長くはたらく、地方で
地方での複業は「遠距離恋愛」とよく似ている──信頼できるパートナーとの「共創」が地域を盛り上げる

「憧れ」と「現実」は、必ずしもイコールではありません。だからこそ、憧れの地方での複業に踏み出したあと、思わぬ壁が立ちはだかるときだってあります。
そんなとき、ヒントにしたいのが、岩手と鎌倉を行き来する佐藤柊平さんと、熱海と東京を行き来する水野綾子さんの経験談。前編では、地方で複業を始めるためのステップについて、お伺いしました。
後編は、「複業する人や地方企業にとって必要なマインド」や「地方で複業する人の存在価値」など、さらに実践的な内容で話が盛り上がりました。
遠距離恋愛も遠距離複業も「おたがいに信頼し合う」ことが大切


岩手でおこなった遠恋複業課の、首都圏ビジネスパーソンとのフィールドワーク

現在、働き方改革の流れを受けて「自分の本業を生かして、会社の外に出て何かをしてみたい」と思っている人が増えています。
一方、地方企業では日本全体が売り手市場の中で、思ったように採用できない現状がある。「正社員を採用するまでもないけど、スキルのある人に任せたい」という場面もありますよね。


岩手に行って企業の中で働くだけではなく、リモートでも働きながら、その報酬を受け取れる仕組みです。

佐藤 柊平(さとう・しゅうへい)。1991年、岩手県一関市生まれ。中学・高校時代に、風景写真を撮りながら岩手の衰退を感じ、地元のためにできることを考え始める。地域づくりを勉強するために、明治大学農学部へ進学。都内のPR会社へ就職し、全国各地の移住促進や地方創生事業に携わる。2017年にUターンし、世界遺産平泉・一関DMOの設立に従事。岩手県総合計画審議会(若者部会)委員。現在は岩手に関する企画・PR・編集業務を行う一般社団法人「いわて圏」の代表理事や、株式会社カヤックLivingのプランナーとして活動中

「複業をしたいけど、何から始めたらいいんだろう?」と悩んでいる人に「まずはイベントに行ってみたら?」と気軽に言えるのもいいなと。

移住を積極的に推進している地域はたくさんありますが、あまりにゴリ押しされると、ちょっと引いちゃうじゃないですか。






それに、お付き合いがうまくいくコツも似ていました。


たとえば、「相手の忙しさを理解して、おたがいに信頼し合う」とか「会う日や電話する日は決めておく」とか。


自分のスキルを地方でどう生かしたらいいのかわからない人に、気軽に利用してもらいたいですね。
移住しなくても熱海にかかわってくれたら、もう熱海の人






協賛をお願いしに行ったら、「ちょうど、複業したい人と地方企業をつなげるプロジェクトが動いていて」というお話が出てきて、そこに手を上げました。



水野綾子(みずの・あやこ)。編集者。出版社で雑誌の編集を経て、2015年から編集業に加えて”人のPR業”を開始。2017年に家族で熱海に移住。東京での仕事を続けながら、週4日、新幹線で熱海・東京間を行き来するサーキュレーションライフ(循環型生活)を送る。二拠点、複業など「多様な働き方」を熱海から実践、発信中。2018年には、ビズリーチの『地域貢献ビジネスプロ人材』に、熱海市の地元企業と都市部の人材をつなぐコーディネーターとしてかかわる


実は、熱海の行政って移住施策をまったくやっていないんです。それをせず、「移住しなくても、熱海にかかわってくれたら、もう熱海の人だよ」というスタンスです。


「押し付けないからこそ、自分の望む濃度で付き合える」のは、いいなと思っています。


だから、ライフスタイルや働き方の軸で、「二拠点生活による複業」や「熱海に移住したこと」などを発信しています。
地方は「新しい風」を流し込んでくれる存在を、どこかで待っている

その点、熱海は積極的に動いていますよね。それはどうしてだと思いますか?

竹内義晴(たけうち・よしはる)。1971年、新潟県妙高市生まれ・在住。ビジネスマーケティング本部コーポレートブランディング部 兼 チームワーク総研 所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業している。コミュニケーションの専門家。「もっと『楽しく!』しごとをしよう。」が活動のテーマ。地方を拠点に複業をはじめたことがきっかけで、最近は「地方の企業と都市部の人材を複業でつなぐ」活動をしている

12、3年前、熱海では観光客は激減し、若者は流出して空き家がどんどん増えていきました。熱海に住む人たちの多くは、その危機感を持っていたんです。




そのうえで、熱海は少子高齢化や空き家問題など課題先進都市なので、「未来の危機感」を共有できていることも大きいのかなと。



そのとき、地元企業が複業マッチングを使えば、地元では出会えないスキルや考え方を持った人と出会うことができるんです。


複業案件を一緒に進めるなかで、地元企業の50代の方に「1社に勤め上げることが美徳だと思っていたけど、複業っていう形は目から鱗でした」とおっしゃっていただいたことがあって。
新しいものから学ぼうとする姿勢が大事なんでしょうね。
「俺が何とかしてやるぜ」と上から来られるとちょっと引いちゃう

地方と都市部を行き来しているおふたりが、この活動に取り組む理由はなんでしょうか。



そういう「通訳者」のような存在が一人いるだけで、話の進み方がスムーズになります。





つなげたい両者にとって、ニーズのある仕事かどうかがわからないと、せっかく仕事を生み出しても、結局は空振りに終わってしまう。


二拠点のどちらにも、よいところもあれば、足りないところもある。「複業は、それを補いあえるんだよ」って伝えることが、通訳者には求められているんです。
優先順位に合わせて、もっとワガママに働いたっていい




というのも、僕は昨年、東京で週5日フルタイムで働きながら、地方では自分の会社を立ち上げたりしていたので、なんだかもう……カオスな状態でした(笑)


そのときに「自分がかかわる必然性はあるのか」を考えながら、削れるものは削り、チューニング作業をしなければいけなくて。




「東京の仕事も好きだけど、熱海での活動も増やしたい。でも家族との時間は削りたくない」と考え、東京での勤務を週4に減らしました。
自分の優先順位を大切にしながら、「自分にとって心地よい方法」で仕事してもいいんじゃないかと思っていて。


とはいえ、みんなもうちょっとワガママに仕事してもいいし、好きなことを仕事にしてもいいと思います。だって、仕事って人生そのものですから。
複業するなら、企業とは「いいパートナー」としていっしょに走ろう



最終的に仕事を続けている方は、動機があり、地元企業の考え方に共感している場合がほとんど。企業とか土地への恋ですよね。



だから、「条件」で複業を募るのは、ちょっと違うのかな、と。


たとえば、ちょっとおおげさかもしれませんが「給料は1日1万円」という条件だったとき、「それだったら、東京で残業したほうがいいな」と思ってしまうので。

その上で自分が苦しくならず、かつ地域にとってもメリットのある形が理想的だと思います。






地元企業の魅力を棚卸ししながら、「この会社であれば複業したい」と思えるような求人を出して、複業マッチングを実現させたいですね。


それと、2030年の熱海を考えて変えるための公開型の会議「ATAMI2030会議」の運営にもかかわっているので、まちと人や企業をつなぎ、「観光以外の熱海の可能性」をもっとかたちにしていきたいです。


地方の人口が減っても、地域の文化が守られて、地域の産業や経済が回り、地域社会がしっかりと営まれていく。そういう社会をつくらないといけないタイミングが、まさに今、来ているんです。


その中で、地方の人口が減っても、いろいろな人がハッピーになれる暮らし方や仕事を選べるようになれば、岩手をはじめとする地方は大丈夫なんじゃないかと思います。
そのために、岩手では「遠恋複業課」、複業先のカヤックLivingでは、移住希望者と地域のマッチングサービス「SMOUT」を活用して、理想的な状態をつくることが目下のミッションです。


複業をすることで、それぞれの場所で実現できることは違います。
それを掛け合わせることで、おたがいがハッピーになれればいい。たとえ小さくてもいいので、それを1つずつ積み上げていければいいなと思っています。
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執筆

流石 香織
1987年生まれ、東京都在住。2014年からフリーライターとして活動。ビジネスやコミュニケーション、美容などのあらゆるテーマで、Web記事や書籍の執筆に携わる。
撮影・イラスト

編集
