「わがままはいけない」――そう言われて育ってきた人は多いのではないでしょうか。特に企業組織において、「早く帰りたい」「この仕事は苦手だからやりたくない」といった意見は、よくないものだととらえられがちです。
一方、「わがまま」を経営に取り入れ、成果を上げている会社があります。それが、大阪にある水産加工会社・パプアニューギニア海産です。
「好きな日に連絡なしで出勤・欠勤できる」「嫌いな作業はやってはいけない」というユニークな制度で注目を集める同社。工場長である武藤さんは「わがままをどうとらえるかで、会社のあり方が変わる」と話します。
今回は、よりよいチームをつくるための「わがまま」のとらえ方・扱い方について、サイボウズ代表取締役社長の青野慶久との対談を通じて探ります。
※新型コロナウイルスの感染拡大リスクを考慮し、撮影時のみマスクを外していただき、一定の距離を保ちながら対談しました。
わがままを聞いたら、生産性は後からついてくる
青野
社会では、「わがままはダメ」と言われることが多いですよね。でも僕からすると、「その発言こそわがままじゃないの?」って思うんです。
武藤
どういう意味でしょうか?
青野
お腹がすいたら何かを食べるし、眠いと思ったら寝る。それと同じように、わがままは自然な欲求だと思います。
にもかかわらず、その自然な欲求を否定して抑えつける方が、もっとわがままっぽいですね。
武藤
抑えようがないですもんね。ただ、僕や青野さんが考えるわがままと、一般の人が考えるわがままのラインは違う気がして。
おそらく、僕たちは一般的にわがままだと言われるようなことでも「わがまま」とは思ってない。むしろ、それが出てくることをプラスにとらえている。
武藤北斗(むとう・ほくと)さん。大学卒業後、築地市場にて荷受業務に従事。2年半の経験後、父親が経営する株式会社パプアニューギニア海産に入社。2011年、東日本大震災で宮城県石巻市にあった会社が津波により流され、大阪に移転。その後、「働きやすい職場」をつくるべく、フリースケジュールなどのさまざまな制度を導入している。著書に『生きる職場 小さなエビ工場の人を縛らない働き方』(イースト・プレス)がある。
青野
そうだと思います。それこそ、武藤さんは「好きなときに働きたい」「嫌いな仕事をやりたくない」といったわがままを経営に取り入れていますよね。
武藤
はい。そして、社員やパートさんら従業員のわがままを受け入れた結果、7年間欠品ゼロで利益も出ています。
もちろん、好き勝手に行動して、人に迷惑をかけるような"度を越えたわがまま"はダメです。
でも、一般的に「わがまま」と言われているものは、僕にとっては「わがまま」ではないので、むしろ、もっと言ってほしい。
そこで、僕と従業員の「わがままのライン」が一致するように、こまめに話し合ったり、ルールをつくったりしながら、みんなが働きやすくなるようにしていますね。
大切なのは、一人ひとりの声に耳を傾け、真剣に向き合う「プロセス」
青野
サイボウズも、自分で選べることを大事にしていて。どの勤務地で働くか、どの職種に就くか、何時に来るか、何時に帰るか、全部本人に任せているんです。
ただ、自立が必要な環境でも生きていける人たちを採用しているから、このやり方が成り立つと思う部分もあって。
青野慶久(あおの・よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、97年にサイボウズを設立。2005年より現職。18年より社長兼チームワーク総研所長。著書に、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない』(PHP研究所)など。社員のわがままを引き出し、組み合わせ、チーム力に変える方法を実践。
武藤
自由に選択できることはラクなように見えて、実はハードルの高いことだったりしますよね。
青野
そうなんです! でも、IT業界では「成果を上げてくれれば、どう働こうが構わない」という土壌がある程度できているので、比較的やりやすいと思います。
一方、武藤さんは工場でパートさんたちといっしょにユニークなルールをつくって、さらにそれを頻繁に変えている。どういう議論と意思決定のプロセスで進められているのか、気になります。
武藤
基本は、僕とパートさんが1対1で面談をするんですよ。そこで意見・提案を聞いたら、僕がほかのパートさんも同じ意見を持っているかを確認する。ちょっと時間がかかりますが、常に僕を介して話を聞いていくんです。
青野
ええっ、全部武藤さんが間に入るんですか?
武藤
はい。僕はパートさんだけで議論することを良しとは考えていないんです。
パートさんは社員と比べると、出勤日が少なかったり、それぞれに事情があったりするので、会社に対する考え方に違いが生じやすい。それが原因となり、争いが起きることが多くて。
青野
なるほど。武藤さんとの1対1の面談であれば、ちょっとした不満も言いやすいかもしれませんね。
武藤
そうだと思います。そうして1対1の面談を通して意見をまとめたあと、全体でミーティングをすることが多いです。
「こんなやり取りがあったので、1度試してみようと思います。2週間やってみてダメだったら、止めましょう」って感じで。
青野
武藤さんをハブにしながらも全体共有がされるなら、透明性が保たれて、みんな安心できそうです。
武藤
僕はその時々で自分が正しいと思っていることを、包み隠さずみんなに言うんです。そこで反応をもらって、また考えるのを繰り返しています。
究極的には、みんなプロセスを見ている気がして。自分たちの意見をどれだけ真剣に考えているのか、アクションを起こしているのか。いろいろやってみて、形にならなかったとしても、実はそんなに問題じゃないんですよ。
青野
向き合って、考えて、議論をするプロセスで、自分たちの中で納得度が増しますよね。
そうしたプロセスを踏まず、経営者が制度だけを真似してつくっても、きっとうまくいかないでしょう。まずは、一人ひとりのわがままに耳を傾けることが大切だと思います。
わがままは歓迎するけど、人に押し付けちゃダメ
青野
好きな仕事をしていい、いつ出勤してもいいという制度を導入したとき、「自分で選べません」「そんなの決めてくれないと」という人はいなかったんですか?
武藤
パートさんの中には、好き嫌い表に一切何も書かない人もいますよ。
最初は「好き嫌いは誰にでもあるだろうし、みんなが書かないと成り立たないから書いてね」と言っていたんです。でもよく考えると、“書かない自由”もあるな、と。
パートさんの好きな業務と嫌いな業務を知るために、かつて使っていた「好き嫌い表」。現在は"好き"を押し付けないよう、「嫌いな作業リスト」に変わっている
青野
好き嫌いを書かない選択も、受け入れるべきわがままなんですね。
武藤
そのパートさんは「仕事なんだから、わたしは何でもやります」という考えだったんです。
それを知って「なるほど、わかった。だけど、みんなにそれを押し付けちゃだめだよ」と、1対1の面談で話しましたね。
青野
なるほど。その考えを押しつけたら、「やっぱり仕事を好き嫌いで選ぶのはよくないんだ」という雰囲気になりますもんね。
武藤
はい。それに「嫌いな作業はやってはいけない」というルールがありますが、「嫌いなことこそ、克服していくべきだ」と思っている人だっている。そういう人は嫌いと申告せずに、進んで嫌いなことに取り組んだらいい。
いろんな考えを持つ人がいますから、話し合いをして改善を重ねつつ、みんながルールに納得してもらえるよう繰り返し伝えていますね。
「好き」は意識しなくていい。自分で選択できることに喜びがある
青野
武藤
ありがとうございます! 「好きなことをやれたらうれしいだろう」と思って、好きな仕事を聞いて、率先的にやれるようにしたんですよね。でも、実際はいいようにはならなかった。
青野
好きなことであっても、自発心がなくなった瞬間に、好きじゃなくなっちゃうんですよね。
武藤
そうなんです! 好きなことでも「好きなんだからやるべきだ!」みたいな強制的な雰囲気を感じると、やりたくなくなっちゃうのが人間の性で……。
結局、自分で選択できることが大切で、そこに喜びがあるんですよ。だから、「好きそのものはあんまり意識しなくていい」と気づきましたね。
青野
人間には飽きがありますから、「好き」だからといって毎日したいわけじゃない。バランスが大事ですよね。
従業員が苦しんでまで続ける会社なら、つぶれてもいい
青野
そもそも、武藤さんが働き方を変えたのには、どんなきっかけがあったんですか?
武藤
実は以前の僕は、社員やパートさんら従業員をいかに動かすかばかり考えていたんです。みんなにきちんとお給料を払うためには、サボらせないで、効率的に動かす必要があるって。
青野
そうなんですか、意外です。
武藤
でも、2011年に東日本大震災が起きて、僕の近くでたくさんの方が亡くなって、当時宮城にあった工場も流されてしまって。
青野
それは大変でしたね……。
武藤
泣く泣く大阪に移転した際に、宮城出身の男性社員がいっしょについてきてくれました。
当時は考えても仕方ないとは思いつつ、「東北を捨てて逃げた」みたいな感覚があって。10年しか宮城に住んでなかった僕でもそう感じるのだから、宮城が地元の彼はいろんな気持ちを背負っていたんだろうなと思っていました。
ただ、大阪に来て、これまでの考え方がすぐに改まったわけじゃなくて。
青野
はい。
武藤
陰口を叩くような雰囲気の職場で、泣きながら辞めていく人もいて。「なんか違うな?」とは思いつつも、そのまま2年の月日がたったんです。
それである日突然、宮城からついてきてくれた彼が「辞める」と言ったんですよ。もちろん引き止めましたが、彼は退職することになりました。
青野
それは武藤さんにとって、衝撃ですよね。
武藤
「いろんな思いを抱えながらもついてきてくれた彼でさえ辞めてしまうこの会社に、何の価値があるんだろう?」って思いましたよ。
そこで一度立ち止まって、「なんで僕は会社をやっているのか」、「どうして生きているのか」、「このまま死んでしまっていいのか」などと自問自答してみたんです。
そして、「僕がやらなきゃいけないのは、従業員が苦しむ状況で仕事をさせることじゃない。従業員が苦しまない会社のあり方を見つける必要があるんじゃないか」と思ったんです。
青野
そこから考えに変化が生まれたんですね。
武藤
そうですね。全従業員と面談する中で行きついたのが「フリースケジュール」をはじめとした制度でした。
もちろん社外からは、「復興中の経営の危ない時期になんてことを」と反対されました。でも僕の中では、「従業員が苦しんでまで続ける会社だったらつぶれてもしょうがない」って。
それで腹をくくって一歩踏み出してみたら、大変なこともあるけれど、想像以上に天国だった。そんな流れでいまに至ります。
これからのリーダーの役目は「会社への不満の解消」
青野
これまではさまざまな事例を分析し、経営戦略を立てることが経営者の仕事でした。しかし、先行きが見えないこれからの時代では、経営戦略を立ててもうまくいかないことが多い。
だからこそ、働く人のことを考えて、モチベーション高く働ける環境をつくることが大事になる気がしています。
武藤
そうですよね。僕はわがまま、つまり会社への不満をどう解消するかを考えることが経営者やマネジャーの役目なのかな、といまは思っています。
青野
「次世代の組織モデル」と呼ばれているティール組織では、リーダー自身の成長が大切だ、と言われています。これは口で言うのは簡単ですが、実際は難しい部分です。
武藤
それは痛感しますね。僕も働き方を変えてから2〜3年間は、「この人がいるからチームがぐちゃぐちゃになるんだ」「あの人さえいなければうまくいくのに」って思うことがありました。
だけど、働き方を変えて7年たったいまでも同じメンバーが半分以上残っているのに、チームはどんどんよくなっている。
青野
それはおもしろいですね。
武藤
もしメンバーを全員解雇して、新しい人に入れ替えていたのなら、「人の問題だった」と言えるかもしれません。
でも、そうではないなら、組織の問題ですよね。つまり、リーダーである僕の問題。それに気づいたとき、めっちゃ恥ずかしかったです。
青野
ああ、すごくわかります。
武藤
いままで憎しみを向けてきた人に対して、本当に悪かったなって思いましたね。
「これは全部自分の責任なんだ、やってきたことの結果として問題が生じているんだ」と思えたときに、リーダーとして意識が変わるんじゃないかな、と。
そういう意識を持てると、敵をつくらないし、変な悩み方をしなくなる。その意味でもっとも大事なポイントは、働き方ではなく、僕自身の意識が変わったことだと思います。
青野
サイボウズもパプアニューギニア海産もそうだと思うのですが、最初から何もかもがうまくいったわけじゃないですよね。スモールスタートで、長い年月をかけて繰り返し改善してきた結果というか。
武藤
そうですね、ルールもコロコロ変えていますし。今日言ったことだって明日には変わるかもしれない。
青野
いきなり最初から100点を狙おうとせず、やってみて失敗しても「それでもいいじゃん」って思えた瞬間に、一歩進めるのかもしれません。
前に進めない時は「失敗したら権威を失ってしまうんじゃないか」とバカにされることを恐れているんだと思います。ここが一番大きなハードルでしょう。
武藤
そういう時は、やっぱり原点に立ち返ることですよね。「何のためにやるんだろうか」と自分に問う。
自分がバカにされたとしても、みんなが苦しまずに働ける会社をつくりたいという気持ちがあれば、乗り越えられると思います。
企画:竹内義晴(サイボウズ) 執筆:水玉綾 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)