20代、人事と向き合う。
「ジョブ型」か「メンバーシップ型」かの不毛な議論から脱却せよ。その先にある「ギルド的メンバーシップ型」の可能性——濱口桂一郎×髙木一史
サイボウズ人事部の髙木一史は、「社員が閉塞感を覚えず、幸せに働ける会社をつくりたい」という想いから、初の著書となる『拝啓 人事部長殿』を2022年6月17日に上梓しました。
書籍ではテクノロジーを活用し、会社との多様な距離感・自立的な選択・徹底的な情報共有といった風土をつくることで、個人の幸せと会社の理想実現を両立できるのではないか、という仮説を提示。これを「インターネット的な会社」と呼んでいます。
この仮説をもとに、髙木がこれからの働き方について、多様な分野の方々と議論を交わす企画「20代、人事と向き合う。」がスタート。
今回の対談相手は、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郞さん。長年、労働法政策を専門に日本の雇用問題に向き合ってきた濱口さんは、「ジョブ型雇用」「メンバーシップ型雇用」という言葉の生みの親でもあります。これからの雇用のあり方について、議論した様子をお届けします。
日本において、誤解だらけの「ジョブ型雇用」
僕の人事キャリアにおいて、ある種、間接的に先生のような役割を果たしてくれていた濱口さんと、こうして対談の機会をいただけてうれしいです。
『拝啓 人事部長殿』の中では、日本の大企業の閉塞感をなくすために、「インターネット的な会社」というものを提案しています。
端的には「多様な距離感」「自立的な選択」「徹底的な情報共有」という風土のもと、職務、場所、時間などの条件を限定した働き方や、社内兼務や副業といった多様な選択肢を認め、それらをデジタル技術を活用して効率的に運用するというものです。
その一方で、最近メディアなどで取り上げられる「ジョブ型」は、欧米などでも少数のエリート層だけに見られる特徴の一部を大げさに切り取ったようなものもあり、言葉の定義にやや混乱があるように感じます。
あらためて濱口さんが考える「ジョブ型」とはどんなものなのか、教えてください。
もともと、わたしの提案は「メンバーシップ型雇用」のよさはありながら、一方で無理やり「メンバーシップ型雇用」にされてしまっている人や、そこからこぼれ落ちる人を主たる対象として「ジョブ型正社員」を導入してはどうだろうかというものでした。
しかし日本では、ジョブ型雇用社会の中でも一部エリート層に見られる「成果主義」的な部分だけにフォーカスがあたってしまい、過剰な期待を生んでしまっている。
日本のメディアで取り上げられている「ジョブ型」は、イメージしている労働者層がそもそも異なっているんですね。
「ジョブ型雇用」が日本の労働問題を解決する特効薬というわけではない
労働者は、余計なことを考えずに、ただその職務(ジョブ)のみを遂行する。ある意味ではラクかもしれませんが、「限定」されているのはつまらないと考える人も少なくないでしょう。
しかし実態として、「箱」に人を押し込めるというより、タスクレベルで仕事を柔軟に分け合うイメージのほうが合っているので、そもそも「限定」という表現は、僕の理想とも異なるものかもしれません。
一方でメンバーシップ型雇用は、人間性やその人の可能性を重んじるという点でとてもよくできた制度でもあるんです。「無限定」だからこそ、社内でさまざまな職種を体験できたり、ある種の偶発的な機会に恵まれたりする可能性がある。
一度は「ジョブ型正社員」を提唱した濱口が何を言っているんだと思う人もいると思いますが、髙木さんも、かつてトヨタでキャリアを積むなかで、メンバーシップ型のよさも享受してきたのではないでしょうか?
こう言ってはなんですが、トヨタという会社は、おそらくメンバーシップ型雇用のよさを最大限に活かしてきた企業の1つではないかと思いますよ。
実は前職で、配属面談のときに「人事は希望しない」と伝えていたくらい、人事のキャリアを歩むなんて想定していませんでした。でもいま、本を出版するくらいに人事という仕事にのめり込んでいます。
前職では、2年目まで給与計算の実務を担当していましたが、数字チェックの読み合わせなどが続くと、正直、当時は「ほかの仕事がしたいな」と思うこともあって。
でも、そうした経験の中で、給与計算のスケジュール感や、賃金からどんな項目が控除されているのかなどを知ることができて、いま、サイボウズで人事制度を企画するときに活かされているように感じます。
「〇月にこの制度変更するなら、〇月〇日までに調整しなきゃいけないな」「この手当のルールを変えると社会保険料に影響が出てくるな」とか、押さえておくべきポイントを想定できるようになったんです。
これは、メンバーシップ型でいろいろな経験を積めたおかげなんですよね。
メンバーシップ型は、社員が会社という環境を活用して、自由度が高くさまざまな経験を積むことができるよさがあります。
そういう意味ではジョブ型にもメンバーシップ型にも、それぞれにメリット、デメリットがある。
僕自身もジョブ型への転換が解決策になるとはあまり思っていません。メンバーシップ型を個人と会社どちらにも、より良い形でアップデートできないだろうか、というのがこれから探求したいことです。
世の中の働き方や価値観の変化は、もはやコントロールできない不可逆の流れ
とはいえ、「メンバーシップ型」にも修正すべき点は多くあると考えます。
たとえば、日本におけるメンバーシップ型の総合職正社員は、専業主婦のパートナーがいる男性を前提とした働き方になっていると思います。
しかし、現代では共働き世帯が多数となっています。社会の変化に伴って、仕事にフルコミットする生活を送るよりも「ワークライフバランスを大切にしたい」と考える人が増えてきたようにも感じます。
そんな中、会社側がいつまでも総合職正社員をベースとした働き方を提示しているのは、多くの人が持つ価値観とミスマッチになってきているのではないでしょうか。
日本の総合職正社員は、かつては役職が上がり、権限が増えてくことが一種の働くモチベーションとなっていました。
しかし、現代の会社では権限のインフレ化が起きていて、裁量が狭まっているように思います。そのため、「出世」に魅力を感じなくなっている人も少なくないのでしょう。
そうなれば、「ライフ」の部分を充実させたり、会社での出世ではない形で社会に貢献する道を模索したりと、人生の選択肢が増えていくのは自然な流れだと言えます。
とくに大企業の場合、仕事が分業化され、社内における個の影響力や貢献感が弱まっていくのはある意味仕方のないことだとも思います。その中では、自分が一人の人間として重視されているような感覚を持つのは、なかなかむずかしい。
そこで、複業を通じて、社外にサードプレイス的な居場所をつくり、やりたいことを実現していくことで、自分らしさを取り戻す、という選択肢もあるかもしれない。
一つの会社とのつながりに閉じるのではなく、もっと外にも関係性を分散させていけるといいのかな、と個人的には思っています。
また、かつては長時間労働が常態化していたため、複業するなんて選択肢は考えにくかった。ですが、個人の多様な価値観が顕在化し、ワークライフバランスを重視する風潮も高まってきたいまでは、会社の外に多様なネットワークが広がっていくことはもう止めようがありません。
無理に止めれば、人がどんどん社外に出て行ってしまうだけです。それならば社内にいたまま、外とのつながりを増やしてもらうほうが、会社にとってもよいのではないでしょうか。
「ジョブ型」「メンバーシップ型」の二項対立を乗り越えるヒントは、中世の「ギルド的メンバーシップ」にあるかもしれない
では、どうすればいいのか。ここはわたしも明確な答えがあるわけでもありませんし、うまく言語化できているわけでもないんですが、個人的には、中世における「ギルド」にそのヒントがあるのではないかと考えています。
ギルドメンバーはそれぞれが独立した存在でありながら、相互扶助の関係を築き、ギルド全体の経済的な利益を維持していました。
ジョブ型のように硬直的な枠組みに個人が押し込まれるのではなく、もっと広がりを持った仕事にも取り組むことができるのではないか、と。
こうした「ギルド的メンバーシップ」の実現可能性について、濱口さんはどのように考えていますか?
ただ、そう考えた背景には、世界的にジョブ型が崩れていく可能性が見えてきたことがあります。
それによって、Uber Eatsのように、ジョブよりもさらに細かいタスク単位で仕事を請け負うギグワーカーも増えてきています。
言い換えれば、テクノロジーを活用することで、個人をジョブに無理やり当てはめる必要がなくなるかもしれないのです。
もちろん、タスクベースでの仕事のやり取りが行きすぎると、人々がデジタル日雇労働者として市場に投げ出されるようなリスクがあります。しかし、それはギルド的なつながりがあればカバーできるのではないかと。
テクノロジーを活用することで、会社との多様な距離感を認め、個人の幸せと会社の理想実現を両立できるのではないか、という考えです。
現にサイボウズ社内を見ていると、社内兼務や複業といった形で、社内外で仕事をグラデーショナルな形で分配する、という流れができてきています。
立場を問わず、さまざまな仕事仲間とゆるくつながる未来へ
一方で、会社側がギルド的なメンバーシップをつくろうとする場合、「優秀な人材を自社に囲っておけないのでは?」と不安も生まれてしまいそうです。
まずは、どのような視点や心構えをもつべきでしょうか?
長期的には、さまざまなタスクを「誰にどのように割り振るのか」という新しい仕組みづくりも求められるようになってくるでしょう。
いまは法律の問題もあり、それぞれの立場が線引きされています。ですが将来的には、その線引きが薄れていくはず。
そのときに、立場を問わず、組織やコミュニティを超えたゆるいつながりを持てる世界が実現するのではないかと思っています。
そこには濱口さんからお聞きした「ギルド的メンバーシップ型」のあり方と重なる部分もあるように感じました。
もちろん、僕自身「インターネット的な会社」が絶対的な正解だとは思っていませんし、今日濱口さんとお話をして、あらためて、雇用の問題は、「こうすればすべてがうまくいく」という魔法のような処方箋はない、ということを実感しました。
これからも一人の人事担当者として、いろんな人と議論を重ねながら、より良い仕組みづくりを追求していきたいです。今回はたくさんのヒントをいただき、ありがとうございました。
『拝啓 人事部長殿』(著:髙木一史)
トヨタを3年で辞めた若手人事が、「どうすれば日本の大企業の閉塞感をなくせるのか?」という問いを掲げ、その回答を手紙形式でまとめた1冊。12社への制度事例の取材、日本の人事制度の歴史、サイボウズの変革の変遷を学ぶなかで見つけた「どうすれば会社は変わっていくことができるのか?」「これからの組織に必要なものはなにか?」を提案しています。
企画:高部哲男(サイボウズ)/執筆:村尾唯/撮影:栃久保誠/編集:野阪拓海(ノオト)
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執筆
村尾唯
インタビューライティングを軸に、Webメディアの記事や企業の採用広報・マーケティングコンテンツを取材執筆。ひとの生き方・働き方、採用と組織開発、パートナーシップに関心があります。