『1分で話せ』 の著者で、ヤフー企業内大学・Yahoo!アカデミア学長の伊藤羊一さんと、11月にマネジャーに関する本を上梓する予定のサイボウズ副社長・山田理のマネジメントについての対談の後編です。
前編では、それぞれのリーダー観を中心に話を聞きました。後編では、過去に350人の部下と1on1を実施し、数多くの場でマネジメントを経験してきた伊藤さんと、山田の実体験から、マネジメントのヒントを探っていきます。
ふたりの話から浮かび上がってきたのは、「人は思った以上にコミュニケーションが取れていない」という課題。その解決には、1on1やザツダンにヒントがありました。
マネジャーの業務は、コントロールすることでも、支配することでも、チェックすることでもない
山田
ヤフーさんは今、何人くらい社員さんがいるんですか?
伊藤
正社員が約6,500人ですね。マネジャーが1,500人くらいかな。
山田
6,500人! そんな大規模な組織で、マネジメントはどうしているんですか?
伊藤
1on1が必要不可欠ですね。2012年に前社長の宮坂学が社長に就任したときに、宮坂と、現在常務執行役員コーポレートグループ長で、当時は人事氏の責任者だった本間浩輔が、1on1を始めたんです。それを6〜7年かけて会社の文化にしてきました。
今でも細かい課題はありますが、「マネジャーの業務は、コントロールすることでも、支配することでも、チェックすることでもない」という考えは、全社員に浸透しています。
伊藤羊一(いとう・よういち)。ヤフー株式会社 コーポレートエバンジェリスト・ヤフー企業内大学「Yahoo!アカデミア」学長。東京大学経済学部を卒業し、1990年日本興業銀行入行。企業金融、債券流動化、企業再生支援などに従事。2003年プラス株式会社に転じ、ジョインテックスカンパニーにてロジスティクス再編、事業再編・再生などを担当後、執行役員マーケティング本部長、ヴァイスプレジデントを歴任、経営と新規事業開発に携わる。2015年4月ヤフー株式会社に転じ、Yahoo!アカデミア本部長として、次世代リーダー育成を行う。著作『1分で話せ 世界のトップが絶賛した大事なことだけシンプルに伝える技術』は32万部を超えるベストセラーに
山田
ヤフーさんの1on1の具体的なやり方を教えてもらえますか?
伊藤
直属の上長が部下と、週1回をめどに30分かけて1on1しています。
山田
それは本部長だったら部長に、部長だったら課長に、と。
伊藤
そうです。中間管理職は、上の役職に自分の1on1をやってもらい、部下には自分がコーチとして1on1をする。社長は上のレイヤーがいないので、プロフェッショナルコーチに頼んでいます。
山田
コーチング(*)の意味もあるんですか?
(*)アドバイスではなく、「問いかけて聞く」ことで、相手からさまざまな考え方や行動の選択肢を引き出すよう支援すること
伊藤
はい。1週間取り組んだことを振り返り、来週までにどんな目標を立てて実行するのか、というような話をしています。
山田
課題の設定までするんですね。
伊藤
たとえば「このままいったら評価はBだよ」ということも伝えます。そうならないためには、どうしたらいいのかをふたりで一緒に考えます。
山田
ふむふむ。ネガティブな空気になってしまったときはどうするんですか?
伊藤
評価の話の場合は、途中のフィードバックがなく、突然「あなたの評価はCです」と言われたら、受け取る側はネガティブな気分になります。
一方、定期的に1on1をして現状を話し合っていれば、評価を聞いたときに納得できるんですよね。
山田
こまめにフィードバックして、現状を共有していくことが大事なんですね。
伊藤
あと月1、2回はキャリアの相談もしています。部下のキャリアを応援することもマネジャーの仕事だと思うので。
「こういうキャリアに進みたいならこの勉強したほうがいいよ」とか「こういう人に話を聞くといいよ」とか。
山田
なるほど。
一人ひとりの話を聞いてみたら、組織全体が見えてきた
山田
僕が「ザツダン」を取り入れるようになったのは、ちょうど自分のマネジメントの方法を考え直したときのことです。「まずは業績よりも社員のことを考えて働き方を変えていこう」と。
成果主義で評価する一方、業績も頭打ちになって離職率が28%になったときでした。
山田理(やまだ・おさむ)。サイボウズ 取締役副社長 兼 サイボウズUSA(Kintone Corporation)社長。1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、責任者として財務、人事および法務部門を担当し、同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2014年からグローバルへの事業拡大を企図し、米国現地法人立ち上げのためサンフランシスコに赴任し、現在に至る
山田
当時自分の部下は70人。1人30分ずつ、1か月かけて全員とザツダンしました。
すると社員から「どうしてこんな制度があるんですか」というような、今まで聞かれなかった質問がポロポロ出てきたりして。
質問に答えながら、その内容をブログにまとめて、社内に周知していきました。
伊藤
うんうん。
山田
ザツダンをすることで、組織の全体が把握できるようになったんです。
伊藤
それはどうしてですか?
山田
たくさんの人をマネジメントしていると、「みんなが言っている」とか「うちの部署はこう言っている」とか、主語が大きく聞こえてしまいがちなんです。
その言葉だけを聞くと、手が付けられない、大変なことが起こっているんじゃないかって思うじゃないですか。
でも、一人ひとりとザツダンして「それは具体的に誰が言っているの?」と聞くと、少しずつ状況がわかってきて。
全員と話すことで、全体像が見えるようになったんです。
フラットな関係だけを目的にせず、まずはザツダンや1on1の環境をつくること
伊藤
みんなとザツダンすることで、組織が全部見えたっていうのは、実は僕もそう。
僕が前職のプラス株式会社でカンパニーのヴァイスプレジデント、No.2になったときにひとまず部下350人と1on1しようと決めて実行しました。
人事部や周りからは「部下から要望を言われて実現できなかったらどうするんですか?」と言われて大反対されたんです。
でも「ひとまず聞いてみないとわかんないな」とスタートしたので、おそらく山田さんとスタンスは同じなんですよね。
山田
全員と話したんですか? 350人はすごいですね。
伊藤
2年かかりましたよ。これが僕にとっては衝撃体験でした。組織が全部見えた感覚がありましたね。
事務一筋20年という方にとある営業所まで会いに行ったんです。会うなり「ライン長クラスの立場の人が会ってくれるなんて、思いもしませんでした」と涙が止まらない様子で。
その後見せられたノートには「こうしたら会社がよくなる」ってことがびっしり書かれていて。僕もウワーって泣いちゃいましたよ。
山田
それは衝撃ですね。
伊藤
マネジャーは上からではなく、フラットな目線で組織を見ることが大事なんだと知りました。
山田
上から組織を見ているときって、持っている情報に格差がある状態ですよね。だからこそ昔は、情報を持っている人が権限を持っていたし、壁があった。
ザツダンすると、自分が持っている情報についてメンバーに聞かれたら答える。だから情報がオープンになって、自然とフラットになっていくんです。
そのことと、いい組織になることはリンクしていると思うんですよね。
伊藤
ティール組織が話題になっているし、組織はフラットであるべき、と最近よく言われるけど、フラットを目指してフラットになるのではなく、ザツダンや1on1の環境をつくることが大事なんでしょうね。
だからフラットな状態は、結果なんだと思います。
無理やり心を開かせなくてもいい。まずはコミュニケーションのルートを開通させよう
山田
伊藤さんの
『1分で話せ 世界のトップが絶賛した大事なことだけシンプルに伝える技術』を読んで思いましたが、伊藤さんは人を惹きつけるのが上手ですよね。
僕はなかなかそういうことができなくて、最終的に人との距離の取り方を改めるようになりました。気が合う人とは、盛り上がって話せばいい。
一方、僕に対して心を開かない人に対しては、無理やり心を開かせようとせず、そのままの距離感で付き合えばいいのかなと思っているんです。
伊藤
今、山田さんの話を聞いていて、それぞれの人との距離感は大切にした上で、コミュニケーションを取れるルートだけはつくっておくことが大事なんだなと思いました。
山田
まさにそうですね、僕はザツダンした後に、個別のメッセージでメモを全員に送るようにしていました。次のザツダンでそのメモを見ながら、相手と話すことができるので。
それを繰り返していくと、個別のメッセージが相談しやすいルートにもなる。
話が盛り上がらない、距離が縮まらない人もいるけど、全員とルートは開通していることが大事で。ルートを使うか使わないかは本人の自由ですしね。
人って思った以上にコミュニケーションが取れていない
伊藤
距離がある人とは下手したら同じ部署でも、1週間も2週間も何も話さないことがある。そばにいても、人って思った以上にコミュニケーションが取れていないですよね。
それをそのまま放置せずに、ポジティブなことでもネガティブなことでも、伝えることで相手を認める。承認するだけでも、距離って縮まってくるのかなって思うんですよね。
山田
うん、うん。
伊藤
僕がよくやっているのが「MBWA」。いわゆるManagement By Walking Around。
社内をプラプラ歩きながら話すんです。フロアを歩きながら「いいペン買ったね」「そのお菓子おいしそうだねー。いいなー」とか。
山田
ははは。
伊藤
そうしていると、おやつの時間になると「はい、伊藤さんお菓子どうぞ」って渡してくれて、段々と「ちょっと聞いてくださいよ」「なになに?」みたいなコミュニケーションが生まれたりする。
1on1はオフィシャルな仕組み。一方、MBWAはアンオフィシャルなことが聞けるんです。
山田
なるほど。伊藤さんは1on1で全員の顔が見えるようになったことで、何か変わったことはありましたか?
伊藤
「この人が働きやすいために、こういう制度をつくろう」と、特定の誰かを考えて行動をするようになりましたね。
顔が見えていないと、頭でっかちな施策しか考えられないじゃないですか。
山田
そうなんですよね。ザツダンをすることで、無意識のうちに意思決定の質も上がっているように思います。
山田
マネジャーやリーダーって、最後に意思決定しなきゃいけない。僕のマネジャーとしての強みは、社内の誰が何をできるか知っていることくらい。でもそのお陰で意思決定の精度も上がった。
「50人と雑談する時間なんてないでしょ」ってよく言われますが、生産性がないミーティングをやるくらいならザツダンをしたほうがいいですよ。
伊藤
そうそう。メンバーと関係性をつくることこそ、マネジャーとして、優先順位が高い仕事なんじゃないかな。
山田
ザツダンをしていたら、ミーティングを短くできるし、下手したらなくせますからね。
マネジャーはオーガナイザー。一人ひとりリスペクトして対応すること
山田
前編で伊藤さんは、マネジャーは自分を導きながら、自信を持ってチームをリードしていく必要があるとお話しされていましたが、僕は「想いを熱く語る」ということがリードということかなと思っていて。
「このチームでこのゴールを目指すために、どんな方法があると思う?」と聞きつつ、「その代わり意思決定は僕がさせてもらうからね」と伝えて。
マネジャーも今までの上から下への命令型のようなマネジメントから、組織を編成して盛り上げる、オーガナイザーのようなあり方に変わっていくのではないかと思うんですよね。
伊藤
オーガナイザーっていうのは、確かにおっしゃる通りですよね。
結局チームのゴールは1つだけど、その役割をどう果たすかは、コンディションやモチベーションによって変わるので、人それぞれ。
大事なのは一人ひとりの状況を認識しておくこと。それでアサインも違ってきますよね。
山田
うんうん。
伊藤
世の中のマネジャーに圧倒的に欠けているのは、チームの力を最大化すること。チームの力を最大化する方法は2つあると思っていて。
ひとつは、安心安全で行きたくなるような職場環境にすること。もうひとつは、個人のパフォーマンスを最大化すること。
山田
人それぞれに合わせて最大化するイメージですね。マネジャーの仕事は、一人ひとりをリスペクトしながら対応することが肝だと思います。
伊藤
そうですね。
1on1をすることで、その人のことが理解できて適材適所な配属ができるかもしれないし、できることを増やせるかもしれない。
山田
マズローの段階欲求でいうと、まず生存欲求があって、安全欲求、所属欲求、承認欲求と続き、最後に自己実現がある。
でも所属や承認の欲求をすっ飛ばして、自己実現、成長、目標を考えている職場やマネジメントが多い気がするんです。
「所属している」という欲求でさえ十分満たされていない人は、意外と今の世の中で多いのではないかと思っていて。
伊藤
うん、そうですね。
山田
だから「君はここにいていいんだ。やってほしい役割があるよ」「やってくれてありがとう。君がいてくれて本当によかったよ」って所属意識と承認欲求を満たすことも大切ですよね。
それがその人の自信になり、自己実現に向かってくと思うんです。
伊藤
自己実現の前に、居場所と役割をしっかり与えて、進捗を認めてあげる、と。
山田
そういうことをザツダンとか1on1とかで、伝えていく。
リアルに感じてもらうためにはリアルで話したほうがいいから。
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文:中森りほ/編集:松尾奈々絵(ノオト)/撮影:栃久保誠/企画:小原弓佳