特定の人に権限と責任が集中し、疲弊させてしまう。マネジメントメンバーが安定せず、事業の成長に黄信号が灯ってしまう。
そんな危機的状況に直面した株式会社ゆめみ代表取締役・片岡俊行さんは、マネジャーそれぞれの得意領域に合わせて役割を分担する新たな組織をつくっています。
とはいえ、人の得意領域を引き出して適切な役割を与えていくのは、そう簡単ではなさそうにも思えます。メンバーが自分らしさと向き合える組織をつくるには、何が必要なのでしょうか。
前編に続いて、サイボウズ式編集長の藤村能光がその方法論を聞きます。話題は「人間の根本」から、やがて「昆虫の世界」へ──。
「分解し、割り振ること」がマネジャーの重要な役割
藤村
僕自身も編集長としてマネジメントを担っていますが、自分が矢面に立つというよりは、「みんなが楽しく踊るための場づくり」が好きなのだと実感しています。
そんなふうにいろいろな人がいる中で、適材適所でチームをつくっていくにはどうすればいいのでしょうか?
片岡
ちょっと遠回りの話になるかもしれませんが……。
人間の仕事とヒトの構造って、似ていると思うんです。ヒトの体は、アミノ酸など多くのタンパク質が組み合わさって構成されています。
片岡俊行(かたおか・としゆき)さん。1976年生まれ。京都大学大学院在学中の2000年1月、株式会社ゆめみ設立・代表取締役就任。 在学中に、100万人規模のコミュニティサービスを立ち上げ、その後も1,000万人規模のモバイルコミュニティ・モバイルECサービスを成功させる。また、大手企業向けのデジタルマーケティングの立ち上げ支援を行い、関わったインターネットサービスの規模は5,000万人規模を誇り、スマートフォンを活用したデジタル変革を行うリーディングカンパニーとしてゆめみグループを成長させた。「全員CEO」「給与自己決定」「有給取り放題」「1カ月1時間勤務でOK」「副業を会社が発注」「定年100歳」など、常識にとらわれない組織づくりの内幕をTwitter(
@raykataoka)やブログなどで発信中
藤村
こういう「人間の根源」的な話、とても好きです。
片岡
ははは、では続けます。仕事も同じで、「話す」とか「聞く」とか、さまざまな動作の組み合わせでたくさんの職種が形成されている。
そうした中で、最も根源的な仕事ってなんだろう? と考えたことがあります。
藤村
……。コミュニケーションでしょうか。
片岡
答えは、ディレクター的な役割の仕事です。
タンパク質で考えてみましょう。この中でも最も重要なのは、アミラーゼなどの分解酵素です。食べたものを分解してくれるからこそ、最終的な栄養として吸収できる。
同じように、仕事を分解して「これはAさんに」「これはBさんに」と割り振っていく分解酵素的な仕事、つまりディレクター的な役割こそ、根源的ではないかと。
片岡
仕事を分解して設計することを僕は「ジョブデザイン」と呼んでいます。
大きな塊の状態の仕事を置いて、やりたいものを自由に取っていってもらうだけでは、最後に残ったものを誰がやるの? という状態になってしまう。そうならないように仕事をデザインするのは、マネジメントの重要な役割でしょう。
「担当者に依存しがち」にならないために、チームに依頼する
藤村
ゆめみさんでは、分解した仕事をどのようにして紐づけていますか?
藤村 能光(ふじむら・よしみつ)。サイボウズ株式会社サイボウズ式編集長。1982年生まれ、大阪府出身。神戸大学を卒業後、ウェブメディアの編集記者などを務め、サイボウズ株式会社に入社。製品マーケティング担当とともにオウンドメディア「サイボウズ式」の立ち上げにかかわり、2015年から編集長を務める。メディア運営や編集部のチームビルディングに関する講演や勉強会への登壇も多数。複業としてタオルブランド「IKEUCHI ORGANIC」のオウンドメディア運営支援にも携わる。書籍「未来のチームの作り方」(扶桑社)を出したこともあり、最近特に未来のチーム作りに目がない。Twitter(@saicolobe)
片岡
不確実性の高い最初の段階ではマネジメントの役割が大きいのですが、ある程度プロジェクトが安定してきたら、スクラム的に、チームメンバーが自律的にタスクを選んでやっていく方向にしたいと思って動いています。
そのために職務定義をして、全職種の役割をかっちり決めているんです。
藤村
すごい。ここまで明確化されているんですね。
片岡
これを前提にしつつ、自分らしさを大事にしてもらいたいと思っています。
例えば「セールス 兼 人間中心設計スペシャリスト」とか、「ディレクター 兼 キャリアコンサルタント」といった役割のメンバーもいます。
藤村
単一の役割だけではなく、さまざまな職種を重ね合わせられる。
片岡
はい。そうすることで自分だけのキャリアを作り、1万人のうちの1人になることを目指すという考え方です。
片岡
あらかじめ役割を細分化しているのでマネジャーも分解しやすいし、何かを依頼するときは、人ではなくチームに依頼できます。
それぞれのメンバーがどんな能力を持ち、何をやりたいと思っているのかも、一覧で見られるようにしています。
藤村
プロジェクトマネジメントをする人は、チームに対して仕事をお願いすればいいわけですね。
片岡
これによって、会社全体も各チームも特定の1人に依存しない構造となっています。
藤村
サイボウズ式編集部では、メディアを核に、動画やイベントなど、さまざまなプロジェクトが走っています。
プロジェクト担当者の個人依存になりがちなのが課題です。そうした意味では、とても参考になります。
片岡
まぁでも、最後には人の個性が残るんですよね。
うちでは営業の人を「アーティスト」と呼んでいまして。
藤村
いいですね。
片岡
優秀なアーティスト、つまり営業は、一言でその場の空気をがらっと変えられるような力を持っています。そうした力はあくまでも本人の個性です。
藤村
「○○さんだから発注する」というお客さんもいるでしょうし、それはチームでは代替しきれないですよね。
片岡
はい。だけど、そんな「らしさ」を発揮できる場所はゆめみしかないよね、という高次な依存関係を作りたいんです。
「個人の力を発揮できるのは、ゆめみという環境があるからだ」と思ってもらえるようにしていきたいと思っています。
私のリーダーシップは「ホタル2割、カブトムシ4割、ススメバチ4割」です
藤村
得意な役割に手を挙げて、「自分らしさ」を生かせるのはいいですね。
ただ、そこに行き着くまでが大変というか、「自分らしさをどうリーダーシップに生かせばいいんだろう?」と悩む人も多そうな気がします。
片岡
僕たちもそれは考えていますね。
いろいろなリーダーシップの形を社内で発揮できるように、組織的に支援していきたいと思っています。
リーダーシップのあり方を類型化して、「自分にはこんなリーダー像が向いているな」ということにキャリアの早い段階で気づけるようにしていきたい。
これは昆虫の研究をしている中で発見したことなんですが。
藤村
こ、昆虫ですか?
片岡
そうなんです。あ、ちょっと話がずれてしまうかもしれませんね。
藤村
とても気になります(笑)。ぜひ聞かせてください。
片岡
昆虫って、地球上の生物の中で最も多様性に富んでいるんです。なにしろ約100万種もいる。
その理由は「羽」にあります。羽があることでいろいろな生態系へ移動でき、自分に合った環境で進化してこられたわけです。
また昆虫には、幼虫からさなぎを経て成虫になるという独特のステップがあります。さなぎの中ではタンパク質がどろどろに溶けて再構成され、その段階で羽も芽生えていく。さなぎの期間は短いんですが、ここで一気に成長するわけです。
で、思いました。これってリーダーシップと同じじゃないかと。
藤村
確かに、同じかもしれない。
片岡
リーダーになる前から、「自分のリーダーシップってなんだろう?」と考えることが大事なんです。
半年後にプロジェクトリーダーにアサインされる前の、さなぎの段階から準備していかないと、後々苦労することになってしまう。
リーダーシップを類型化するときにも、昆虫の類型化がヒントになりました。
……長くなってしまいそうですね。
藤村
いえ、とてもおもしろいです!
片岡
いわゆるエンジニアマネジャーやテックリードの形が定まらないのは、いろいろなリーダーシップの形があるからです。それらを定義することは難しいけど、類型化はできる。
たとえばカブトムシです。
カブトムシの固い殻の部分は羽です。たまに飛ぶんです。自分の羽を固くすることで、乾燥や衝突から身を守っている。これは「自分が率先垂範して守っていく」という、よくあるリーダーシップですよね。
藤村
その反対もありますか?
片岡
はい、典型的なものはホタルです。ホタルは成虫になるとひたすら光を放つだけで、何も食べずに死んでいきます。これは勉強会に参加した後に周囲へのアウトプットに努め、広報的な役割を担うリーダーの形なのかな、と思います。
藤村
リーダーシップのあり方はさまざまですが、それぞれを昆虫のように類型化できるということですね。
昆虫別のリーダーシップの分類まとめ(取材をもとに編集部作成)
片岡
とはいえ、単純に型にはめられるというわけでもないと思います。僕自身も「ホタル2割、カブトムシ4割、スズメバチ4割」といった形で、いろいろな要素で構成されている気がしますね。
藤村
ホタル10割とか、カブトムシ100%、というわけではなく、さまざまな要素でリーダーシップは構成される。これは納得です。型があれば、自分の目指す方向性をより具体的にイメージできそうですね。
執筆:多田慎介/撮影:矢野拓実/企画編集:山口遼大