企業の研究開発部門であるR&D。サイボウズにも「サイボウズ・ラボ」という研究開発を行う子会社があります。
R&Dのミッションは、企業が将来的に市場で優位性を獲得するための研究・開発を行うこと。しかし、長期的な視点での研究が求められる一方、短期的な評価を行う組織も少なくないといいます。
「サイボウズ・ラボ」では、研究内容に対するマネジメントも、論文や特許数による評価を行っていません。
「一体どういう組織なの?」 この疑問に答えてもらうために、サイボウズ・ラボの研究員・西尾泰和が、サイボウズ・ラボ社長の佐藤鉄平に話を聞きました。
折しも佐藤は、2018年に社長に就任して、丸1年が経ったところです。
ラボの存在意義は、どうなるかわからない未来、いわば不確実性に対応するということ
西尾
鉄平さんがサイボウズ・ラボの代表取締役社長になって、1年が経ちましたね。
佐藤
ねえ。
西尾
僕は、「ラボ内に何か変化が起こるのかな」と期待していたんですよ。なのに特に何も起こらなかった。
今日はその「どないなっとるんや」というところを、追及させてもらおうかと(笑)。
佐藤
おお、がっつりインタビュアーな感じなんだね。
西尾
で、社長になってどうですか? 意識していることってあります?
佐藤
いやー、マネジメント、というかコントロールしないってことですよね。
西尾
ほう。といいますと?
佐藤
ラボの存在意義は、どうなるかわからない未来、いわば不確実性に対応すること。
だから、「この研究をしてください」と指示を出してしまうと、その時点でラボの存在意義と矛盾しちゃうんです。
佐藤鉄平(さとう てっぺい)。1982年新潟県生まれ。2007年サイボウズにエンジニアとして入社。Garoon、kintoneの開発を経て、2015年7月グローバル開発本部副本部長に就任。2018年に執行役員グローバル開発本部長兼サイボウズ・ラボ株式会社代表取締役社長に。Twitter: @teppeis
西尾
確かに。R&Dとしての役割を果たせていないことになりますからね。
佐藤
そうそう。だからメンバーは、会社の方向性を理解した上で、各自の専門性をどう生かすのかを考えて動いてもらわないと。
でもそれは、ラボだけが特別じゃなくて、本社も同じ。今後のサイボウズは、よりメンバーやチームが自律的に動けるような場になっていくんだと思います。
西尾
佐藤
これまで部長と呼ばれていた人たちも、チームを管理するのではなく、支援する立場にシフトしていきます。
西尾
ふむふむ。じゃあ鉄平さんが代表になって「何も変化がなかった」のは、マネジメントが不要だから、むしろ良いこと……?
佐藤
まあ、実際には8月に僕がキントーンのプロダクトマネジャーをやることになっちゃって、2018年の後半はほとんどラボに手がかけられなかったという理由もある(笑)。
西尾
ははは。そりゃ緊急度の高い方が優先されますからね。
共感は本社より大切?「ラボには理想への共感しか縛るものがない」
西尾
ラボをマネジメントしないとはいっても、組織である以上、人を束ねるために必要なことはありますよね?
佐藤
「チームワークあふれる社会を創る」というサイボウズの理想への共感ですね。
西尾
理想への共感は、本社の採用でも重要視していますよね。本社と変わらず、ということですか。
佐藤
むしろ、本社よりも重要だと思っています。ラボには理想への共感しか縛るものがないから。
西尾
というと?
佐藤
本社ならチームとしての仕事があるし、具体的な業務がある。
でも、ラボは個々人でテーマを設定しての研究活動が中心。だから、サイボウズの理想への共感が強い人じゃないと、「入っても何をすればいいのかがわからない」って、ぼんやりしちゃうんですよ。
西尾
なるほど。自由なラボだからこそ、「何をしたらいいですか?」って上司に聞くような組織じゃない、と。
長期的な視点・専門的な研究でビジョンを達成していくのがラボの姿
西尾
サイボウズとは別の組織として、ラボ自体の理想やビジョンはありますか?
佐藤
1つは、視点が長期的だということです。
本社は、いま提供しているプロダクトとか、具体的なビシネスやユーザーを考えて活動している。
西尾
ふむふむ。
佐藤
それに対してラボは、「こうなるかもしれない」とか「こうなったらいいな」という観点で研究したりプロトタイプを作ったりしている。もう少し長期的な視点だよね。
西尾
「来るかどうかわからない未来」を見つめる視点なんですね。
佐藤
そうそう。そしてもう1つの違いは、メンバーがエンジニアリングの専門性を持っていること。
要するに、「長期的な視点で各々のエンジニアリングの専門性を使って、サイボウズの掲げているビションを実現するために動く」のがラボの理想の姿なんだろうな、と。
エンジニアリングってそもそも何?「社会をより良くしていくための学問」って?
西尾
「エンジニアリング」って言葉は人によっていろいろな解釈があると思うんです。鉄平さんはどのようにとらえているんですか?
佐藤
エンジニアリングは、日本語だと「工学」と訳されるけど、一般的には「技術」のイメージが強いと思うんだよね。
でも僕は、もっと広い意味で考えていて。たとえば、文部科学省による「工学」の定義には、「自然科学だけでなく社会科学の知見も使って社会に有用なものを作る学問」みたいなことが書いてある(*1)。
(*1)工学は、数学と自然科学を基礎とし、ときには人文社会科学の知見を用いて。豊かな経済基盤に立脚した安心・安全な社会を実現するために有用な事物や快適な環境を構築する学術分野である。(文部科学省 工学系科学分野の研究動向(要旨)より)
西尾
そう説明すると、世間一般の「エンジニアリング」という言葉のイメージとは異なる印象かもしれません。
佐藤
本社の開発本部は、エンジニアリングの中でも技術を使って製品を開発する活動が中心。そこをもう少し、概念として広い分野に取り組むのがラボの研究なんだよね。
西尾
うんうん。
佐藤
技術的な部分の探究以外にも、ラボの場合は「そもそもチームワークってなんだろう」とか「どんなことをしたら、よくなるだろう」とか、社会科学的な研究も視野に入って……。
西尾
「チームワークあふれる社会」というビジョンを目指すなら、「じゃあ、その社会って何?」「そこにどういう力学が働いているの?」と問う視点を持つ必要がある。
社会システムに対する、システムエンジニア的な視点という感じですね。
佐藤
まさにそう。問題を解決するにはいろんなアプローチがあるけど、ラボでは工学面からアプローチをしているよね。
西尾
「工学面から」とは、仮説を立てて、試して、結果を見て、仮説を修正して、というように実験を回していくイメージですか?
佐藤
うん。自然科学的な研究によって、問題を解き明かしていくというとわかりやすいかも。
西尾
なるほど、実験科学的といってもいいかもしれませんね。
論文や特許の数を評価基準にせず、カウントすらしないのはなぜ?
西尾
「サイボウズ・ラボユース」(*2)もそうですが、サイボウズは「
未踏ジュニア」(*3)にも協力しています。
本社もラボも、社会貢献の枠組みで人材育成に力を入れていますよね。
(*2)世界に通用する日本の若手エンジニアの発掘と育成を目指すことを目的とし、学生の若手クリエイターに研究開発の機会を提供する場として、2011年3月31日に設立。1年間学生が自分の好きなプロジェクトに取り組むのを、サイボウズ・ラボのメンバーがメンターとして参加する。
(*3)独創的なアイデアを持つ小中高生クリエイターに対し、各界で活躍するPMやその他専門家による指導、また最大50万円の開発資金の援助を行うプロジェクト。
佐藤
そうだね。
西尾
彼らはサイボウズ製品の直接的なユーザーではないし、特に「未踏ジュニア」は、高校生以下を対象にしているから、短期的には採用にもつながらないですからね。
佐藤
「将来、いいエンジニアに育ってほしい」という思いもあるけど、エンジニアにならなくてもいい。「そんな経験を持つ人が増えれば、より良い世界につながるはずだ」という考えが根底にあって。
西尾
たしかに。
佐藤
ラボでは評価を行う上でも、「社会に貢献しているかどうか」というのが重要なポイントとなっています。
西尾
R&Dなどの研究機関では、論文や特許の数による評価制度を採用しているところが少なくない。
でも、サイボウズ・ラボだと、その数を評価基準にしていないし、カウントすらしてないですよね。
西尾
「個々が取り組んだ結果、こういう価値が生まれました」という個別の成果を、事後的に評価していますもんね。なんでこういう体制なんでしょうね?
佐藤
サイボウズにとっては、数を基準としちゃうより、ビジョンに向かっていくのが当たり前だと思っていたから、自然とこうなったんじゃないかな。
人生の責任は取れないけれど、半年からでどうですか?
西尾
ラボにはいま、10人ほど在籍していますよね。今後、人数を増やす予定はあるんですか?
佐藤
組織にマッチした人がいれば増やしたいです。
西尾
マッチした人……。どういう人を募集しているのか、言語化しないとマッチした人を探すのは難しいですよね。
「チームワークあふれる社会をつくっていくために何が必要か」を考えられる人で、専門性を持っていて、自分で動いていける人?
うーん、そんな人をどうやって見つけたらいいんですかね?
佐藤
そうだなあ。西尾さん、誰か呼んできてよ、いい人。
西尾
いやいやいやいや。
西尾
「いい人紹介してよ」って、いろんな人から言われますけど、まず「いい人」の定義が明らかじゃないと、紹介できないですからね。
佐藤
その通りだ(笑)。
西尾
それに紹介した人が、将来その組織でハッピーになるかどうかがわからないと、紹介した側としては責任を持てなくて、腰が引けちゃう。なので、とりあえず入ってみてから考えてもいいと思うんですよね。
「人生の責任は取れないけれど、半年からでどう?」とかできればいいけど。
佐藤
あ〜。半年限定とかインターンとか、まずお試しできる機会を増やしていくと良いのかもしれないですね。
西尾
学生なら「サイボウズ・ラボユース」から、気軽にかかわれますからね。
ラボに必要なのは、個人が創造性を最大限発揮できるマネジメント
西尾
ラボがどういう組織なのかを発信するというのは、今後の課題の1つかもしれませんね。
今後、ラボでチーム作業を推進することを、考えていますか?
佐藤
やるとしても固定的なチームではないですね。プロジェクト単位で、くっついては散らばる感じ。
西尾
それでいえば、現状でも同じですね。シナジーがあると感じたらすぐくっつき、終わったらすぐ離れる。
佐藤
ラボのメンバーは、それぞれの専門性を持っているから、言ってしまえば組織立って動く必要がないんですよ。
個々のメンバーがテーマを持って取り組んでいく場所だから、チームをまとめる必要がない。
西尾
うん、そうなりますよね。
佐藤
だから、社長になってからも、組織として特に何も起こさなかったのかも。そのあたりはちょっとメンバーに甘えているのかもしれないけど。
全体がゆるやかなチームだから、個人が創造性を最大限発揮できるマネジメントが必要なんだろうね。
西尾
なるほど。今日は鉄平さんのいろんな考えが聞けて面白かったです。
これからラボがどんなチームになっていくのか、僕も楽しみにしています。
対談後、キントーン上でこんなやりとりが……。
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執筆・小栗詩織/編集・松尾奈々絵(ノオト)/撮影・栃久保誠/企画・鈴木統子