「組織形態に優劣はない」「個人がありのままでいられる組織が力を発揮できる」「ティール組織への変革は良いことばかりではない」
ティール組織を勉強するために、サイボウズで開かれた社内勉強会(第1回、第2回)。新メンバーが安心して本領発揮できるプロセスを段階的に会社に取り入れるべきなど、新たな学びもありました。
サイボウズとティール組織との違いや共通点が明らかになってきた本連載。最終回では、サイボウズの変遷から、これからの社会全体で求められる会社についてまで、ティール組織第一人者の嘉村賢州さんとサイボウズの代表取締役社長・青野慶久が話します。
経営者は半年から1年をかけて、まずは「内省」を。従業員に先に変革を求めるのはNG
青野 慶久
『ティール組織』を読み進めていくと、後半で大どんでん返しがありますよね。
「ティール組織に変革するためのたった2つの条件」という箇所です。これにはドキリとしました。
青野 慶久
組織の変革には、「経営トップ」と「組織のオーナー」が、組織の運命を左右する絶対的要素だと書いてあります。
kamura
そうなんです。400ページぐらい読み進めたところで、ようやく出てきます。
青野 慶久
「一人のミドルマネージャーが自分の担当部署だけをティール組織のように変革する ことは可能か」という問いに対して「無駄な努力はやめたほうがいい」とバッサリ答えていますよね。これは衝撃でした。
kamura
そこが「経営者の失敗しがちなポイント」でもあるんです。
ティールの概念が広がったことで、「自分の会社をティール的に進化させるには、まず社員に何をさせればいいか」と経営者の方から相談をよく受けます。
ただ、この時点ですでに考え方が間違っているんです。
嘉村賢州(かむら・けんしゅう)1981年生まれ。兵庫県出身。京都大学農学部卒業。IT企業の営業経験後、NPO法人 場とつながりラボ home's viを立ち上げる。人が集うときに生まれる対立・しがらみを化学反応に変えるための知恵を研究・実践。2015年に1年間、仕事を休み世界を旅する。その中で新しい組織論の概念「ティール組織」と出会い、日本で組織や社会の進化をテーマに実践型の学びのコミュニティ「オグラボ(ORG LAB)」を設立、現在に至る。
kamura
まずは、「なぜティール組織に変革したいのか」「変革を躊躇(ちゅうちょ)するものは何か」といった答えを、経営者が自ら掘り下げなければいけません。最低でも半年から1年は必要です。
その内省をせず、社員にいきなりティール的な働き方をさせようとして成功するのは、ほぼ不可能です。
青野 慶久
深い内省が必要となると、経営者としての責任をすごく感じますね。
kamura
そこは、青野さんに聞きたいところでした。サイボウズさんでは、ティール的な働き方を実現されているところも多いですから。きっと青野さんにも、何かタイミングがあったのではないでしょうか?
青野 慶久
ありましたね。かなり苦い記憶ですが。
「会社の危機に残ってくれたメンバーに、命を懸けてもいいと思った」
青野 慶久
話は創業初期までさかのぼります。サイボウズは、グループウェアをもっと世に広めたいと、私を含む3人で立ち上げたんです。創業から3年で上場するなど、運がよかった。
kamura
すごいスピードですね。
青野 慶久
その後、初代社長が辞めることになり、私が社長業を引き継いだんですが、私にマネジメント能力がまったくなくて……。
kamura
今の青野さんからは想像がつかないです。
青野 慶久
本当に、ひどかったんですよ。
「上場企業だから、もっと会社を成長させないと」と思っていましたが、やることなすこと失敗の連続でした。
1年半で9社を買収するも、マネジメントができず大赤字で。持っていた現金はすべて使い果たし、借金で何とか回しているような状態で、当然離職率も高いわけです。
kamura
そんなときもあったんですか。
青野 慶久
当時は、「あそこを走っている車が私に突っ込んできたら楽になれるのかも」みたいな考えがよぎるぐらい、精神的にもかなり追い詰められていました。
「これではいかん」と初心を思い出しました。まずはグループウェアに注力するため、買収した9社のうち8社を手放しました。売り上げは3分の1に激減しました。
kamura
思い切った転換ですね。
青野 慶久
買収のための書類準備だけでも膨大な作業量なのに、そのほとんどを無駄にしてしまった。担当した社員は、たまったもんじゃないですよ。
社員全員が、退職してもおかしくないような状態だったはずなんです。それでも、残ってくれたメンバーがいる。本当にありがたかった。
ある意味、「青野慶久」は一度、死んだも同然でした。そこで残った命は、サイボウズに残ってくれたメンバーに懸けてもいいと思ったんです。
kamura
そこが大きな転換点だったんですね。
青野 慶久
そうですね。その経験があり、マネジメントも変わりました。「俺の言うことを聞け」から「みんなの言うことを聞く」というモードに切り替わりました。
kamura
そうだったのですね。これまでのお話を聞いて、さらに質問です。
グリーン組織ではどうしても社長がちゃぶ台返しのように現場に介入してしまう機会が多く、ティール組織では、そういう機会がだんだん減っていく傾向にあります。青野社長の場合なにか「こういうときは口に出す」と決めていることはありますか?
青野 慶久
必ず口を出すのは、社員の行動が会社の理念に反するときです。
“チームワークあふれる社会を創る”という理念に向かっていなければ、徹底的に突っ込みます。
それから、嘘をつくのもNGです。もし嘘が見つかれば、現場のどんな小さい嘘でも介入します。もし寝坊して遅刻したなら、「寝坊した」と言わなければなりません。嘘を認めると、多様な人たちが信頼関係を築けないからです。
kamura
自分を偽らないでいい環境を実現されているんですね。
経営者には経営者にしか果たせない役割がある
kamura
ティール本の出版後、広がっている誤解の1つ に「経営者不要論」がありますが、やはり、経営者には経営者にしか果たせない役割があるんです。
ティール組織における経営者の役割は大きく3つ。「組織の顔」「ソースにつながる」「ティールを維持する」です。
青野 慶久
「ソースにつながる」とは?
kamura
「初心に立ち返る」といったほうが、わかりやすいかもしれません。
「株式会社は売り上げや利益を前年以上に増やすべき」など、資本主義の制度では“べき論” があふれています。その多くはティールの概念と考えが合いません。
そこで求められる経営者の大きな役割は、自分たちのソースとつながり続けること。外発的な”べき論”で組織の方向性を示すのではなく。本当はどうありたいのか?どこに向かいたいのか?を常に探求し続けること、そして組織がそこに向かっているかを感じ続けることです。
決してそれを指示命令で押し付けるのではなく、語り伝えたり、語り合える場を整えていくことです。
青野 慶久
サイボウズでいうと「グループウェアをなぜ世に広めたいか」の根幹となる部分ですね。
kamura
そうです。青野さんが、会社が行き詰まったときに創業当初のグループウェアに立ち返ったのが正にそれです。
スティーブ・ジョブズのような創業社長はソースに立ち返る力が強いと思います。経営者のソースにつながる力が弱いと、組織としてぶれやすくなってしまいます。
青野 慶久
3つ目の「ティールを維持する」にも通じますね。ティールに変革するにも維持するにも、経営者は責任重大ということですね。
kamura
その通りです。逆に言えば、それ以外のすべては手放していいということです。
組織のマネジメントや意思決定、問題発生時の介入などは、どんどん手放していいとされています。
青野 慶久
私も育休に入るたびにかなりの仕事を手放している んですが、もっと手放せることがありそうです。
プロジェクト単位での兼業や副業は、もはや当たり前の時代
青野 慶久
嘉村さんは、ティール的な組織が当たり前になった世の中は、どんな社会になるとイメージしていますか?
kamura
「プロジェクト型社会」になっていくと思います。具体的には、存在目的にシンプルに共感する人が集まり、組織や雇用形態を超えて柔軟にプロジェクト体制を構築する形です。
「会社」という枠組みがあいまいになると同時に、プロジェクトがたくさん生まれて、連携する社会になるのではないでしょうか。
青野 慶久
ここでも、「存在目的」がキーワードなんですね。
kamura
ええ。企業の存在目的がいつまでも固定化した狭いもので、時代に合わないものになってしまったら、個人は企業ではない別の場所にいくかもしれないですよね。
時代や社会に応じて、柔軟に変化する企業に人が集まり、プロジェクト単位での兼業や副業が当たり前になるんだと思います。
青野 慶久
その流れは、すでに現実になってきていますね。
kamura
はい。さらに、存在目的を実現することが第一優先になると、企業同士が競合して力を削ることも、少なくなってくると思います。
実際に、オランダの訪問医療会社ビュートゾルフは、5年で10人から9000人に成長しました。その過程で、自社のノウハウをすべて公開するどころか、ライバル企業の顧問を無料で引き受けていたりするんです。
青野 慶久
競合する会社同士でも、存在目的が同じなら提携する動きが加速するかも しれない。
会社という枠組み自体の概念が、変わっていきそうですね。これはおもしろいです。
ティール組織が当たり前になるには、会社法の抜本的な見直しが必要
kamura
組織がティール的であればあるほど、会社法が窮屈に感じるようになると思います。
青野 慶久
同感です。
kamura
そもそも、会社法に定められている「雇用主・雇用者」というヒエラルキー自体が、ティール組織に合わないです。
株式会社の仕組みも、どうしても経営者が数字的な圧力を感じやすいですよね。
青野 慶久
資金調達の仕組みも、現行の会社法の枠組みには収まり切れないものが、すでに生まれてきていますし。
kamura
ティール組織が当たり前だという社会を実現するには、会社法の抜本的な見直しが必要になってくると思います。
実際にヨーロッパでは、すでにそういう動きも始まっていますから。
青野 慶久
日本でも新しい会社法を作りたいですね。
kamura
これからの時代は、法律やルールをゼロベースで仕組みから考えなおしていくことが、重要になってくると思います。
青野 慶久
ティール組織になって実際に成果が上がれば、オレンジよりもティールを真似する企業も増えてきます。
ティール組織が増えれば、法改正も起こりうる。ますます変化が加速するかもしれません。
kamura
ティール組織が目指すものは、決して数字的な利益や組織の拡大ではありません。
それにもかかわらず、ティール型組織の大多数が、同業他社に比べて売り上げや給料を上げています。これはおもしろいですよね。
ティール組織の誕生は時代の必然。「変革したい組織」をテクノロジーが後押しする
青野 慶久
ティールの概念は会社単位で考えるよりも、社会全体の枠組みで考えたほうが、わかりやすい気がしました。
青野 慶久
社会全体の変革が進もうとしているから、ティール的な組織が生まれてきている、ということですよね。
kamura
そうだと思います。それを後押ししているのが、情報テクノロジーの進化です。
ティール組織において、採用時には「テストでふるいにかける」「人を使う」などの言葉は使われなくなります。人と組織はもっと対等な関係だからです。
青野 慶久
その通りですね。
kamura
常識が変われば、言葉が変わる。言葉が変われば、これまでとは違う新たなシステムが必要になってきます。
ティール組織が誕生してわずか数十年。技術がこれからどう進化し、どのような新しいシステムが生まれてくるのか。可能性に満ちあふれる、わくわくする社会が広がっていると感じます。
構成:玉寄麻衣/編集:松尾奈々絵(ノオト)/撮影:二條七海 /企画:森信一郎