長くはたらく、地方で
リスキリングに必要なのは「資格」よりも「問い」? AI時代の生存戦略を考える
「リスキリング」という言葉を見聞きする機会が増えました。その時々にあわせて、時代に合ったスキルを身に付けることは、とても大切なこと。
一方で、「時代に合ったスキルを身に付ける」という、ビジネスパーソンであれば至極当たり前なことに新たな言葉が与えられ、「これからはリスキリングだ!」「アンラーニングだ!」と叫ばれていることに、「このままで大丈夫なのかな?」「新たなスキルを身に付けないと!」と、なんとなく焦ったり、何を学んだらいいのか迷ったり、モヤモヤした気持ちを抱いている方もいらっしゃるかもしれません。
リスキリングって、何なのでしょうか? 本当に大切なこととは?
ボクは以前、技術肌のプログラマーだった。「美しく、効率的なコード」を書くのが大好きで、そこに、仕事のやりがいやプログラミングの楽しさを感じていた。
ここでいう「美しく、効率的なコード」とは、プログラムやドキュメントが分かりやすく書かれており、構造や動作が明確で、効率がよく、保守性も高い……といった感じのプログラムである。
それはまるで、読みやすい文章と同じだ。主語がわかりづらく、だらだらと書かれていて、何が言いたいのかさっぱり分からない文章よりも、「なるほど、つまり〇〇ってことね」のように、要点がまとまっており、理解しやすい文章のほうが、読み手としてはうれしい。
というわけで、「美しく、効率的なコード」を書くことにこだわりを持っていたし、それが「技術力の高さ」だと自負していたのだ。それが、プログラミングの楽しさでもあった。
その後、紆余曲折があり、ボクはプログラミングの仕事から離れることになったのだが、最近ふと、こんなことを考える。
「プログラマー時代って、美しく、効率的なコードを書くことにこだわっていたし、それがエンジニアとしての楽しさだと思っていたけれど、あの、技術者としてのこだわりは、今後は必要なくなるのかもしれないな」
美しく、効率的なコードはAIが書いてくれる?
なぜ、「あの、技術者としてのこだわりは、今後は必要なくなるのかもしれないな」と思ったのか。それは、ChatGPTの登場である。
ChatGPTをご存じだろうか? ChatGPTとは、入力した質問に対して、まるで人間のように自然な対話形式でAIが答えてくれるサービスだ。
たとえば、「いま、元気がないので、やる気が出る一言をお願いします」と、言葉を投げかけると……
あなたが今日までやり遂げてきたすべての困難や試練を考えてみてください。それらを克服してきたあなたは、強く、勇敢で、信じられないほどの力を持っています。今日もその力を信じて、前に進んでください。きっとあなたは素晴らしい結果を出せるはずです。
のように、ChatGPTが言葉を返してくれるのである。
同様に「あなたは、優秀なプログラマーです。これから指定するプログラムを、効率的で、誰でも理解しやすいように書き換えてください」と指示を与えると……
承知しました。どのようなプログラムを書き換える必要がありますか?また、どのプログラミング言語を使用する必要がありますか?具体的な情報を提供していただけると、より正確な答えを提供できます。
のように、対話をしながらコードを最適化してくれる。
勘のいい人なら、もう、お分かりだろう。ボクがプログラマー時代に、もっともこだわりを持ち、楽しいと感じていたことを、AIがやってくれるようになりそうなのである。
千葉工業大学変革センター所長の伊藤穰一さんは、動画でChatGPTを以下のように説明している。
人間の自然言語をコンピュータ言語に変換するということもできる。そうすると、プログラムを書くとか、コンピューターに命令を送り込むことができるので、これで多分初めて、コンピュータープログラマーじゃない人がプロンプトっていうChatGPTとかGPT4に投げ込む言葉によって、プログラムみたいな形でコンピューターをコントロールすることができる。これはもしかすると一番大きな革命の部分なんじゃないかなと思います。
(筆者注:プロンプトとは、ChatGPTに指示する命令文のこと)
現在のところ、ChatGPTの精度はまだ不十分かもしれない。出てきた情報に対する確認も必要だろう。だが、ボクがプログラマー時代にこだわっていた「現在の状況を最適化する」といった仕事は、AIがもっとも得意とするところなのではないかと思う。
プログラマーというと、どちらかといえば技術の最先端で、いわゆる「AIによって置き換わる仕事」の対局にあると思っていた。だが、ChatGPTに直面し、以前、自負していた「技術肌のプログラマー」のこだわりや楽しさが、近い将来なくなっていくのかも? と感じたとき、ちょっとさみしい気持ちになったのだ。
見聞きする機会が増えた「リスキリング」
話は変わるが、最近、「リスキリング」や「アンラーニング」という言葉を見聞きする機会が増えた。
リスキリング(re-skilling)とは、職業能力の再開発、再教育のこと。アンラーニング(unlearning)とは、これまで身に付けてきた知識やスキルのうち、時代の変化によって有効でなくなったものを捨て、その代わりに新しい知識やスキルを身に付けること。
NHKの調査によれば、8割の企業がリスキリングを導入予定なのだそうだ。また、 2022年10月3日の臨時国会で、岸田文雄総理が話した所信表明演説によれば、個人のリスキリングに対する公的支援として、5年間で1兆円の予算を投じるらしい。
時代の変化に合わせて学び続けることは、とても大切なことだ。
だが、誤解を恐れず正直にお話すると、ボクはリスキリングやアンラーニングという言葉を耳にすると、なんとなくモヤモヤする。それは、「時代の変化に合わせて学び続ける」という、ビジネスの世界では至極当たり前のことが、なんだが、特別なことのように扱われているからなのかもしれない。
リスキリングやアンラーニングって、そんなに特別なことなのだろうか?
また、先に触れたプログラミングのように、いままで、技術の最先端だと思われていたことも、もはや変わりつつある。この事実を自分ごととして実感したとき、こう思ったのである。
「いま流行りのリスキリングは、ビジネスパーソンの生存戦略と言えるのだろうか?」「いまやるべきことは、スクールに通ってスキルを身に付けたり、資格を取ったりすることなのだろうか?」「本当に大切なことは、ほかにあるんじゃないのか?」
これから必要なのは「問い」?
先日、あるIT企業で、最高技術責任者をつとめる知人と話をした。彼は、ボクがプログラマー時代だったときの後輩で、非常に優れたエンジニアである。彼に、これまでお話してきたような内容を話したところ、次のように言っていた。
「ボクらが感じていたプログラミングの楽しさは、もう、味わえないのかもしれませんね」
「現場にいてもそう思うのか……」と、思った。
もう一人、同席していた知人は、こういった。
「プログラムの最適化はAIがやってくれるから、本当にプログラミングが好きな人以外は、それほど難しい技術は必要なくなってくるのかもしれませんよね。それよりも、ChatGPTのようなツールに、どのような問いを投げるか? ということのほうが大切かもしれません」
「どのような問いを投げるかが大切」……その通りだと思った。
ここでいう「問い」とは、本当は「これでいいのかな?」「このままでいいのかな?」と感じながら、いままで、見て見ぬフリをしてきた目の前の課題ではないか?
たとえば、日常の業務や生活の中で「これはおかしい」とか、「なんとなくモヤモヤする」と感じることがある。だが、ボクらは案外「それは、そういうものだ」「まぁ、確かに理想はそうだけど、変えるのはめんどくさい」のように、目の前の現実から目をそらし、見て見ぬフリをする。
そうではなく、気づいている目の前の課題を、そのままにせずに解決していくこと。そして、「この課題は、どうすれば解決できるのだろう?」という問いが立った時に、新たなアイデアを思考するためにAIやITのツールを活用すること。
問いを解決するため、実際に行動しようとするとき、ひょっとしたら関係者と交渉したり、理不尽な思いをしたりすることもあるかもしれない。だが、このような一見泥臭く見える「目の前の課題を解決していく」ことのほうが、単にスキルを身に付けたり、資格を取ったりすることよりも大切なのではないか。
目の前のモヤモヤを変えて「kintoneおばちゃん」に
わたしの知人に、以前はなんのビジョンも覚悟もないまま定年を迎え、再雇用されるも、これといった仕事はなく、お給料もモチベーションも急降下していた女性がいる。
しかし、あることがきっかけで、サイボウズの業務改善ツール kintone(キントーン) を知る。知人はその後、なんとなくモヤモヤしていた社内の小ネタを拾い集めて業務を改善。のちに、これまで54時間掛かっていたExcelの業務を削減した。
すると、周囲から「これも改善してほしい!」とオファーが届くようになり、現在は「kintoneおばちゃん」として、新たに活躍する場を見つけるまでになった。
彼女が取り組んだのは、スクールに通い、高度なプログラミングのスキルを学んだことではない。目の前にあるモヤモヤした課題に対して、「このままでいいのか?」という問いを立てて、できることをやった……ということだ。
この話を伺ったとき、「本当に大切なのは、つまり、こういうことなのではないか」と思ったのだ。「こういうこと」とは、目の前の課題に対し、周囲の人たちと交流しながら、「いま、できること」を通じて課題を解決していくことである。このような形で周囲から慕われ「仕事が楽しい!」と思えたら最高ではないか。
自己責任から、相互依存へ
最後に……
リスキリングというと、企業の取り組みでもある一方で、突き詰めて考えてみると、「いかに、個人のスキルを高めるか」というところにあるような気がする。実際、前出の岸田総理が話した所信表明演説によれば、「個人のリスキリングに対する公的支援」とある。
もちろん、個人が生きる力を身に付けることも、大切だとは思う。
だが、すべてを個人に押し付けていいのかな? 「自己責任」でいいのかな? という気もする。なぜなら、どんなにスキルを身に付け、自立したところで、人は1人では生きていけないからだ。
すべての責任を個人にゆだねるよりも、信頼できる人との相互依存関係が築けること。会社が「自立した個人が集う場」であり、「相互依存できる場」であるといいなと思うのだ。
また、どんなに資格を取っても、現場で活かせなければ意味がない。目の前の課題から新たな問いを立てて、行動するための現場は目の前にある。それが、会社という環境だ。
いまの環境でできることを実践していけば、「リスキリングだ」「アンラーニングだ」と煽り立てられる社会の中で、それほど不安がる必要はなくなる。これからの不確実な時代には、そういった個人と組織のあり方が必要なのかもしれない。
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執筆
竹内 義晴
サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。
撮影・イラスト
松永 映子
イラストレーター、Webデザイナー。サイボウズ式ブロガーズコラム/長くはたらく、地方で(一部)挿絵担当。登山大好き。記事やコンテンツに合うイラストを提案していくスタイルが得意。