これからのマネジャーについて、話そう。
【無料公開】「テレワークで部下が何しているかわからない問題」はザツダンで解消できる──『最軽量のマネジメント』第3章
サイボウズ副社長 山田理が執筆した書籍『最軽量のマネジメント』の第3章を公開します。当時、離職率28%だったサイボウズを立てなおすために、山田が全従業員と「ザツダン」をしたことが書かれています。
在宅勤務やテレワークが当たり前になりつつある今、「部下が何をしているのかわからない」と不安を感じているマネジャーも多いのではないでしょうか。
かつてサイボウズは、ギスギスしていて、業績も伸び悩み、組織全体に停滞感がありました。しかし、当時エージェント事業部の本部長を務めていた山田は「『ザツダン』をすることで、事業部の中で起きていることがはっきりと『見える』ようになった」と話します。
マネジメントの不安解消につながる「ザツダン」について、山田の経験やサイボウズの事例を踏まえて、一章まるごとお届けします。
テレワークでマネジャーが不安になるのは「部下が何をしているのかわからない」から
半数以上の管理職が、「部下がさぼっていないか心配である」と考えている 未経験者の方がより不安を感じているのは、「部下に必要なときに業務指示を出したり、指導をしたりしづらい」 「チームビルディングができない」こと。しかし経験者でも、6割以上が不安に感じている 経験者の方がより不安を感じているのは、 「部下の心身の健康の悪化の兆候を見逃してしまうこと」。7割近くの管理職が不安に感じている」 『リクルートマネジメントソリューションズ-「温かく明快なコミュニケーションで、誰も孤立させないテレワークを』より
1つはプロジェクトマネジメント。目標や方針決定、進捗管理、予算管理など、マネジャーは業務を円滑に進めるため多くの役割があります。とくに進捗管理はメンバーの働いている姿が見えないと「家でしっかり働いているのかな」と余計に不安になります。
もう1つは、人材マネジメントです。これまでは、ミーティングがなくてもメンバーを目にしたり話す機会があり、モチベーションや体調の変化は感じられていましたが、テレワークによってその機会が減りました。
マネジャーが1日中会議をしていたら、メンバーが何をやっているのかは見れていないはずだし、普段からメンバーのモチベーションを上げるためにサポートをしているかと言われれば、多くの企業ではできていないと思う。喫煙所でたまたま会って話す、とかならあるかもしれないですけど(笑)。
今が、マネジメントを見直すいい機会だと思います。
では、この問題はどう解決していけばいいのでしょうか?
そこで、メンバーが抱えるモヤモヤを把握したり、個性やモチベーションを知るために、しっかり時間を取って話す。つまり「ザツダン」をする必要があると思います。
家で仕事をしているとダラダラと時間が過ぎがちですが、「ザツダンの時間を確保する」ことにはそれを防ぐ効果もありそうです。
ザツダンもマネジャーだけではなくて、同期や先輩と自由に入れるのもいいかも。
『最軽量のマネジメント』第3章「みんなの考えていることが見えなくなったときこそ『ザツダン』」を無料で公開します
「みんな」が見えないから「ザツダン」をはじめた
もう一度、会社を立て直そう。そう決めて、わたしが最初に取り組んだことは、全社員との「全従業員と話す」ことでした。
Office事業部とガルーン事業部の対立から、組織編成の見直しをしたサイボウズは、いったん、この2チームを統合し、「エージェント事業部」というひとつの組織にまとめることにしました。
けれども、もとはと言えば社内でも指折りの仲の悪さ、水と油の2チームです。うまくいくはずもなく、だれもその取りまとめをやりたがりません。
当時、わたしは管理部門の長を務めていましたが、紛糾する経営会議の雰囲気がいたたまれず、つい手を挙げてしまいました。「……わたしがやりましょうか?」と。
そしたら「どうぞどうぞどうぞ」と、まるであの有名なコントの流れで、わたしがエージェント事業部の本部長を務めることに決まったのです。
人数でいうと、90名規模の比較的大きな組織。本部長であるわたしのもと、職能別に部門長がいました。開発部長、SE(システムエンジニアリング)部長、マーケティング部長、営業部長……それぞれが各分野の専門知識を持ったプロフェッショナルです。
わたしはそれまで、財務と人事と管理……と銀行員は経験してきましたが、営業もマーケティングも、開発についても門外漢です。意思決定は、彼らとわたしが一堂に会する「最高会」という機関で行うのですが、当然、わたしがまともに意見できることなんて、ほとんどありません。
もしわたしが「カリスマリーダー」になろうとしていたなら、営業と一緒にお客様のところへ行って、マーケティングの知識を身につけて、開発のことも理解して戦略を立てて……と現場に入っていったでしょう。
しかし、そこでわたしはある意味割り切って、あきらめたんですね。自分がこれから時間をかけて何かを身につけるより、任せてしまったほうが早い、と。
あきらめたあと、どうなるのか。
本当にやることがなくなるのです。やることといえば、揉めごとに対応することくらい。毎日とは言いませんが、当時はしょっちゅうどこかでだれかがぶつかっていました。
そこで、気がついたのです。「これ、事業部内のレポートライン(意思伝達経路)がどこかおかしいんじゃないか」と。
組織の構成はこうでした。
本部長のわたしがいて、部門長がいて、その下にマネジャーがいて、部署によってはさらにその下にリーダーがいて、最後にそれぞれのメンバーがいるくらいの階層組織。
つまり、階層が深すぎて、レポートラインがほとんど機能していなかったのです。自分が直接レポートを受けるのは部長の数人からだけ。
わたしの能力不足のせいも大いにありますが、これだけ階層が複数になると、レポートの粒度は粗くなり、現場が一気に見えなくなります。
何か問題が起きても、「みんなが疲弊していて」「みんなが反対していて」「みんなが……」こんな声しか聞こえてきません。 わたしはこう思ったのです。
「だれやねん、みんなって?」
疑問に思って聞いても、だいたい「AさんとBさんとあとそのあたりの何人か…」みたいな曖昧さなのです。
一人ひとりが見えない。これは問題だ。そして、はたと気づいたのです。「『みんな』がだれかわからないと『みんなが働きたいと思える会社』も、どんなものなのかわからない」と。そこでわたしは、こう決めたのです。
「90人の社員全員と、雑談しよう」
忙しい部長たちの手間は取らせず、メンバーの業務の邪魔にもできるだけならないよう、「月に1回30分だけ全員と雑談をさせてください」と、部長たちから承認をとり、おおよそ3か月間、全社員と話し続けました。役職を持つ人とは、さらに頻度を高く、週に1回、1年ほどやり続けました。
月の営業日が20日として、90で割ると1日4〜5人。時間にして4時間弱。
来る日も来る日も「ザツダン」と称された予定で、わたしのスケジュールが埋め尽くされます。社外の人に「山田さん、今どんな仕事をされてるんですか?」と聞かれて、「雑談です」と大真面目に答えるくらい、全力投球していました。
「ザツダン」はあくまで「メンバーが話すための時間」
「ザツダン」とはいったい何かを、簡単にお伝えします。
そもそも、たいていの企業のレポートラインは、ピラミッド型の階層のとおり、裾野に位置するメンバーから課長へ、複数の課長から部長へ、複数の部長から本部長へ……と、下から上に集約されていきますよね。
もちろん、その逆も然り。上層部の意向や指示は、本部長から複数の部長へ、部長から複数の課長へ……と、上から下へ広がっていきます。
しかし、果たして、この「伝言ゲーム」のなかで、もともとその人が伝えたかった意図やニュアンスは正しく伝わるのでしょうか。
多かれ少なかれ、このプロセスで抜け落ちてしまう情報はかならずあります。 そのこぼれ落ちてしまった情報を拾い集める仕組みが「ザツダン」なのです。
似た仕組みに、グーグルやアマゾンなどシリコンバレーの企業がこぞって行う「1on1」というものがあります。それに近いイメージを持つ人も多いかもしれません。
「1on1」といえば、部下が直面する業務上……場合によってはプライベートのこともありますが、課題や悩み、目標などを聞き出し、それに対して上司がコーチングやフィードバックを行い、より適切な方向へ導くためのコミュニケーション技法です。
一方、「ザツダン」は、言葉どおりもっともっと「雑談」に近いもの。
アジェンダ(会議事項)は必要ありません。月に1回(役職者は週に1回)、30分という時間の枠だけがあります。
話すことは、業務報告やプロジェクトの進捗ではありません。その人が抱えるモヤモヤを把握してあげることであり、やりたいことやできることを確認すること、メンバーの個性やモチベーションを知ること。
やってしまいがちなのが「説教」です。しかし、これはもっともダメです。
わたしもついメンバーを詰めてしまいがちです。サイボウズにもこんなギャグが定着しています。
「理さんに詰められて、雑談が『殺談』になった」
…お恥ずかしい限りです。ですから、繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせています。「人の考えを変えようとするなんて、おこがましい」と。
「要望や不満を聞いてしまったなら、具体的になんとかしてあげなきゃ」と、つい準備不足のままアドバイスを言ってしまう人もいるでしょう。責任感のある、やさしい先輩なら、なおさらです。
しかし、「ザツダン」はあくまで、「メンバーが話すための時間」です。重要なのは、その30分が「マネジャーのため」ではなく「メンバーのためにある時間」である、ということです。
本音をしゃべれないのは当たり前。だから100人と話す
とはいえ、「なんでもいいから率直に話そう」と上司に呼びかけられて、みなさんすぐに話せますか? ……無理ですよね。わたしもイヤです。
特にわたしが「ザツダン」を始めた頃は、ギスギスしていて、業績も伸び悩み、組織全体に停滞感がありました。
「1対1の時間なんて何か直接、叱咤されるのだろうか」とビクビクする人、「やらなきゃいけないことはたくさんあるのに、なんで今山田さんと雑談しなきゃいけないの?」と反抗的な態度をとる人もいました。そもそも、わたしに対して好感を持っていません。
するとやっぱり、「いや、問題ないですよ」「うーん、特にないですね」と、なんだか奥歯にものが挟まったみたいな答えが返ってきました。
そりゃそうですよね。わたしと直接利害関係があってもなくても、「今これを言ったところで何も変わらないよな」とか「もしだれかを悪く言ったら悪影響があるかも」とか、なかなか本音で話すことはできません。
しかし、わたしはこう考えます。「本音をしゃべれないのは当たり前、しゃあない」と。だからこそ、マネジャー自身が「全員」と1対1で話すことに意味があるのです。
根気よく、「最近どう?」「どんなことやってんの?」「何か困ってることない?」と続けていると、あるとき、Aさんがポロッとこんな話をこぼしました。
「なんか最近、BさんとCさんがギクシャクしてるっぽいんですよね」次に、わたしはBさんとも話をします。「最近、どう?」Bさんはこう答えます。「いや、別に問題ないです。順調にいってますよ」。なるほど、そうか。
次にわたしはCさんに話を聞きます。「最近、困ってることはない?」するとCさんは「大丈夫です」と答えました。けれども、わたしはAさんに「なんか最近、BさんとCさんがギクシャクしてるっぽいんですよね」という意見を聞いています。ですから、もうひと押ししてみます。「そうなんや。いや、このプロジェクトで今Bさんと仕事してるみたいやけど、何か気になってることはない?」
すると、Cさんはハッとした顔で答えます。「えっ、ご存知なんですか」Cさんは続けます。「実は……わたしはこう進めようと思っていたんですけど、Bさんはそれが気にいらないみたいで。なかなか理解してもらえないんですよね」ようやく、新たな情報が出てきました。
そこでわたしは、次の「ザツダン」で、Bさんにこう訊ねてみます。「このプロジェクト、本当はこんな意見が出ていたみたいだけど、なんで却下したの?」Bさんはこう答えます。「D部長からの指示で、そう決めました」
それからわたしは、D部長に話を聞きます。「BさんはD部長の指示だって言ってるけど、それって本当?」するとD部長はこんなことを言い出しました。「えっ、そんなこと言ったつもりはないんですけど……もしかしたらわたしが仮定で言ったことを、そのまま受け止めてしまっていたかもしれません。そうか、だから最近、意見が噛み合わなかったのか……」
どうでしょうか。聞いたことをぐるぐるぐるぐる回していくと、辻褄の合わないことがたくさん出てきます。本音であろうとなかろうと、どんな意見にも何らかの意図がある。俯瞰してみると、その見え方はまったく異なっていることがわかります。
事実はひとつでも解釈は100通りになっている、ということがかならずあるのです。
いきなり本音を話してくれる人なんていません。だからこうして、100人と話すのです。
「みんな」なんて存在しなかった
すると、何が起こったか。
まず、単純ですが「田中さん」「佐藤さん」というように一人ひとりの名前と顔が一致します。次に、それぞれがどんなことをしているのか、何につまずき、困っているのか、どんなことを考えているのか、はっきりと見えてくるようになりました。
しかし、革命的な変化はそのあとでした。「みんな」という漠然とした言葉が、わたしの頭の中から消えたのです。
思えばそれまで、「事業部のみんな」「従業員のみんな」と、何か漠然としたものを「みんな」と呼んでいました。「みんな」が事業部制に不満を持っている、とか、「みんな」が働きやすい会社にしよう、とか。
けれども一人ひとりと対話をしていくと、「みんな」なんて存在しない、ということに気がついたのです。
チームは、メンバー一人ひとりが寄り集まって成り立っているものです。
当然、一人ひとりが何を会社に求めているのか、どんなことを期待しているのかは違います。チームに属するメンバー全員を一度にハッピーにする施策なんてどこにもないし、あり得ないことを思い知らされました。
「みんなが働きたいと思える会社」がわからなかったのは、存在するはずのない「みんな」を見ようとしていたからだったのです。
「ザツダン」を続け、一人ひとりの考えや思い、要望を聞いていった結果、たどり着いたのは、「みんなが」ではなく「100人100通りが」働きたいと思える会社をつくる、という答えでした。
たどり着いたのは「100人100通りの自立」
たとえば、育児休暇。労働基準法の規定では、子どもが1歳半(現在は改正され2歳)になるまで延長できます。
あるとき、初めての出産を控えた社員がこんな思いを打ち明けてくれました。
「もしかしたら保育園も決まらないかもしれないし、初めてだからどうなるかわかりません。もし、1年半の育休で戻ってこられなければ、会社を辞めなきゃダメですか?」と。
聞かれてみるとたしかに、1歳半なんてまだ小さな赤ちゃんですし、保育園に預けるのも不安でしょう。けれどもそれを理由に彼女が会社を辞めてしまうのは、会社としても困ることです。
それなら、せめて小学校に入学できるくらい……6年間まで育休を延長してもいいのではないか。結果、2006年から育休を最大6年取得できるように制度を変えました。
一方、別のメンバーからは逆に「育休を早めに切り上げたいんです。でも、保育園への送り迎えがあるので時短勤務はできませんか?」と申し出がありました。
もちろん、彼女がそうやって働きたいなら、かまいません。2007年から、ライフステージに応じて自分の働き方を9分類の中から選べる人事制度を新たにつくりました。
同じ育休でも、人によってこれだけ考え方は違うのです。こうして、働く時間や場所の選び方もすこしずつ増えていきました。
そのうち、「週に2回は在宅勤務にしたいのですが、いいですか?」「副業をしたいのですが、どうすればいいですか?」との声が出て、2010年に「在宅勤務制度」2012年に「副業許可」。さらには2013年に「働き方を時間と場所を軸にした9分類」に。一つひとつ申し出があるたびに、その働き方を受け入れてきました。
そうしてついに2018年には「働き方宣言制度」と言って、働き方の分類すらなくなり、自分の働き方を自由に決めて、記述し、自分で実行する制度がはじまりました。
これらの施策の根底にあるのは、制度は「変える」ものではく「増やす」もの、という考え方です。
人事制度を変えてダイバーシティをつくる、ということではなく、サイボウズにはすでに多種多様なメンバーが集まっていると考え、それを受け入れる。
「働き方改革」と一声聞くと、重い腰を上げて今までやってきたことを変えなければいけないのかな、と思いがちですが、1パターンしかなかった働き方から、2分類、9分類、分類すらなし、と単に増やしていっただけなのです。
こうして、サイボウズには100人100通りの人事制度が生まれていきました。
〈 サイボウズの人事制度の変遷まとめ 〉
ほかにも転職や留学などで退職しても最大6年間は復帰できる「育自分休暇制度」、在宅勤務制度を進化させた「ウルトラワーク」、子どもを預けられなかったときに会社へ連れて来られる「子連れ出勤制度」……。
今のところ、使われる頻度の差はあれど、何か問題が起きて廃止された人事制度はありません。
もちろん、最初はいろいろありました。
働く女性に対する制度がどんどん拡充していくと、営業の男性から「なんでそんなにママだけをサポートするんですか」とクレームが入ったことがありました。
そのとき、わたしはこう聞き返しました。「じゃあ、君はどうしてほしいの?」。男性が「ちょっと言えないです」と答えると、「じゃあ黙ってて」と答えました。
サイボウズが目指すのは、公平ではなく個性です。
働くママは、そうしないと働けないからリクエストしている。リクエストしてくれれば会社は実現するから、自分以外の働き方に文句を言うな、ということです。
求めるものは一人ひとり違います。これまでの会社の人事制度は、みんなに同じものが用意されていました。働き方改革においても、「平等じゃない」と文句を言われることが多いと思います。
けれども、違うのです。
制度がイコールである必要はなく、結果がフェアであればいい。結果として、100人100通りが働きやすい状態を生み出せればそれでいいのです。
「100人100通りの働き方」が実現しはじめると、離職率は少しずつ下がっていきました。そして2012年以降、ずっと4%前後で推移しています。
では、肝心の売上はどうなったか?
成果至上主義をあきらめ、いったんは「捨てた数字」ですが、実はこれも2012年以降、毎年、前年比110%ほどで伸長しているのです。
なぜ、会社の事業成長をあきらめて、「成果至上主義」を捨て去って「働きやすさ至上主義」に変えたにもかかわらず、成果がついてきたのでしょうか。わたしの考えはこうです。
「100人100通りの働き方」を突き詰めた
↓
いつ働けば・どう働けば成果を出せるか、という選択を、会社や上司に押しつけられたものではなく、社員それぞれが自分で考えるようになった
↓
成果を上げる方法も「100人100通り」になった
制度や仕組みの話ではなく、それこそが、「100人100通りの働き方」の本質なのでしょう。
発見1 部下の不満は見えないから怖い。見えるようにすれば怖くなくなる
全従業員と「ザツダン」をし続けて、わかったことがあります。
マネジャーにとっていちばん怖いのは、「わからない」ことです。つまり、部下の持つ「見えない」不安や不満です。
わからないから、いたずらに考えてしまう。わからないから、見当違いな施策を打ってしまう。わからないから、会議や打ち合わせを増やしてしまう。
こうして、マネジャーがメンバーにかける時間は知らぬ間に増えていきます。あるいは、わからないから、すべて自分でやってしまう。そして、自らを追い込んでしまう。
しかし、メンバー全員と話すことを繰り返していると、事業部の中で起きていることがはっきりと「見える」ようになってきます。それはもう、驚くほど自分の視力が上がっていくのがわかるのです。
「うちの部署」「みんなの意見」といった、ぼんやりとした集合体を見る解像度が上がり、Aさん、Bさん、Cさん……、それぞれの異なる意見が浮かび上がってくる。そして、それを無理にひとつにまとめようとするのではなく、「100人100通り」として認識すれば、物事に対する理解度はさらに深まっていく。
すると、もうマネジャーにとって怖いものなんてなくなります。
わたしは、マネジメントというものは「みんなを統率する」、みんなを会社の事業成長という目的に向かって「同じように動かす」ことだと考えていました。
大間違いでした。
100人100通りの思いがあるのですから、それをひとつにすることなんて、ハナから無理な話なのです。
けれども、100人100通りの思いがわかれば、組織の課題を見事ゴールにたどり着かせる可能性も見えてくる──。
発見2 チームが「おかしいとき」は、情報が「共有されていないとき」
一方で、マネジャーの立場からすればこんな戸惑いもあるでしょう。
「部下のモヤモヤを聞いた瞬間にそれを何とかしなきゃいけない。ただでさえ忙しいのにまた仕事が増える」「聞けば聞くほど不満なんて溜まっていく一方なんじゃないか」
そういった不安があるから、会社は「ザツダン」的な制度をつくりたがらないのです。
しかし、わたしは逆だと思っています。話を聞くからこそ、余計な仕事は減るし、何かが大事に至るまでに対処できる、と。
モヤモヤの原因の多くは、「よくわからない」という情報不足にあります。
というのも、メンバーの不平不満をより解像度高く見てみると、具体的な問題というより、それ以外の「知らなかった」「聞いてもらえてない」「意見が届いていない」といった部分が大きな面積を占めている、ことが往々にしてあったのです。
モチベーションを失っているメンバーに対して、「どうしたん? 何か、不満があるんじゃないん?」と訊ねてみると、多くの場合、こんな返答があります。
「来期の戦略がわからない」「予算未達だけど大丈夫なんだろうか?」「Aさんがあんな発言をした理由がわからない」「あの人が辞める理由がわからない」……。あるいは、「方針がこう決まったらしいですけど納得いかないんです」「どうしてこうなってしまったんですか? なんか、わたしたちのことをないがしろにされた気がするんです」……。
つまり、どこかでコミュニケーション不足や行き違いが起こり、情報が不足し、「わからない」「理解できない」という状況が発生している。
発見3 つまり「情報の徹底公開」こそがマネジャーの仕事を激減させる
しかし、このようなモヤモヤは「知る」だけで、ほとんど解消されます。
「先月の経営会議で話して、詳しくは議事録のここに書いてあるよ」と情報の在り処を示してあげる。あるいは「あれ、部長から何も来てない? 実は、こんなことがあってこうすることにしたんだ」と説明すると、「あ、そうなんですね。たしかに。わかりました」と、拍子抜けするくらいスッキリした顔を見せてくれることがあります。
「聞いてもらえた」という事実だけで、悩みや不安は軽減されるし、納得感を得られるのです。
つまり、マネジメントにおいてもっとも大事なことは、情報を徹底的に公開することだったのです。
会社側あるいは上司側が、先にどれだけ情報を公開できるか、社員全員が見られる場所におけるか、そして、どのようにアクセスしやすくするか。
これこそが、マネジャーの仕事をいたずらに増やさない「肝」だったのです。
「社内の情報をオープンに」──。こういった施策はサイボウズに限らず、取り入れている企業が増えつつあります。
社内のあらゆる情報をグループウェア上に公開し、全社員が、いつでもどこでもアクセス可能なリソース(資源)とする。そのうえで、マネジャーが抱えていた役割や責任を棚卸し、できる限りの権限委譲を行う。
特に、ITベンチャーに多いかもしれません。というのも、この思想はもともと、エンジニアと親和性が高いのです。
エンジニアの世界では、基本的にオープンソースとしてコードが公開され、ノウハウや知識を共有しながら、ゆるやかに全世界の技術者がつながっています。
だからこそ、革新的なスピードでテクノロジーは発達し、現在のように「コミュニケーションもエンタメも体調管理も電子決済も、スマートフォンひとつで可能な世界」が実現しました。
しかし、この思想は、会社というひとつのチームにこそ必要なものだったのです。
さて、第四章からがいよいよ本題です。
その返答として、わたしはこの「情報の徹底公開」の実践例、そして、サイボウズのマネジメントの根幹を支える「説明責任と質問責任」という強力な合言葉について詳しくお伝えしていきます。
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サイボウズ式特集「これからのマネジャーについて、話そう。」
どの企業にも当たり前のように存在する「マネジャー」という役職。多様な個性を尊重したり、インターネットでの情報共有がスタンダードになったり、時代とともに変わりゆく組織に合わせ、マネジャーも変化していくべきではないでしょうか──? 2019年11月にマネジメントに関する書籍を発売したサイボウズ副社長・山田理が、「これからのマネジャー」について思考を深めていきます。
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編集
高橋団
2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。