅力に気づいてくれるかもしれない。
複業を入り口に「地元のファン」「地域の仲間」を増やすのだ。これならば、移住や定住ほどハードルは高くないし、緩やかなつながりができる。
このような、移住や定住ではなく、交流人口でもない人のつながりを「関係人口」と呼ぶ。関係人口とは「地域を応援してくれる仲間」のことだ。
また、地方在住の私が、月に一回東京に行くと、さまざまな刺激を受けるように、都市部と地方を行き来するからこそ気づく課題認識やアイデアもあるだろう。
複業は、今までのUターンやIターンに変わる、新しい地域活性化の形だ。地方と都市部を行ったり来たりするから「Wターン」とでも名付けてはどうか。
「複業×地方」で生まれる労働者の新しい価値
「複業×地方」が活発になれば、労働者は「お金」や「自己実現」以外の、新しい価値に気づくことになる。
地元や地方への貢献できる
都市部で働いていても「地元が好き」という人も多いだろう。「地元に貢献したい」と思ったことはないだろうか。
また、地方が気になる人もいるだろう。「おもしろい地方に関わってみたい!」と思ったことがあるかもしれない。
でも、都会で働いている今、会社を辞めて移住するのは無理。また「地元に帰りたい」と心のどこかでは思っていても、そもそも、フルタイムで働ける場所がなければ帰郷どころではない。
もし、地元や地方の会社に複業できたら、何らかの形で地方に関われるし、月に1回の出社を理由に、週末、地方に行くことができる。地域の行事にも参加できるし、地域貢献もできる。
今まで以上に「ふるさと」に想いを寄せることができるのだ。
両親を見守ることができる
次に、「地元に残した両親を見守ることができる」ことだ。
私は以前10年間、都市部で働いていたことがある。働き始めたころは、実家に兄と弟がいて、親も元気だった。そのため、私が実家を離れても「兄か弟が何とかしてくれるだろう」と思っていた。
だが、結果的に兄も弟も実家を離れることになった。
老いた両親が田舎の家で2人きり。「あー、男3人兄弟だったのに、結局、両親だけを残してしまったな」「さらに老いたとき、両親はどうなってしまうのだろう」「このまま、実家がなくなってしまうのかな」……都市部に住んでいたとき、こんな後ろめたさがあった。
このような後ろめたさを、あなたも感じたことがないだろうか。老いていく両親が心配になったことはないだろうか。実家がなくなることに、一抹の寂しさを感じたことはないだろうか。
私の場合は、転職を機に実家に戻ることを選んだが、今の仕事や生活を投げ打って、地元に帰ることができるのはごく一部だろう。ましてや、結婚して都市部に生活基盤があったら、地方に移住することなど、そう簡単なことではない。
もし、地元の企業に複業できれば、月に1回の出社時に親の様子を見守ることができる。今まで、盆暮れ正月にしか子供の顔を見られなかった両親にとって、これだけでもうれしいはずだ。
特に40代以上の人は、親の介護も、頭の片隅に入れておく必要がある。地元での複業が介護問題に一石を投じるかもしれない。
ときどき地方でまったり働く
もっとも、そんなに「地域貢献だ!」「親の面倒を見るんだ!」と意気込まなくてもいいのかもしれない。
「もっとゆるいほうがいい」という人もいるだろう。
それならば、メインは都市部で働いて、金曜日は地方で複業。土日はそのまま地方でまったり過ごすのもいいのではないか。
複業×地方に適した環境・業種とは
地方の企業が都市部のビジネスパーソンを複業採用する場合、必要な環境がある。
テレワーク環境は必須
物理的な距離が離れているビジネスパーソンを雇用する場合、テレワーク環境が必須だ。
テレワーク環境とは、グループウエアやチャットなどの「情報共有ツール」や、顔をみながらオンラインで会議をするための「コミュニケーションツール」などだ。
私が新潟に住みながら、東京のサイボウズで複業ができるのは、グループウエアで情報共有しているところが大きい。仕事に必要な情報はすべてオンライン上にある。また、必要に応じてテレビ会議にも参加する。
情報共有ツールやコミュニケーションツールは、有料なものから無料なものまでさまざまだ。必要に応じて選びたい。
募集しやすい業種
募集しやすい業種もある。
経営企画や商品企画、マーケティング、Webサイト構築などの業種は、物理的な距離は関係ないため複業との相性がいい。
このような業種の経験やスキルを持った人材は都市部に集中しているため、地方の企業がもっとも必要としている人材でもある。
「複業×地方」を始める課題と指針
「複業×地方」を考えたとき、可能性を感じるとともに、さまざまな課題を感じることもある。
最後に、「複業×地方」の課題と指針をまとめたい。
地方には複業という概念がまだない
複業は「新しい働き方」に思えて、地方に住む人からは「昔の働き方」へ回帰しているように見えるでも触れたが、地方で「複業」という言葉を発しても、ピンとくる人はまだ少ない。
地方で複業の話をする場合は、言い方を工夫する必要があるだろう。ちなみに、私の場合は相手によって伝える職業を変えている。
もっとも、かつての地方は季節によって仕事を変えたり、出稼ぎをしたりする文化があった。「複業」という言葉に慣れていないだけで、「いろんなことで生計を立てる」文化は元々ある。
マッチングの難しさ
「複業×地方」は非常に可能性がある。だが、企業と労働者のマッチングが難しい。
地方の企業と複業者をマッチングするサイトはいくつかあるが、それ以外の手段はほとんどない。ハローワークや既存の人材紹介会社でも、複業者を紹介する仕組みはまだないだろう。
私自身、現在、地方の経営者から「複業者を採用したいが、どうすればいいか?」と相談されている。サポートしてあげたいが、どうすればいいか悩んでいる。
発信力がある企業なら、自社で募集することもできなくはないが、それも難しいのが実際だろう。
もし、地方自治体が、Uターン、Iターンに変わる新しい施策として、複業採用の取り組みをはじめたら、地方企業と都市部労働者のマッチングが進むのではないか。そのような自治体があれば、実務家の視点で協力したいと思っている。
複業採用に対する意識
地方企業の「複業採用に対する意識」も課題の一つだ。
いくつかある地方企業と複業者のマッチングサイトを見た。募集内容や報酬が確認できる。
だが、それらの中には「専門的なスキルを持った人材を、できるだけ安価に、短期的に使いたい」といった、「都合のいい外注」のような印象を受けた案件もあった。
もし、地方の企業が複業採用を積極的に活用したいなら、一緒に働く「仲間」として受け入れることや、適切な報酬への意識が必要だろう。
複業者とのコミュニケーション
物理的に離れた場所で仕事をする複業では、基本的な働き方がテレワークになる。そのため、オンラインのコミュニケーションが主体になる。
テレワークは、課題が全くないわけではない。
だが、テレワーク環境があるからこそできるのが、複業×地方の働き方だ。
オンラインツールを使ったコミュニケーションを円滑にするために、さまざまな課題を柔軟に対応していく必要があるだろう。
多様な働き方の実現が社会の問題を解決する
今までの、副業が禁止だった時代は、働く場所の選択肢は「都市部 or 地方」のどちらかを選ぶしかなかった。
地方企業が都市部の人材を採用する場合、転職や移住を促すしかなく、労働者にとっては、それが高いハードルだった。
しかし、地方企業の複業採用は「都市部 and 地方」を可能にする。都市部の人材とつながり、地域が活性化する機会にもなるし、都市部の労働者にとっても「新しい価値」を生み出す。
多様な働き方の実現こそが、社会の問題を解決する糸口になるのだ。
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執筆
竹内 義晴
サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。